31:見覚えのある影
コンコンッ
「……はい、どうぞ」
ノックの音にティアが返事をすると、ドアがカチャリと開く。
「失礼致します! お茶をお持ち致しました!」
元気のいい声と共に、白磁器のような白い茶器を乗せたワゴンを押しながら、リリアナがアイリスと共に入室する。
アイリスが何やら声をかけると、リリアナはコクリと頷き、丁寧な手付きで茶を注ぐ。
それを暖かな目で見守り、アイリスは小さく頷く。
お茶を注ぎ終わると、次はお皿の上のクッキーの一枚を手に取り布の上で砕く。それをティーカップとは別に用意された器に移し、その中へ水差しから水を注ぐ。
続いてリリアナはあるワゴンの引き出しを引き、中から短めの金属製と思われるスティックを二本取り出す。その内の一本をお茶の注がれたティーカップの中に入れ、くるくると三回ほどかき混ぜたあと、一緒に取り出していた布の上に乗せる。二本目は砕いたクッキーと水の入った器の中でくるくるして、そちらも布の上に乗せた。
緊張した面持ちで暫くジッと見つめて、ニコリと笑顔を見せる。
それから、窓近くに備え付けられたライティングデスクで魔法の教本を読み込んでいたティアの元へカートを押してくると、机にカップとお茶菓子を並べていく。
「ハーブティーと、クッキーです!……ティア様、どうぞお召し上がり下さいませ」
「ありがとう……今のは?」
ティアはリリアナに礼を言いつつ、視線を上げてアイリスに問う。
「……ティア様のお身体に障るものが入っていないか、確認を致しました」
返ってきた返事に、ティアは衝撃を受ける。
(え? 要するに毒味ってこと? ……今まではしていなかったのに?)
するとアイリスは、少し難しい表情をして、説明をする。
「……『女神様から遣わされた聖女』というティア様の存在が、城中に認知されましたので……念の為です」
「……そうなのですか……」
ミオティアル様もまだ見つかっておりませんし。と続ける。
「ご安心くださいませ! 調薬師リリアナが、きちんとお調べいたしますし、いざと言う時には浄化のお薬もご用意致します!」
「……ありがとうございます……でも、そんな事にならないのが一番ですよね……」
リリアナの元気な声にティアは苦笑を浮かべ、思わず遠い目になってしまう。
「……リリアナ。それではティア様が不安になってしまいますよ」
「もっ、申し訳ありませんっ! でもでもっ、わたくし達がついていますからっ!」
アイリスが窘めると、リリアナは必死に謝りながら、ティアをなんとか元気づけようとする。
その様子に、頼りにしています。と答えながら、ティアは思う。
(……そういえば私は、ミオティアルさんが生きていることは知ってるけど……誰が、どんな理由で狙ったのかは知らない……)
場合によっては新しく聖女となった自分も狙われる可能性があるのだと言う事に思い至る。
(もしも犯人の狙いが、ミオティアルさんではなくて聖女そのものだったら……)
思わず怖い想像をしてしまったティアは、心臓がきゅっと縮んだような心地になる。
少し気持ちを落ち着けようと、カップを手に取り、ハーブティーを一口飲む。柑橘のような爽やかな香りと、ほんのり加えられた甘味が丁度いい。
ティアは、ほぅ、と一息ついて、窓の外を眺める。
神殿の三階にあるティアの部屋から見える景色は、とてもキレイだ。
庭の手入れは行き届いていて、木々の葉が青々と輝き、美しく咲きそろった花が風に揺れている。
この部屋に初めてきた時に侍女達から教えてもらった、城と神殿を繋ぐという通路になんとなく目を向けると、そこに薄桃色の影がぴょこぴょこと跳ねているのが見えた。
(女王陛下……じゃない。誰だろう?)
じっと目を凝らして見ると、それは少女のようだった。薄桃色の髪はツインテールになっていて、白地に赤い模様がはいった、比較的動きやすそうな作りのドレスを着ている。
不意に、跳ねていた薄桃色の影が止まり、振り返る。その先を辿ると、今度は、追いかけてきたらしいもう一つの影。
さながら月の様な金色が、目に入った。
(綺麗……)
思わずティアが見入っていると、その金色の髪がシャラリと揺れて、こちらを振り返る。
(――!?)
目が合った様な気がして、ティアは息を飲んだ。
金色の長い髪を一つに纏め、スリットの入ったタイトな漆黒のドレスに、黒く輝く肩当ての様なものを付け、腰には剣のような長いものを帯びている。
その立ち姿に、雰囲気に、憶えがあった。
(まさか……?)
ティアが思わず立ちあがろうとした、その時、
「……トゥエリラーテ姫と護衛のセルレティス様ですね」
「――え?」
後ろからかかったアイリスの声にハッとして、振り返る。
「薄桃色の髪の御方が、オーケヌス殿下の妹姫の、トゥエリラーテ様でいらっしゃいます」
「一緒にいらっしゃる、金色の長い髪の方が騎士のセルレティス様。アクティス様の姉君ですよ!」
女性ですが、とってもお強くて格好いいんです!!とリリアナが力説する。
「親友でいらっしゃるミオティアル様が失踪された後、暫く休んでいらしたとお聞きしましたが……復帰されたのですね」
「……セルレティス、様……」
アイリスの呟きに、ティアは呆然として呟く。再び視線を戻すが、セルレティスはもうこちらを見ていなかった。
「……ティア様?」
アイリスの不安げな声がかかった。
リリアナも心配そうに覗き込んでいる。
「あ、いえ、……なんでもありません」
「お顔の色が優れませんね……少しお休みになられますか?」
儀式に、訓練にと、きっとお疲れなのでしょうと、アイリスは、ティアの読んでいた魔法の教本をさっさと片付け、リリアナは長椅子へクッションを用意し始める。
「ティア様、膨大な魔力を扱うということは、本来とても体力を使う事なのです。勉強熱心なのはいい事ですが、きちんとお休みになられてください」
「……はい」
そういうと、二人はティアをふかふかの長椅子へと促した。
これなら、うたた寝してしまっても大丈夫ですからと、アイリスが大きめの膝掛けを掛け、リリアナがサイドテーブルにお茶のセットを移動させる。
「風の刻半頃に夕食になります。それまでゆっくりとなさってくださいね」
そう言って二人は退室していった。
開かれたままの窓から風が入り、真っ白なレースのカーテンが揺れる。リリアナが入れなおしてくれたハーブティーの香りがふわりと漂った。
部屋に一人残されたティアは、目を閉じ、先ほどの金色の姿を思い出す。
(……似ていた)
髪の色こそ違っていたが、それは自分も同じ事。
セルレティスと名乗っているのも、何か理由があるのかも知れない。
聖女が失踪した時に、しばらく休んでいたと言っていた……私がココに召喚されたのと同じタイミングだ。
あの日、彼女は学校の第三資料室に来ていた。
いつも居るはずの管理人が居なかった。
施錠されているはずの扉が開いていた。
床にまで散乱した資料。
思い出すと、不自然な点ばかりで。
自分と同じように、もしかして彼女も……
ティアは目を開くと、窓へと視線を移す。外には、壮麗な巨城が、揺れるカーテンの隙間から見え隠れしていた。
(あなたも来てるの?――那月)




