20:優しいお兄ちゃんの夢
「はじめまして。僕の名前は伶夜。レイって呼んでくれるかな」
長く伸ばした銀髪を後ろで一つにまとめた、年齢の割に少し背の高い少年は、目の前の小さな少女に目線を合わせるように屈むと、優しく声をかけた。
「レイ……おにいちゃん?」
少女は大きな焦茶色の瞳をぱちくりとした後、小首を傾げながらおずおずとした様子で口を開いた。
その様子を見た少年は、灰色の瞳を嬉しそうに細めて優しく微笑むと、少女の名を問う。
「キミの名前は?」
「わたし、みおり!」
少女は今にも飛び跳ねそうな勢いで、元気よく答えた。瞳と同じ色のポニーテールの髪が、ぴょこぴょこと跳ねている。
「澪里。これからよろしくね」
「……よろしく?」
「うん。仲良くしようね」
そういって少年は、澪里の小さな頭の上に自分の手をそっとのせて、もう一度微笑んだ。
それから少し後のこと。
澪里は産まれてまもなく父親と死別し、彼女の母親は女手一つで子供二人を育ててている。昼夜問わず仕事で忙しく、家にいない事が多い。そんな母親を助けるために、澪里と歳の離れた姉は、家事をこなしている。
そのため、澪里のことはよく伶夜が相手をしていた。
「澪里、今日は何をして遊ぼうか?」
「うーんと……おえかきしたい!」
いつも通り澪里は元気よく答えると、スケッチブックと色鉛筆を取りに、澪里専用の棚へ向かう。
そんな彼女を、伶夜は愛おしそうに見つめていた。
「はい。レイおにいちゃんのはこっち。いろえんぴつは、じゅんばんこね」
「ありがとう、澪里」
戻ってきた澪里は、二冊のスケッチブックの内の一冊を伶夜に渡して、色鉛筆を机に置きながらニコニコと笑っている。
「おかあさんがくれたの。いっしょにおえかきできるようにって」
「じゃあ、今日は一緒にお絵描きしよう」
「うんっ!」
元気よく返事をした後、澪里は早速色鉛筆を手にすると、ぐるりぐるりと色とりどりの円を描き始めた。
「……澪里、何を描いているの?」
色鉛筆を動かす手を止めないまま、澪里は説明する。
「ゆめのなかに、キレイなヒカリがたくさんでてきたの。ぐるぐるーってして、キラキラキラってして、キレイなおねえさんがでてきて、わたしにもキラキラをわけてくれたの」
「そうか。素敵な夢を見たんだね」
それを聞いた伶夜は、嬉しそうに微笑んで言った。
「……澪里。憶えていて。僕たちはいつも一緒だよ。澪里の事は、僕が必ず護るから」
それを聞いた澪里は、一瞬キョトンとした後、とびっきりの笑顔で言う。
「わたし、レイおにいちゃんだーいすき!」
◇◇◇
ティアはゆっくりと目を開けた。眠っている間に夢を見ていたせいか、まだ頭はぼんやりとしている。
懐かしい夢だった。澪里がまだ四歳か五歳か、そのくらいの頃の夢だ。
向かいの家に住んでいた、優しいお兄さん。いつも澪里と一緒に遊んでくれていた。
『ずっと一緒だよ』
そう、言っていた。
それなのに、幼かった澪里を助けるために、事故に遭ってしまった。
『澪里の事は、僕が必ず護るから』
確かに、護ってくれた。でもそのせいで、彼は命を落とす事になってしまった。
彼の両親は「また必ず会えるから」と言っていたが、あれは一体どう言う意味であったのか。
とても辛い記憶であった為ずっと蓋をしてきたせいか、近頃はあまり思い出さなくなっていたので、夢を見たのが不思議だった。
(さっき祈りの間で思い出したから……なのかな……本当に、いつか会えるのかな……)
「レイ……お兄ちゃん……」
横になったまま呟くティアの目から、キラリと涙の雫が光る。すると、それは零れ落ちる事なく、ふわりと宙に浮かび、パッと一瞬眩い光を放ち、消えてしまった。
(え??なに??何が起きたの??)
突然の出来事に驚き、反射的に身体を起こしかけるが、くらりと眩暈がしてそのまま後ろにばさりと倒れてしまう。
「……ティア様?お目が覚めましたか?……失礼致しますね」
音に気づいたのか、アイリスが声をかけながらベッドの天幕をあげ、枕元へやってくると、ナイトテーブルのランプに光を灯す。
「無理に動いてはいけませんよ。あれだけの魔力を慣れない身で使われたのですから……」
ティアの様子を見てそう告げると、振り返って天幕を捲り、指示を出す。
「リリアナ、ティア様がお目覚めです。先程支度しておいたものをお願いします」
「はい!すぐにお持ち致します!」
元気の良い返事が聞こえた後、ドアを開け閉めする音がきこえた。
アイリスに手伝ってもらい、なんとか上半身を起こす。すると彼女はすぐに、ティアが楽なようにクッションを整えた。
「ありがとうございます。……それで、あの……」
「どうかされましたか?」
「いえ、私をここまで運んでくださったのは、やはり……」
「はい。オーケヌス様が自ら此方へ」
「……うう。一度ならず二度も……」
まぁ、そうなるよね。と思いつつも、年頃のティアにしてみれば、思い出すとかなり恥ずかしい状況でもあったのだが、それよりもこんな事で聖女の代わりが務まるのかと不安で仕方がなかった。
がっくりと項垂れるティアを見て、アイリスが話しかける。
「……ティア様」
その声にハッとしてティアは顔をあげる。
「……私達は、何があってもティア様の味方でいたいと思っております。主人を信じお支えするのが、私達の仕事に対する信条です。リリアナにも、その様に教育しております。ですから……ご安心下さいませ」
アイリスは、慣れない事もこれから慣れていけば良いのですと声をかけて、彼女の不安を和らげようとしていた。
女王陛下が根回しをしてくれているとはいえ、不安定な自分の立場をわかっている今のティアにとって、彼女の言葉はとても暖かく感じた。
「失礼致します。お食事とお薬をお持ち致しました」
捲られた天幕の影から、リリアナがカートと共に現れると、アイリスが微笑む。
「さぁ、お食事を召し上がって、もう少しお休み下さいませ」
「そうですよ。朝食も召し上がれなかったのですから、少しでも召し上がって元気になってくださいませ」




