34:乱入者
「……下がりなさいっ! わたくしは、お兄様にお話がありますの!」
トゥエリラーテと呼ばれた少女は、白地に薄紅色の刺繍が施された司祭のローブが乱れるのも気にとめず、立ちはだかったクレイとアクティスを睨みつける。
動かない二人に、オーケヌスが後ろから声をかけた。
「……二人とも、よい。私が話す」
「……はっ」
二人は短く返事をすると、警戒をしたまま、両側に分かれた。
トゥエリラーテは一歩踏み出すと、そのルビーのような真紅の瞳を大きく見開き、叫ぶ。
「お兄様! なぜミオティアルお姉様以外の女性を、お気にかけるのですか!?」
「……私は、なぜ其方がここに居ると聞いているのだ」
オーケヌスの声は、驚くほど冷たかった。
追いかけてきていた女性は、トゥエリラーテの侍女だ。申し訳ございません!と言いながら、姫のすぐ後ろで跪く。
トゥエリラーテはギュッと目を瞑り、イヤイヤをするように頭を振りながら、懸命に訴える。
「それはこちらの台詞ですわ! お兄様こそ、どうしてそのような得体の知れない者と共に……っ」
その言葉に、オーケヌスの蒼い瞳がスゥッと細められた。
「彼女は、このリュリュイエの都をお守りくださる守護女神テティスが認めた、正式な聖女だ。誰であろうが異論は認めぬ」
「イヤですわ! ここはっ、この、祈りの間はっ……ミオティアル、お姉様のっ……お姉様の……聖域、ですのに…………っ!」
オーケヌスの後ろにすっぽり隠されているティアには、トゥエリラーテの様子は見えない。
ただ、必死の叫びが、ティアの胸に突き刺さる。
(……私が、彼女に取り込まれることを拒んだから……)
せめて、彼女は無事だと、生きていると、伝えたい。
同時に、自分はここに居ていいのだろうかという思いが膨らむ。
目が覚めてから、まだたった二日しか経たないが、使用人達との会話で、聖女ミオティアルがどれだけ慕われているのかがイヤでもよくわかった。
今だってそうだ。
本当に、都にとっても、皆にとっても、大切な存在なのだろう。
ふいに、ティアの頭の中に、彼女の言う通りにすれば良かったのではないかという考えがよぎる。
(……私は、ここでは、必要とされない……)
その場にうずくまり、両肩をきつく抱きしめる。
(……でも、帰りたい……どうしても帰りたいの……)
「……ティア様?」
(ごめんなさいっ……ごめんなさいっ……!)
異変に気づいたアイリスが、ティアに呼びかける。小さく丸まった身体は震えていて、今にも壊れてしまいそうに思えた。
「……ティア様、大丈夫です。……大丈夫ですから」
そう言ってきつく握られた手をそっと肩から外すと、自分の手で包み込む。
(この方は、誰にも言えない思いを胸に抱えているのかも知れない。いつか、教えて下さる日が来れば良いのだけれど……)
かつて、母を亡くして殻に閉じこもっていた時の自分を重ねる。
(わたくしが、ついております)
アイリスは、ティアを宥めつつ、オーケヌスの袖の陰からチラリと様子を伺う。
オーケヌスがどんな表情をしているのかはわからないが、向こう側に見えるトゥエリラーテの顔は必至そのものだ。
大きな紅い瞳を潤ませ、今にも泣き出しそうな表情をしている。
「お姉様を……っ、探さないのですか……?」
そう言って、俯き、その場に崩れ落ちるように座り込む。
(姫様も、お辛いのでしょうが……)
「……殿下、時間がありません」
もうすぐ儀式の時間だ。それを口実にして主を祈りの間へ連れて行き、この場から離したい。
そう思ってアイリスがオーケヌスを見上げ声をかけると、視線がこちらに動き、その瞳が僅かに見開かれる。
オーケヌスは再びトゥエリラーテの方を向くと、言い放つ。
「儀式の時間だ。部屋に戻って少し頭を冷やせ。……其方の教育係のシェナに伝えておくので、王族としての心構えを学び直すように」
トゥエリラーテが顔を上げ、何かを告げようと口を開く。
「……姫様。我儘はその辺りに致しましょう」
聞こえてきたのは、少し低めの、落ち着いた女性の声。
「姉上」
アクティスが反応する。
「……オーケヌス殿下。申し訳ございません。わたくしの目が届かぬばかりに、ご迷惑をおかけいたしました」
スッとその場に跪き、頭を下げる。長い金糸がサラサラと漆黒の肩当てを撫でた。
「……セルレティス。すまないが、儀式の時間が迫っているのだ」
アイリスが触れているティアの身体が、ピクリと揺れた。
「かしこまりました」
セルレティスは立ち上がり、座り込むトゥエリラーテの元へ近寄ると、目線を合わせるようにかがみ込む。
「……姫様、参りましょう」
手を差し伸べて、ジッと顔を覗き込む。
トゥエリラーテは、ゆっくりとセルレティスの方に顔を向けると、一言一言確認するかのように言葉を発した。
「……これは、我儘、なんですの? ……ミオティアルお姉様、は、貴女にとっても、大切な……」
その様子を見て、セルレティスは優しく微笑んでから視線を合わせ、諭すように語りかけた。
「トゥエリラーテ姫……」
トゥエリラーテは虚ろな目で、ぼんやりと彼女の話を聴く。
「……姫様のお気持ちもお察しいたしますが、誰が聖女であったとしても、リュリュイエの都の結界は、女神テティスに選ばれた者にしか、維持することが出来ないのです……今は、お部屋に戻りましょう」
トゥエリラーテの顔から、完全にに表情が消える。
「……はい……」
セルレティスが手を取り、トゥエリラーテをゆっくりと立ち上がらせ、オーケヌスの方を向く。
「……オーケヌス殿下。大変失礼を致しました。以後、このようなことがないようにしますゆえ、此度はご容赦下さい」
「……わかった。妹を頼む」
セルレティスの謝罪に、オーケヌス少し難しい顔をして返事をした。
その時、それまでオーケヌスの陰にいたティアが、そろりと立ち上がった。
「ティア様? どうか……」
アイリスが驚いて声をかけるが、ティアの耳には届いておらず、ティアはそのままそうっと背中越しに覗く。
金色に輝く存在に、視線が釘付けになった。
(!!)
「なつ……っ!」
ティアは思わず声を上げかけ、慌てて口を塞ぐ。その名を呼んではいけない気がした。
(那月……だよね……?)
先刻部屋の窓から眺めた時に見つけた、那月によく似た騎士が、そこにいる。
声に気がついたのか、セルレティスの顔がこちらを向いた。
「……貴女が噂の……本当に、よく似ていらっしゃる……」
彼女はティアの存在に気がつくと、軽く目を瞠り、胸に手を当てる。
「新しき聖女様にご挨拶を。わたくしは、セルレティス=ネイラ=セレストル。トゥエリラーテ姫殿下の護衛騎士をしております。……このようなことになってしまい、深くお詫び申し上げます……」
今すぐにでもその名を呼びたいティアとは反対に、初対面の人間への挨拶をするセルレティス。
ぼんやりとしたままのトゥエリラーテを支えると、顔だけをティアの方へ向ける。
「……あ……」
「お時間も迫っていますし、……わたくしの主もこの通りでありますゆえ、また後日改めて」
挨拶を返そうとするティアを制するセルレティスの表情からは、何も読み取れない。
「あ……あなたは……」
ティアは、彼女が那月であるという証拠が欲しくて、声をかける。
ピタリとセルレティスと目が合い、ふわりとした心地がして、足を一歩踏み出しかけた。
――ダメだよ
ティアの頭の中に、声がする。
――まだ早い
もう一度。
――必ずその時が来る
「……え?」
――だから、待っていて
ハッとして、きょろきょろと辺りをみまわす。
「どうしたのだ?」
後ろからオーケヌスに腕をつかまれて、ティアは振り返る。
(あれ? ……いつの間に前に出てたの?)
「あ、いいえ……なんでもありません」
「……そうか。なら、いい」
オーケヌスはポツリと呟き、目を逸らす。
(ごめんなさい)
言えないことが多すぎる。とティアは俯く。
「……それでは、失礼いたします」
セルレティスの声がして、足音が遠ざかっていく。
「私達も儀式に向かうぞ」
「……はい」
俯いた顔を上げられないまま、ティアはオーケヌスに続いて祈りの間に向かった。
次回は火曜日です。




