4:それは唐突に
(今日はこの位にしておこうかな)
放課後の教室。澪里は読んでいた資料をそっと閉じ、席を立つ。閉じた資料を右手に抱えると、反対の手でバッグを背負った。
澪里の席は廊下側の一番後ろ、ドアの直ぐ近く。
他にも残っている生徒はいたが、澪里と仲の良い友達は先に帰っていたので、誰にも声をかけないまま、廊下に出た。
ガラガラっ
バタンっ!!
それと同時に、教室前方のドアが乱暴に開けられ、何やら騒いでいるのが聞こえる。
「おいっ!那月先輩が来てるぞ!」
「なっ……マジか!」
「よし!直ぐに向かうぞ!」
入り口付近で戯れあっていた男子二人組が反応したようで、盛り上がっている。
(那月来てるんだ……久しぶりだな)
那月は澪里の一つ年上の幼馴染で、家も隣同士だ。本人はもう卒業しており、進学して地元を離れ一人暮らしをしているのだが、この学校にしかないという貴重な資料に用があるらしく、たまに訪れては、資料の閲覧許可をもらって調べ物をしている。
おそらく彼女は今、資料室にある、一般の生徒には入れない区画にいるはずだ。騒いでいる男子達に連れて行けとせがまれると困るので、彼らに捕まる前にさっとその場を離れた。
「潮崎連れて行くぞ!」
「よし! ……って、あれ、潮崎、もう帰った?」
「さっきまで居たのに……」
彼らの言う『潮崎』とは、澪里の事だ。席が後ろのドアと近くて良かった。と思う。
あの三人は那月が在学中から『那月様にお近づきになり隊』を名乗り、那月に近づくチャンスを窺っている。
澪里はよくダシにされた。とても鬱陶しかったのを憶えている。
(彼らがついてくると、那月の邪魔になっちゃう)
教室の中から聞こえる声に知らんぷりをし、澪里はスタスタと歩き出した。
那月は人気者だ。容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能。剣道部に所属し、全国大会でも高校三年間負け無し。成績優秀で去年は生徒会長も務め、まさに文武両道の高嶺の花。天は彼女に二物も三物も与えてしまったらしい。
若干近寄り難い雰囲気を持っているものの、そこがまた良いらしく、とにかく男子からも女子からも人気があった。
(資料室には私も行くところだし、折角だから那月に声をかけていこう)
◇◇◇
「失礼しまーす……」
澪里は資料室の入り口ドアを開け、声を掛けた。
入り口にある管理人のスペースには、いつも居るはずのその人の姿が無かった。
(お手洗いにでも行ってるのかな)
借りていた資料を、返却ボックスの中にそっと入れると、カウンターに置かれた利用者履歴の書かれたノートを覗く。
七月二十日 十五時 卒業生 夜光 那月
(やっぱり那月、来てる)
きょろきょろと辺りを見回して、誰もついてきていないことを確認すると澪里は歩き出した。
資料室は、第一、第二、第三、と三つの部屋に分かれている。それぞれ、一般生徒用、教師用、研究者用とされ、普通の生徒が入れるのは第一資料室のみ。第三資料室には貴重な資料も保管されているので、普段は施錠され、許可された研究者しか入ることはできない。那月はその第三資料室にいるはずだ。
第三資料室の扉の前に立つ。直ぐ横に設置された呼び出しボタンを押そうとし、扉が少し空いている事に気づいた。
(あれ? 那月、締め忘れ……?)
澪里はそっと扉の隙間から中を覗く。
「那月〜?」
資料棚の手前にある閲覧スペースに、資料が散乱しているのが見えた、その時。
「えっ? きゃあっ!?」
突然、引っ張られるような感覚と共に、部屋の中へ身体が引き摺り込まれ、そのまま床に倒れ込んだ。
後ろでバタンという音がして、澪里は慌てて振り返り、言葉を失う。
(扉が無い!?!?)
あるはずの入り口ドアが無くなって、そこには真っ白な壁があるだけだった。
立ち上がろうとしたが、脚が床に貼り付いたようになって動かない。そのまま再び前を向くと、散乱した資料に紛れた、本の一つが光っている。
あれは一体……?そう思うが早いか、その光から突然大量の水が吹き出して、澪里はあっという間に飲み込まれてしまった。
(誰か、助けて――――)
澪里を飲み込んだ光と水が消え、本がひとりでにパタリと閉じる。
本の表紙には、タイトルが書かれていた。
『祈りの都 ー神々と創造の歴史ー』




