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22:教本と先生


 少し遅い昼食をとって暫く眠ったティアは、次に起きた時にはスッキリしていた。全身に感じていた怠さが無くなり、目眩も治まっていた。


「身体も軽くなりましたし、頭もスッキリしました。もう大丈夫です」

「回復が速いですね、すごいです!」


 リリアナは手を叩き喜ぶと、ポットを手にやってきたアイリスの方を振り返る。

 

「お水をお持ちしました。それから、夜の儀式ですが、今夜は保留になったと、先程連絡がありました」

「……儀式は一日に二度行うのではないのですか……?」


 大丈夫なのかと、不安気に首を傾げるティアに、アイリスは苦笑しながら説明する。

 ティアの状態を気にしたオーケヌスが女王陛下に抗議し、夜の儀式を一度飛ばすことを提案したという。

 それによって空く時間をティアの魔力操作の訓練の時間に充てる事になったらしい。

 詳しいことはアイリスにはわからないが、王族の間で話し合ったことなので、心配はないでしょうとのこと。

 

「……ええと。本当に抗議されたんですね……」

「それは、もう。……とてもお怒りでいらっしゃいました」

「人は本当に怒ると、あのような笑顔になるものなのだと、私、初めて知りました」


 ゆっくりと大きく頷くアイリスと、目を閉じてぶるぶると身を震わせるリリアナ。

 

「そんなに……ですか」


 生命に関わる事ですので、とアイリスは苦笑いをしながらティアに水を飲む様に促す。


「訓練ですが、夕食が風の刻半ですので、その後に行うそうです。本来はお食事の後は湯浴みの時間なのですが、その前に……と」

「わかりました。……何かしておくことはありますか?」

「教本を預かっておりますので、お加減がよろしいようでしたら、目を通しておくと良いかと」


 そう言ってアイリスはリリアナを呼ぶ。すると彼女は布に包まれた何かを持って現れた。

 リリアナからアイリスに包みが受け渡され、ティアの目の前でそれが開かれる。


『魔力と魔術』というタイトルの、少し厚みのある本だった。


 (見たことのない文字なのに、読める……。言葉がわかるようになった時に、文字も理解できる様になったのかな……)


「先ずは身支度をいたしましょう。これは後程読めるように準備しておきますね」


 アイリスはそう言って本を包み直すと、もう一度リリアナに手渡した。



 ◇◇◇



「私が知ってるゲームとかファンタジーの知識と重なってるのはちょっと助かるかも……」


 着替えを済ませ、夕食の時間まで自由時間となったティアは、先程見せてもらっていた教本を読み始めた。ちなみに周囲には誰もおらず、こちらに来て初めて一人で過ごす時間だ。

 ごく普通の日本の一般家庭に生まれたティアにとって、いつも誰かがそばにいるという貴族の生活は、息苦しいものだ。

 そんなわけで、肩の力を抜いていたティアは、素直にワクワクした気持ちで教本を読んでいた。

 

 教本には、まず魔力とは何か。から始まり、属性やそれに関わる精霊、神々についても書かれている。

 昨日試験をした時に、挨拶を受けた精霊達以外の事も知る事ができた。

 その時にも思ったのだが、不思議なことに精霊達の名前はティアにも聞き覚えのある名で、


 光の精霊 ウィルオウィスプ

 闇の精霊 シェイド

 火の精霊 サラマンダー

 水の精霊 ウンディーネ

 風の精霊 シルフ

 土の精霊 ノーム


 これら六つの精霊は魔力の属性に関わっているらしく、昨日ティアも行った試験で、自分の持つ魔力の属性と相性の良い精霊が加護を与えてくれるという。

 但し、属性が特に強く出た場合は、加護の上位にあたる、精霊との契約となることもあるらしい。

 ちなみに聖女が持つとされる聖属性は、女神テティスの加護によるもの。他には本来は相反する光と闇の属性を持つ事で現れる、『月の祝福』というものもあると書かれていた。

 読み進めていくと、気になる項目があった。

 

『魔力量と滲出(しんしゅつ)


(これは大事そうだね。漏れ出てるって言われたし……。)


「魔力量が多くなるほど、制御が難しく、滲出しやすい……無駄が多くなり、体力も消耗する……。うう、魔力量が多いかどうかはよくわからないけれど、きちんと制御出来る様にならないとだ……」


 また倒れたりしたら困る……。と独りぷつぷつと呟く。


「んーと、ここに書かれているのは体内の魔力の流れを操作する方法……かな」


 まず、身体の中の流れに意識を向ける……?

 ちょっとイメージしにくいなと思い、ティアは目を閉じた。


 (流れ、流れ……あ!)


 何かを感じ、そのまま意識を集中させる。なるほど確かに、感じられた『流れ』は、様々な方へ向かっていて、撒き散らしているようにも思えた。

 そこでティアは教本に書かれている通りに、様々な流れの中から、一つの流れを選び、そこらに散らばった流れを束ねていくイメージをする。次第に大きく一本になった流れを、自分の中心に向けていくと、やがてそれは渦になり、散らかっていた魔力は綺麗に無くなった。


 (でき……た?)



「熱心だね〜?」

「ひゃうっ!?!?」


 目を閉じて集中していたティアの耳元に、突然声がする。驚きすぎて思わず立ち上がり、椅子がガタリと大きな音を立てた。

 その瞬間、掌からキラキラと魔力の輝きが溢れて何処かへ飛んでいったが、気が動転していたティアの目には、その様子は映らなかった。


「あ……アクティス、様っ?」


 心臓がバクバクと音を立てている。


「あんまり一生懸命に集中していたから、ちょっとイジワルしたくなっちゃった。近くに寄っても全然気づかなかったし」

「……とはいえ、女の子の過ごしている部屋にこっそり入ってくるのは……いかがなものかと」


 あっけらかんと言ってのけるアクティスに対し、ティアはちょっぴり恨みがましい目になってしまう。


「ノックもしたし、声もかけたんだけどな。そもそも僕はティアの護衛騎士だ。キミの侍女のアイリスにも話は通してあるし、基本的に常に側に居ると思ってほしいなぁ」

「……それはそうかも知れませんが、全く気がつきませんでした。せめて返事があってから入ってきていただきたかったです」


 返事がなかったらなかったで、何かあったのかと心配しないとならないのだが、とアクティスは苦笑しつつ、内心ティアの集中力に驚いていた。魔力の扱いについての教本を読みながらその内容を一人で実行するなんてことはしない。教師と一緒にヒントを貰いながら行うのが普通だ。

 

 (……あれだけの魔力量を抱えているにも関わらず、ちょっと本を読んだだけで、魔力操作を成功させるなんて。今朝の立ち居振る舞いといい、ティアはイメージすることに長けている)


 そんなアクティスの驚きには気づかないまま、ティアは向き直り、口を開く。


「そう言えば……アクティス様は、私の訓練を担当してくださる方についてご存じですか?」

「話し方が堅いなぁ……もっと砕けて話してくれていいのに……。……んー、水の司祭シェナ様は教育の資格を持っているけど、どうだろう。あの方はいつもお忙しくしていらっしゃるし、トゥエリラーテ姫の教育係でもあるからなぁ」


 (いざとなったら、僕が教える事もできるけど)


 と心の中で付け足す。

 

「トゥエリラーテ姫……」


 そう言えば祈りの儀式に向かう時にもその名前を聞いたな、とティアは首を傾げる。


「あぁ、トゥエリラーテ姫は、オーケヌス殿下の妹姫だよ。魔力が高くて、火の精霊と親和性が強いんだ。未成年ながらに火の司祭をしている。……ただ、ミオティアル様をとても慕っていたから、今回のことで元気を無くしているらしい」


 (あれ。もしかして、私、彼女と顔を合わせない方がいいのでは……?)


「あ、あの。私の事は……」

「あぁ、知っていると思うよ。女王陛下が『新たなる聖女』として話を広めて、キミの地盤固めをしているからね」

「あああ……」


 (良くない、それはとても良くないんじゃ?)


 慕っていた聖女様が失踪してすぐに、新たな聖女が現れ、その存在を持ち上げられて、しかもその姿は居なくなった彼女と瓜二つ。面白いわけがないだろうと、ティアは頭を抱えて机に突っ伏した。


「えーと。トゥエリラーテ姫様が、どのような方かはわかりませんが、どの道、シェナ様にお願いするわけにはいかないですね。彼女の事を思うと」

「……」

「更に言うなら、お兄様でいらっしゃるオーケヌス様とも、あまり関わり過ぎない方が……」

「……なるほど?」


 扉の方から、急に低い声が聞こえてきて、ティアの思考が停止する。

 頭を抱えていた手を解き、ゆっくりと頭を上げて、そのまま何事もなかったかのように姿勢を正し、瞬きを数回。少し、視線を下げる。……もとい、視線を上げられなかった。


 (えーっと。聞かれてた?どこから?っていうか、皆様こっそり入ってくるのが随分とお上手ですね!?)


 沈黙がその場を支配した。


「……私の助けは不要であったか?……しかし、突如として現れ、聖女の力の継承までした君が、王家の者と関わらずにいられるとでも思っているのか?」

「ち、違うんです!」

「何がどう違うと?」

「……妹姫さまと、聖女様は、どの様なご関係でしたか?教育係である、シェナ様とは?それに、お兄様でいらっしゃるオーケヌス様とは?」


 急激な変化が、慕っていた聖女様の事を居ないものとして扱われているように感じてしまうのではないか。自分の大切な人たちが、突然現れた私に注目していたら、それは、嫌な気持ちになるはずだから、とティアは必死で訴えた。


「……ふむ。そのような考え方もあるか」


 オーケヌスは、少し思案する様子をみせる。

 確かに、トゥエリラーテはミオティアルに良く懐いていた。直接血は繋がっていないが、『お姉様』と呼ぶくらいには慕っていた。

 

「恐れながら……」


 様子を伺っていたアクティスが、遠慮がちに声を発した。


「良ければ、私が教師役を務めましょうか?元々ティア様の護衛を仰せつかっておりますし、……姉が姫殿下の護衛であるというだけで、私自身はあまり接点がございませんので」

「其方が?……あぁ、そういえば、学園を首席で卒業したのであったか」


 オーケヌスは一瞬眉を(しか)めた後、心なしか面白く無さそうに呟く。


「やむを得ない、か……。では、アクティス。今回は特例だ。其方を聖女ティアの教師代理として認める」

「……謹んで、拝命いたします」


 アクティスが跪き、首を垂れる。その様子を見下ろし、オーケヌスは再び口を開く。


「……但し…………いや……まぁいい」


 オーケヌスは言いかけた言葉を飲み込むと、ティアに向けて言った。


「……ティア、聞いての通りだ。彼から魔力についての事を学ぶといい」

「?……は、はい」


 よろしくお願い致します。と微笑みかけるティアと、お任せくださいと返事を返すアクティス。


 (……)

 

 自分の中にあるモヤモヤの正体が、この時のオーケヌスにはまだわからなかった。



 

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