56:意味がわかっているのか
――散策をしながら薬草の栽培棟を見学……などということはできますか?
ティアから届いた手紙には、送った本の礼や感想と共に、そう書かれていた。
思ったより読み終えるのが早かったが、きちんと最後まで目を通したとわかる。同時に、相談の手紙が届いたということは、こちらが返事を返すまでは大人しくしていてくれるだろう。
(……散策と、栽培棟の見学か)
どちらが本当の目的だろうか、とオーケヌスは考える。
確かに、何かしたいことがあったら相談しろと伝えたが。
これが、根っからの貴族女性であれば、好意を寄せるものに対して、「散策に誘って欲しい」という意味が込められている場合もある。
しかし彼女の事だ……本気でただの相談なのだろう。
まさか私への誘いと取られるとは思ってもいまい。
おそらく彼女は、供を連れて自分だけで散策にでかけたいと言っているのだ。
オーケヌスは、便箋の隅に押した、自身の瞳と同じ色の印を指でなぞる。
(この仕掛けにも、おそらく気づいていないだろう)
本来であれば、返信用の印は、確実に返事が欲しい時や、万が一にも内容を誰かに見られることのないようにと用心するために使う物だ。
……もう一つ、婚約者、または想い合っている者同士で秘密のやりとりをしたい場合に使用することもある。
もっともその場合には、お互いの印を押した便箋を、何かに紛れ込ませて交換しなければならないのだが……。
何も知らないティアが、自分のことを考えながら手紙に魔力を込めたと思うと、自然に口角が上がる。
(さて、どうするか)
ティアも都のことをもっと知りたいと話していたし、そろそろ引きこもったままの生活も終わりにしてやらなければ、とも思う。
自分との婚約の発表も控えていて、聖女の復帰も急ぐ必要がある。
(月の魔女のことは、気にかかるが……)
それでも、外に出るちょうどいい機会かもしれないと、オーケヌスは覚悟を決めた。
オーケヌスは、便箋を三通、用意する。
一通目は、母である女王、アクエリアム宛。
聖女ティアを伴い、先日の事件の報告も兼ねて、婚約の許しをもらうための面会を申し込む。
おそらく女王も、ティアがミオティアルの『器』だということに気づいている。
他にも、セルレティスのことや、自らの『魂合の儀』についても尋ねる必要があるだろう。
二通目は、父、ウラヌセウト宛。
女王陛下との面会に、同席いただきたいと願いでる。
それともう一つ、『月の魔女』について何かご存知でしょうか。と書き加えた。
父も母と同じく、ティアのことはもちろん、私が生死の境を彷徨ったときに何があったのか、知っているはずだ。
母では言いにくいことも、父であれば話してくれるのではないかと思う。
三通目は、トゥエリラーテの教育係である、水の司祭シェナに。
私とティアの婚約の儀式に、トゥエリラーテが王族として参加することができるか、女王である母と、王配の父に判断してもらわねばならない。
なるべく円滑にことが運ぶように、トゥエリラーテの現在の様子を報告するようにと指示する。
時刻は風の刻半少し前。
そろそろ夕食の時刻だ。
今夜もティアと共に結界の間に赴くことになっている。
オーケヌスは、彼女からの手紙の返事はその時に直接話をすることにした。
色々な意味で不安定なティアが望んでいる散策と見学をするには、自分と共に行くことが絶対条件だ。
書き終えた三通の手紙をそれぞれ封筒に入れ、オーケヌスは部屋を出ようと、立ち上がる。
――ねぇ、王子様。
ふいに、怜夜の声が、オーケヌスの頭で響く。
『王子様』という呼び方に、オーケヌスが少しイラッとしたのが伝わったのか、怜夜の複雑な感情の動きが、オーケヌスに届く。
――揶揄っているわけじゃないけど……貴方は、ティアのこと、どうしたいの?
(何故、皆、同じことをきく)
――僕は、ティアを護るように貴方を誘導はしているけど……感情には影響を及ぼしてはいないはずなのに。
(……それがどうした)
――僕としては……正直、複雑というか。
(……)
――この先、何がどうなっても、僕の存在を言い訳にしないでくれたらそれでいいんだけど……。
「……意味がわからぬ」
オーケヌスは思わずポツリと呟く。
それきり怜夜の声はしなくなった。
(……なんだったんだ)
眉間に皺を寄せ、頭を振る。
コンコン
「オーケヌス殿下。夕食の準備が整いました」
ノックの音と、クレイの呼ぶ声にオーケヌスは顔を上げた。
「わかった」
そう言って扉を開くと、今書いたばかりの三通の手紙をクレイに託す。
「急ぎだ。今夜中に届けてくれ」
「……かしこまりました」
次回更新は、木曜夜です。




