64:散策の支度と御迎え
オーケヌスと散策の計画をした、次の朝。
ティアが早朝の儀式を終えて部屋に戻ると、侍女達が総出で文字通り走り回っていた。
先に入ったアイリスが、んんっ! と咳払いをすると、侍女達の動きがピタッと止まり、急に静々と優雅な動きに変わる。
「……ええと、これは……」
ティアが目をぱちぱちとさせて、アイリスに問うと、
「大変、失礼致しました。本日予定の支度に、少し、張り切り過ぎてしまったようです」
なんと優雅でない……と嘆かわしげに右手を添えた頭を、ふるふると振る。
(急な外出になってしまったから……私のせいで皆が大変な思いを……)
ティアが、ごめんなさいと言おうと口を開きかけたその時、リリアナがサササッと現れる。
「ティア様! みんな嬉しいのです! 嬉しくて、張り切ってしまってるんですっ!」
ねっ! と、隣にいた他の侍女に笑いかけると、彼女もまた、「ええ! とても嬉しくてつい」と笑顔になる。
「……うれしい、のですか?」
ティアは心底不思議な気持ちで首を傾げる。
(自分の我儘に付き合わせる結果になってしまっているのに?)
「さ、ティア様は朝食を済ませてしまいましょう。……食後の休憩が済む頃には、選別を終わらせますので」
(……せん……べつ……?)
戸惑うティアの背中を押すように、アイリスがティアを促す。
食堂に向かう途中にチラと覗いた衣装部屋は、煌びやかなドレスや小物が所狭しと出されて、侍女達がきゃあきゃあと騒いでいるのがティアの目に映った。
(……選別……あぁ……そういう、こと……)
お願いだから、あまりキラキラさせるのはやめてと心の中で叫びながら、ティアは現実逃避するように目を逸らした。
◇◇◇
「ティア様、できましたよ」
そう言って侍女が鏡を見るように促す。
(わぁ……)
鏡に映る姿は間違いなく自分であるのに、まるで自分ではないものを見せられているような気分になる。
散策に出るという目的なので、優雅さを保ちつつも、動きやすさを損なわない作りのワンピースドレス。
ティアのもつ、淡水色の瞳を少し濃くしたような色のそれは、彼女があまり得意ではない華美な装飾は抑えられている。
その代わり、幾重にも重ねられた薄布には、細やかな刺繍が窓から差し込む朝陽を受けて煌めいていた。
肩にかけられたケープは、ドレスの色よりもう少し濃い色をしており、高い位置で結われたティアの銀色の髪がよく映えている。
「お綺麗ですよ」
侍女の一人が満足げに言う。
「オーケヌス殿下にしっかりと守っていただいてくださいね」
最後まで髪を整えていた侍女が囁く。
「えっ……」
何か言おうとして、ティアはちょっとだけ俯く。
袖口まで施された細やかな刺繍が、組まれた両手を覆い隠しているように見えた。
(これがフリとか、罪悪感しか……)
ティアの反応に、侍女達はきゃあきゃあと騒いでいる。
……彼女達の目には、婚約者となるオーケヌス殿下の話に、恥じらいを見せているように映っているのだろう。
「ティア様。王子殿下がお見えです」
アイリスの声がかかり、ティアは振り返る。
「……す、すぐに参りますと、お伝えください」
そう言いながらティアは、宝石箱をひっくり返したような支度部屋を後にした。
◇◇◇
「お待たせして申し訳ありません、殿下」
内心は慌てながらも、優雅にと心がけつつ、ティアはオーケヌスの前へ進み出る。
やはりオーケヌスも、ティアと同じくいつもの司祭の衣とは違う服装だ。
王族であるため、それなりの装飾は施されているが、どちらかと言うと動きやすさに重点を置いているように思える。
深いネイビーブルーを基調にしたスーツと、左肩にかけた銀灰のマント。
どちらも裾にとても緻密な刺繍がされており、淡い水色の糸が、エントランスの照明に負けない、存在感のある輝きを放っていた。
(王子様オーラが……眩しい……)
「ああ、来たか。こちらこそすまない、少し早かったであろうか……」
とティアの方を向き、軽く目を瞠る。
それからその瞳をスウッと細めた。
「いえ。そんなことは……え……っと、本日はお忙しい中、わたくしの我儘を聞いていただき、ありがとうございます」
(平常心、平常心……)
いつもと違う雰囲気に飲まれそうになるのを堪え、できるだけ丁寧にゆったりとした動きで腰を落とし、挨拶をする。
侍従としてついてきているクレイが、オーケヌスの耳元で何事かを囁く。心なしか口の端が上がって見えたが、オーケヌスは嫌そうに顔を顰めたあと、スッと離れた。
そうしてティアの方へ歩いてくると、手を差し出した。
(もしやこれは、エスコート……)
ティアは、差し出されたオーケヌスの手を目の前に、途端に意識してしまう。
(フリ、フリなのよ、これは。……落ち着け、私)
ティアがちらちらっと周囲に視線を送ると、侍女達が注目しているのが見えた。
中には両手を祈るように胸の前で握り締め、目をキラキラとさせている者もいる。
(……ええ……)
あまりの注目度に不安になったティアは、アイリスの方を見た。
すると彼女は優しく微笑んで、小さく一つ、頷いた。
ゆっくりと、瞬き一つ。気持ちを落ち着けて。
(私は、聖女ティア。……オーケヌス殿下の、婚約者となる者)
「どうした? エスコートは習ったであろう?」
少し意地悪そうに微笑んで、声をかけるオーケヌス。
ティアは背筋を伸ばし、一歩踏み出す。
「……いえ。なにぶん、初めてのことですので、少しだけ緊張してしまいました。……本日は、よろしくお願い致します」
出来るだけ優雅に見えるよう、頭の先から足の先、指の先まで意識を集中させる。
それから、正しく聖女の微笑みを浮かべると、差し出されたオーケヌスの手に、自分の手をそっとのせた。
あたりから、侍女達の控えめの声が上がる。
オーケヌスは、そっと添えられたティアの手を取り、自然な動きで自らの側に引き寄せる。
いつもより近い場所でのやり取りに、ティアは緊張しつつも、凛とした姿勢を崩さない様にと気を引き締める。
「そうか……私はてっきり、少しでも意識をしてくれたのかと思ったのだが、違うのか」
(……え?)
オーケヌスの思わぬ言葉に、ティアは集中が途切れそうになりつつも、なんとか踏みとどまる。
しかし追い討ちをかけるように、オーケヌスはティアの耳に顔を近づけ、囁いた。
「……よく似合っている。……私の見立て通りだ」
「っな……えっ……?」
(えっ? なに? 見立てって、いつの間に?)
ティアは驚き、バッと声の方に顔を向ける。
目の前に、オーケヌスの綺麗な微笑みがあった。
(な、なんて表情をしてるんですか……っ)
鼓動が早くなり、顔が熱くなっていくのを感じる。
取られた手を振り解き、今すぐにここから逃げ出したい気分であったが、皆の手前、逃げようにも逃げられない。
動けなくなってしまったティアを、オーケヌスはしばらく見つめてから、くくくっと笑いだす。
「君は本当に面白いな」
「かっ……からかっていますね?」
やっとの思いで絞り出したティアの声は、少し掠れていた。
しかしオーケヌスは、すまし顔だ。
「今日の目的を、君は忘れてしまったのか?」
「……」
(そうよ。これは、あくまで仲良しアピールなんだから……私はそれらしい反応でもしておけばいいのね)
「で、殿下、そ、そろそろ参りましょうっ?」
「……そうだな。行くとするか」
オーケヌスは笑いを堪えつつ、ティアの手を引き、歩き出した。
次回更新は木曜夜です。




