53:力を抜いて
オーケヌスとの話し合いから、一夜明け。
今日は、少し休んだ方がいいというオーケヌスからの提案により、ティアはその言葉に甘えることにした。
「……とは言っても、何をしようかな……」
私室を出て、廊下を歩きながら、ティアは呟く。
少し気持ちが沈んでいるからか、何かしたいという気も起きない。
真っ白な壁には大きな窓がいくつもあり、よく磨かれた艶やかな水色のタイルが敷き詰められた廊下の中央には、真っ赤な絨毯が伸びている。
窓の外を眺める。今日も良い天気だ。
庭をよくよく見ていると、わりとたくさんの人が居ることに気がつく。
草木の手入れをしている何人もの庭師、小さな建物がたくさん建ち並んでいて、人が出たり入ったりしているのが見えた。
城に近い方には、かなり広そうな広場がある。
広場の半分では騎士たちがピシッと整列し、反対側半分では、ローブをまとった人たちがいくつかのグループに分かれて何かしているようだ。
(……何してるんだろう?)
ティアは窓に近づく。
「……何か気になる?」
護衛としてついて歩いている、騎士のアクティスが声をかけてきた。
「……いつもあんなに大勢集まっていたかな、と思いまして」
横に並んだアクティスの顔を見上げ、ティアは首を傾げる。
するとアクティスは一瞬止まったあと、つつーっと窓の外に視線を移す。
「……?」
「……今日は、合同訓練の日なんだ」
「合同訓練? ということは……やはりあれは、騎士と魔法師……!」
アクアマリンのような澄んだ瞳をキラキラと輝かせて、ティアは窓に張り付く。
「……ああいうのは、あまり見たことがない?」
「……あっ」
アクティスの問いに対し、えっと、その。と、途端にオロオロと何か言い訳を探しているように見える。
(私がここの人間じゃないと、気付かれないようにしなくては)
「え、ええと、あれほど大規模な訓練は、初めて目にしますので」
「……そうだよね。年に四回程度しかやらないから」
(……隠し事してるのがバレバレなんだよなぁ)
少し親しくなって、わかったこと。
基本的にティアは人見知りだ。初めて顔を合わせる者や、たまにしか会わない者に対して、とても警戒心が高い。
そのため、本当に上手に『聖女』の仮面を被り、演技をしている。
少し慣れてくると気が緩むのか、たまに『素』の部分が見え隠れするようになる。
アクティスはこの二週間と少しで、それなりに親しくなれたと思っている。
だが、彼女が本当に抱えている真実の部分に関しては、見せてもらえていないと感じていた。
(何か隠そうと警戒を強める時に、言葉と態度が少し変わるんだよね)
「……アクティスは、参加しないのですか?」
窓の外をじっと見たまま、ティアは尋ねる。
「ティアの護衛の方が大事だからね」
「そういうものですか」
「当然だよ」
二人で窓の外を眺めながら、しばらくやりとりをする。
「……そういえば、アクティスは色々教えてくれるって言っていましたよね」
ほら、初めて会った時に。とティアが言う。
そういえば、変わった格好をしていて、都のこともあまり知らない様子だったなぁと思い出す。
(あの時は、興味本位で近づいて、少しからかったりもしたな)
「僕に答えられることなら、なんでも」
ティアは、やった! と弾けるような笑顔を見せる。
昨日はだいぶ塞ぎ込んでいたので、アクティスは少し安堵した。
「じゃあ、まずは……騎士のことから……」
騎士団は、全部で三つある。
王族直属である近衛騎士団は、主に城内で活動している。そのため、その顔ぶれは貴族がほとんど。
第一騎士団と呼ばれるのは、主に神殿の安全を維持する者たちの集まりで、聖職者の家系が多い。
第二騎士団は、城下、つまり民が暮らす街中の治安を維持するという役目がある。民と近い視点が必要な場面もあるため、貴族出身の者と、一般から入団試験を経て入団する者とが半々だ。
有事の際には、その垣根を超えて一丸となって行動するとされている。
それぞれの騎士団にはもちろんリーダーとなる騎士がいるのだが、全てが集まった時には、王家の指示の元、近衛騎士団の団長が指揮をとることになっている。
「では、今日は全ての騎士団が集まっているんですね!」
「そうだよ。……こちらから見て、左から順番に、近衛騎士団、第一、第二、と並んでる」
よく見ると装備も違う気がしますね、とティアは相槌をうつ。
「魔法師のほうは……?」
……いち、に、さん、し、ご、ろく……
人差し指でグループの数を数えてから、あ! と言った後、ティアはくるりとアクティスの方を振り返る。
「精霊と同じ数……!」
「正解。みんな同じようなローブを纏っているけど、よく見ると刺繍の色が異なっているんだ」
そう言ってアクティスは、ティアにもう一度外の見るように促す。
「ほら、あの一番手前の集まりは、何の属性かわかるかい?」
「ええっと……刺繍の色が緑色のように見えますね……風属性ですか?」
「その通り。風属性魔法を得意とする彼らは、シルフ隊と呼ばれている」
魔法師団は、王家の直属で、光の魔法師たちのウィスプ隊、闇の魔法師たちはシェイド隊、火の魔法師たちはサラマンダー隊……と、其々の属性を司る精霊の名が付けられている。
魔法師団が出撃するのは、王家に依頼し、許可を得られた場合のみ。
その多くは貴族の家の出身だが、稀に一般からも突出した才能を持つものがいたりもする。いずれにしても都の精鋭達であり、大切にすべき存在。
ただ、その強大な力の危険性から、王家で管理することにもなっている。
……ちなみに、聖属性持ちは希少であるため、少しでも持っていることがわかると、入隊を持ちかけられる。
「……あれ? わたしは……?」
「ティアは聖女だからね。別枠だよ」
そうなのですか。と、笑顔のまま再び窓の外を見つめる。ただしその横顔からは、先程までの輝きは消えていた。
(うーん……ティアは真面目なんだよなぁ)
アクティスは、言葉選びに失敗したかな、と思いつつ、言葉をかける。
「……僕も、セレストル家の名が、重く感じることがあるよ。……それに、優秀すぎる姉の存在も」
「……え?」
ティアは顔を上げる。突然何を。とでも言いたそうな顔だ。
いつもより、少しだけ真剣な顔をしたアクティスは、言葉を続ける。
「でもね、優秀な姉が居ようが、高貴なセレストル家の出身だろうが、その前に、僕は僕だ。公の場ではちゃんとするけど……そうじゃない時は、肩の力を抜いたって良いと思ってる」
ティアはぱちぱちと瞬きをした。
コホン、とアクティスは咳払いを一つ。
「あー。……ティアは、聖女で、今度は王子殿下の婚約者という立場にもなる。……他にも、何か抱えているものがあるのかもしれない。それでも、ティアはティアだよね? 他の誰でもないはずだ」
(私は、私……)
アクティスの言葉が、心に沁み渡っていく。
「だから。ミオティアル様の代わりとか、そういうことは置いておいて。……自分を出せるところだけでも、力を抜いてもいいんじゃないかな」
(そう、か……)
「ずっと気を張ってたら、疲れちゃうしね」
アクティスは、いつかしたようにチロリ、と舌を出す。
「ありがとう、ございます」
そう言うとティアは、さっきよりずっと自然に微笑んだ。
その顔をちらと確認して、アクティスは青い空に目を向ける。
陽の光が輝き、その眩しさに目を細めた。
(……やっぱりキミには、その笑顔が似合う)
――アクティスは、この笑顔を守るためなら、強くなれるような気がしていた。
次回更新は火曜昼です。




