58:オーケヌスの秘密
フィニアスが静かに問う。
「王家メルグリア家を含む、五家はわかりますね?」
「ええ」
クレイはゆっくりと頷き、五家についての記憶を思い起こす。
男神ネプトゥヌス、女神アンフィトリテは、仲間の神々と共に、安息の地リュリュイエを創造した。
その後二人は夫婦となり、王家となるメルグリア家を興したという。
テティシリア家は、初代聖女となった女神テティスが祖である。
代々高い聖属性を有し、聖女になった後、王妃となる者が多い。
――現在失踪中の聖女ミオティアルは、テティシリア家の者である。
女神セレーネが祖である、セレストル家は、代々魔力が高く、有能な司祭を輩出すると共に、聖女や王妃も輩出している。
――現女王であるアクエリアム陛下の実家であり、トゥエリラーテ姫の護衛のセルレティスもまた、この家の生まれである。
フィニアスが当主を務めるアスティリオス家は、夜の神アストライオスを祖とする家。
代々、『啓夢』の力を受け継ぐものが当主となるらしい。
プルアメート家は、異界の扉の神プルトゥートを祖とする。
やはり何か特別な能力を受け継いでいるらしいが、門外不出のため、プルアメート家の当主と後継ぎしか知らされないという。
――トゥエリラーテ姫の教育係である、水の大司祭シェナは、この家の者だ。
「――と、私が知っているのはこのくらいです」
クレイが知る限りのことを口にすると、フィニアスは小さく頷いた。
「そうですね。……そして、この五家には、ある秘術が代々伝えられています」
私の家に伝わる、『啓夢』に関しては、その性質上、知るものが多いが、それ以外のこれから話すことは、五家の者しか知らないことであり、今日聞いたことも口にしないように。と釘を刺し、フィニアスは静かに語りだす。
『魂合の術』
神から続く一族の血筋を守るため、神から与えられた秘術。
神に連なる高貴な血筋の魂に、異変がおきた時に発動し、その傷ついた魂が補完される。
『還魂の術』
夜の神、アストライオスから『啓夢』によってもたらされた秘術。
なんらかの理由で身体から離れてしまった魂を、再び呼び戻す。
『啓夢』
夜の神アストライオスに仕えてきたアスティリオス家に伝わる能力。
神からの啓示を夢の中で受けるというものだが、いつ、どのような内容かなどはわからない。代々、能力を継承したものが当主となることと決まっている。
「そんな……術が……」
あまりに現実離れした話に、呆然とするクレイに、イオニスが声をかける。
「ええ。私も初めて知ったときには、とても信じられないと思いましたが、納得することもありました」
「納得……?」
クレイは眉を顰める。
するとフィニアスが再び口を開いた。
「成人前のオーケヌス殿下が、お倒れになった時のことです」
あぁ。とクレイは嫌そうに顔を歪める。
本当にあの時のことはできれば思い出したくないのだろう。
「あの時、何が起きたのか知っているのは、私と、アクエリアム、ウラヌセウト両陛下……それから、オーケヌス殿下の魂の『器』。のみです」
「……『器』?」
またしても知らない言葉が出てきて、クレイは戸惑う。
「オーケヌス殿下の魂を補完するためのもう一つの魂……言わば、神に連なる血筋の魂の、予備を宿した人間のことです」
「な……」
(予備……だと……?)
あまりのことに言葉をクレイは言葉を失う。
「では……殿下は……」
(つまり、オーケヌスは一度命を失いかけたが、『魂合の術』とやらで命を繋ぎ止めたということなのか?)
「ただ、オーケヌス殿下については、おかしなことが起きたのです」
クレイの推測を否定するように、フィニアスは話を再開する。
「……おかしなこと?」
「……『魂合の術』は、ここ、リュリュイエの術。もう一つの世界であるアルシエでは、継承されていないはずなのですが」
神の創り出した都であるリュリュイエは、言わば神の世界。
その大元である王家の血筋を守ることに、重きを置く。
そのためアルシエでは、魔力や魔法に関して、認識されることの無いように細工されているはずなのだと言う。
「……オーケヌス殿下が突然倒れたのは、殿下自身の魂に危機が起きたわけではなく、その予備の魂を宿した、『器』の魂に危機が起きたことがきっかけでした」
(……どういう、ことだ?)
クレイは、初めて聞く情報が多すぎて、整理できずにいた。
「……端的に言えば、通常と反対のことが起きてしまったのです」
「……反対?」
フィニアスは、ゆっくりと瞬きをする。
「つまり、オーケヌス殿下の魂が、予備である『器』に取り込まれてしまったのですよ」
「な……」
イオニスの補足説明に、クレイはようやく事態を把握した。
その様子を見て、フィニアスが説明を再開する。
「更に悪いことに、『器』であるアルシエの人間は、なんらかの事故により、身体が著しく損傷していたため、『魂合の儀』によって混ざり合った魂は、その行き場を失いかけていた」
オーケヌス殿下の魂は、『器』の魂と共に、消滅の危機に陥ってしまったという。
「私の『啓夢』が発動したことで、この事実が判明しました。それと同時に、彷徨う魂を呼び戻す、『還魂の儀』を、授かったのです」
急ぎ準備を整えつつ両陛下にお知らせし、すぐに儀式に取り掛かったことで、オーケヌス殿下は一命を取り留めた。
しかし、様々な想定外の事が起きる中で、融合したはずの魂に綻びが起きた可能性も否定できない。
「アクエリアム陛下は、初めから気がついていたようでした」
息子の様子が、以前と違うと感じていたらしい。
さすがは母親といったところか。
「……オーケヌス殿下自身は全く記憶が無いため、陛下も何も告げなかったそうです」
と、イオニス。
「……そして、今回の聖女ミオティアル様の失踪からの様々な言動の変化です」
クレイは沈痛な面持ちになる。
(……確かに、最近の主は様子がおかしい。それは認めるが)
「これまで、アルシエ側の『器』に宿る魂には、意思がないと思われていました」
フィニアスもまた、表情の動かない彼にしては苦しげな表情を浮かべていた。
「陛下は、オーケヌス殿下の中に二つの意思があるのでは無いか、と疑問を持たれたそうです」
「いや、しかし……」
クレイは信じたくなくて、何か否定する要素を探す。
フィニアスは、それを遮り、目を閉じ首を振る。
「……昨夜私は、再び『啓夢』を見ました。その内容で、オーケヌス殿下の中に、二つの魂があることが、確定してしまいました」
クレイは、続く言葉に目を見開き、息を飲む。
「聖女ティアは、ミオティアル様の『器』です」
「な……んだと……?」
動揺を隠せず、クレイは思わず呟く。心臓の音は、自分の耳にも響くほどにうるさく鳴り響いている。
「彼女は、オーケヌス殿下の『器』であった少年と、とても深い関わりがあった。……その少年の魂に危機が起きたのは、アルシエにいた聖女ティアを守るためだった。……そして今でも、少年は、聖女ティアを守るという意思を強く持っている……」
「……!」
クレイのその翡翠のような碧い瞳は驚愕に満ちていた。
「……クレイ。私はこの話を聞いて、オーケヌス殿下の行動に納得がいきました」
そう言いつつも、イオニスの瞳は、不安に揺れている。
――聖女ティアを過剰に護る行動。
これは、オーケヌスの中の『もう一つの魂』が、そうさせているのではないか。
私たちの主は、この先どうなってしまうのか――
その瞳は、そう告げていた。
次回更新は木曜です。




