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16:曖昧な記憶(オーケヌス)


「父上っ!何故私は同席を許されないのですかっ!」

「……女王陛下としての判断だ。理由は自分でもわかっているであろう?」


 それだけを言い、父は扉を閉めてしまった。

 扉の前には妹の教育係であり、水の司祭でもあるシェナが立つ。


「シェナ……」

「……申し訳ございません。女王陛下からの命ですので、お通しするわけには参りません」

「オーケヌス殿下。……ひとまず両陛下にお任せして、お部屋に戻りましょう」

「私は……っ」


 半ば側近のイオニスに引きずられ、私は自室に戻るしかなかった。

 


 ◇◇◇



「……殿下。ご無礼をお許し下さい」

「…………私こそ見苦しいところを見せた」


 わかっている。

 母と父は、感情的になりがちな自分を遠ざけただけだと。それでも、何かミオティアルにつながる手かがりが欲しかった。

 突然目の前に現れたミオティアルによく似た少女が、何か知っているのではないかと、自分で問いたかった。

 それに――

 あの少女が、一体何者なのか。どこから来たのか。

 自分と目が合った瞬間、涙を溢したのは、何故だったのか。

 ……それよりも、それを見た自分の中に沸き起こり、今も燻っている感情が一体何であるのか。


「……食事は要らぬ。独りにしてくれ」

「伝えてまいります」


 イオニスは一礼し、部屋を出ていく。


 (……落ち着かぬ。やはり自分の口で問いただしたかった。)


 独りになった部屋の中、荒れた気持ちを持て余す。

 

 しばらくすると、侍従であるクレイが食事らしきものを乗せたカートと共に入って来た。


「要らぬと伝えたはずだ」

「ええ。伺いました。……そう仰るだろうと思って最低限の軽食をご用意してお待ちしておりました」


 言いながら、何食わぬ顔で目の前に並べていく。


「だから要らぬと」

「……お身体に障ります。御身の大切さを御自覚下さい」


 その場を離れようと席を立つと、盛大なため息が聞こえた。


「もう三週間も(ろく)な物を食べていないではないか。……ミオティアル様がお戻りになるまでそうしているつもりか?聖女様の結界が消えるより先に、お前がどうにかなるぞ」


 クレイが取り繕った仮面を外し、ジロリと横目でこちらを睨む。

 

「……食欲がない時ぐらいある」

「オーケヌス。お前が今するべきことは何だ?不貞腐れて食事を抜いて衰弱することか?違うだろう?」

「わかっている!」


 口調を崩した幼馴染の容赦ない叱責に、イライラが募る。

 わかっている。わかってはいるのだ。自分が食事を抜いたところで、ミオティアルは戻っては来ない。先ずは王子としての責務を果たす事が必要であり、ミオティアル失踪の捜索も、本来は自分の仕事ではない。

 だが、このモヤモヤとした心の内はどうしたらいいのか。


「……お前は王子だ。この都の第一王位継承者だ。感情を乱すな。隙を見せるな。このような姿は、今俺の前だけにしてくれ」

「……すまない」


 再び椅子に腰を下ろし、クレイの方を向く。

 彼の碧い目が、私の顔を真っ直ぐに見ていた。


「……何がそんなにお前を乱している?……聖女様の失踪の他に、何か気になる事でもあるのか?」

「……」


 ……流石だな。よく見ている。

 

 クレイとは、家格が違いながらも、兄弟のように育った。それは、人の上に立つという孤独な立場である王家の人間が、将来の相談相手となる者を側に置くために、歳の近い同性の侍従候補と共に学び、信頼関係を築きあげるというのがリュリュイエの昔からの慣わしだ。

 クレイの他にも何人かおり、彼等もまた、侍従として働いているが、一番信頼のおける、筆頭の侍従はクレイしかいないと思っている。

 彼は、他人の心の動きに敏感であるらしく、微細な変化にもよく気づき、その時どきに必要な物や助言をくれる。それどころか、必要があれば軽々と身分の差を飛び越えて諌めてくる。他に誰もいないところであれば、今のように気安い態度で接してくる事もあるが、それは常に気を張って過ごしている私にとって、とてもありがたい事であった。


「……今は言えぬ」

「……そうか。あるにはあるんだな。まぁ、言いたくなったらでいいさ」


 まだ、あの不思議な少女の事は話すわけにはいかないだろう。それくらいの事は判断できる。

 あの少女の扱いがどうなるのかは、女王である母上が判断する事であり、本来自分が出る幕ではないともわかっている。

 ただ、気になっていた。自分の奥底で、何かが叫んでいる気がした。

 ――自分が、助けなければ。


「とりあえず、だ。今のお前の仕事は、食事をとって落ち着く事だ。早いとこ食べてしまうんだな。……考え事は、それからだ」

「……そう、だな」


 食欲は全くと言っていいほど無かったが、仕事と言われてしまっては仕方がない。私は用意してくれていた軽食を摂ることにした。


 食後のハーブティーをもらい、少し気持ちを落ち着けた後、私はある事を思い出し、クレイに問う。


「思い出した事があるのだが……。クレイは、私が成人前に倒れた時の事で、何か憶えている事はあるだろうか?」


 すると彼は、あまり思い出したくなかったのか、少し顔を歪め、話し始めた。


「あぁ。あの時は、本当に生きた心地がしなかった……。お前はこことは別の部屋に隔離され、アクエリアム、ウラヌセウト両陛下が篭りきりになり、従者も誰も、近づく事を許されなかった。お二人のお食事やお着替えを受け取るために、時折憔悴(しょうすい)されたウラヌセウト陛下が部屋から出ていらっしゃるだけだった。……自分達は何もできず、ただ祈る事しかできなくて。時が止まったような七日間だったよ。……お前は眠っている間の記憶は何も無いと聞いたが……。今になって何を思い出したんだ?」


 七日間……そう、あの時の事は何も記憶がないはずだった。それが唐突に、断片的にではあるが、薄らと思い出しつつあった。


「オーケヌス?」

「……あぁ。確かに当時は何も記憶が無いと思っていた。だが、私も何故忘れていたのかわからないが、あの時、夢を見ていたのだ」

「……夢?眠っている間にか?」


 長い、長い夢だ。

 記憶自体は曖昧だが、何か大切な体験をした気がする。あれをただの夢としていいのか。


「……そういえば、お前が大人になったなと感じたのは、眠りから覚めた後だったか……?いや、雰囲気が変わったと言うか……」


 変わった……?私がか……?


「成人を迎える頃だったというのと、生死の境を彷徨った事で、変化があったのかと思っていたのだが。」

「私は、そんなつもりは無かったが……いや、そうなのか……?あの頃から、焦燥感というか、不意に何かを探さなければいけないような気持ちになる時があるな……」


 何だ……?何かが引っ掛かる。

 

「ミオティアル様に対して向ける目が変わったのには気がついたぞ?……いよいよ本気になったのかと皆で面白がって見守っていたが」

「……揶揄(からか)うな」

「揶揄ってなんていないさ。……お前、自覚が無いのか?」


 クレイは真顔になり、心底驚いた様子で言葉を続ける。


「それまでは、視界に入れば多少声をかけたりするものの、その程度だった。それが、あの一件からは常に誰かを探している様子で……」


 なるほど。と思う。私が時々感じていた焦燥感が、彼等にはそのように見えていたという事だろう。ただ、それとミオティアルへの想いがどう関係するのか。


「ある時、気がついたんだ。……ミオティアル様が視界に入った途端、お前の目が安堵するのに。初めは偶々かとも思ったが、注意して見てみると、やはり毎回そうなのだ。……意識し始めた、という事なのだろうと皆で納得したというか」


 ……随分と冷静に分析されていると知り、何とも言えない複雑な心地がする。


「それに、近いんだよ。距離が」

「……距離……?」

「あぁ。声をかけるのに、自ら席を立って、ミオティアル様のいるところまで移動するだろう?今までそんな事しなかったのに、だ」


 何だそれは。特に意識してはいなかったが……。

 用があれば自分から向かうのは普通のことでは……。


「身分を考えれば王子が自ら席を立って向かうのは普通では無いぞ?」


 思考を見透かしたかのような言葉に、唖然とする。

 ……言われてみれば確かにそうだ。だが私は何の疑問も持たずにそうしていた。


「あと、今の状態だな。普段はあまり感情を見せないくせに、彼女が関わると、途端に感情を(あら)わにさせる。あれは気をつけた方がいいと思うが」

「……」


 返す言葉もなく、私は項垂(うなだ)れた。

 それは、自覚した、と思われても仕方のない所業だろう。……或いは、父親譲りと言われるであろうか。

 ミオティアルの事は、確かにとても大切に思っていて、いずれ妻として迎えたいとも思っている。

 しかし、私の中にある違和感が、違うと騒いでいる気がしてならなかった。

 だから、お互いにそれなりの年齢であるにも関わらず、未だ婚約を結んですらいない。


「少し話がそれたな。それで、その夢というのはどんな夢だったのだ?……薄らとでも何か憶えていないのか?」

「それが……上手く言えないのだ。ここではない何処かで……。そこで生活していたような気がするのだ。ただそれが、私自身であったのか、それとも他の誰かであったのか……」

「そんな曖昧な夢の記憶が、何故今になってよみがえってきたのだ……?」


 クレイの言う通りだ。当時は全く記憶に残っていなかったというのに、今更思い出すというのがよくわからない。


「わからぬ。……だが、何か重要な事を忘れている気がしてならぬ……」


 カップの底に残ったハーブティーの茶葉を見つめながら、私はポツリと呟いた。




 

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