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43:都合がいいので



 (ど、どうしよう……ここに向かって来るのに、あんなに急いでいたってことは……何かまずいことになってしまったとか……?)


 先程、急ぎ足で歩いていたのを見かけていたティアは、内心の動揺を必死に抑え、オーケヌスを出迎えるために、急ぎ入り口へと向かう。


 

 オーケヌスとクレイの姿が見える頃にはなんとか落ち着きを取り戻す。

 二人の前に立ち、ティアはゆったりと優雅に挨拶をする。


「オーケヌス殿下、ようこそいらっしゃいました。……大変ためになる教本を頂き、……ありがとう、ございます」


 本のお礼を言わなければ、と、口にしてしまったものの、その本が騒動のきっかけでもある。若干声が震えてしまったのは見逃してほしい、とティアは思う。


 (あーもうばかばかっ! ……これじゃあ自分でやらかしましたって言ってるようなものだよ!)

 

 オーケヌスはニヤリと何やら含み笑いをした後、少し意地悪そうに返事をした。

 

「……その顔は、何故私がここへ来たのかわかっている顔だな?」


 ビクリとティアの肩が震えるのと同時に、後ろからアイリスの声が聞こえてきた。


「ティア様、まずは奥へご案内されてはいかがでしょう?」


 あ、そうですね!と、ティアはオーケヌスとクレイを客間へ案内した。


 

 客間へ着くと、オーケヌスとティアが向かい合わせの席に座り、クレイとアクティスはそれぞれの後ろに護衛としてつく。

 先程の膨大な魔力放出の現場に(扉の向こうとはいえ)居合わせたアクティスは、場合によっては自分も説明をする必要があるだろうかと考え、いつもの定位置よりも少し、ティアの近くに立った。


 クレイの碧い瞳がスゥッと細められる。


 繊細な装飾の施されたテーブルには、真っ白なクロスが掛けられている。

 クロスの縁には、ティアの瞳と似た色の蒼い糸で小花柄の刺繡が施されており、一目でこの部屋の主のために用意された物だとわかる。


 照明の明るさも程よく、それでいて暗すぎることもない。主であるティアがリラックスできるように気遣っているのか……とクレイは感じた。

 

 侍女がカチャリという音一つ立てず用意している茶器もまた、白地に銀と蒼の細かな模様が入っている。……これも、彼女の髪色と瞳の色を意識した物だろう。

 先程から、ティアの様子を伺っている様子の護衛アクティスはいつもより近い場所に立っているが、思わぬ展開に備えて、というには少し不自然な立ち位置に思えた。

 

 (随分と皆から大切にされていますね……)


 クレイは感心しつつ、アクティスの方をチラリ、と伺う。

 アクティスはクレイの視線に気付いたのか、少し眉間に力を入れた。


 (……先の牽制は効いていないのか、それとも未だ気が付いていないのか)


 続いてクレイは主であるオーケヌスの方を見やる。

 オーケヌスもまた、アクティスの立ち位置を気にしている様子だった。



「……では、失礼致します」

 

 アイリスは給仕を終えると、一礼して、部屋を出て行く。

 


 扉がパタリと閉まり、暖かな紅茶の香りと、静寂が部屋を包んだ。


 

 オーケヌスはカップを手に取り顔に近づけて、その香りを楽しむ。

 それから一口飲むと、ティアに視線を向けた。


「……実は先程、どこからか広範囲の魔力放出がなされたようだと、次々に私の元へ報告が上がったのだ」


 『どこからか』の部分を強調しながら、オーケヌスは言う。


 (……説明しなさいってことだよね)

 

 ティアが恐る恐る先程の私室での一件を説明すると、オーケヌスは、ふむ。と一つ頷く。

 

 ティアはオーケヌスの顔を直視できず、少し俯いてしまう。


「……それで、君の癒しの術だが、おそらく城と神殿の全域に広がったのではないかと思う」

「え……!」


 思っていたよりずっと広範囲に拡がっていたらしいと知り、ティアはバッと顔を上げる。

 

「まだイオニス達が詳しく調査をしているところではあるが、まず間違いないだろう」


 城の訓練場に隣接する医務室、神殿内に設置されている、民衆も利用できるという救護施設、どちらからもすぐに連絡が来たらしい。


「……突然、怪我人の頭上に光が降り注ぎ、軽傷、重傷問わず、瞬く間に傷が完治したと」


 正しく神の御技(みわざ)ですね。とクレイが口を挟む。

 どうやらその他に使用人達からも、打ち身や切り傷手荒れなどが、魔力の輝きを浴びると共に治癒したと、報告が上がっているという。


 ティアは気まずい気持ちで目を泳がせる。


「え……と。その……」


 しゅんと項垂れるティアに、オーケヌスは意外な言葉をかける。


「……まぁ、ある意味ではちょうど良かったのではないか?」

「……ちょうどいい……ですか?」


 何を意味するのかティアには分からず、顔を上げ、こてりと首を傾げる。

 オーケヌスは口の端に笑みを浮かべつつ、


「……聖女としての揺るぎない魔力(ちから)を見せたことで、婚約に対してどうこう言う者が減るであろうと考えている」

「……」

「……これ程大規模な癒しの術を行える者など、現時点で他に居ないのだからな」


 君は聖女として、私の婚約者として、堂々としていれば良い。と言う。


「……さて、それで、だ」


 オーケヌスは先程と少し表情を変え、ティアの顔をひたり、と見つめる。


「……はい」


 ティアも自然と姿勢を正す。


「君は見かけによらず好奇心がとても強いようだと報告を受けていた」


「……え?」


 突然の話の展開についていけず、ティアは目をぱちぱちとさせる。


「魔力制御のための教本を渡した時に、誰にも教わることなくその内容を実行してしまったそうだな」


「……は、はい……」


「……魔力を扱う実技においても、教本通りでなく、こちらの想定を遥かに超えることをしてのけたともきいたな」


「…………う」


「さらに、既存の魔法に改良を加えて、実行してしまったとも」


 ティアはもはや何も言えなくなった。

 

「……にもかかわらず、私は癒しの術の教本を、予習、と称して君に与えてしまったのは、私の落ち度とも言えるのかもしれないが……」


 オーケヌスはここで言葉を切ると、手元のカップを持ち上げ、口をつける。


「どうやら私の思う『予習』と、君の思う『予習』は、少し意味合いが違うようだ」


「も、申し訳、ございませんっ」


 ティアは思わず立ち上がり、優雅さも忘れて思い切り頭を下げる。

 そんなティアの様子を見たオーケヌスは、ククッと面白そうに笑う。


「まぁ……先程も伝えたが、この状況を上手く利用するつもりであるので、問題ない。……ちなみに君は今、何について謝罪をしたのだ?」


 まだ面白がっている様子のオーケヌスを前に、ティアはうう……と再び腰を下ろすと、言葉を探しつつ、答える。


「……教師が、不在であるのに……自分の勝手な判断で魔力を行使したこと、でしょうか」


 オーケヌスは少し表情を変えて頷く。


「……そうだな。加えてここは訓練場ではない。今回は癒しの術であったが、そうでなければ危険だ。それに、各部屋には大きな魔力の動きに反応する装置が備え付けられている」


 (それでさっきアクティスは慌てて部屋に飛び込んできたんだ)

 

 ティアはアクティスの方を振り返り、……ご心配をおかけしました。と一言声をかけた。


「……いえ、私の仕事はティア様の護衛ですから。……ただ、目の届かない場所での魔力の発動は、緊急時以外にはお控えいただきたく思います」


 護衛モードのアクティスは、淡々と答える。

 その様子を見ていたオーケヌスが、……ふむ。と腕を組んだ。


「……殿下」

 

 それまでオーケヌスの斜め後ろで様子を伺っていたクレイが、発言の許可を求める。


「どうした?」

「……聖属性魔法の教師を探すのは急務かと存じます」


 クレイの発言に、注目が集まる。


「体調が悪く伏せっていた聖女様が、突如大規模な癒しをおこなったのです。急ぎ復帰しなければ、辻褄(つじつま)が合いません」

「しかし、信頼できる教師が必要ではないか」

「……誰よりも信頼できるピッタリな方がいらっしゃいますよ」


 ニッコリと自信ありげに答えるクレイに、オーケヌスは組んだ腕をトントンっと叩き、しばし考える。


「……もったいぶるな」


 少しイラッとした空気を乗せて、オーケヌスが発言を促す。


「……殿下御自身がなされば良いのでは?」


 まさかの言葉に、その場が静まり返る。


「えっ……? オーケヌス殿下はお忙しい身ではないのですか!? わたくしなどの為にお時間を割いていただくなんて!」


 ティアは慌てた。自分のやらかしのせいで、ただでさえ忙しい王子殿下に迷惑をかけるのでは、と。

 しかし、クレイの意見は少し違うようだ。


「お忙しいからこそ、ですよ」

「……なるほど」


 オーケヌスは、理解したようだ。

 ティアやアクティスは、まだよく分からないような顔をしている。


 クレイはオーケヌスに促され、芝居がかった口調で説明をはじめた。


「つまり、お忙しい殿下が僅かな空き時間を使ってまで、婚約者となる聖女様と時間を共にする。これは、二人がとても仲睦まじいことをアピールすることに繋がります」

「なか……むつ……」


 ティアの顔に気恥ずかしさが込み上げる。


「先ほども言いましたが、ティア様の聖属性魔法の習得は急務です。殿下は王族で、聖属性をお持ちですから、これほど都合の良いことはありません」


 ティアはちょっと落ち着こうと、しきりにコクコクと頷く。

 

 (周りにどう見えようとも、これは訓練。魔法のお勉強……)


「婚約者二人で何をして過ごすのかなど、誰も問い詰めたりしませんから、よもや魔法の訓練をしているなどとは気付かれないでしょう」


 と、クレイはそこまで話すと、チラリとアクティスの表情を盗み見る。


「……」


 アクティスは、神妙な顔をして話を聴いている。

 

 (……少し、複雑な心境なようだな)


 まぁ、どのみち反論する材料もないでしょうし。と、クレイは心の隅でニヤリと笑い、主であるオーケヌスに視線を送り、判断を促した。


「……そうだな。では早速、明日から始めるとしよう……できるな? クレイ」

「えっ……」


 ティアの動揺をよそに、クレイはいい笑顔で答えた。



 

「……主の御心のままに」


 

次回は木曜の夜、更新です。

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