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52:話し合い



「こ、婚約について……ですか?」


 オーケヌスは、事前にしておかなければならない話もあるからな。と言う。


「そう身構えずとも良い。元々今日は交流を深めるという建前で会っているのだ。それらしいことも必要であろう?」

「え、えと……それは、そうかもしれませんが」


 癒しの術を使いこなせるようになることが喫緊(きっきん)の課題だと思っていたティアは、思ってもみなかった話に慌てながらも、別室で待機していたアイリスに、お茶の準備をお願いする。



「婚約についてのお話ということでしたら……一つ伺ってもよろしいでしょうか?」

「なんだ?」


 それほど大きくないカフェテーブルに、二人は向かい合わせに座る。

 アイリスが退出したあとティアは、オーケヌスにお茶を勧めつつ、気になっていたことを口にする。


「その……女王陛下と、王配殿下……それに妹姫様はなんと……」


 先日の騒動の件もあるので、言葉尻が段々と小さくなってしまう。

 ああ……とオーケヌスは左手を額にあて、一度目を閉じる。


「本当なら母上には、反対の隙を与えないように、全て整えてから報告をするつもりだった」


 (え?)


「……だが先日、諸々の報告に上がった際に、もう、知られていることがわかった……すまない」


 (なんでそこで謝るんですかっ?)


「……なぜ先に言ってくれないのだとまで言われた……今度連れてきなさいとも」

「えっ……ええっ!?」


 ティアは自分も一口……と手にしていたカップを危うく落としそうになる。


「君に負担をかけるのは、本意ではないのだが……なるべく早くに会ってもらう必要がある」


 まぁ、表立って反対されるような雰囲気ではなかったから、なんとかなるのではないか。とオーケヌスは言う。


 (そういう、問題では、ないですよね!?)


「そのようなわけで、少しでも多く君と話をするべきだろうと、クレイから進言を受けた」

「……なる、ほど……?」


 たとえこの婚約が形だけのものだとしても、周囲にはその事を悟られてはならない。

 さらに、オーケヌスは次期王。その婚約者となる者は王妃となる。

 二人がきちんと交流していることを周囲にアピールすることも必要だし、現女王、王配への挨拶は必須だ。


 特別な事情が増えてしまったので、それについても話し合いが必要なのでは、とティアは考える。

 ミオティアルの現状は、自分しか知らない。それに、怜夜のことはどうするのだろう。


 ティアは、先程落としかけたカップを手に、むむむと眉を寄せる。


 それから、紅茶を一口、コクリと飲む。


 ふわりとジャスミンのような花の香りが広がり、ホッと表情がゆるんだ。

 アイリスは、よくわかっているなぁと感心しつつ、ティアはまた考え込む。


 女王陛下と会ったのは、ここに来てすぐ。その後は会っていない。

 考えれば考えるほど、どうしよう、と不安になる。



 あれやこれやとティアが考え込む様子を、オーケヌスは頬杖をつき、黙って見つめる。


 (……全く面白いな)


 王族であるオーケヌスの周りには、あまり感情を顔に出すことをしないものが多い。

 対してティアは、ころころとその表情が変わる。本人は隠そうと努力しているのだろうが、見ていても飽きない程度にはわかりやすい。


 (……初めの頃はもう少し上手く隠していたか? とすると……)


 侍従であるクレイが言っていた事を思い出す。護衛や侍女には気を許しているようだと。

 今のこの状況は、自分にも多少気を許してくれるようになったのか?と、オーケヌスは感じた。


 オーケヌスは、手元のカップを、口へ運ぶ。少しぬるくなった紅茶からは、優しい香りがした。

 気持ちを落ち着かせる効果がありそうだ。


 自然と口の端が上がる。


 出された物は基本的になんでも『美味しいですね』というティアは、好みが把握し辛い。

 紅茶を準備した侍女と、表情を拾えた自分に拍手喝采を送る。


 紅茶を一口飲むと、カップを置いた。



「それから、トゥエリラーテの事だが」

「……はい」


 トゥエリラーテとは、オーケヌスの妹のことだ。

 乱入騒動の後から、ずっと気になっていたティアの表情は、自然と緊張したものになる。


「……あれは今、謹慎中だ。都やこの地に住まう民の安全よりも、自己の感情を優先するようでは、王族としての心構えに問題があると判断された」


 本来ならばもっと重い罰を与えなければならないのだが。とオーケヌスは続ける。


「……あの」


 失礼ながら、と、ティアが口を挟む。


「どうした?」

「妹姫様は、何か御事情があったのではないのですか? ……例えば、誰かに何か、言われたとか……」

「なぜそう思う?」


 オーケヌスの目が興味深げな色になる。


「トゥエリラーテ姫様の護衛についていらっしゃる、セルレティス様ですが……」

「ああ、ミオティアルと共に私の幼馴染だが……彼女がどうかしたのか?」


 (……これは、言って良いのか悪いのかわからないけど)


 今から自分が告げようとしていることは、自分の中でも整理がついていないこと。

 本当ならオーケヌスではなく、怜夜に問う方が良いのかもしれない。


「そ、その……」


 カップを持つ手がカタカタと震える。


「……大丈夫か?」


 大きな手が向かいから伸びてきたかと思うと、ティアのカップを持つ手を包んだ。


「あ……」

「……セルレティスが、どうかしたのか?」


 オーケヌスの瞳が、ティアを見つめている。

 その目は、言ってみろ。と言っているようだった。


「……似ていたんです。見た目も、雰囲気も」

「似ていた?」

「はい……セルレティス様と、わたくしの親友、那月」


 (先日叫んでいた名か)


「ですから、あの時、どうしてもセルレティス様に確かめたかった……でも、わたくしのことなど、全く知らない様な態度でした」


 それから、とティアは続ける。


「……昨日の『魔女』。彼女も那月と似ていました」

「どういうことだ……?」

 

 オーケヌスの蒼い瞳に戸惑いの色が浮かぶ。


「わかりません……ただ、那月が、言っていたことがあって」


 ティアは、大きな手が重なったままの自分の手を、きゅ、と握りしめる。

 ゆっくりと瞬きをすると、オーケヌスと目を合わせる。


「……『私たちは器なの』と。魂を取り込まれてしまったとも、言っていました。『器』とは、なんなのですか……?」


 オーケヌスは、口を開きかけ、閉じる。


 騎士のセルレティスと、ティアの親友だという、アルシエの住人、那月。それから『魔女』。

 『器』となる者が、姿形、雰囲気がそっくりだということは知っていた。

 そして今回オーケヌス自身が、自分の中にあるもう一つの魂である、伶夜の存在を知った。さらに条件によっては、その『もう一つの魂の元の姿』になることもできるということを、自らの身に起こったことで、証明した。


 (足りない情報が多い……今の段階では、何も断定できぬな)


 黙り込んでしまったオーケヌスを見つめる、そのアクアマリンの様な瞳は、不安の色に揺れているように見える。


「……殿下にとっての『器』と呼ばれる存在は、伶夜(レイお兄ちゃん)、で合っていますか?」

「…………そうなる」


 オーケヌスの声が、沈む。

 その手に僅かに、力がこもった。


 (その先は、言わないでくれ)


 オーケヌスは、『器』の意味を知っている。


 ――神から続く一族の、血筋を守るため、神から与えられし秘術。神に連なる高貴な血筋の魂に異変がありし時に発動し、その傷ついた魂が補完される――


 魂がどこから補完されるのか。それは、『器』に宿った、言ってみれば『予備』の魂。


 伶夜と話したことで、ティアも気づいたのだろう。


「わたくしは……つまり、ミオティアル様の、『器』だと」

「…………」


「初めから、わかっていたのですね。わたくしが、誰によって喚ばれたのかも」


 オーケヌスはきつく目を閉じた。


 

 わたくしのことは、まずは置いておきます。と、ティアは続ける。


「……那月はどうなのでしょう? わたくしは、セルレティス様からも彼女を感じましたし、『魔女』に関していえば、那月そのものでした。……那月の言うことが本当だとするならば、彼女は一体、どちらに取り込まれたのでしょうか?」

「それは……」


 (『魂合の術』の発動条件は、魂に異変があった時だ。『魔女』の情報はないが……セルレティスは、ここ最近で、何か異変はあっただろうか……?)


 ティアは、重ねられた手をそっと外し、膝の上で握りしめていた右の拳を、その上からさらにグッと握る。


「……もしも、もしもです。……『魔女』とセルレティス様、どちらか……あるいは両方が、なんらかの理由で『聖女』を狙っているのだとしたら……」


 ティアはそこで言葉を切ると、小さく首を傾げる。

 まだわからないことが多すぎて、確信を得られない。

 オーケヌスは、トン、トンッと指でテーブルを叩く。

 

(ミオティアルの失踪に、先日の襲撃……いや、セルレティスは、かつて『魔女』によって誘拐されている)


 繋がりそうで繋がらない。やはり、女王と話さなければならないか、と思う。


「ですから……妹姫様は、利用されているのではないかと思ったのです」


 あの時のあの叫びは本当に辛かった。心の底からミオティアル様を思っているのだと感じた。とティアは言う。


「……わたくしは、自分が帰りたい一心で、取り込まれることを拒みました。でもそのことで……」

「……ティア」


 急に呼ばれた名前に、ドキリとする。


 オーケヌスの蒼い瞳が、ティアの方を向いていた。


 ティアの沈んだ表情から、一つでも多くの情報を得ようと、じっと見つめる。


 (トゥエリラーテが乱入したあの時震えていたのは、自分を責めていたのか)


「私は、何があっても君を護ると決めている。だからもう、自分を責めることはするな」

「ありがとう……ございます……」


 真っ直ぐに伝えてくれるオーケヌスの、本当の感情は、ティアにはわからない。

 でも、オーケヌスは、自分のまとまらない話に対しても、不安な気持ちに対しても、きちんと向き合ってくれているのだとは感じていた。



「それで、面会当日についてだが」

「はい」

「……先ずは、婚約の承認をもらうことが最大の目的だ」


 オーケヌスの言葉に対してティアは、先程考えた懸念を伝える。


「……女王陛下には、どこまでのことを、お伝えするのですか……?」


 オーケヌスが隠しておきたいことまで話してしまうわけにはいかない。と。


 オーケヌスはゆっくりと頷く。


「私もそれについて、すり合わせが必要だと思っていたのだ……母上には私が話をするので、君は、出来るだけ合わせるようにしてほしい……ただ、どこまで話すかは、その時に判断することになるとは思うが」


 女王がどこまで知っているかにもよるから、相手の出方を見ながら、伝える内容を決めるらしい。

 時間は少ないが、できる限りの準備はしておくので、自分に任せてくれ、とオーケヌスは言った。


「初めにも話した通り、君の安全や、その他の点から考えても、この婚約は理に適っている。……女王との面会においても、君に負担をかけるつもりはない。だから、案ずるな」

「……わかりました」


 ティアは、オーケヌスの言葉に、コクリと頷いた。

 


 

次回更新は木曜の夜です。

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