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67:栽培棟と聖女


「王子殿下、聖女様。ようこそいらっしゃいました。第一栽培棟管理者の、アシュトン=エルウッドと申します」


 様々な薬草の香りが漂う中、二人を出迎えたのは、黄水晶(トパーズ)のような瞳の初老の男性。綺麗に後ろに撫でつけた焦茶(ブラウン)の髪には、いく筋か白いものが見える。


 ここは、リュリュイエの都が誇る薬草栽培棟。

 

 薬草の持つ性質ごとに建物が分けられ、第一棟から第七棟まである。ここ第一栽培棟は、特に繊細で希少な聖属性の薬草の栽培と研究をしている。


「今日は無理を言ってすまない。ゆっくりしたいと思ってな」

「いえ、このようなところで寛げるかはわかりませんが……光栄にございます」


 ティアもオーケヌスに続き挨拶をすると、辺りを見回す。


 (色々な香りがするけれど、嫌な感じがしない)


 建物は縦長で、天井はそれなりに高い。

 入り口付近から真っ直ぐに三段の棚が二列、建物の奥まで延びている。

 一番下の棚には少し大きめの植物が、二段目、三段目には小振りの植物が一定間隔で並べられていた。


 一通り眺めたあと、ティアは首を傾げる。

 これだけたくさんの植物のお世話をするのに、誰もいないなんて、と不思議に思う。


「……何か気になるのか?」


 オーケヌスがティアの様子に気がつき、問いかける。


「あ、いえ……もっと人がいると思っていたので」


 その疑問に答えたのは、先ほど二人を出迎えたアシュトンだ。


「元々第一栽培棟は、聖属性を持つ者しか入ることができませんので」

「そうなのですか」


 聖属性を持つものはそれだけで希少だと、前にアクティスが話していたことをティアは思い出す。

 顔を上げて隣のオーケヌスの方を見ると、オーケヌスは少し視線をずらし、呟く。

 

「……君が静かに過ごすためには、ここが良いだろうと思ったのだ」


 私も一応聖属性を持っているからな。と付け加える。


「ありがとう、ございます」


 (……気を遣ってくださっている)


「それに研究者が来るのは、昼過ぎからなのです。私は責任者なので、こうして様子を見に来ていますが」


 アシュトンはそう言いながら、棚の装置に手を伸ばし、隅の方に嵌め込まれた石に触れた。

 石がぼんやりと白い光を帯びる。


「お恥ずかしながら、私共では薬草を育てるのに一日に何度も魔力を送る必要がありまして」

「これは……?」


 初めて目にする装置にティアは首を傾げる。


「属性をもつ薬草を育てるには、対応した魔力が必要なのです。……聖属性に関しては、純度の高いそれを持つ者が、少ないものですから」


 (……私にも何かできるかな)


 ティアがオーケヌスの方を見上げると、彼もまた、ティアの方を見ていた。その目には、うっすら笑みが浮かんでいる。


 (これは、OKという合図かな)


「あの。よろしければ、わたくしにもお手伝いさせていただけませんか?」

「……宜しいのですか? 本日は、休養だと伺っておりますが」


 確認を取るようなアシュトンの視線を受けたオーケヌスは、微笑んで頷く。


「彼女の魔力の純度は保証する」

「……ありがたいことにございます」


 アシュトンは右手を胸に当て、深々と礼をすると、ティアに装置の使い方を説明する。


「……ゆっくり、細く、均一に。ですね」


 ティアは頷き、魔力を流すための石に指先でそうっと触れる。

 石が先ほどよりも強く輝いた後、そこから棚に沿うように魔力の輝きが走っていく。

 その様子は、ティアが魔力操作を学んだ時、魔法陣が魔力の光で満ちていく様子に似ていた。

 やがて、棟内全ての棚に光が行き渡った頃。


 何やら奥の方でパッと光が弾けるのが見えた。


「……! まさか……!」


 失礼致しますと、奥の方へ様子を見に行ったアシュトンから、感嘆の声が漏れる。


「ああ……やはり……!」

「どうかされたのですか?」


 ティアとオーケヌスは顔を見合わせ、アシュトンのいる、奥の棚へと向かった。


「……こちらをご覧ください」


 そう言って指し示した鉢には、淡く白金の輝きを纏った、儚げでありながら凛とした佇まいの薬草が、八枚ほどの葉を揺らして立っていた。


 (綺麗……)


「……これは?」


 オーケヌスが尋ねると、アシュトンは目を細めて答える。


「これは、女神の薬草(デアヒェル)といいます。……これまで、誰も成長させることができなかったのですが……」


 聖女様が発芽させたきり、枯れることも育つこともなく、維持することしかできなかったとアシュトンから説明を受ける。


 (……ということは、ミオティアル様が……?)


 ティアはそこでふとある事に気がつき、薬草図鑑を再び開くと、パラパラと急ぎページを捲り、目的のものを見つける。

 そこには、丸い水晶球の中心部に、金色の輝きの宿る種と、発芽後の白金に輝く双葉の図が描かれていた。


 (あった……)

 

 聖属性と思われる薬草の中でも特別で、発芽させるためには、女神テティスの加護が必要なのではないかという記述がある。


 (発芽はミオティアル様。それと、今までだれも成長させられなかった……成長を促すためにはテティスの加護が必要?)


 ティアは意見を求めるように、すぐ隣のオーケヌスの方を見上げ、図鑑を差し出す。

 オーケヌスはコクリとひとつ頷くと、ティアの手から図鑑を受け取りアシュトンを呼んだ。


「アシュトン、これを見てくれないか?」

「……ああ、これは……聖女様の記録ですね。間違いなく、これは女神の薬草(デアヒェル)の種子と子葉です」

「……研究、してたのでしょうか?」


 ティアが首を傾げると、アシュトンは目を伏せ首を振る。


「この薬草が必要だと、仰っていました。ですが、発芽に成功してすぐに……」

「あぁ、そういうことか。わかった」


 オーケヌスはアシュトンの言葉を制するように相槌を打つと、隣に立つティアへ、開いたままの図鑑をそっと渡す。

 その手つきは、とても大切なものを扱うかのよう。

 オーケヌスの蒼い瞳が、ティアを覗き込んだ。

 

 (……私は……ううん。落ち込んでも仕方ない。今ここにいるのは私なんだ。ミオティアル様の目的を明確にして、私が達成する)


 ティアは俯きそうになるのを堪え、そっと瞳を閉じると、一呼吸してから再び開く。


 図鑑を手にした両手に、きゅ、と力を込める。

 

「ミオティアル様が、他に立ち寄られていた場所や、通っていらしたところを教えていただきたいです」


 ティアの言葉にオーケヌスは少し驚いたような顔をするが、淡水色(アクアマリン)の瞳の奥に、先程とは違う強い光を感じ、フッと表情を和らげる。


「……そうだな。私も、そう思っていた」


 そう言って優しく微笑んだ。

 

次回更新は火曜日です。

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