54:贈り物と不思議な手紙
ティアは、暇を持て余していた。
朝と晩の祈りの儀式以外は、一日休むようにと言われたものの、何をしていいのかわからない。
魔法の教本を読むことも、マナーを学ぶための本さえも、今日は禁止されてしまった。
……魔法に関しては、やらかしているせいもあるのだが。
長椅子に座り、ぼんやりと部屋の中を眺める。
いつの間にか物が増え、壁や床の絨毯は、あまり仰々しくないデザインのものに変わっていた。
アイリスは普段、淡々と仕事をこなしているように見えるが、ティアのことをよく見ている。
ティア自身は遠慮しがちであるため、色々と要望することはないのだが、内装、小物、食器や茶器、好みのお茶や、香りまで、ティアが心地よいと感じるものをよく把握していると思う。
(アイリスはすごいな……)
すごいと言えばリリアナもそうだ。言動が少し幼く、バタバタとしていてそそっかしくも見えるが、よくよく見ていれば、彼女がとても働き者だと言うことが分かる。
見習いだというのにくるくるとよく働くし、忙しい中でもティアが口にする薬湯や、香草茶も、少しでも美味しく飲めるようにと研究に余念がない。
はやとちりして失敗することもあるけど、それも含めて、明るく人懐こい彼女の存在は、周囲を明るくしてくれる。
(……研究といえば、ミオティアルさんは何かの研究をしていたようだと殿下が話していたけど、実際は何の研究をしていたんだろう)
「……って、違う違う」
ふるふるっと頭を振り、今は休むとき。と言い聞かせる。
(……でも、何もしないのもなぁ)
寝ているだけがお休みじゃないよね、とティアは立ち上がり、部屋を出ようと扉をそうっと開き、廊下を覗く。
ちょうど、お昼休みを終えたらしいアクティスが、護衛を交代しているところだった。
「……聖女様? 何かお急ぎの御用でしょうか?」
にーっこりと笑顔で問うアクティス。
言外に、『おとなしく待っているようにって言ったよね?』というセリフが聴こえた気がした。
「い、いえ。……そろそろかしら、と思ったものですから?」
疑問符付きで言い訳をするティアを、アクティスはニコニコとしたまま見ている。
(……うう。忘れてたのばれてる)
では、失礼いたします。と、交代の護衛が去っていったところで、アクティスがはぁ。とため息を吐いた。
「……ごめんなさい」
ティアは素直に謝った。
アクティスは、しかたないなぁ、と肩をすくめる。
「それで、どうかしたの?」
「……少し、外の空気を吸いたいな、と」
うーん、とアクティスは難しい顔をする。
(あんなことがあったばかりなのに、やっぱり無理だよね)
無理なこと言って、ごめんなさい。と、ティアはしょんぼりとして部屋に戻ろうとする。
「てぃ……」
アクティスが呼び止めようと、手を伸ばしかけると同時に、アイリスの声がした。
アクティスはシュッと手を戻す。
「ティア様。クレイ様がお越しです」
「……? 何か急用かしら?」
今日はゆっくり休むようにと言われたのに、どうしたのか。
「お通ししてよろしいでしょうか?」
「ええ。あまりお待たせしてはいけません。わたくしも参ります」
ティアはそう言うと、聖女モードに切り替えて微笑むと、アクティスを伴い、アイリスについてゆく。
「聖女様、……お休みのところ、失礼いたします」
ティア達がエントランスまで移動すると、オーケヌスの侍従兼、護衛のクレイが待っていた。
「いえ。お待たせいたしまして、申し訳ございません。……何かございましたか?」
挨拶をし、用件を聞くと、クレイは少し微笑んで、手にした包みを差し出す。
「オーケヌス殿下より、聖女様に。……時間を持て余していると思うので、届けるように、と」
「……?」
クレイはその場で包みを広げて見せた。
中に入っていたのは、一冊の分厚い図鑑だった。
「これは……?」
「薬草図鑑だそうです。……以前、こちらの侍女の一人が詳しいとお話をされていましたが、そのときの御様子から、聖女様も興味があるのではないかと思われたようなのですが……」
そこまで話して、クレイはククッと笑う。
ティアは不思議に思い、首を傾げた。
「失礼いたしました。……何というか、婚約者への贈り物が図鑑とか。我が主は少し感覚がズレていますよねぇ。小物とか、装飾品とか、もう少し気の利いた物にしたらいいのでは、と提案はさせていただいたのですよ」
「いえ! わたくし、お部屋で何をして過ごそうと悩んでいたところですので、とても嬉しいです! 殿下にお礼をしなくては」
ティアにしてみれば、貴金属や宝石、高価な小物をもらう方がよっぽど困るのだ。
毎日纏う衣服でさえ、自分には過ぎた物だと思っている。
アイリスが受け取ろうと歩み寄る。
するとクレイは、あぁ、すみません。と言って、ティアの前に進み出た。
「主より、直接聖女様にお渡しするように、申しつかっておりますので」
そう言ってティアに包みを差し出す。
「……?」
「それから、主から伝言です。『何かあれば、必ず私を頼るように』と」
チラッとティアの後方に目を向けた後、ニコリとわざとらしい笑顔を浮かべた。
「わかりました。ではさっそくお礼状を……」
「あぁ、それには及びません。それよりも、そちらの図鑑をぜひ、ゆっくりとご覧になってください。……お礼はそれからで」
そう言い残し、クレイは戻っていった。
ティアはそのまま部屋に戻ると、リリアナにお茶をお願いし、図鑑を開く。
「わぁ……すごい」
それぞれの特徴を捉え、詳細に描かれた薬草。芽吹く季節や開花時期、実のなる時期はもちろんのこと、生息地域、効能、薬草ごとにまつわる言い伝えまで、事細かに記されていた。
研究熱心であるのか、ところどころ修正が加えられている。
「失礼いたします!」
リリアナがカートを押しながら入ってくる。
「ティア様。今日のハーブティーはリラックス効果の高めのものになっております。ゆったりとしたお時間をお過ごしくださいませ」
そう言って、中身の見えるガラス製のポットから、同じくガラス製のカップに注いでいく。
シトリンのような黄色が、部屋の照明の光を反射して、きらきらと揺れている。
どうぞ、お召し上がりください。と置かれたカップを手に取ると、ふわりと心地よい香りが鼻をくすぐり、ティアは思わずうっとりと目を細めた。
カップを小さく揺らし、もう一度香りを楽しんでから、一口。
「いい香り……それに、優しい味がします」
「良かったです。がんばって淹れたかいがありました……っと、ティア様、ちょうどそちらのページに載っている薬草ですが……」
と、リリアナは開いていた図鑑を覗き込む。
「これですか?」
「はい。ジェイス、という薬草で、今お持ちしましたハーブティーは、主にこちらの薬草を使用しているんですよ」
リリアナはニコニコ笑顔で、栽培棟で育てているんです! と力説する。
「栽培棟?」
「リュリュイエでは、魔法の研究に負けず劣らず、薬草の研究も盛んなので。私は調薬師の免許を持っていますから、栽培棟への出入りも許可されていますし、独自の研究もしています」
今は専ら、ティア様のお好みとお身体に合うものを研究中です! などと言うことを言いながら、リリアナは退出していった。
(栽培棟かぁ……ちょっと見てみたいかも)
せっかく図鑑を頂いたのだから、実物も見てみたいなとティアは思いつつ、パラリ、パラリ、とページを捲っていく。
図鑑、と言っていたが、これは誰かの研究記録ではないかと思うほど、様々な情報が書かれている。
(ん……?これ、何だろう?)
最後のページに、淡い水色の封筒が挟まれている。
封を開けると、同じ色の便箋が入っていた。
そっと取り出し、丁寧に畳まれたそれを開けば、ふわりと爽やかな花の香りが漂う。
便箋は、二枚重ねになっていた。
一枚には何か書かれている。
もう一枚には何も書かれていなかったが、隅の方に、サファイアを思わせる、深い蒼の印が押されていた。
――最後まで大人しく読んでくれたようで何よりだ。
君は好奇心が強いが、何か気になることや、したいことがあったら、必ず、私に相談するように。
君のことをきちんと知らない者では、いざという時に対応出来ないだろう。
今の君を、正しく護れるのは、私だけだ。そのことを忘れないように。
追伸:何も書かれていないもう一枚の紙は、魔法の力で届く手紙だ。魔力を込めながら、君が届けたい相手のことを念じれば、その相手に届く。必要があれば使ってくれ。
(オーケヌス殿下……)
繊細で美しい字で書かれた文字。……殿下ははこんな字を書くのか、と思いつつ、言葉の裏を探る。
(届けたい相手のことを念じれば……ねぇ)
状況を考えれば、殿下に宛てて書くようにってことだよね。とティアは苦笑する。
せっかくなので、図鑑の御礼と一緒に、誰に相談したらいいかわからない……というよりは、これはオーケヌスに相談しないと叱られるであろうことを書いてみることにした。
オーケヌス本人の意思なのか、それとも、怜夜の魂がそうさせるのかはわからない。が、頼れと再三言われているのだ。ここは頼っておくのが正解だろう、とティアはペンをとる。
――素敵な図鑑を届けてくださり、ありがとうございます。とても興味深く、あっという間に最後まで読んでしまいました。
素晴らしい内容でしたので、ぜひ実物の薬草を見てみたいと思うのですが……
散策をしながら薬草の栽培棟を見学……などということはできますか?
皆さまのお邪魔になるようでしたら、栽培棟の中までは入らなくても構いませんので……。
というようなことを書き連ねた。
どちらかと言うと、見学は口実。……要するに、外に出て散歩がしたいだけだ。
「これでよし。……あとは、魔力を込めながら、相手のことを考える……」
ティアは手紙を畳むと、手のひらにのせて魔力を集め、オーケヌスの元へと届くように念じる。
白い輝きが手のひらの上の手紙を包み込み、ぶわっと弾けたかと思うと、細い鎖のような形になってきらきらと輝きながら、閉じたままの窓に向かって飛んでいく。
ティアはおもわず立ち上がり、輝く鎖を追いかける。
窓をするりと通り抜け、城の方向へ飛んでいったところで、見失ってしまった。
「わあ……」
光を見失った方向を、じっと見つめながら、ティアは思う。
(やっぱりここは、私の住んでいた世界とは違うんだ……)
次回は木曜夜です。




