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29:噂話と姫の憂鬱


(シェナはああ言ったけれど、わたくしはあまり気が進まないわ)


 トゥエリラーテはルビーの様な赤い瞳を曇らせ、はあっと一つ、溜息をついた。

 苦手な座学は元より、大の得意である魔法の実技でさえ、集中できずに叱られた。シェナからは、「今の状態では危険なので、しばらく魔力を扱うなどさせられない」とまで言われてしまった。


 (仕方がないわ。お姉様のことの方がわたくしにとっては大切なのですもの。……そもそも、ミオティアルお姉様の捜索はきちんと行われているんですの?)

 

 聖女であるミオティアルは、トゥエリラーテにとって憧れの存在だ。

 聖なる力を持って生まれたがために、今の自分よりずっと幼い頃から聖女になるべく厳しい教育を受けてきた。どんなに辛い時も泣き言を言うのを見たことも聞いたこともないし、大変なお役目の後にも疲れた顔も見せなかった。


 トゥエリラーテの母は女王として忙しくしていたし、父や兄、侍女達にも言えない悩みもあって、そんな時にはミオティアルがいつも話を聞いてくれた。

 トゥエリラーテにとってミオティアルは、生まれこそ違うものの、いつも寄り添ってくれる姉の様な存在なのだ。

 

 女王である母も、その補佐である父も。きちんと探しているのだろうかと疑問に思う。


 (お兄様も、いったい何を考えているのかしら)


 ティーテーブルに支度された、香りのよい紅茶と、トゥエリラーテの好物である果物の入ったパウンドケーキを、左手で頬杖をつきながらジト目で眺める。


 捜索中に現れたという噂の新聖女は、ミオティアルと同等の魔力を持ち、既に儀式にも挑んでいるとか。そして彼女のことを、王子である兄が随分と気にかけている様子だという。


 (お兄様のお相手は、ミオティアルお姉様でいらっしゃるのに)


 お皿の上のパウンドケーキを、右手に持った薔薇の意匠が施されたフォークで突く。

 

 現在の女王である、母のアクエリアムは、ミオティアルの前の代の聖女で、王家を支える四家の一つであるセレストル家の出身だ。

 

 王家を支える四家とは、女神セレーネを祖とするセレストル家、女神テティスを祖とするテティシリア家に、夜の神アストライオスから名を受けたアスティリオス家、異界の扉の神プルトゥートから名を受けたプルアメート家だ。

 いずれの家もリュリュイエ建国時から王家に仕えているとトゥエリラーテは習った。

 

 四家の力のバランスや、次期王の立場を固めることを考えれば、テティシリア家出身の現聖女ミオティアルと、王子であるオーケヌスが婚姻を結ぶのは、自然なことだ。

 政略的な婚姻になると思われていた二人が、近頃は随分と距離が縮まった様だとの話も聞いていた。

 ずっと先送りになっていた二人の婚約も、ようやく整うのではないかと噂されていて、ミオティアルを慕うトゥエリラーテは、彼女が義理の姉になるのだと思うと、本当に嬉しかった。

 

 それなのに、こんな事になってしまった。

 

 兄は優しすぎる、とトゥエリラーテは思う。

 侍女達の話によれば、何か事情があるのか、名前以外何も語ろうとはしないままに、帰るところがないから住み込みで働きたいと申し出たらしい。


 (なんて図々しいのかしら。自身の立場をわきまえることもできないなんて)


 考えれば考えるほど、沸々と怒りが込み上げてきて、突いていたパウンドケーキにグサリ、とフォークを突き立てる。


「お母様もお母様だわ。いくら守護の結界を保つためだとはいえ、得体の知れない存在に頼るだなんて!」

 

 手にしたフォークを投げ出し、つい声を荒げて、ばんっ!と机を叩いた、その時。



 

 コンコンっ



 その声にハッとし、トゥエリラーテはドアの方を向いた。


 

「失礼致します」


 カチャリ、とドアが開き、輝くような金髪(ブロンドヘア)を一つにまとめた、長身の女性騎士が入室する。

 騎士は一礼し、胸に手を当てて、挨拶をする。

 

「――長らくの休養、申し訳ございませんでした。セルレティス=ネイラ=セレストル、本日より復帰致します」


 トゥエリラーテはその姿に驚き、思わず立ち上がって駆け寄る。自分の頭よりずっと高い位置にある、憂いを帯びた漆黒の瞳を見上げる。

 

「……セルレティス! その……具合はいかがですの? ……そんなに慌てて復帰せずとも、良かったのですよ?」


 その瞳の奥に、少し(かげ)りが見えた様な気がして、トゥエリラーテは気遣わしげに問いかけた。

 セルレティスはサッとその場に跪き、トゥエリラーテと目線を合わせた後、首を垂れた。


「ご配慮いただき、有難うございます。……姫様の護衛という、何よりも重要な任務があるというのに、この様に長く休養をいただいたこと、心より感謝とお詫びを申し上げます」

「……良いのです。貴女も、辛いのでしょう……わたくしも、同じですから……」


 トゥエリラーテが俯き、呟くと、セルレティスは僅かに口角をあげた。


「……姫は、とてもお優しい……貴女の兄上の様に」


 そう言ってセルレティスは立ち上がると、護衛の立ち位置につく。

 それから、少しだけ意味ありげな視線を送り、こう付け足した。


「――それと、随分とご立腹の様子でしたが……可愛らしい声と痛そうな机の音が、お部屋の外にも響いていらっしゃいましたよ?」


 その言葉にトゥエリラーテは、ばっと頭をあげると、顔を真っ赤にして懇願した。


「……あっ……そのっ……シェナにはっ、秘密にしてくださいませっ……!」


 さて、どうしましょうか?とセルレティスは左手を頬に当てて考えるフリをし、意地悪そうにニコリと微笑む。


「それでは、明日からはきちんとお勉強を致しましょうね」


 トゥエリラーテは小さな声でうっ……と(うめ)いたあと、ガックリと項垂(うなだ)れた。


 

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