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21:女王の思惑

本日二話目です。


 アクエリアムは女王であり、元聖女であり、妻であり、母親でもある。都を大切にするのと同様に、家族をとても大切に思っている。愛する夫ウラヌセウトとの間に産まれた第一子オーケヌス、第二子トゥエリラーテ。どちらもとても大事に育てており、後継者は王子であるオーケヌスと決めていた。

 だから、オーケヌスが成人間際に突然倒れ、生死の境を彷徨(さまよ)った時には、取り乱した。隔離された部屋で、オーケヌスのそばを片時も離れず、ひたすらに祈り続けた。

 どんな事にも動じず、大抵のことはサラリと受け流し、激しい感情を見せない彼女であるが、この時ばかりは違った。普段からは想像もつかないほどの憔悴(しょうすい)ぶりを見て、夫であるウラヌセウトは勿論(もちろん)の事、聖女時代から人気者だった彼女を慕う者達は皆、全力でサポートにあたった。

 

 あの出来事は前代未聞の事で、リュリュイエの長い歴史の中でも、聞いたことのない事例であったし、今考えても、よくあの状態でオーケヌスの魂を繋ぎ止める事が出来たものだと思う。

 リュリュイエの都を支える、神の血族とされる一族には、ある秘術が伝わっている。

 弱ってしまった魂を補完(ほかん)する為の『魂合(こんごう)の術』。本来であれば、その魂に傷が付いた時に、傷ついた本人が術を発動させなければならないのだが、何故かオーケヌスはそれすらも出来ない危機的状況に突如として陥ったのだ。

 

 幸運だったのは、アスティリオス家の当主であるフィニアスが、『啓夢(けいむ)』を発動させた事だった。


 

 ◇◇◇

 


「では、今回の事態は、逆の事が起きている、と?」

「……はい。昨夜見た『啓夢』では、こちら(リュリュイエ)では見たことのない景色でした。恐らくは、『アルシエ』であると思われます」


 オーケヌスが倒れ、三日後の早朝、アスティリオス家からアクエリアムの元へ使いがやってきた。通常であれば女王が早朝から人に会うことはないが、オーケヌスに関する事であり、増して『啓夢』を見たという話だ。会わないという選択は無かった。

 

「しかし、『魂合の術』は、リュリュイエのみに伝わる術ではなかったか?『アルシエ』の住人が、術を行使できるとはとても思えぬ」


 夜の神アストライオスに仕えてきたアスティリオス家は、神からの啓示を夢の中で受ける『啓夢』という能力を代々継承している。

 現在の継承者である、フィニアス=ネイト=アスティリオスからの報告に、ウラヌセウトは疑問を投げかける。そもそも、魔術や魔力といったものが認知されていなく、それを行使できるはずのない『アルシエ』。秘術を継承する方法もないはずで、彼が疑問に思うのは当然であった。


「……はい。ですが、確かに私は見たのです。オーケヌス殿下と雰囲気のよく似た少年が、何らかの理由で命の危機に陥る瞬間を。……その少年が恐らく、オーケヌス殿下の『器』ではないかと推測されます」

「……」


 二人のやり取りを、やや俯きながら黙って聴いていたアクエリアムが、すうっと顔を上げる。乱れた前髪が額を撫でた。

 虚ろな蒼玉(サファイアブルー)の瞳でフィニアスをひたりと見据えると、ようやく声を上げる。

 

「……打開策を伝えに来たのではなくて?」


 膝の上に乗せた両手を握り締め、低い、低い声で問う。油断すれば溢れそうになる感情を抑え、冷静さを失わないようにと、アクエリアムは必死であった。


 フィニアスは、そんな女王の様子にも表情を変える事なく一つ頷き、アクエリアムとウラヌセウトを交互に見やると、再び話し始めた。


「はい。『器』の少年は、事故による身体の損傷が激しいようで、『魂合の術』発動後、魂を融合させる事には成功したものの、行き場を失っているようなのです。ですから、その彷徨っている魂をオーケヌス殿下の身体へ呼び込めば良いのです」

「……そのような事が可能だと?」


 『魂合の術』は本人にしか作用しないはずだ、とウラヌセウトは眼を丸くして言う。それに答える替わりに、フィニアスは一枚のメモを取り出して、見せた。


「こちらに書かれているものを準備し、手順に従って儀式を行う事で、オーケヌス殿下はお目を覚まされるでしょう。……必要なものは、既に集めさせております故、明け方には整います」


 差し出されたメモを確認し、ゆっくりと眼を伏せ、ウラヌセウトは言った。


「フィニアス、感謝する」



 この後、七日間に及ぶ儀式を経て、オーケヌスの魂を呼び戻す事に成功した。

 

 陽華下(ようがしも)の月の終わり、秋から冬へと移り変わる、祈りの七日間の出来事であった。



 ◇◇◇


 

 何故『アルシエ』側の存在である『器』が、『魂合の術』を行使出来たのかはわからずじまいであったが、あの時の選択は間違ってはいなかったと思っている。あのタイミングでフィニアスが『啓夢』を発動させたのは、きっとリュリュイエを司る神の意思だったのだと思うのだ。

 そうでなければ、行き場を無くしたオーケヌスと『器』である少年の融合した魂は、いずれ消えてしまっただろう。

 幸いにも、オーケヌス自身に記憶が無かったので、この経緯を知るのは、アクエリアムとウラヌセウト、フィニアスとその側近の一部のみで、他の者は勿論、オーケヌス本人にすらも伝えられる事はなかった。

 一命を取り留めた後の彼は、以前と少し様子が変わり、聖女であるミオティアルを随分と気にかけるようになった。

 それは誰の目にも明らかで、殿下は成人されることを自覚し、いよいよ婚約するのではないか。という噂が立つまでになった。

 アクエリアムは、オーケヌスの様子が変わったのは、魂の融合の後、無理矢理こちらに呼び戻した事が影響しているのではないかと勘付いてはいた。

 しかしその影響により、婚約、結婚に前向きになるのであれば、悪いことではない、と思うようにしていた。

 代々続く王家の、……神の血筋を絶えさせるわけにはいかない。もう一人の子、オーケヌスにとっては妹である、トゥエリラーテだけにその責務を負わせるわけにはいかなかったのだ。

 だが今回、聖女であるミオティアルの失踪事件が起き、彼女の『器』と見られる存在が現れた。それも、魂の融合を果たさず、生身の人間として。

 ティアと名乗ったその少女は、何か隠している事がありそうではあるが、害意や敵意がない事は確認できており、アクエリアムの予想通り、聖女ミオティアルと同じ魔力(ちから)を保有し、さらに聖女の力の継承まで起きた為、保護する事になった。彼女は、元いた場所へ帰りたいと主張しているものの、帰る為の方法が見つかるまでは聖女の代役を勤める事を承知している。

 おそらくティアは、ミオティアルによって召喚されたものの、何かの原因により本来行われるはずの魂の融合が成されず、ミオティアルの希望か、ティアの申し出か、はたまた神の采配(さいはい)なのかはわからないが、『器』ごとリュリュイエに送り込まれる事になったのではないかと思われる。

 ミオティアルとも接触していると思われるが、その辺りのことは語る気がないようだ。

 アクエリアムには、一つ考えがあった。ミオティアルの『器』であるティアに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あの時と同じ事が起きるかもしれない、と。


「……明日の朝から、とシェナに。それと、これを彼女(ティア)に読ませるように伝えてちょうだい。」


 そう言ってアクエリアムは、儀式の手順を認めた書を、最も信頼している侍女に託した。



 

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