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41:母と息子


 時間は少しさかのぼり、トゥエリラーテが騒ぎを起こした数日後のこと。

 

 

 

「母上。お時間をいただき、ありがとうございます」


「……いいのよ。大変だったのでしょう?」


 そういいながらアクエリアムは、自らの手で息子(オーケヌス)の好む香りの紅茶を淹れると、目の前にスッと差し出し勧める。

 勧められたオーケヌスは、ふわりと浮かぶ香りに目を細めると、カップを手に取り、口をつけた。


 

 神殿の奥にある、リュリュイエ城内、女王アクエリアムの私室に、王子であるオーケヌスは訪ねてきていた。

 豪華絢爛な広間や、数々の美しい調度品が誂えられた客間とは違い、彼女が好む、シンプルながらも洗練された趣向の部屋になっている。

 今、オーケヌスの手にある茶器も、色で飾ることなく、白磁器そのものの白さを生かしたデザインだ。


 

 オーケヌスは眉間に皺を寄せると、少し俯きがちになり、声に自責の念を込めて言った。

 

「……まさかあのような形で顔を合わせることになるなど、考えてもおりませんでした」


 兄としても、トゥエリラーテの身辺に気を配るべきだった、と付け加える。

 アクエリアムは、オーケヌスの顔を覗き込むようにして、口を開く。


「貴方が責任を感じることはないわ。……わたくしとて、あの子にとってみれば、母としては及第点にも届かないのでしょうから」

 

 そう言って自身も俯き、テーブルの上で組んだ両手に力を込めた。

 

「……不甲斐ないわたくしに代わって、ミオティアルはトゥエリラーテのことをよく見ていてくれました。ですから、あの子が彼女に懐くのは当然です」


 アクエリアムはそこで一呼吸おき、顔を上げる。


「……ですが、今回のことは許されていいことではないわ」

 


 先日トゥエリラーテの起こした事件は、もちろん女王にも報告されている。

 オーケヌスとクレイがその場にいた当日のことは、詳しく報告できた。だが、なぜそのようなことになったのかについては、改めて調査が必要であった。

 

 アクエリアム自ら話を聞きたい気持ちもあったが、母親である自分が真っ先に話をきくよりも、先ずは前後関係、周囲についても調べてからの方が良いと判断した。

 それに、時期王となる予定の息子、オーケヌスにも経験を積ませたいと考えてもいた。


 ……現在、トゥエリラーテは謹慎中。いくら都の一の姫だといっても、女王陛下の命で立ち入り禁止となっている区域への無許可での侵入と、都を護る結界を維持するための聖女の儀式を阻害しようとしたことは、本来であれば十分な罪になる。


 (ミオティアルの失踪についても、未だ何もわかっていない今、聖女に関わる事件の捜査は慎重にあたるべきだわ。何か関連があるかもしれないもの)

 

 今回のことは、ミオティアルを慕うトゥエリラーテの心情を利用した何者かが煽動した可能性があるため、様子見のために謹慎という措置をとることになった。


「……結局、誰の差し金だったのか、わかったのかしら?」


 オーケヌスとよく似た色の蒼い瞳をスゥッと細め、少し低い声色でアクエリアムは問う。

 

 オーケヌスは難しい顔をして、答えた。


「……侍女達の雑談から始まったようです。……そこに、母上が流した『新しい聖女』の話題があがり、彼女達の間で、トゥエリラーテに伝えるか否かという対立が起きたようでした」

「対立……あの子の侍女達が二分されたの?」


 アクエリアムは少し意外そうに言う。

 トゥエリラーテには、女王自らが選んだ侍女を筆頭に付けている。彼女は目端がきき、周囲からの信頼も厚いので、皆を上手く取りまとめているはずだ。


「いえ、明確に対立したのは最古参の侍女頭と、新参の侍女だそうです」


 ミオティアルを慕っているトゥエリラーテにとって、聖女についての話題は慎重になるべきだという古参に、食ってかかったそうです。と続ける。


「……その新参の侍女の言い分は?」

「周囲の者が皆知っているのに、黙っていろと言うのか。自分だけ後で知らされる方が余程傷付くのではないか、と」

「……一応、筋は通っているように思えるわね……」

 

 アクエリアムは左手の指先を頬に当て、思案顔になる。


「新参の侍女……ああ、レオネイラ、といったかしら?」

「はい。レオネイラ=ファリル=ミオリア。仕事は並より上、人と話をするのが得意で、どこからか噂を仕入れてきては、皆に披露しているそうです」


 ただ……と、オーケヌスは続ける。


「その、レオネイラという侍女が直接話をしたというよりは、部屋の中で話題に上ったところを、トゥエリラーテが耳にしたというのです……そのときに話をふったのが誰であったかまでは、どの者も記憶が定かではないようでした」


 アクエリアムは、話の続きを促す。

 オーケヌスは溜息を一つ吐いた。

 

「トゥエリラーテは激昂したようですが、丁度シェナが座学のために訪問したようで、その場は彼女が上手く納めたと、侍女の一人が話していました」


 アクエリアムは手元の白磁器のカップに目を落とし、眉をひそめる。

 

 (判断が難しいわね……)


 ミオリア家は、アクエリアムの実家であるセレストル家に代々仕えている家だ。

 彼女の父や母、祖母の事は、もちろんアクエリアムも知っている。

 今回、もうすぐ成人するトゥエリラーテが、初めて自身で選んだ侍女が、レオネイラであった。

 

 トゥエリラーテは、自分の話し相手として比較的歳の近い侍女を欲しがっており、その様な時にレオネイラのことを知ったらしい。

 様々な話を知っていて、知識も豊富。加えてそれを面白おかしく話して聞かせることが得意で、トゥエリラーテに気に入られたようだ。

 

 護衛を務めるセルレティスの実家もセレストル家であり、心配はないだろうということで召し上げることを許可したが……性格については隠されていれば調べきれないこともあるだろう。それに、まだ年若いレオネイラが意図せずに何者かに利用された可能性もある、とアクエリアムは思う。


 (……もう少し時間が必要かしら)


「……いかが致しますか?」


 オーケヌスが意見を求める。


「……貴方は、どう考えるのかしら?」


 アクエリアムは息子に質問を返す。

 オーケヌスはやや面食らいながらも、答える。


「……判断するには、材料が足りないと思われます。背後関係がないか、もう少し調べるべきではないかと」

「……そうね。彼女は末端でしかない可能性もある。尻尾を掴んでも、切り取ってしまっては本体は捕まえられないわ」


 そう言ってアクエリアムはニコリと微笑む。


「……では引き続き、調査致します」


 そう言ってオーケヌスは椅子から立ち上がり、一礼する。


「……どうしても困ったらあの人を頼りなさい……わたくしにもわからない人脈(つて)を持っているから」


 そう言ってふふっと少女の様に笑う。

 もちろん、『あの人』とは、夫であるウラヌセウトの事だ。


「……そうさせていただきます」


 苦笑いを浮かべ、オーケヌスは返事をすると、部屋の出口へと向かう。

 するとそれに合わせてアクエリアムがついてきた。


「……?」


 いつもは席についたまま見送るのに、どうしたことかとオーケヌスは訝しげに思う。

 扉のノブに手を掛けたその時、アクエリアムが母の顔になり、言った。


「……紅茶はお口に合って?」

「……ええ。私の好みを憶えていらしたのですね」


 少し柔らかな表情になりオーケヌスが答えると、アクエリアムは愉しげにニッコリと笑みを浮かべる。


「当たり前ですよ。……次に来る時には、あの子を連れておいでなさいね」

「……は?」


 オーケヌスの動きが止まる。


「知っているのよ?……貴方が、あの子を婚約者として迎えようと動き回っていると」


 もう、なんで母に先に言わないのかしら。と、アクエリアムはわざとらしくため息を吐く。


「……母上? 何か勘違いをされている様ですが……」


 オーケヌスは極力冷静に答える。

 しかしアクエリアムはいい笑顔のまま言葉を投げかけた。


「勘違い? ……何についての勘違いかしら? あの子との婚約が『フリ』だということ? それとも、あの子に向ける貴方自身の感情のことかしら」

「……何が言いたいのですか」


 オーケヌスは少し不愉快そうに眉をひそめる。


 するとアクエリアムは、今度は真剣な面持ちになって言う。


「……たとえ『フリ』だとしても……中途半端な行動は許しませんよ」

「……」


 

 しばしお互いの顔を見合う。

 


「それだけ伝えたかったの。さぁ、行きなさい」


 そう言ってアクエリアムは、オーケヌスを部屋から送り出した。

 


 去っていく息子の背中を見送りながら、想う。

 

 (……我が息子は、どこまでの覚悟を決めているのかしらね……)

 



次回は木曜夜です。

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