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46:対峙



 きいいいんっ!!



 オーケヌスとティア、二人掛かりでかけた『祝福の盾ベネディクション・シールド』に、魔女の放った魔力がぶつかり、弾ける。


 その直前、ティアはオーケヌスの(まと)っているマントに包まれていた。


「く……っ」


 盾を張るオーケヌスが呻きをもらす。

 ティアはマントの隙間から、その顔を見上げた。

 黒い魔力の余波をうけたのか、頬に血が滲んでいる。


「殿下、お怪我を……!」

「後でいい、それより今は」


 この状況をどうにかしなければ。と、マントの中から出てきたティアを、自身の後ろへと下がらせる。


 さっきまで那月であった黒い魔女は、裾の長いドレスを引きずりながら、こちらへ近づいて来ていた。


 少し離れたところで、立ち止まる。

 那月の姿の時には気が付かなかったが、そこに佇んでいるだけで強烈な圧力(プレッシャー)を感じる。


「……リュリュイエの王子か」


 金色の瞳に冷たい輝きを湛え、魔女は呟く。

 那月の声も低めで落ち着いた響きがあるが、それよりもさらに低く、地を這うような声に、ティアは身体がぞくりとした。


「……」


 オーケヌスは答えない。その代わりに、ティアに何か合図をする。

 後ろに回された手の人差し指が一本、ゆっくりと動き、宙に文字を書く。


 こ・ろ・も――衣?


 た・て――盾!


 ティアは大急ぎで、守護の衣と守護の盾を準備しようとして、はっと気がつく。


 (ちがう! さっきの聖属性の方!)


 一人分の魔力で足りるのか不安ではあるが、やるしかないと覚悟を決めた。

 何より、今、自分が必要とされていることが嬉しかったのかも知れない。


 さっきはオーケヌスの盾に増幅をかけるための呪を紡いだが、今度は自分が発動させなければならない。教本で読んだ内容と、オーケヌスが紡いでいた呪を参考に、祝福の衣ベネディクション・ローブと、祝福の盾ベネディクション・シールドの呪を紡ぐ。


 (予習していて良かった)

 

「……何用だ」


 呪を紡ぎ始めたティアを目の端に確認すると、今度はオーケヌスが魔女に問う。

 彼もまた魔女の放つ圧力にやられ、喉はヒリヒリとし、背中にはじっとりと汗が滲んでいた。


 (……まずいな、何とか時間を稼がなければ)


「そこの『器』に用がある。……もっとも、本人はわかっておらぬようだが」

「……彼女をどうするつもりだ」


 ティアは呪を唱えつつ、オーケヌスの様子を見る。

 その表情こそ見えないものの、かなり怖い顔になっているだろうことは、声色から想像できた。


 しかし魔女の方は全く意外なことを言われたとでも言うような顔で言う。


「どうするつもりか。だと? ……其方(そなた)たちこそ、その『器』、どうするつもりなのだ? ……リュリュイエの王子よ。其方は婚約までするようではないか。わかっておるのか?」


 (さっきから、『器』って……何のことだろう?)


 ティアは不安になってオーケヌスの顔をじっと見つめる。

 オーケヌスは背に庇ったティアにチラリと視線を向けた後、魔女を睨みつけた。


 (駄目だ。今彼女に真実を伝えるのは、酷でしかない)

 

 ……わかっていた。恐らくティアは、ミオティアルの魂の『器』だということを。

 それに、ティアは必死で隠しているが、彼女を喚んだのは、ミオティアルであろうことも。

 容姿、その身に持つ魔力や適性、どれをとってもミオティアルと同じと言っていい程、酷似している。……違う世界で育ったミオティアル。と言った方が正しいか。


 ただ、オーケヌスは、「帰りたい」と切に願うティアを、己の身勝手で縛りつけたくなかった。

 だから、女王である母が、何を画策しても、気づかないフリをしたまま、その策を人知れず断ち切ってきた。

 自分にほんの少しでも信頼を寄せ、「ミオティアルは帰ってくる」と伝えてくれたティアの言葉も、信じることにした。

 何より、自分の中の『もう一つの魂』が、ティアを護れと言っている。


 (……『魂合(こんごう)の術』のことは、今はまだ、知らなくていい)


 オーケヌスはグッと拳に力を入れ、腰に履いた護身用の剣をするりと引き抜く。

 そのまま使用しても申し分ない代物だが、自らの魔力をのせてその力を増幅できる稀少な魔法剣だ。

 

 ゆったりと、だが隙のない動作で剣を構え呪を紡ぐと、片刃の剣が薄ら、蒼い輝きを纏った。

 

「……貴様には関係のないことだ。……彼女は必要な存在だ。……誰が何と言おうと、私が護り切ると約束した」

「……お前の愛しい聖女(ミオティアル)が戻るかも知れない可能性を一つ、潰すことになってもか?」


 魔女から発せられた言葉に、ティアは息をのむ。


(今、なんて?)

 

「……黙れ」


 低い、絞り出すような声が、オーケヌスの口からこぼれ出る。


 (これ以上、ティアを追い込む言葉は必要ない)


 ギリと奥歯を噛み締め、魔法剣を握り直す。

 その様子を見ていたティアの呪を紡ぐ声が止まった。


「続けてくれ。……後少しだろう?」


 気づいたオーケヌスがそっと声をかける。


 (……そうだ。今は信頼に応えなければ)

 

 ティアは気持ちを立て直すと、オーケヌスと魔女の動きを視界にいれつつ、小さな声で守りの術を発動させる。


 二人の身体が強化され、それと同時に周囲にも盾が張られた。

 ……盾の効果か、少しだけ、魔女から発せられる圧力が弱くなったようだ。

 ちなみにどこから攻撃が来てもいいように球状にしてみようと試みたところ、成功してしまった。


 もはやこれは盾というよりはシェルターではないだろうか。


「……ほぅ」


 魔女がニヤリと笑みを浮かべる。

 

 オーケヌスが、じり、と一歩前に出た。

 チラリとこちらを方を向いた横顔が、蒼白になっている。……息が浅く、苦しそうだ。


 (殿下……?)


 ティアの胸に、なにか良くない予感がする。


「……彼女に危害を加えることは許さぬ。去れ。さもなくば……」

「……よもや、その状態で私に勝てると思っているのではあるまいな?」


 其方程度、再起不能にするのは造作もないこと。と魔女は嘲笑(ちょうしょう)を浮かべる。


 (どうしよう……私にできること……他には……)


 ……どうにかしなくては、と、ティアは考えを巡らせながら、きょろきょろと辺りを見回す。


 

 辺りには木々が茂り、風にそよそよと吹かれて揺れる葉。

 少し向こうに見える、用水路の代わりらしき小さな川に、陽の光が差し込んでキラキラと反射している。


 (!)


 属性試験の時に契約した精霊たちのことを思い出す。

 ――精霊たちに直接呼びかけたらどうなるだろうか。


 

   光の精霊 ウィルオウィスプ

   風の精霊 シルフ

   水の精霊 ウンディーネ

   我が呼びかけに答えよ

   我が魔力(ちから)(かて)

   その姿を現せ


 

 ティアの中から、三体の精霊が次々と飛び出す。


 白い翼に白いドレス、金色のボブヘアをサラリと揺らし、微笑むのは光の精霊。

『……わたくしの力が必要ですの?』


 エルフのような長い耳と、ライトグリーンのポニーテールに、妖精のような四枚の羽根。エメラルドの瞳を光らせた、ちょっと勝気な表情は風の精霊。

『呼んだ? ……あたし、はりきっちゃうよ?』


 人魚のような姿に、水色の長い髪を踊らせ、魚のヒレを思わせる耳と翼は水の精霊。

『……主を困らせるものは、わたくしが許しませんわ』


 さらにティアは続ける。


 

   聖なる女神 守護神テティス

   彼らにその加護を 慈愛を

   我が前の敵を退ける力を


 

 その場にぶわっと風が吹き、金色の光を湛えた女神の羽が舞い踊ると、三体の精霊の輝きが増す。


「な……?」

「精霊召喚に……守護神の加護……っ?」


 オーケヌスは言葉を失い、魔女の顔に若干の焦りが生まれる。


 魔女が、一歩下がり、その身体がフワリと浮き上がる。


「……白き器よ。……また会いましょう」


 そう言って、何か呪を紡ぐと同時に、その身体が黒いもやに包まれ、消えた。


 時が動き出したように、周囲の騒めきが戻ってくる。


「やはり、捻じ曲げられていたか……」


 ティアの耳に、オーケヌスがポツリと呟いたのが聞こえた。


 (よかった……)


「ティア様! オーケヌス殿下っ!」


 ザッザッといくつかの足音と、声がする。


 ティアの身体は糸が切れたように、ゆらりと倒れていく。

 傾いていく景色の隅に、オーケヌスの白い顔と、傷ついた頬が写った。

 

 (あ……殿下の傷……治さなきゃ……)


 薄れていく意識の中、ティアは呪を紡ぐ


 

   女神よ 傷つきし彼の君を

   聖なる力とその慈悲をもって癒し給え


 

 伸ばした手に、ぽうっと優しい光が灯る。

 光はティアの手を離れ、オーケヌスの方へふわりと飛んでゆく。


 ティアの意思とは別に、瞼が落ちてくる。

 

「ティアっ!」


 誰かの声がして、誰かの腕に支えられたと感じたのを最後に、ティアの意識は途絶えた。


 

次回は木曜夜の更新です。

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