5:不思議な出会い(澪里)
私の身体は、ゆらりゆらりと水の中に漂っていた。
不思議なのは、水の中だというのに、苦しくない事。
冷たくもなく、温かくもなくて。ただゆらゆらと不規則に揺れる髪と、肌に感じる感触が水の中だという事を示していた。
私は、何をしていたんだっけ?
放課後、資料室にいるはずの幼馴染の那月を探していて……第三資料室に閉じ込められて、不思議な光と水に飲み込まれた……。
そうだ!那月はっ!?
あわてて辺りを見回すものの、那月の姿どころか、何も見えない。
『やっと、、、みつけた、、、
、、、、の、、、はん、、
はやく、、、、、、ろへ、、、』
その時、どこからか声がきこえてきた。
聞いたことのあるような、どこか懐かしい声。
「誰……?」
『こっちへ……さぁ、はやく……』
声の主が誰なのか知りたくて、私は歩き出す。水中に居たはずがそうではなくなり、周囲は真っ白な何も無い空間になっている。ただ足元には不思議な帯状の模様が一直線に描かれていて、声はその先から聞こえてきている気がした。この状況を疑問に思いつつも、私は足元の模様をなぞる様に進んだ。
「何……これ……?!」
不思議な模様が途中から浮き上がり、私の周りでぐるぐると回り出す。
……なにが、どうなってるの?
何が起こっているのかわからず、きょろきょろとしているうちに、いつの間にか目の前に神官のような服装をした銀髪の女性が現れていた。
「……えと。あなた……は……?」
「わたくしの名はミオティアル。ようこそ、ミオリ」
首を傾げて問う私に、彼女は優雅な仕草で微笑んで名乗った。でもその後すぐに、酷く哀しい表情になる。
「会えて良かったわ。……私は、都で大切な役目を担っているのだけれど、その最中に誰かに襲われて、封印されてしまったのです」
「……封印? ……なんで私の名前を? というかこれはどういう状況なの??」
ファンタジーな状況と、ファンタジーな存在。そしてファンタジーすぎる展開に、私の頭はパニック寸前だ。
「突然呼び出してしまったから、混乱するのもわかるけれど、落ち着いて聞いて欲しいの。ここは、魂の出会う場所。……封印されて力を失ってしまった私を助けてもらいたいのです」
「助けるって言われても。……どうやって……?」
「貴女にしかできないの。方法はいくつかあるけれど、一番早いのは、私と貴女の魂を融合してこの封印を打ち破る方法なのだけど……」
待って。……融合してってどういう事?そんな事してちゃんと元に戻れるの??
「……夢だ。絶対これ悪い夢だ」
私は頭をブンブンと振って、後ずさる。
「貴女が本来存在する世界が現実だとするなら、私の存在する世界は夢なのかもしれない。でも、私の存在する世界を現実とするならば、貴女の存在する世界が夢と言う事になるわ」
よくわからない言葉に、私は足を止める。
「……そして、常に夢と現実は表裏一体」
「表裏一体……?」
「貴女は私であり、私は貴女でもある。……でも今は、これ以上の事は伝えられないの。ごめんなさい」
そう言うと彼女は、胸元に下がっているペンダントに、白く細い手をあてる。
吹きゆく風よ 流れゆく水よ
彼の者に映せ 我が思う時を
何か呪文めいた言葉を唱えると、その指先が触れている、彼女の目と同じ淡い水色のアクアマリンの様な宝石がパァッと眩い光を放ち、私はその眩しさに、思わずギュッと目を閉じた。
――!?!?
目を閉じた一瞬だった。でも鮮明にそれが見えた。
大きな丸い魔法陣のようなものが床に描かれ、それは金色の半球体で覆われており、その中に、彼女――ミオティアルが倒れていた。
倒れた彼女には黒い靄がかかり、それは確かに、『封印』と呼ぶに相応しい状況だった。
「……これって……」
「……今見せたのは私が置かれている状況。普通なら、あっという間に魂を吸い尽くされて死んでしまっていたでしょう……」
どうしよう。どうしたらいい?彼女を助けるの?
……どうやって?
……私がどうなるかもわからないのに?
できる事なら今すぐにここから逃げ出したい。
緊張で喉がカラカラになる。
人助けは良いことだけど、自分の身を引き換えにする勇気はない。まして、今出会ったばかりの知らない人。
違う。これは夢だ。現実なわけがない。だったら、ここでどんな選択をしたところで、構わないのではないか。
……でも、何かが引っ掛かる。『貴女は私、私は貴女』と言っていた。
もし現実だったら。そう思うと、安易な決断はできない。
「お願い、力を貸して。早く戻らないと、結界が消えてしまうわ。そうなれば、リュリュイエの都は……」
「……他に方法があるって言ってたよね? 私だって、元の生活があるし、家族だっているの。急に呼びつけられて、よくわからない事言われて、その後無事に元に戻れるかもわからないのに、『はいわかりました』なんて返事はできない!」
混乱と、焦りなのか恐怖なのかわからない感情で頭の中がぐちゃぐちゃになって、つい口調が強くなる。
ただ、何故かわからないが、心の奥底で他の感情も動いていた。
――助けなくちゃ。……でも、なんで?
ミオティアルは驚いた顔をした後、ふうっと息をついて、少し俯く。しばらく目を閉じてから、また顔を上げた。
「……わかりました。本当は、私自身が動きたいところなのですが……。お願いの内容を変えます。私が自分で封印を解いて戻るまでで良いので、それまで都を護って欲しい……」
「……私には、何も出来ないと思う。それに、無事に帰れる保証もない」
言いながら、今度は私が俯く。何故か、顔を見られない。
彼女は静かに歩み寄ってから、その場にかがみ込む。そうして、固く握りしめていた私の手を取り、言った。
「私の魔力を少し流しましょう。それで貴女の中に眠っている本来の魔力が目覚めるわ」
「……本来のちから?……私の?」
「そう。私達は元々同じ魔力を持っている。だから、私の魔力に触れる事で、貴女の魔力を呼び醒ます事ができるわ」
ミオティアルは私の掌をそっと解いて、両手で包み込む。暖かな心地がして、指の間から柔らかな光が漏れ出る。
彼女は言葉を紡ぐ。
聖よ 光よ 水よ 風よ
我が魔力を運べ
我が想いを運べ
我が半身を呼び醒ませ
我が半身に加護を与えよ
身体の奥で何かが膨らみ、私の中を巡る。こんな体験は初めてなはずなのに、とても懐かしい感じがした。
「……ミオリ、貴女が元の場所に戻る方法を探すと約束するわ。だから、私が戻る為に貴女の魂がもつ力を少しだけ分けてほしい。今のままでは、何も出来ないから……」
「どうしたら」
「大丈夫。魂に呼びかけて。自然と呪は紡がれる」
こちらを見上げるミオティアルと目が合って、初めて気づく。
彼女がとても思い詰めた顔をしている事に。懇願するかのようなその瞳に嘘はないと、思えた。
「……やってみる」
私は頷くと、彼女が私にそうしたように、今度は私が、ミオティアルの両手を包み込む。
――教えて。ミオティアルに力を分けてあげる方法を。
聖なる力 輝く力
清らかなる水の流れ 柔らかな優しき風
傷ついた我が半身に力を分け与えよ
自然と頭の中に言葉が浮かび、思いの外すらすらと唱えられた事に、自分でも驚く。
ミオティアルの手を包み込んだ掌の中に、柔らかな温もりを感じる。
「……ありがとう、ミオリ。……私が戻るまで、都をお願い」
言いながら、彼女はその場に立ち上がると、包まれていた手をそっと放し、後ろに下がる。
「でも、どうすれば」
「大丈夫。今、とても上手に出来てたもの。同じようにすれば良いわ。困ったら、貴女の魂に従うの」
ミオティアルの話を聞きながら、私は目の前が歪んでいくのを感じる。
……あぁ。……目が醒めたら、全部夢だったら良いのに。
「ミオリ、これだけは憶えていて。決して貴女の本当の名前を名乗っては駄目よ」
「……本当の名前……?」
「そう。都に着いたら、『ティア』と名乗ると良いわ。誰にも言っては駄目。それと、私の事も。……約束よ?」
「待って。一つだけ教えて。……那月……私の友達は……っ」
しだいに形を失ってゆく彼女に必死で声をかけるが、その声に対する返事はもらえないまま、無情にも私の目の前は白で埋め尽くされていった。