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32:侍女として(アイリス)



 主の私室の扉を閉め、わたくしはふっと肩の力を抜く。

 

「……ティア様、大丈夫かな」


 隣でリリアナが心配そうに呟いた。


 歳の離れた妹は、現在見習い期間中だ。

 

 植物(特に薬草(ハーブ)類)が好きなリリアナは、若いながら調薬師の資格を持っていて、本来ならそちらの方面の仕事に就く予定だった。だが、諸々の事情でそれができなくなり、今は侍女として、姉であるわたくしの元で学んでいる。


 明るく人懐こい妹は、愛らしい見た目も手伝って、侍女仲間に可愛がられている。少々そそっかしいところもあるが、それもまたご愛嬌といったところか。

 かくいうわたくしも、リリアナのことはとても大切に思っており、彼女の前向きな性格に救われてもいた。

 

 心配顔のリリアナに、わたくしは言葉をかける。


「ティア様は、急に責任ある立場になられたのです。……わたくし達ができることは、少しでもゆっくりする時間を作って差し上げることですよ」

「はい!お姉さま!」


 リリアナは元気よく返事をすると、先程取り込んだ洗濯物を片付けるために隣の部屋へ小走りで向かおうとする。


 ……全くこの子は。


「……リリアナ?」


 少し力を込めて名前を呼ぶと、リリアナはピタッと止まり、背筋を伸ばしてゆったりと、歩幅を揃えて歩き出した。

 わたくしは、リリアナの歩いていく姿を見送ると、今日の夕食のメニューを見直す。


 ……少しお疲れのご様子だったから、メインのメニューの変更が必要かしら。


 客間の清掃を終え、手の空いていた若い侍女に言付ける。


「ライラ。厨房へ行って、メインのメニューをもう少し刺激の少ない、野菜中心で消化の良いものに変更をお願いしてきてくださいませ。お疲れのようですので油分は控えめで。食欲が少しでも増すように、彩りの工夫が必要かと思います。……今ならまだ間に合うはずですから」

「はい。承知いたしました」


 ライラは即座にメモをとり返事をすると、優雅な所作でありながらも、足早に部屋を出て行った。


 

 わたくしは、次の仕事に取り掛かりつつ、ティア様のことを考える。

 

 

 ティア様は、どこか不思議な雰囲気を持つお方だ。

 

 高貴なお生まれの方々は、使用人に対し遠慮したり、頭を下げることなど普通はしない。『ありがとう』という言葉こそは使うものの、そこには本来の感謝の意味は込められていないことが多い。

 

 ところがティア様の場合、わたくし達侍女にも、どこか遠慮がちにお話をされるし、お願いなどを自分からされることはほとんどない。

 特別な事情を抱えていらっしゃるとはきいたが、詳しいことまではわたくし達侍女には説明されなかった。


 それでも、ティア様の様子を見ていれば、何か特殊な環境で育ったのであろうことは推測できる。

 

 基本的にわたくし達侍女は、主の私的なことに関して、見ない、聞かない、言わない。ということが徹底されている。この規則を破れば、侍女としての資格を剥奪され、重刑を課せられたり、投獄、場合によっては処刑されることもある。

 例外として、主が認めた信頼する使用人だけは、相談役として色々と話をすることがあるという。


 ……ティア様に、心から信頼していただける日が来ると良いのですが。


 ティア様にお仕えしてまだ日も浅く、お好みもまだ十分に把握できていないけれど、少しずつわかってきたこと。

 普段は控えめな性格ながら、責任感が強く、やると決めたことはやり遂げる信念を持っているということ。それから、好奇心が強く、色々と挑戦したい気持ちが強いこと。

 わたくし達使用人に対して、心からの労いの言葉をかけてくださること。

 とても、温かい心の持ち主なのだろうということは、使用人皆が感じている。

 

 主の休む、私室の扉に目をやる。


 先程のご様子も、おそらくただの疲労によるものではないだろう。何か思い悩んでいることがあるはずだ。

 まだわたくし達では相談にのることはできない。だから、せめてお一人になれる時間をと思い、半ば強制的にお休みいただいた。

 

 ……その内に秘めた、重くのしかかっている事情を、相談できる相手になれたら。

 時々見せる苦しそうな表情が、少しでも和らぐようにと願う。


 ……今は、わたくし達にできることで、ティア様をお支えするしかない。


 それがわたくし達、侍女としての役割なのだから。


 

本日は二話投稿予定です。

二話目は夜に。

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