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49:伶夜



 (…………え?)



 ティアの瞳に映るのは、サラリと溢れる絹のような銀色の長い髪。こちらを真っ直ぐに見つめる儚げな灰色(グレイ)の瞳。

 成長して、大人になってはいるが、間違いなくティアの知る、伶夜だった。


「独りにして、ごめん。……よく、頑張ったね」


 そう言って伶夜はティアに微笑みかける。


「な……ん、で……」


 ぽろぽろと溢れる涙。伶夜がそっとその頬に触れると、涙はキラキラと輝き、宙に浮く。

 伶夜は輝きを見回すと、一度、目を閉じる。すると周りを取り囲んでいたたくさんの輝きが一つの大きな光となり、その胸に吸い込まれるように入っていった。


 再び伶夜が目を開く。

 その光景を呆然と見つめていたティアは、信じられない、という表情(かお)で、言葉を発した。

 

「レイ……お兄ちゃん、なの……?」


 (なんで? なんで? だってあのとき……)


 伶夜は澪里の名を呼ぼうとして、一度思いとどまる。


 (……ここでは、彼女の名を呼んではいけない)

 

「……ティア、と呼べばいいかな?」

「あ……うん。ここでは、そう」


 ティアが言葉に詰まり、うまく返事ができないでいると、伶夜はふふっと笑う。


「ティアが、呼んでくれたから。出てこられたんだよ」

「……え?」


 意外な言葉に、ティアは目を瞬かせる。


 (出てこられた?)

 

「ティアがここに喚ばれてから、ずっと見てた。……この身体は、王子様のものだから、ずっと僕は自由に動けなかったんだ」


 

 伶夜は、驚くティアに、ゆっくりと説明する。


 

「僕はあのとき――事故にあったとき、身体を失った。でも、僕の魂はティアと同じで特別なんだ。だから、魂だけになった時に、ここ、リュリュイエの王子様の魂と一つになったんだけど……」


 (……魂が一つになる……それって……)


 ティアは頭の中で情報をひとつずつ、まとめていく。

 伶夜はその様子を見ながら、話を続ける。


「その時に、ある事情のせいで、魂の結びつきに少しだけ綻びがあった。だから、僕の記憶と意識は消えることなく、ずっと王子様の中で眠っている状態だったんだ」


 (そういえば、オーケヌス殿下は、魂がもう一つあるかのようなって言っていた)


「でも……ティアがこちらに来てくれたから。ティアの魔力に触れて、僕は目覚めることができた」


 そこで一旦言葉を区切ると、伶夜は、その手をゆっくりと上げ、ティアの白銀の頭にそっと触れる。


(魔力に触れる……?)


 そんなことがあっただろうかとティアは記憶を探る。

 

「一度目は、ティアが転移した結界の間で、王子様と出会ったとき。……ティアはそのとき一度、魔力を放出している。それがきっかけで、僕の意識が目覚め、表面に出てこられるようになった」


 (あのときの私は、意識がなかったから……)


 憶えてないよね。と伶夜は言う。

 

「二度目は、僕が眠っているティアの意識に呼びかけた、その後。初めての祈りの儀式を終えた後に、僕の夢を見たよね? ティアが僕のことを思い出してくれたときに、感情が魔力の光になって、僕のいる、王子様の身体に飛んできた」


 そういえば、とティアは思い出す。

 目覚めた時に伶夜のことを想って涙が溢れた時に、その涙が光になってどこかへ消えたことがあった。

 あの光は、オーケヌスの元へ飛んでいったらしい。


「その後も、毎日結界の間で、儀式に付き添ったから……ティアの魔力に触れない日はなかった。それから、昨日、ティアが広範囲の癒しの魔法をおこなったとき、魔力の一部が、僕のところへきた」


(……それは、私も見た。私の手のひらに残っていた光は、お城と神殿を繋ぐ回廊を歩いていた殿下のところへ向かっていった)


 ティアは、オーケヌスの胸に吸い込まれるように飛んでいった光を思い出し、コクリと頷く。


「それから、先刻の王子様への支援の魔法と、癒しの魔法。直接作用したものだったから、とても大きな力になった」


 そして、と、伶夜は目を閉じる。


「最後の一押しは、たった今、ティアが僕のことを想って流してくれた涙に直接触れたことと、僕の真名を呼んでくれたこと」


 (……なんか、すごい……。夢みたいな……)


 伶夜は、ゆっくりと目を開け、ティアの瞳を覗き込む。

 

「だからもう、ティアは、自分を責めなくっていいんだ。僕はティアを守るために、一度眠りにつくことになったけど、今度はティアが、僕のことを眠りから目覚めさせてくれた」


 ティアの心臓が、ドクン、と響く。


「だから、もう、ティアは自分のことを責めなくていいんだよ」


 伶夜の言葉に、放心するティア。

 

「う……うう……っ、れい、おにい、ちゃ……っ」


 ティアは、嬉しいのか、切ないのか、今までの罪悪感なのか、よくわからない感情でぐちゃぐちゃになっていた。


 窓から夕陽が差し込み、二人を優しく包み込む。


「僕は今、ここに居る。またティアと出会えた。だからもう、大丈夫」


 伶夜はそう言って、泣きじゃくるティアの身体を引き寄せ抱きしめると、その背に優しく触れた。


「……ただいま」


 


 コンコンッ



 ドアを叩く音が聞こえる。


「……さてと」


 伶夜は、ティアから少しだけ身体を離すと、名残惜しそうに言う。


「そろそろ、王子様に身体を返さなくちゃ。……ここに居るほとんどの人達は僕のことを知らないから」

「あ……えと」


 (那月のことも、『器』についても、まだ聞きたいことがたくさんあるのに)


「ティアが呼んでくれれば、いつでも会える。……でも、安易に呼んだらいけない。今の僕は、リュリュイエの都の王子様の一部」


 伶夜は、灰色(グレイ)の瞳に真剣さを滲ませ、諭すように言う。


「……だから、普段は僕の真名を呼んではいけないよ」

「……うん……」

「……聞きたいことがある顔をしているね?」


 そう言ってクスリ、と笑う。


「僕も話したいことがたくさんあるけど……今はもう時間がないから、また今度。……それと、多分王子様は、このやりとりをわかっているから」

「……え」

 

 まさかの事実に、ティアの顔が恥ずかしさで真っ赤に染まる。

 ずっと見ていたよって、言ったよね? 今は反対になっているだけなんだよ。と伶夜は笑った後、少しだけ、口を尖らせ、


「……その反応は、ちょっと王子様に嫉妬しそうだ」


 そう言ってから、ゆっくりと瞳を閉じた。


 

次回更新は火曜日です。

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