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35:月の光と祈りの儀式



 カツン、カツン……


 ひんやりとした空気と、静寂に包まれた祈りの間に、ティアとオーケヌス、二人の足音と息づかいだけが響く。

 ティアにとって、三度目の儀式となるわけだが、昨日の夜は訓練のためにパスしたので、月明かりの中で行うのは初めてだ。


 ここに来るまでの廊下には、魔法具の照明があるため明るかったが、祈りの間に入るとそれは無くなり、窓から入る月の光を頼りに進む。

 

 朝日に照らされた魔法陣も美しいが、月明かりに浮かび上がるように儚げに輝く魔法陣も、とても神秘的で、また別の美しさがある。


 

 ティアは魔法陣の手前で立ち止まると、後ろを振り返って自分たちがたった今入ってきた扉を見つめる。

 廊下の光を一筋すら通さない作りになっているのか、扉付近はあまり鮮明には見えない。


 ティアは、先程のやりとりを思い出す。


 セルレティスと名乗った騎士の、ちょっとした視線の動き、手の仕草、声色。どれをとっても那月そのものだった。

 

 ――あの日、那月は確かに第三資料室に来ていた。もしもあのとき、自分と同じようにここに呼ばれたのだとしたら。

 

 声をかけたかった。でも、姿の見えない声に制されてしまった。


 『必ずその時が来るから、待っていて』


 ティアの頭はぼんやりしていたが、確かにそう言っていた。


 ――あの声は一体……?


 取り止めのない思考に沈みそうになったティアは、ダメダメっとばかりに、両手で頬をパンっと叩く。


「……何をしている?」

「……気合いを、入れていました」


 オーケヌスに(いぶか)しげな顔をして問いかけられ、しまったとおもいつつ、ティアはオーケヌスの横を通り抜け、靴を脱ぐと、守護の魔法陣へと足を踏み入れた。

 

 足裏に伝わる床の冷たさと、魔力の残滓(ざんし)の温かさを仄かに感じながら、月光が降り注ぐ中心に向かって歩く。


 ティアは深呼吸をしてから跪くと、ゆっくりと目を閉じた。


 (今できることをやる)


 集中、集中、と気持ちを切り替え、前回と同じように祈りの言葉を紡ぐ。

 天窓から零れ落ちてくる淡い輝きを、両手を掲げ受け止めると、ゆったりとした大きな袖がするりと滑り落ち、白く細い腕があらわになる。


 月の光をその身に(まと)い、祈りを捧げる姿は、正しく聖女だ。


 オーケヌスもまた、夜の儀式は初めて目にする。朝とは違う幻想的な雰囲気と、その中で堂々と儀式に臨むティアの様子をジッと見つめる。


 (先程怯えていたときの様子は、微塵も感じられない)


 ティアに対してよく思っていない者たちがいることは知っていたが、突然トゥエリラーテが現れたのには驚いた。

 元々ミオティアルを慕っていたのは知っていた。先日ティアからの意見もあったので、機を見て顔合わせをする方が良いだろうとオーケヌスは考えていたというのに、何故このようなことになったのか。


 (……誰かに焚き付けられたか?)


 後程クレイに調べさせるか。と決め、再びティアの方に意識を戻す。


 魔力の輝きが魔法陣に降り注ぎ、月の光を受け止めていたティアの両手が下ろされ、儀式は終わりを迎えた。

 ティアは魔法陣の中心で俯いている。


「どうか、したのか?」


 オーケヌスは不思議に思い、魔法陣のすぐ外側まで近寄り声をかける。


「……ごめんなさい……」


 その耳に聞こえるかどうかという声で、ティアは俯いたままポツリと呟いた。


 

「……君は」


 (君は何を隠して…………いや、違うな)


 オーケヌスは慎重に言葉を探し、ティアに問う。


「……君は一体……何を背負っているのだ」


 白銀の頭をゆるりと動かし、ティアは困ったように微笑む。

 目を閉じて、ゆっくりと深呼吸を一つ。


 (私を監視しながらも、護るように動いてくれている。そこにどんな考えがあるのかもわからない……けど)


 こちらに来てから、まだ数日。関わった人間はまだ多くないけれど、オーケヌスがミオティアルを大切に想っているということは、周りにいる人々の話から容易に想像できた。

 それに、オーケヌスはミオティアルの話になると、表情が動く。ティアはそれに気づいていた。


 (この人には、話してもいいかもしれない)

 

 ティアの閉じられていた目がゆっくりと開けられ、アクアマリンの瞳がオーケヌスをとらえた。


「……私は、こことは違う世界から喚ばれたと、以前お話致しましたよね」

「ああ、そう言っていたな」


 オーケヌスがゆっくりと頷く。


「……その時に出会った……つまり、私をここへ喚んだ人から、あるお願いをされたのですが……私は、それをお断りしたのです」

「何を断ったのかは……いや、今は良いか……それで?」


 色々尋ねたい気持ちをぐっとオーケヌスはこらえ、続きを促す。

 そんなオーケヌスを見て、ティアは少し眉を下げ、話を続けた。

 

「……すると改めてお願いされたのが、本来の聖女様が戻るまでの代役を務めることでした」

「な……」


 想定していなかった言葉に、オーケヌスは目を瞬かせる。


「では……ミオティアルは……!」

「……今は……、これ以上は、お話できませんが……、きっと戻ってくる……はずです」


 言葉尻が少し揺れる。どこまで話していいか、ティアには判断がつかない。ここで全てを話してしまうことは、ミオティアルとの約束を違えてしまうことになりかねないのだ。


「……そうか。わかった。……この話は、私の胸に留めておく」


 きつく目を閉じ、何かをこらえるように絞り出したオーケヌスの言葉に、今度はティアが驚く。


「……君が意を決して話してくれたのだ。……私を信用してくれているのに、裏切ることはできないだろう」

「……ありがとう、ございます……!」


 ティアはその場で深々と頭を下げ、オーケヌスはその頭を黙って見つめる。


 (この話が本当ならば、ミオティアルは生きている。……今は……それで、いい。他の話は、もう少し信頼を得てからだ)


 頭を下げたティアの肩は、少し震えているようだった。まだ話していないことがあるのは明白だが、無理に聞き出せばせっかく得た信頼を損なうことになり、その結果ミオティアルの真実からも遠ざかるだろうと考える。


「……ゆくか」

「あ……はいっ」

 


 二人は月明かりの照らし出す祈りの間を後にした。

 

次回は木曜夜になります。

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