表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/74

57:変化と疑惑


「……最近のオーケヌス殿下に、何か変わった御様子はありませんか?」



 フィニアスの一言に、クレイは内心凍りつく。


 

 相手に感情を気取られないやり取りはクレイの得意とするところであるが、闇の司祭であるフィニアス相手には、それが通じないことはよくわかっている。


 夜の神、アストライオスの力を継ぐもの、アスティリオス家の若き当主。

 言葉少ない彼がこのような物言いをするときには、確信をもって尋ねていることがほとんどだ。


 いや、尋ねているというより、確認していると言った方が正しいのかもしれない。


 クレイとて、主であるオーケヌスの最近の様子には、納得のいかないことが多い。

 正直なところ、主に何がおきているのかわからない、というのが本音だった。


 この、歳の割に落ち着き払った、自分を見据える漆黒の瞳には、何が見えているのだろう。

 そこまで考え、クレイはハッとする。


 (もしや、何か啓示を受けたのだろうか?)


「……何か、ご存知なのでしょうか?」


 クレイはあえて問いには答えず、話の先を促すことで肯定を示し、相手の出方を探る。


「やはり、ですか」


 抑揚のない、低く静かな声でフィニアスがポツリと呟くのを聞き、クレイは、その隣に座っているイオニスをの方を見る。


 その視線に何かを感じたイオニスが、口を開いた。


「……守秘義務が気になるのでしたら、今回の件に関しては不問です」

「な……?」


 元々はオーケヌスの教育係として、今は補佐役として、長年仕えている彼の口から出たとは思えない言葉に、クレイは唖然とする。


「……イオニス殿。先の書状を」

「承知いたしました」


 フィニアスが低く命じると、イオニスは頷き、テーブルに置かれていた書箱の紐を解く。

 

 淡い水色の艶やかな細長い箱の表面には、緻密で美しい彫刻が施されていて、花を模したモチーフの中心に、深い蒼色の宝玉がはめられている。その持ち主が誰であるかは、一目瞭然であった。


 イオニスよって蓋がとられ、中に畳まれて入っている書状を恭しい手つきで取り出すと、クレイが確認できるように開いてみせる。

 

 書かれた内容に、クレイは息をのむ。

 

 (女王陛下の勅命……!?)


 そこには、王子であるオーケヌスの変化を、時期や様子、行動など、できる限り詳細に調べ上げ、報告をするようにとの旨が書かれていた。


「これ、は……」

「……アクエリアム陛下も、前々から気にかけていらっしゃったようでした」


 近頃のオーケヌス殿下は、陛下の思惑を意図的に潰しているようでもある、という。


 憶えががありすぎて、クレイは眉間に皺を寄せる。

 

 (……いくら主の命令だったとはいえ、やり方があからさま過ぎただろうか)


「クレイ、そんなに難しい顔をしないでください。陛下が気にしていらっしゃるのは、オーケヌス様の謀反とか、そういうことではないのです」

 

 黙ってしまったクレイの様子を気にして、イオニスが安心させるように声をかける。


「アクエリアム陛下は、オーケヌス殿下の行動に変化が出たのは、『還魂の儀』が原因ではないかとのお考えで……」

「還魂の、儀……?」


 初めて聞く言葉に、クレイは訝しげに呟く。


「私も今回初めて聞きました。本来は、王家とそれに準ずる家にしか伝わらない儀式だそうです」


 成人前のオーケヌス殿下がお倒れになった際に、なんとか一命を取り留めた、あの儀式のことです。と、イオニスは補足する。

 

「そのようなわけで、詳細を調査することになった。他言無用は勿論、殿下にも気取られないようにお願いしたい」

「……この調査は、オーケヌス殿下御自身のためにも、必要なことなのです。クレイ、お願いします」


 フィニアスの淡々とした物言いとは反対に、イオニスは懇願するように言う。


 クレイの感情は揺れていた。自分も、近頃の主の変化については気になっているし、理由を突き止めたい気持ちがある。

 しかし、この命令を受けることで、忠誠を誓った主を裏切ることにはならないか。

 幼い頃からの信頼を、捨てることになるのではないか。

 ただでさえ今は、殿下に心から信頼されているかどうかも自信が持てずにいるのだから。


 (女王陛下の勅命とあれば、断ることなどできない……か)


 奥の扉をチラリと気にしてから、テーブルの上で組んだ両手に視線を落とす。

 磨かれたテーブルに、ギリ、と歯を食いしばる自分の顔が映っているのが見えた。

 

 目を閉じ、少し深めの呼吸の後、クレイは覚悟を決める。


「……最初は……あの、悪夢のような七日間の後、殿下がお目覚めになられた後……」



 誰かを探すように視線が彷徨うことがあった。

 婚約者候補であった聖女ミオティアル様との距離が近くなった。

 

 その時は、それほど気にしていなかった。殿下もやっと、王位継承者としての自覚が出てきたのかと、周囲は安堵していたくらいだった。


 だが、今は違う。


 ミオティアル様が失踪してからというもの、殿下の行動の根底にあるものが、今までとは全く違うように感じる……



 

 そこまで話して、一度、クレイは言葉を切る。

 

 (我が主は、何か隠し事をしている)


 一番近くで彼に接してきたクレイにとって、オーケヌスの嘘や誤魔化しなど、すぐに見破ることができる。

 それに、些細なことでも、重大な悩みであっても、自分に話してくれていた。


 それなのに。


 クレイの組まれた両の手に、力がこもる。




「……大きな変化は、ミオティアル様が失踪した後、暫くしてからではありませんか?」


 思考の海に沈みかけていたクレイを、フィニアスの静かな言葉が現実に引き戻す。

 『暫くしてから』と言う部分に、若干力がこもっていたように感じた。


「……そう、かもしれません」


 クレイは、聖女ミオティアルが失踪した後の、オーケヌスの行動について思い起し、言葉にしていく。



 

 ミオティアルの失踪直後、オーケヌスはだいぶ取り乱していた。

 平常時は冷静な彼が、報告が遅れたイオニスに対し、大きな声を出していたことを記憶している。

 その後、失踪事件の手がかりを掴もうと、イオニスに指示し、彼を筆頭に必死になって捜査していた。


 そう。初めはミオティアルの安否を思い、行動していたはずなのだ。


 それが、急に不思議なことを言い出した。

 

 『自分が意識のなかった時のことを憶えているか?』

  

 そう聞かれた直後、こんなことも言っていた。


 『……確かに当時は何も記憶が無いと思っていた。だが、私も何故忘れていたのかわからないが、あの時、夢を見ていたのだ』


 その後、オーケヌス自身は自覚があったかどうかはわからないが、時折、胸を抑えたり、きょろきょろと辺りを見回す様子が見られたりするようになった。


 失踪事件の調査は続いているものの、最近の最優先事項は新たな聖女、ティアのことだ。

 

 彼女は、ミオティアルとそっくりの見た目で、同等の豊富な魔力を持ち、加護もある。どこから来たのかは知らされておらず、不思議な存在ではあるが、女王陛下から「敵意や害意はない」と判断され、聖女不在の今、必要な存在であるからと保護されることになった。


 率先してティアを気にかけるようになったオーケヌスは、彼女に対してとても敏感だ。


 それでも最初は、ミオティアルの失踪直後に現れた存在であるため、何かの手がかりを、と気にかけているのかと思ったが……。


 女王陛下が、聖女の継承をしたティアに、すぐに祈りの儀式を行わせるようにと指示をした。

 ミオティアル様の失踪の手がかりが掴めないまま、彼女を一人で向かわせるわけにはいかないと、女王を強引に説得し、朝も夜も毎回、自らが付き添うことに決めてしまった。


 思えば、日を追うごとにオーケヌスの行動は不可解になっていった。

 過剰にティアを護るように行動し、自らの身を挺することも厭わない。更には彼女を護るために婚約の『フリ』をすると言い出した。

 色々と理由や利点を並べ、周囲を説得していたが、クレイの目には、言い訳のように思えてならない。

 

 人払いをしてティアと二人きりで話すことが多く、ティアの前では少し様子が変わって見える程だ。


 あれは本当にフリなのか?ミオティアル様への想いはどこへいった?


 ティアにつけている護衛のアクティスが、彼女と親しげな様子を見せれば、それとなくピリリとした気配を漂わせたりするのだ。


 確かに、ミオティアル様と同じで姿形は美しく、聖女としての振る舞いも違和感を覚えるほどに完璧だ。

 ただそこには、無理をして演じているのか、時折、ティア自身の本来の姿が見え隠れして、放って置けない危うさも感じる。

 専属の護衛や侍女達にしか見せないが、その感情豊かな姿は、王族として育ったオーケヌスからしたら、魅力的に映っているのだろうか。


 もしかして、ティアに対して、特別な感情でもあるではないか?

 そう思い、何度か揶揄ってみたり鎌をかけてみたりしたものの、明確な答えは得られないでいる。


 更に、先日の『月の魔女』事件だ。

 

 オーケヌスによると、胸騒ぎがして部屋を飛び出したところ、二人とも捻じ曲げられた空間に閉じ込められた。というような説明だった。

 あの『月の魔女』が本当に現れたのであれば、それくらいのことはやってのけるかもしれない。

 ただ、オーケヌスの感じた「胸騒ぎ」が、ティアに危険が迫っていたことにつながるのだとしたら、一体どういうことなのか。


 そういえば、とクレイはもう一つ思い出す。


 先日の事件の後、オーケヌスの纏う雰囲気が変わった。

 具体的にどこがどう、と問われれば、答えることはできないが、何かが違うのだ。

 姿形は間違いなくオーケヌスであるが、時折違う人物に見えることがある。

 

 というようなことを、クレイは順を追って説明した。

 


「……聖女ティア」


 両手を顔の前で組み、話を聞いていたフィアニスが呟く。


「……変化のすべてに、彼女が関わっていると思いませんか?」


 そう言われれば、とクレイは頷く。

 イオニスもまた、納得のいく表情をしている。


「……彼女が殿下を操っていると?」

「いいえ。そうではないのです」


 フィアニスは首をふり否定する。

 それから組んでいた手を解くと、言う。


「今から話すことは、他言無用です。もし破れば、貴方の身は保証できない」



 先程話にでた、王家とそれに連なる家の秘術のお話からしなければなりませんから。と、手元のコップに注がれた柑橘水を、口にした。


 

 

次回の更新は火曜日昼です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ