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51:訓練と王子殿下


 聖属性の魔法の訓練が始まった。


 昨日の件もあり、やはり早急に特訓が必要だろうということになったのだ。


 ただし、二人ともあまり訓練に向いた服装ではない。

 『婚約する二人が、親交を深める』という建前を設定している以上、司祭の服や訓練用の服装で会うわけにはいかなかったからだ。

 それでも、いかにも、という格好をしているわけではなく、少し洒落た普段着、程度ではあるのだが。

 


「……それにしても、クレイ様は本当に優秀なのですね」

「ん?」


 事件が立て続けに起こったというのに、訓練が始まると思っていなかった。と、教本をめくりながらティアは言う。


「……殿下は、とてもお忙しいのですよね?」

「君が気にするほどのことでもない。……むしろ、君の体調の方が心配なくらいだ」

「わたくしの体調などそれこそ気にしなくて良いのですが……」

「……今なんと?」


 オーケヌスの眉間に皺が寄る。


「君は、自分の価値をわかっていないようだな。……都の安全は、君にかかっているのだが、自覚しているか?」

「う……そう、でした」


 申し訳ありません。と謝るティア。


 


 聖女が祈りを捧げて維持している、都を護る結界について、ティアが正しく知ったのは、都について学ぶようになった最近のこと。

 

 祈りの間――正しくは結界の間というらしい――の床に描かれた、巨大かつ、複雑な魔法陣は、このリュリュイエの都が神々の手によって創られた時からあるらしく、【守護女神テティスの陣】と呼ばれている。

 これは、都をすっぽりと覆い隠し、外部からの悪意ある干渉を一切断ち切るための結界を起動するための魔法陣。

 もしも結界に綻びが生じるようなことがあれば、外部から悪意あるものが侵入してしまうと言われている。

 

 悪意あるものというのが一体なんなのか、ティアにはわからなかったが、そのように言い伝えられているとすれば、何かわからないからこそ、恐怖に感じるのかもしれない、と感じた。



 しょんぼりとするティアに、オーケヌスは表情を戻して告げる。


「……君に負担を強いることになるのは、心苦しく思っている。……すまない」

「いえ……自分で選んだようなものですから」


 ティアはそう言って、ミオティアル様の場所はきちんと守ります!と意気込む。


「……そうか」


 オーケヌスは呟く。


「あ、でもですね……」

「……ん?」


 ティアは一瞬、目を泳がせてから、口を開く。

 

「その……お忙しい殿下のお手を煩わせることで、我儘な、こ……婚約、者だと、思われたら困ります……」


 婚約者、と言うのに少し口ごもってしまい、視線が下を向いてしまう。

 するとオーケヌスはクスリ、と笑みをこぼして言う。

 

「……その考えは無かったな」


 (ええー……)


 唖然とするティア。


「君の育った地では、そのような考え方をするのか?」

「……人によるとは思いますけれど……それと、二人の関係性にもよる……でしょうか」


 では、大丈夫だな。とオーケヌスは言う。


「聖女の存在は、神聖なものだ。それに、君の振る舞いを見て、そのように思う者はおるまい」


 え? とティアが首を傾げるのに対し、オーケヌスは何食わぬ顔で言葉を続ける。


「君は基本的に遠慮がちな性格のようであるし、使用人達を気遣うこともできる。そのような者が、我儘で婚約者を振り回すなどとは思えぬだろう。……ただ、少々好奇心が強いようではあるがな」

「う……も、申し訳ございません……」


 昨日のやらかしやら色々と思い出し、がっくりと肩を落とす。 

 そんなティアを見て、オーケヌスはフフッと笑う。


 (殿下、今日は何だかよく笑うなぁ)

 

「わからないところはあるか?」

「……書かれていることはだいたい理解できました。……実践は、必要かも知れませんが」


 昨日の魔力ばら撒き事件は制御がなってない結果で、オーケヌスの頬の傷を癒したことについては、ティアは無意識にやってしまったのであまり記憶に残っていない。


 ティアの訴えに、オーケヌスは少し難しい顔をする。

 

「……本来ならば、見習い期間で実際に怪我人を相手に訓練するのだが……」

「ああ……それは難しいですね……」


 ふむ。とオーケヌスは頷くと、懐からナイフのような物を取り出し、無造作に鞘から引き抜く。


「えっ?」

「実践するのだろう?」

「えっ? ええっ?」


 一体何をするつもりなのかと、ティアの頭は混乱する。


「ち、ちょっとまって……」


 キラリと光るナイフの刃を目に狼狽えるティアに対し、オーケヌスはこともなげに言う。


「私の指先を少し傷つけるだけだ。君に何かするわけではない」

「え、そ、そういうことではなくってですね……」


 (殿下の指を切るだけでも問題なのでは?)


「……何を心配しているのかわからぬが、これくらいの傷は私でも癒せる。君の聖属性は私より遥かに高いのだから、何も問題ない」


 そもそも、君は昨日、私の頬の傷をきれいに治してしまったではないか。と言って自らの頬を見せる。


 そこには、傷があったことすらわからないほど、元通りの綺麗な肌があった。

 

「……かすり傷、でしたよね?」


 そんなに重症じゃなかったはず、とティアは記憶している。

 しかしオーケヌスは目を閉じ、首を振る。


「……私が考えていたより深刻だった。……あの魔法攻撃には、かなり濃い闇属性の魔素が含まれていた」

「……魔素」


 ティアはハッとする。


 (もしかして、あの時の顔色は……)


「そ……それって……何も知らないわたくしが治療したらいけなかったのでは……?」

「君の聖属性が極端に強いので、全く問題なかった。むしろ他の司祭たちでは難しかったかもしれないな」


 恐る恐る尋ねるティアに、オーケヌスは淡々と事実を伝える。


 魔素を含んだ攻撃に対しての防御や治療には、相対する属性を含む魔力を持つ者が適している。

 

 今回の場合は、『魔女』が放った魔法攻撃が闇の属性であったため、盾に関しても、通常の『守護の盾(プロテクト・シールド)』ではなく、それと相対する聖属性、光属性を含んだ『祝福の盾ベネディクト・シールド』を選んだ。

 

 魔素の含まれた攻撃にはそれぞれ特徴があり、闇属性の場合は、『侵蝕』という、対象の精神力や体力を徐々に奪っていくという特性がある。

 傷の程度より、受けた攻撃の魔素の濃度の方が問題なのだ。

 実際、『魔女』の持つ闇の属性値がとてつもなく高かったようで、かすり傷、と放っておくのは、実は危険なことだった。


 (殿下、後回しにしようとしてたよね……)


「君が意識を失いかけながら、私に癒しを施したのには驚きと焦りが先に出てしまったが、本当に助かった……感謝している」

「い、いえ……わたくしは、ほとんど意識がとんでいましたから……」


 ティアは、両手を顔の前でふりふり、言うのに対し、オーケヌスは少し呆れ顔になって言った。


「謙遜するのは構わぬが、もう少し色々自覚した方が良いな。君は自分のことに無頓着すぎる……心配だ」


 さて、今日はこのくらいにしておこう。と、オーケヌスは片付けを始める。


 (え? あれ? 実践するって……)


 ティアはこてりと首を傾げながらも、席を立つ。

 先ほど懐から出したナイフをしまうオーケヌスの方をちらりと見ると、彼もまた、こちらを見た。

 

「……本当に実践すると思ったのか?」

「しそうな、勢いでしたので……」


 (だってナイフまで出してたよね?)


「……ほんの冗談だ。実技の方法はまた考えておく……なんだ、その顔は」

「笑えない冗談はおやめください……」


 少し怒った顔でティアは答える。本気で慌てたのだ。これくらいは許されるだろう。と思う。


「……そもそも、昨日はあのようなことがあったのにも関わらず、夜の儀式も、今朝の儀式も行ったのだ。それ以外で魔力を行使させたくない」

「う……」


 その顔色を見れば、体調が悪いことくらいわかる。とまで言われてしまえば、ティアは何も言い返せない。

 

「……君は責任感が強すぎる。あまり無理をするな」


 オーケヌスはそう言って、俯くティアの頭に優しく触れた。


 

 (そういえば、レイお兄ちゃんもよく頭を撫でてくれたっけ……)


 などとティアが思い出していると、オーケヌスはそのまま、じっとティアを見つめる。

 

 (……な、なんだろう。なんだか、様子が違う?)



「それと……君の体調が許すのなら、今後の話をしたいのだが」

「こ、今後とは……?」


 オーケヌスの瞳があまりに真剣で、ティアは一気に緊張する。


 


「君と私の、婚約についての話だ」


 


次回は火曜日ですが、仕事の関係で朝の更新になります。

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