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18:ティアと王子


 突如現れた王子、オーケヌスと共にティアは祈りの間へ入った。


「わぁ……」


 床一面に描かれた魔法陣をみたティアの口から、思わず声が漏れ出る。

 とても複雑で、何が描かれているのかはまるで理解できなかったが、とにかくとてつもない力を秘めているであろう事はわかった。

 

 オーケヌスはティアに自分から離れないようにと指示を出すと、部屋の中に異常がないかを確認し始めた。ティアの方はというと、昨日対面した時の事もあり少し気まずいなどと思いつつ、思い切って声をかける。


「あの。昨日は意識のない私を助けて下さったと伺いました。……ありがとうございました」


 オーケヌスは、調べる動作を止める事なく、返事をする。


「あの状況では、そうするしかなかったからな」

「はい。少し事情を伺いました。私の容姿が居なくなってしまった聖女様と似ている事も含めて。……今日は、どちらかというと私の見張りの意味でいらしているのではないですか?」


 突然現れた正体不明の自分を、一人きりにすることなどあり得ないとティアは続ける。自分で言うのもなんだが、聖女様が消えた後すぐに現れた存在など、怪しすぎるだろうと。


「……なるほど。君は自分の立場を理解してはいるのか。……と、異常は無さそうだな」


 一通り調べ終えて、ようやくオーケヌスはティアの方を向いた。


「……本当によく似ている。見た目だけでなく、その身に纏う雰囲気も、魔力も」


 サファイアブルーの瞳を細め、言葉を紡ぐ。ただその先に見ているのは、自分ではなく、自分によく似た聖女ミオティアルだと言う事は容易に想像できた。


「……気に入りませんよね。大切な方とよく似た人間が突然現れたりしたら」


 そう言って少し俯く。隠している事があるのが、後ろめたい。言えない現実ももどかしい。夜明けが近くなり、ほんのり明るくなってきた部屋の中に、影が伸びた。


 

 彼女もまた、近しい人との別れを経験している。

 

 澪里がまだ小さい頃の事。

 向かいの家に、とても面倒見の良い年上のお兄さんが住んでいた。彼の家はなんとかと言う宗教に入っている家だったが、特に布教活動などをしていたわけでもなかったので、普通のご近所さんとしてお付き合いしていた。

 幼い澪里は、優しい彼によく懐いていて、その日もいつものように公園で遊んでもらっていた。何がきっかけであったのかは忘れてしまったが、澪里が公園の外に飛び出してしまった時に、ちょうど大きな車が走ってきた。澪里の動きに気がついて、すぐに追いかけてきていた彼は、間一髪のところで彼女を捕まえて、公園の方側へ引き戻したところまでは良かったのだが、その反動で彼自身は道路側へと飛び出す形になり、そのままバスにはねられて帰らぬ人となってしまった。

 その後のことはよく憶えていないが、一つだけ鮮明に憶えている言葉があった。彼の両親が言っていた、『それがあの子の使命だったのです。必ず、また会える日が来るから、それまで待っていてあげて下さい』という不思議な言葉だ。

 程なくして彼の両親はどこかへ引っ越していくことになる。最後まで澪里を責める言葉は無かったが、以後ずっと、彼女の胸の奥で傷が残ることになった。

 

 (あの頃は、私を慰めるために言ってくれたんだと思っていたけど……会える日が来るって、どう言う意味だったのだろう……。)


 

「……大切な人との別れは……辛いです」


 辛い過去を思い出し、自然と声が沈む。

 ティアのそんな様子を見て、オーケヌスは何かを感じたのか、彼女の側へ近づく。

 

「確かに状況だけ考えれば、君は怪しすぎる存在だ。ミオティアルとよく似ているということも含めて。だが、なんだろうな。私の直感は、君自身に危険を感じていない。……初めから」

「……初めから……?」


 先程より少し柔らかくなった声が、少し高いところから降ってきて、ティアは見上げる。


「君が昨日、この祈りの間に現れた時の事だ」

「……私、ここに現れたんですか?」


 気を失っていたティアは、自分がどこで発見されたのかを知らなかった。誰も教えてはくれなかったし、彼女自身も慌ただしい一日を過ごしたため、そこまで頭が回らなかった。


「あぁ。眩い光と共にこの魔法陣の真上に現れた。何が起きたのか分からなかったが、その光からは全く悪意を感じられなかった」

「悪意を、感じられなかった……?」


 言葉の意味が分からず、彼女は首を傾げる。


「そういうものなのだ。魔力を持つものは、人により差はあるものの、悪意と善意を多少感じる事ができる。」

「そうなのですか……」


 疑問の表情を浮かべながらも、納得しようとするティアに、オーケヌスは言葉を続けようとする。


「それに…………」

「それに?」

「……うまく説明できないのだが……君を一人にしてはいけないと、私の魂が言っている」


 (……魂。ここでは魂がとても重要な鍵になってなっているのかしら。)


「……驚かないのか?」

「そう、ですね。……言っていたんです。私を()んだ方が。困ったら、自分の魂に従えと」


 余計なことを言って墓穴を掘らないようにしなければと、ティアは冷静に言葉を選ぶ。


「君を喚んだのは……」

「それだけは申し上げられません」


 オーケヌスの発言を止めるように、ティアは強く言い放つ。

 本来であれば不敬に当たるであろう発言であったが、彼は特に気にする風でもなく、穏やかに問う。


「……それは何故か、聞いても構わないか?」

「……約束、なんです」


 ティアは、昨日女王陛下と話した時とは違うと感じていた。あの時は、向こうが何かを知っていて、自分が試されているような雰囲気だった。だがこの王子はそうではない。それでも真実を話すわけにもいかず、まして彼の想い人であろう聖女ミオティアルの情報を自分だけが知っているというのにそれも伝えられない。

 彼女は無事だと、伝えたい。もどかしさだけが募る。

 

「約束……?」

「その方との、約束です。決して、話さないと。だから、この話は……」


 (このくらいなら、きっと、大丈夫。分かってくれるはず。)

 身体と声が、震える。これ以上は問い詰めないでほしい、と願う。


「そうだな。すまなかった。もう聞かぬ」


 オーケヌスは、ティアの必死な様子に気付き、引き下がる。

 ミオティアルが行方不明の今、都の安定を保つには、新たに聖女の力を継承した、ティアの協力が必要で、それは彼女が何者であるかよりも重要な事だ。彼女にしてみても、見知らぬ世界で頼る当てのない中、役目を果たす事で生活が保障されるのであれば、願ってもない事だろう。

 まずは、互いに利用し合う関係でもいい。何より悪意が感じられないのだから。

 そうは言っても本人のことはどうにも気になる。ティア自身の情報を少しでも手に入れたいと思い、オーケヌスは別の問いを向ける事にする。

 

「そう言えば昨日、私と顔を合わせた時に、明らかに感情が乱れていたが、あの時、君は何を感じたのだ?」


 あの時ティアが流していた涙に、自分が昨日から感じている違和感と何か関係があるのではないかと思っていた。彼女の様子から見て、確かな答えが返ってくるとは思えなかったが、問わずにはいられなかった。

 

「それは……わかりません。私自身もあの時、何が溢れ出したのかわからないのです」

「そうか……では、答えようがないな」


 やはり明確な答えは得られないかと思いつつ、仕方がないと、その手をティアの頭にポンポンっとのせる。


 (え……?)

 

 その瞬間、ティアの心がざわりとする。

 

 (私、この手を知っている……?)


「さて、そろそろ陽が差す。儀式を始めてくれ」


 そう言って朝陽が差し込むように造られた窓の方を振り返ったオーケヌスの瞳には、ティアの動揺した表情が映ることはなかった。


「……はい」




 

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