69:姫の心と不穏の騎士
――おねえさま。とおよびしても、いいですか?
ルビーを思わせる深紅の瞳をキラキラと輝かせた、花の様に愛らしい少女。
その瞳には、心からの尊敬の念と、確かな親愛の情が見てとれる。
少しぎこちないながらも、覚えたての挨拶をした後に、小さな頭を傾げてそう言った。
左右に束ねられた、薄桃色の小さな二つのしっぽが、ふわふわと揺れる。
問われたのは、先日都の新たなる聖女として認められた、ミオティアル。
ミオティアルは、少しだけ思案顔になった後、正しく聖女の微笑みを湛えて答えた。
――光栄にございます、トゥエリラーテ姫殿下。ですが、公式の場では、なりませんよ? ……お約束、できますか?
――はい! おやくそく、します!
――さぁ、姫殿下。わたくしの他にもう一人、ご紹介させてくださいませ。
そう言いながらミオティアルはふわりと立ち上がり、一歩下がる。
それから、少し後ろで控えていた金色の騎士を呼び、その背中にそっと触れる。
――わたくしの親友、セルレティスです。女性ですが、とても頼りになる騎士なのですよ。
――せるれ……てぃす?
トゥエリラーテはコテリと首を傾げて、背の高い騎士を見上げた。
紹介されたセルレティスは、その場にさっと跪くと、ゆっくりと面をあげる。
その顔には、歳の割には大人びた美しい笑みが浮かんでいた。
――本日より、トゥエリラーテ姫殿下の専属護衛に任ぜられました、セルレティス=ネイラ=セレストルと申します。心命をかけて、貴女さまを御守りいたすと、誓います
――せんぞく……
トゥエリラーテは少しだけ目をぱちぱちとさせた後、何かを思いついた様に、ぱちんっ! と手を打つ。
――レティス! レティスとよんでもいいかしら?
幼い子どもらしい甲高い声が、豪奢な客間に響く。
セルレティスは再び頭を垂れると、先ほどより、ほんの少しだけ、硬い声色で返事をした。
――姫殿下の、御心のままに。
この日からセルレティスは、トゥエリラーテ姫の専属護衛騎士となった。
「――レティス、レティス!」
ばんっ!という扉を開ける音と、聞き慣れた少し勝気な少女の声に、窓際に佇んでいたセルレティスはハッとする。
(……私としたことが……)
束の間の休憩とはいえ、護衛が気を抜くことなどあってはならないのに、と独り反省する。
そんなことを思っていると、声の主――トゥエリラーテ姫がパタパタとやって来た。
「レティス! 早くこちらへ!」
そういうが早いか、トゥエリラーテは背の高いセルレティスの手をとり、部屋の外へと連れ出す。
見るからに怒りを滲ませ、とても王家の姫とは思えない乱暴な足取りで進むトゥエリラーテに、セルレティスは半ば呆れた様に声をかける。
「……姫殿下、一体どうなさったというのです?」
「どうなさったも何もありませんわ!」
セルレティスの部屋から、客間へと続く廊下の途中で、トゥエリラーテは眦を吊り上げ、大きな声を上げる。
「あれを――あれを!」
そう言って、窓の向こうを指差す。
城と神殿とを隔てる、城壁の向こう側。
中庭に通る石畳の道に、二つの影が見えた。
蒼銀と、白銀。
二つの影は立ち止まり、少しのやり取りの後、やがてその身を寄せ合うように、近づく。
「……あの様に、人目も憚らず……っ! ……お兄様は……お兄様は、一体どうしてしまったというの?」
大きな紅い瞳に、大粒の涙を浮かべ、激しい怒りが悲しみに変わってゆくトゥエリラーテの姿が、磨かれた窓ガラスに映る。
その少し後ろで佇むセルレティスの瞳には、悲しみに暮れるトゥエリラーテの姿を掻き消すように、二人の様子が映り込んでいた。
「……レオネイラが、教えてくれましたの。今日は、侍従も護衛さえも排して、二人きりでの散策を希望されたと……」
トゥエリラーテの語る事実だけが耳に残り、彼女の怒りも悲しみも、セルレティスに届かなかった。
(……オーケヌス、殿下……何故、貴方は……)
ぎりり、と奥歯が鳴る。
――わかるわ。その感情。私にも、憶えがある。やはり貴女は、私と同じ――
耳の奥に響く声に、セルレティスはくらりとして頭を抑えた。
シャラリと揺れた金糸が、目の前に揺れている。
――聖女。私たちの、目的を阻む者……
深い夜の闇のような声がして、ゾワリと何かが、セルレティスの中心を黒く染めていく。
――さぁ、次はどの手でいこうかしら……
背中に、ジリジリとした熱が這ってゆく。
――そうね……もう一人……あの子を使うのはどうかしら。忠誠が、違うものに変わりかけているあの子……
(……私は……)
セルレティスの中に、黒いシミが一つ、ぽとりと落ちた。
次回更新は、火曜昼です。




