24:魔力の扱い方
(んー……殿下は何を考えていらっしゃるのか)
アクティスはなんとなく引っかかるものがあって、らしくもなく考え込んでいた。
アクティスが正式にティアの教師に指名され、オーケヌスが部屋へ戻って行ったその後。程なくして食事の準備が整ったと呼ばれ、今は夕食中である。
本来であれば護衛と護衛対象が同時に食事をとることはないのだが、そもそもアクティスの家は高位の家であるし、この後ティアの魔力操作の訓練の事を考えれば、出来るだけ早く済ませたほうが良いので、同じ食卓につくことになったのであった。
あえて建前を用意するのであれば……臨時で教師となってくれたアクティスを、ティアが食事に招待した。と言う形をとれば、何ら問題はない。
……それはさておき。
いくらティアがミオティアルにそっくりであるからといっても、本人ではない。それなのに随分と気にかけている。ミオティアル失踪の手がかりが掴めるかもしれないと考えているのか、それとも彼女自身が関わっていると思っているのか……などと考えつつ、ティアの方を見やる。
彼女もまた、何事か考え込んでいるのか、ぼんやりとしながら食事をすすめていた。
「私の中にある魔力って……いつからあったものなんだろう……?生まれた時からなのか、うーん……あの時?……でも、本来のって……」
無意識なのか、スプーンにすくったスープを見つめながら何やら呟いている。
(あの時……?本来の……?)
「ティア?」
「は、はいっ!」
アクティスが声をかけると、ティアは慌てたように顔をあげる。……何ともわかりやすい。が、あえて突っ込まず、別の話をする。
「魔力の操作についてだけれど、座学は良いとして、実技は動きやすい服装がいい。実際に魔力を放ったりもするから、その辺りも踏まえて」
「なるほど。……アイリスにお願いすれば良いでしょうか」
「そうだね。魔力操作の実技をすると彼女に伝えれば問題ないと思うよ」
などと言うことを話しながら食事を終えた二人は、支度を済ませ、訓練場に向かった。
◇◇◇
「……貸切ですね」
アクティスに連れられてやってきた部屋には、誰もいなかった。
「今の時間はもう誰も使わないからね」
「なるほど。それでこの時間にしたんですね」
(広い……体育館二つ分くらいあるかな……)
そんなことを思いながら、スタスタと歩くアクティスの後をついていく。
「そーいうこと。さあ、時間がないから座学と実技を同時にやっていこう。教本を開いて」
「はい」
ティアは少し緊張しているのか、ややぎこちない動きで本を開く。そんな彼女の様子に気づいたアクティスは、ティアの顔を近くで覗き込んだ。
「……やっぱり儀式に臨んだときは必死で演技してたんだね?今朝会った時は、なんて美しい聖女様なんだろうと思ったけど」
そう言ってクスリと笑う。
「え、あ、ええとっ」
「いい、いい。今はぜんっぜん取り繕わなくって良いから。むしろ今のキミの方が可愛らしいよ」
慣れない事に緊張するのはごく自然な事だし、年相応に見える。という。
「……演劇を、していて。それなりに、実力も認められていたんです。だから、真似事くらいなら、きっと出来るって」
「演劇……あぁ、役者たちが物語を演じるあれかい?」
「はい」
「なるほど、それで。……それじゃあ、魔力操作の方も、きっとすぐコツを掴めそうだね」
「そうでしょうか?」
言葉を慎重に選びながら自分のことを話すティアに、アクティスは深く問うことはせず、訓練に気持ちを向かわせる。
短い時間で教本を読んだだけで、魔力を自分の中心にまとめることに成功していた事を知っていたので、軽い説明をした後、自分と同じ動作を真似する様にと話す。
「目を閉じて、自分の中にある魔力の流れを感じて、その流れを自分の中でまとめるイメージをする。……さっきできていた様だったから、大丈夫だと思うけど」
「ばれていましたか……」
「……キミが抱えている魔力が膨大すぎるせいか、かなりの量が漏れ出ている状態だったんだ。それがスッとキミの中に収まったのが視えたからね」
「視えるものなんですか?」
「うん。自分の持っている魔力を自在に操れる様になる頃には、他人の放つ魔力も感じられるようになるんだ。まぁ、上手に隠されちゃうとそれも難しいけど」
途中で目を開いて問いかけるティアに、アクティスは丁寧に説明をしながら、彼女の魔力の流れを注視する。すると、既にコツを掴んだのか、問題なく魔力の漏れがなくなっていた。
「……コツを掴むのが早い気がするけど、まぁ、いいか。意識せずに魔力の漏れを消した状態でいられるようになると、完璧なのだけど……キミならすぐにできてしまいそうだ」
魔力操作で誰もが躓く第一段階をあっさりとやってのけるティアに、アクティスは感心する。そもそも、自分の中にある目に見えない魔力を操作するには、イメージする力が大切だ。『何かを演じる』という事ができる彼女は、見えない事柄をイメージすることに慣れているのだろう。おそらく普通より早くにマスターしてしまうのではないかと感じた。
「次の段階にいこう。利き手を前に出して、掌を上に向けて」
「……こうでしょうか?」
「そう。それでいいよ。そうしたら、さっき纏めた身体の中の魔力を、腕を伝って、掌まで流れていくイメージをする」
アクティスは、ゆっくり、少しずつだよ。と付け加える。なにしろティアの中に流れる魔力の量は膨大な為、急激に流したら彼女の身体が心配だ。
「ゆっくり、すこしずつ……」
ティアは腕にうっすら見えている血管に気づき、それを伝って魔力が流れていくイメージをする。すると、腕を通って手のひらの方へ、温かいものが流れていくような心地がした。
「あ……」
ティアの手の上に、光が灯る。
金色と、銀色の光が、クルクルと絡み合いながら踊っている様にも見えた。
「うん。上手く出来ているね。そうしたら、その光に、少しずつ魔力を足していくんだ。手の大きさと同じ位になったら、一度足すのをやめてみて」
「はい」
ティアは言われたとおりに魔力を足していく。掌がふわふわと暖かく、とても心地よいと感じていた。
「……綺麗だ。」
魔力の暴発を警戒し、斜め後ろからティアの様子を見ていたアクティスは、吸い寄せられるようにティアの傍に寄ると、そう呟いた。
「えっ?」
「あぁ、ごめん。あまりに綺麗な魔力で。……つい」
(正に聖女に相応しい美しさだ。……ミオティアル様の儀式の様子を拝見した事はないが、この様な雰囲気なのだろうか。)
ティアの手のひらの上に踊る魔力をじっと見つめながら、アクティスは考える。
「そ、……それぞれ違うんですか?」
あまりにジッと見つめられて、どうしていいのかわからないまま、ティアは問いかけた。
「うん。聖属性を持っている事も関係するのだろうけど、それに加えてキミは……魔力の純度がとても高いみたいだ」
「純度?」
「そう。純度が高ければ高いほど、具現化した魔力の光が力強く輝く。それに、少ない魔力で大きな力を振るうことができるんだ。キミの場合、魔力量も多くて、純度もこれだけ高いから……隠し方と使い方をきちんと覚えないと危険な事もある」
アクティスの言葉に、ティアは自分の手のひらを見つめたまま、唖然とした。
(危険……。私が……?)
「それと……。身の安全を確保するためにも、早く覚えてしまった方がいい。恐らく都でもかなりの上位の力になるんじゃないかな。……万が一狙われても正しく対処できるようにならないと」
「狙われるって……」
まぁ、そういう時のために僕がついているんだけど。とアクティスは笑う。
そうは言っても、今まで平和そのものの世界で育ってきたティアにとって、アクティスの言葉は衝撃的だった。
(予想以上に魔力の価値が高いな……)
女王陛下はこの事を知っているのだろうか、もし知らないのなら、報告をあげなければならないと、と思う。
ただ気になるのは、必ずしも女王陛下が彼女の味方ではないという事だ。
聖女ミオティアルが行方不明になり、女神テティスがティアを聖女として選びはしたものの、これまでにない特殊なケースでの継承であり、ティアの体に宿る聖女としての力が必要である為にその生活が保障されることになっただけだ。そもそも彼女が都に現れてまだ四日。目を醒ましてから数えるならば二日。自分が護衛につきながら監視しているが、悪意は全く感じられないものの、何か隠し事をしているようではある。
ティアが何を考え、行動しているのか。女王陛下も少なからず警戒しているだろう、と思う。
「とにかく、先ずは平時から魔力が漏れないようにする事かな。聖女として認識されれば、嫌でも注目はされるだろうし、少しでも危険性は減らした方がいいと思うよ」
アクティスの言葉を神妙な面持ちで聞くと、ティアは再び集中し始める。
「向こうの壁に、的があるんだけど……」
そう言ってティアの横に並んだアクティスが、再び腕を前に出し、手のひらを動かし始める。
「……収束させて、呪を紡ぎ、解き放つ」
ピシュッと音をたてて、緑色の光の矢が奥にある的の中心に命中した。
(あれがアクティス様の魔力の色、なのかな。)
そんなことを考えつつ、横目でアクティスの動きを見て真似る。それから、教本で読んだ事を思い出し、右の手のひらに浮かんだ光を握り込み、人差し指と中指だけを開く。
輝きよ
我が意のままに進め
「先ずは少ない魔力で」
コクリと頷き、ティアは言われるままに少なめの魔力を指先から放つ。
イメージしたのは細い針。吹き矢のようなそれ。
二本の指の間からシュッと銀色の輝きが飛び出し、壁の的に命中した。
「よし、次は多めの魔力で」
一度止めてから、再び手に魔力を集中し、灯った光を握り込むと、今度は正面に向けて掌を一気に開いた。
「あっ!」
ギュンっと球状の魔力が解き放たれると同時に反動が起き、咄嗟に片足を下げて踏ん張る。
少しバランスを崩したせいか、的を外れた魔力は、壁に吸い込まれて消えた。
「大丈夫だよ。訓練場の壁にはきちんと保護用結界が施されているから」
アクティスの言葉に、ほっと胸を撫で下ろす。
「今の二つの感覚をよく憶えておいて。次は、魔法陣を使って流し込む魔力の調整を憶えよう」
「流し込む魔力の調整……」
「そう。さっきのは、多い、少ない、という単純な感覚。これから練習するのは、もっと繊細な微調整。……あそこにある魔法陣で」
そう言うとアクティスは、先ほどの的とは反対側を指差した。




