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17:祈りの間へ

本日二話目です。


「おはようございます。ティア様」


 コンコンッというノックと呼びかけの後、ドアを開け閉めする音と、足音が一人分。

 どうやらアイリスが起こしに来たようだ。

 

 (寝て起きたら元に戻ってたりとか思ったけど……それは無さそう…………。)

 

 などと内心がっかりしつつ、ティアは眠い目を擦りながらもそもそと起き上がる。

 

「失礼致します」


 声と共に天蓋の幕が開けられ、アイリスが顔を見せた。


「おはよう……ございます。今、何時ですか?」


 自分には分不相応ではないかと思える程、豪華な作りの部屋をきょろきょろと見回した後、カーテンが開けられていないという事に気づく。まだ夜明け前なのだろうかと思い、ティアは尋ねた。すると彼女は一瞬考えるそぶりをし、納得顔で答える。


「今は火の刻半少し前といったところです。昨夜少し説明致しましたが、火の刻半になると日が昇りますので、それに合わせて毎日祈りの儀式を行う事になっております。お支度の時間を考えると、このくらいに起きていただく事になりますね」


「夜明け前……毎日……」

「早起きは苦手でいらっしゃいますか?」


 思わず遠い目をするティアに、今度はアイリスがふふっと笑いそうな目で問いかける。


「そう……ですね。得意では……ないです……」

「大丈夫ですよ。毎日、私かリリアナがきちんと起こしに参りますから。……さぁ、お支度を致しましょう。リリアナが衣装を整えて待っております」

「はい……」


 にこにこと笑みを浮かべるアイリスに、思わずガックリと項垂れたティアだった。



◇◇◇

 

 

「良くお似合いですよ」

「本当!とてもお綺麗でいらっしゃいます!」


 姿見の中には、控えめで品のある輝きを(たた)えた美しい薄紫の布地で誂えられた、今にも床につきそうな長さの衣装を纏った銀髪の乙女が、佇んでいる。その姿は、正しく『聖女』と言われる美しさであった。

 ただ、当の本人は、戸惑うような表情(かお)をしている。

 

 (これは一体誰?服装が違うだけでこんな事になるの……?)

 

 正確には髪と瞳の色も本来の色ではないのだが、ティアは自分の姿にただただ驚愕していた。

 

 (黙っていれば間違いなく聖女よね……。)


「さぁ、祈りの間へ参りましょう」


 アイリスにそう促され、ティアはコクリと頷く。

 一歩足を踏み出しかけ、ふと思い直し、静かに目を閉じた。


「……ティア様?」


 リリアナが不思議そうに顔を覗き込むが、気に留める事なく深呼吸を一つして、スッと姿勢を正す。それから、ゆっくりと目を開き、真っ直ぐ前を見つめた。  

 これは、澪里であった頃、お芝居を始める前に必ずする彼女なりの切り替えの儀式。その顔からは、先程までの年相応の表情が消え、聖女に相応しい凜とした空気を纏っていた。

 ティアが演劇をしていたなどと言う事は知る由もないアイリスは、その様子に息を呑む。

 

 (……彼女は一体、何者なのでしょう……)


「そう言えば……アイリス、護衛は今後もアクティス様にお願いするのかしら?」


 ティアの声にハッと我に返り、「はい。」と答えると、リリアナが続けて答える。


「先程夜番の騎士様と交代して、お部屋の出入り口でお待ちいただいておりますよ」

「そうなのですね。では、参りましょうか」


 寝室を出て出入り口に向かうと、先程の説明通り、真面目そうな顔をしたアクティスが立っていた。


「おはようございます、アクティス様。お待たせいたしました」


 既に聖女モードになっているティアが声をかけると、アクティスがこちらを向く。挨拶をしようとしたのか、口を開きかけ――そのままカチリと動きがとまった。


「本日もよろしくお願い致します」


 聖女らしく、を心掛け、微笑みを浮かべてもう一度声をかける。


 ……ややあって。

 

「…………あ、あぁ。こちらこそ。……聖女の護衛という誉高き任務、責任を持って務めさせて頂きます」


 アクティスはややうわずった声で返事をしてから、少し目を逸らすと、「……反則だ」と周囲に聞こえないようにぼそりと呟いた。


「アクティス様、お加減でも悪いのですか?お顔が……」

「リリアナ、聖女様が出られます。扉を」

「え、あっ、はい!」


 余計な事を口走りかけたリリアナを制し、アイリスが指示を出す。彼女が扉を開けると、アクティスは逃げるように先行して外の安全を確認しに出る。


「ティア様、私達もお供いたしますので、ご安心下さいね」


 アイリスはそう言って、ティアを案内するように祈りの間へと向かって歩き出した。


 しばらく歩くと、廊下の先に両開きの大きな扉が見えてきた。両側に立派な一対の石像が立っていて、よく見るとそれは、昨日試験を受けた時にティアが挨拶を受けた女神テティスによく似ており、どちらの女神像も両手を組み合わせ、目を閉じて祈っている姿を表していた。

 扉の少し手前でアクティスが立ち止まり、周囲を警戒する。

 アイリスとリリアナは扉の両側に移動した後、跪き首を垂れた。


「……ここからは聖女様お一人になります」

「いってらっしゃいませ」


 昨夜、一通りの手順は確認したものの、一人でできるのか大分不安ではあったが、ここは腹を括っていくしかないだろうとティアが覚悟を決めたその時、後方からやや急いだ様子の足音と、衣擦れの音が聞こえてきた。

 慌てて皆が振り返ると同時に、声がかかる。

 

「待て。私も同行する」


 そこには昨日ティアを運び込んだという王子、オーケヌスが側近のイオニスを伴い立っていた。


 王子の唐突な出現に、ティアはぱちぱちと瞬きをし、アイリスの方を向く。

 アイリスは、スッと立ち上がり、一歩前へ出る。

 

「殿下?何故こちらへ?」

「……ミオティアルが姿を消したのはここだ。警戒して当然であろう。しかし儀式中に王家以外のものが中に入るわけにはいかぬ。よって私が共に入る事になった」


「私は何も伺っておりませんが……」

 

 まさかの展開に、アイリスはチラリとイオニスの方に目を向ける。


「申し訳ない……。本当なら同性の王族が望ましいのですが……女王陛下が自らお出ましになるわけには参りませんし、かと言って未成年であらせられるトゥエリラーテ姫にお越しいただくわけにもいきませんので……」


 昨日の今日ですぐに儀式に出向く事になるとは思っていなかったため、直前での説明になってしまったと、困り顔でイオニスが答えると、それに続いてオーケヌスが説明する。


「何より私が望んだのだ。もちろん両陛下の許可は得ている」

「……左様でございましたか……承知致しました。ティア様をお願い致します」


 そう言って、アイリスとリリアナが左右の扉を開く。するとオーケヌスは早足で近づき、ティアを追い越すと、振り返った。


「君は後から来なさい。私が先に入る」

「……はい。よろしくお願い致します」


 急な展開に戸惑いつつも、演技モードのスイッチが入ったティアは、平静を保ってみせる。

 そんな彼女の様子を、少し離れたところからアクティスがじっと見つめていた。




 

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