33:想定外です
本日二話目です。
「……今夜の儀式は、お休みされますか?」
儀式のために着替えを済ませティアは姿見の前に立つ。
アイリスは、髪や衣に乱れがないかを確認すると、儀式衣の裾に施された、緻密な刺繍の煌めきに目を落とし、ポツリと呟く。
「えっ?」
突然の提案に、ティアは目を瞬く。
結局、長椅子でうたた寝をしてしまったティアが次に気がついたのは、アイリス達が起こしに来た時だった。
目が覚めた時も少し気怠げで、夕食もどこか上の空で食べていた。身支度を整えている間中も、ずっと何かを考え込んでいるようだった。
そんな様子に侍女達が気付かないわけがなく、今夜の祈りの儀式を休むことを提案したのだ。
「大丈夫ですよ? きちんとお役目は果たします」
何から何まで至れり尽くせりなのだ。自分の役目を果たさなければバチが当たるとティアは思う。それに、具合が悪いというよりは、先刻目にしたトゥエリラーテ姫と、騎士のセルレティスのことが気になっていたのだ。
心配顔のアイリスの両手をとり、ニコリと微笑む。
「王子殿下ともお約束していますし。……それに」
ティアはアイリスの目を見つめる。
「他の者にみくびられることがあってはなりません」
「……ティア様」
アイリスは目を瞠る。そのままじっと顔を見合わせ、同時にふふっと笑みを浮かべた。
さあ、参りましょう。と、ティアは儀式衣が乱れないよう姿勢に気をつけながら、支度部屋を出る。
先回りしていたリリアナが扉を開けると、そこには護衛のアクティスがなにやら困り顔で立っていた。
(どうしたのかな)
ティアがアクティスの顔をチラリと伺うと、青紫の瞳が客人用に用意された長椅子の方へと僅かに動く。
その視線の先を追いかけて見ると、まさかの人物が座っていた。
(えっ?!なんで部屋に来てるの?)
「オーケヌス殿下……! 気が付かず、申し訳ございません。……何かご用件がございましたら、お呼びいただければすぐに……」
「そうではない」
ティアが驚きに目を見開き、慌てて謝罪すると、それを遮るようにオーケヌスは眉間にグッと力を入れて答えた。
「……祈りの間へ少しでも安全に移動できればと思ったのだ。気にしなくていい」
(不穏な動きがあるのだ……とは言えぬからな……わざわざ不安にさせる必要もあるまい)
ティアの立場はとても不安定だ。いくら女王のアクエリアムが地盤を固めようと根回しをしたところで、神に由来する一族に属さない、急に現れた出生の不明な少女に対して、良く思わない者は少なくない。
『女神が遣わした聖女』と言う肩書きも、信じる者や信じない者、どちらでも構わないが上手く利用しようと裏で画策している者もいて、ティアの身の安全を考えるならば、一人で行動する時間を少しでも減らした方がいい。
「お気遣いはとてもありがたいのですが……その……お立場もありますでしょうし……」
(……護衛ならアクティスもいるのに、ちょっと過保護だよね?)
そんなに警戒が必要なのかな……と小首を傾げる。
ティアの様子にオーケヌスは少し眉をあげ、言った。
「君はもう少し自分の置かれた状況を理解しているかと思っていたが」
「私の……?」
ティアの頭の中に疑問符が浮かぶ。
「……まぁ、今はいい。……そろそろ時間であろう?」
オーケヌスは立ち上がり、自ら部屋を出る事で移動を促す。
部屋の入り口付近で待機していたオーケヌスの侍従と思われる背の高い男性が、サッと扉を開く。
初めて見る人だなと思ってチラリと見たティアに気付くと、男性はフッと目を伏せ、右手を左胸に当てて、一礼する。
「お初にお目にかかります、聖女ティア様。私はクレイ=レイル=リヴァジーユと申します。オーケヌス殿下の侍従、兼、護衛をしております。以後、お見知り置きを」
顔を上げて挨拶をし、綺麗な笑みを浮かべた。
柔らかな艶のある淡金色のふわふわとした短髪に、意志の強そうな深緑の瞳。丁寧な言葉と仕草ではあるが、少し細められた目にはどこかティアを試す様かのような雰囲気がある。
(気を引き締めて挨拶しなくちゃ。……聖女として侮られることがあってはならないもの)
ティアは、少しでも綺麗に見える様にと、肩をひき、背筋を伸ばして、ゆっくりと瞬きを一つする。
「……ご丁寧にありがとうございます。クレイ様。至らない点もあるかと存じますが、よろしくお願い致します」
顎を引き、微笑みを浮かべ、侍女のアイリスから習ったようにフワリと膝を屈め、挨拶を返した。
するとクレイは僅かに目を見張り、優しげに微笑んだ。
(なるほど、これは……)
護ってやりたくなるはずだ。とクレイは納得する。
……不自然に完璧過ぎるのだ。明らかに無理をしているとわかる。
あの優しい幼馴染が、放っておけるはずもないだろう。
(俺の挨拶を前にして、一瞬で纏う空気が変わったが……どう考えても普通じゃない。プレッシャーに耐えきれなくなったら、潰れてしまうのではないか?)
加えてミオティアル様と瓜二つときた。
さてさて幼馴染の王子殿は、この危うい娘をどういう扱いにするのやら……などと考えつつ、オーケヌスの顔を盗み見る。
(……面白くなさそうな表情をしているなぁ)
見られている事に気づいたのか、オーケヌスは顔背け、「……行くぞ」と一言いうと廊下に出た。
◇◇◇
人気のない長い廊下に、カツカツと靴の音だけが響く。シミ一つない白い壁と、敷き詰められた青いタイルはつややかに輝いていて、隅々まで清掃が行き届いていることがうかがえる。
儀式の行われる祈りの間は、神殿の最上階に位置し、三階にあるティアの部屋より二つ上の階だ。
「皆様、どうぞ」
先頭を歩いていたクレイが蒼い扉を開き、皆を誘導する。
扉の向こうは淡い水色の丸い小さな部屋になっていて、真ん中には台座があり、上には丸い宝玉がセットされている。
初めて見た時、ティアが興味津々でこれがなんなのかアイリスに尋ねると、『昇降具』と呼ばれていて、別の階に移動するためのものだと教えてくれた。
「わたくしが起動します」
アイリスが進み出て、宝玉に触れる。
この様な装置を起動するのは、護衛を除いた、その場で一番位の低い者、というのが暗黙のルールだ。
ぼんやりとした光が灯り、ヴゥンという音と共に装置が起動する。
ぐぐっと足元が押し上がり、部屋ごと上の階に登っていく。
(やっぱり何度乗ってもエレベーターみたい……)
などとティアが考えているうちに、最上階に着いた。
オーケヌスの護衛兼、侍従であるクレイが先行し、続いて王子であるオーケヌス、少し後ろをティア、その後ろにアイリスと続き、一番後ろを守るのがティアの護衛であるアクティスだ。
一行が祈りの間の扉に到着すると、クレイとアイリスが扉の両側につき、首を垂れる。
行ってらっしゃいませという声と共に、扉に手をかけ、開けようとしたその時。
「お兄様!! お待ちくださいっ!」
「いけません……っ! 姫様っ」
突然の甲高い声と、必死な様子の足音。それを追いかける様に大人の女性の声がした。
慌てて振り返ると、たった今まで扉のそばに居たはずのクレイが、いつの間にか皆の前に出てアクティスの隣に並び、ティアとオーケヌスを守る様な形で立っている。
オーケヌスはティアの前に出ようとしたアイリスを制すると、二人を隠す様にスッと前へ出て、走ってきた声に対して呼びかけた。
「……ここは今立ち入り禁止になっている。なぜ其方がここに居る? ……トゥエリラーテ」
次回は木曜夜です。




