36:急展開
「ティア様。それはわたくしが……」
「あぁ、そんなことまでして頂くわけには……」
「二人とも人手の無い中で頑張ってくれているのに……私にも何かさせてください」
などというやりとりが、ここのところの日課となり、はや二週間が経とうとしていた。
オーケヌス王子の妹、トゥエリラーテ姫の起こした騒動の後、ティアに対しての守りは、より一層厳重になった。周辺の護衛の数は増やしつつ、彼女の身の回りの世話をする人間については、安全のために最小限の人数で回している。
朝晩の儀式に王子であるオーケヌスが付き添うのは当たり前になってしまったし、その他の時間にも、オーケヌスもしくはその侍従であるクレイが部屋を訪問することにより、ティアに敵意を感じている者、反対に取り入ろうとする者達の動きを牽制していた。
アクティスとの魔法訓練も続けている。
身を守る術は、自分を防御することだけではないと諭され、渋々ながら迎撃用の術も身につけることになった。それに加えて、近々癒しや解毒の魔法も試してみる予定だ。
ティアは元々、日本の一般家庭の生まれで、さらに言えばひとり親の家で育った。大抵のことは自分でできるので、アイリスやリリアナの負担を減らすために、着付けの難しい衣服の着替えや、食事の支度以外は、できる限り自分で済ませるようにしている。
◇◇◇
「ティア様〜! 王子殿下がいらっしゃいましたっ」
「えっ? は、はいっ!」
今日も雑巾を手に、棚や窓枠などの拭き掃除をしていると、リリアナが駆け込んできた。
いつもよりだいぶ早い時間で、慌てている。
「はい、これは回収」
「あっ……」
いつの間にやら近くに来ていたアクティスが、ティアの手から雑巾をひょいっと取り上げる。
ティアが抗議する間もなく、今度はリリアナの手によって襷が解かれて、衣服や髪が整えられた。
「聖女様が掃除なんてしてるの見られたら、使用人達が叱られちゃうからね」
不満顔のティアを見てアクティスは、拗ねないの。とばかりにその膨らんだ頬をツンツンとつつく。
「そういうアクティスさま……」
「んっ?」
言い返すティアを、アクティスはニコリ、と見返す。
「あ、アクティスだって護衛じゃない仕事してますよね?」
「はい。よくできました。……僕はティア専属だからね。なんでもするさ」
満面の笑みを浮かべて、妙な返答をするアクティスに、うう。慣れません……と頭をふるティア。
自分の名前が呼び捨てられていることにも気づいていないらしい。
ここのところアクティスは、ティアに対し、自分のことを呼ぶときに、『様』付けで呼ぶことを禁止している。
悪意から守るために外との関わりを極端に減らしているこの状況を利用して、位の高いものとしての振る舞いを覚えた方がいいというのが理由だという。
――ついでに距離を縮めようとしているのだということに気づいているのはおそらくアイリスだけだろう。
なんとなく面白くなくて、それとなく目的を探ろうとするアイリスに対し、
『僕は専属の護衛騎士だ。いざという時に信頼してもらえなければ意味がないからね』
とかなんとか言っている。
実際は、ティア自身に興味があるので、少しでも親しくなって探りを入れたいといったところなのだが。
「ティア様、失礼致します」
アイリスの声と共に、客間の扉が開く。
ティアはすっと姿勢を正し、「どうぞ」と返事をした。
その目はスッと聖女モードに切り替わる。
「おはようございます、聖女様。……いつもより早くで申し訳ございません」
オーケヌスの侍従兼、護衛のクレイが挨拶をしながら入ってくる。
「おはようございます。こちらも、何もご用意できていなくて申し訳ありません……何か、お急ぎの御用でしょうか?」
ティアは、リリアナにそっとお茶の用意をお願いしてから、クレイに問う。
「それは、私から話す」
クレイの後ろから、オーケヌスが現れた。
「我が主が申し訳ありません。どうしても自分で話すときかなくて」
「要らぬことを言うな。話が拗れる」
(……お二人は随分と仲がいいのね……)
「オーケヌス殿下、おはようございます。……こちらへどうぞ」
そう言ってティアは、二人を客間へ案内する。
「ティア様、こちらでよろしいでしょうか」
「ええ、ありがとう。……あとはわたくしが致します。二人は向こうでお仕事の続きをお願い致しますね」
ティアはそういってワゴンを受け取り、いつもはリリアナがしているお茶とお菓子の検査を行う。
――覚えておいた方がいいと思い、リリアナに頼み込んで教えてもらったのだ。
少し緊張しながら検査を終え、テーブルにお茶の支度をする。今日の茶器は白地に青銀の繊細な花柄の描かれた、シンプルながらも高級感のあるものだ。
ティアが向かいの席に座ると、オーケヌスとクレイが顔を見合わせる。
「このようなことまで君が?」
「いつの間に覚えたのですか……?」
驚く二人に対し、ティアはニコリと微笑む。
「少ない人数で働くのは、とても負担のかかることです。わたくしも、していただくばかりで何もしないのは落ち着きませんし、やれることはやりたいとお願いして色々と教えていただいているのです」
「……不自由をかけて、すまないと思う」
オーケヌスが眉間に皺を寄せる。
「い、いえ! 大丈夫です! ……わたくしの身の安全を考えてのことだと、理解しておりますし、これを機会に、色々と教えていただけるのは楽しいですから。……とはいえ、アイリスとリリアナには迷惑をかけてしまっていますが」
ティアは慌てて手をふりながら答えた。
「ま、まずはお茶をいただきましょう」
そう言ってティアは先にお茶を一口飲んでみせる。今日は、王子殿下の好む、リンゴのような香りのする紅茶だ。
ティアの勧めにオーケヌスは頷き、カップを口へ運ぶと、満足げに目を細めた。
お茶とお菓子で一息ついて、オーケヌスがカップを置く。
「……あの、それで、お話とは……?」
ティアが尋ねると、オーケヌスは姿勢を正す。
(え? なに? 何か怖いこと言われる?)
思わず身構えるティアに、王子は告げる。
「……私の、婚約者になってもらいたい」
(――え?)
ティアの頭の中は、一瞬で真っ白になった。
次回は火曜日です。




