65:念願の散策と薬草の香り
(久しぶりの外出……)
正確にいうと、ティアが外に出たのは三日振り。
だがあの時は、月の魔女の襲来という特殊なケースであったため、ティアの中では数えられていなかった。
ティアは目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をする。
(……空気が綺麗……)
立ち止まり、目を閉じたまま動かないティアの様子に、オーケヌスは考え込む。
(……しかし、無防備すぎて心配になるな)
先程はたった一言で、あんなにも動揺を見せていたというのに。と苦笑する。
「気は済んだか?」
しばらくその横顔を見つめた後、オーケヌスは声をかけた。
するとティアは閉じていた瞳をパッと開き、慌てた様子で答える。
「すっ、すみません。嬉しくて、つい」
「……そうか」
二人は庭に出ると、オーケヌスの案内でゆっくりと、広場横の石畳の道を歩く。 道の両側には低木が連なって植えられており、ところどころに背の高い木があるが、数はそれほど多くない。
広場の奥には、城と神殿とを分ける壁があり、一定の間隔をあけて小さな穴が空いている。
その向こう側に高くそびえ立つのは、リュリュイエの都の象徴である、メルグリア城。中央に大きな建物と、その周りにはいくつかの、塔のようなものが立っている。
(……部屋から眺めていただけだったけど……やっぱり広いなぁ)
一回りするだけでも、いい運動になるのでは。とティアは辺りを見回す。
「ずいぶんと熱心に観察しているな」
オーケヌスが声をかけると、ティアは頷く。
「部屋から眺めていた時も、広いなと感じていましたが……とても全ては歩ききれないと思いまして」
「そうだな……馬で周ればそれ程かからないだろうが」
顎に手をやり、何やら考え込むオーケヌスに、ティアは慌てる。
「あの、わたくし、乗馬は嗜んでおりませんので、その」
「……ん? ああ、私が乗れるから問題ないであろう?」
共に乗れば良いではないか。と事もなげに言うのを聞き、ティアは思わず立ち止まる。
するとオーケヌスはティアの顔を不思議そうに覗き込んだ。
「……どうした?」
「き、今日は歩きたい気分ですので」
「そうか。では、また次の楽しみに取っておくとするか」
慌てるティアに対して、オーケヌスは何食わぬ顔で前を向くと、再び歩き出した。
(……次がある予定なのですか)
そのまましばらくして、目的の栽培棟が見えた頃。
「……今日は、すまない」
「え? 何がでしょう」
突然のオーケヌスの謝罪に、ティアは、目をぱちぱちとさせる。
「本当は、薬草に詳しいというあの侍女と共に訪れたかったのであろうが……」
それを聞いたティアは、ニコリと微笑む。
「大丈夫ですよ? むしろ、リリアナを連れて行ったら話に夢中になってしまうので、殿下を放っておくことになってしまったかもしれません」
「……なるほど。それは目的が果たせないな」
「はい。それに、殿下に伺いたい事もありますし」
そう言ってティアは、自分の肩に下げたポーチに目をやる。
「そういえば、何を持ってきたのだ?」
失礼します、とティアはオーケヌスから手を離し、ポーチを開ける。
「先日の薬草図鑑を。……これは、ミオティアル様の持ち物ですよね?」
「ああ、よくわかったな」
頂いたお手紙とは違う筆跡で、書き込みがされていましたので。とティアは言いながら、薬草図鑑を差し出す。
「ミオティアル様は、かなり本格的に研究されていらっしゃったようですね。ご自身でも色々と調合されたり、薬草の栽培棟にも通っていらっしゃったのではありませんか?」
「書き込みが細かくしてあったのは確認したが……」
オーケヌスは、差し出された図鑑を手に取り、不思議そうな顔になる。
「図鑑から、薬草の香りがするんです。リリアナも、知らない組み合わせの香りだそうです」
「……香水、ではないのか?」
ティアは少しだけ考えるそぶりをしてから、返事をする。
「リリアナは調薬師ですが、香水にも詳しいのです。この薬草の組み合わせは珍しいと話していました」
「……つまりこれは、香水の香りではない、と?」
その可能性があります。とティアは頷くと、栞の挟まれたページを開いた。
オーケヌスはつられるようにそのページを覗き込む。
そこにはいくつもの薬草が箇条書きで書かれていて、特性、効能、組み合わせによる作用などが記されていた。
ティア自身、リリアナに教えてもらって少しずつ勉強はしている。しかし薬草によっては魔法的効果があるものもあって、理解しきれないことが多い。
「こんなに専門的に勉強していたとは知らなかったな」
「リリアナによると、これはもうただの勉強の域を超えていると。もしかしたら明確な目的を持ったうえで、御自身で調合や研究をしていたのではないかと話しておりました」
ティアの話す内容に、オーケヌスは目を見開く。
(……そういえば、ミオティアルは時々、完全な人払いをして部屋に篭ることがあるときいたことがあるな)
ミオティアルが、なにか熱心に勉強をしていることは知っていた。決して多くはない自由時間を使って、図書室にいることもよくあったと聞く。
ティアはパタリ、と図鑑を閉じて、オーケヌスの顔を見上げる。
「……ミオティアル様は、何を研究されていたのでしょうか」
次回は火曜の更新です。




