14:聖女としての準備
「つ、疲れたぁ……」
ティアはぐったりとベッドに倒れ込む。
試験の後、瞬く間にいろんな事が進んだ。ティアの持っている属性が、居なくなってしまった聖女様と同じであり、さらに聖女継承までしてしまったため、そのお役目を果たす事を条件に、神殿の一室を与えられる事になった。
(まぁ、これでミオティアルさんとの約束は果たせそうだから良かった……のかな。)
部屋を準備する間、生活するにあたり必要な衣類、靴や装飾品などを誂える事になったのだが、慣れないティアにとっては苦行であった。元々身につけていた衣服は目立ちすぎるため、着替えなければならない。儀式を行うための儀式衣をはじめ、聖女としての普段着を仕立てる為、採寸を行う。同時に、ミオティアルが元々身につけていた衣を持ち出し、サイズの合うものをとりあえずの着替えとする。
採寸は、制服を作った時にした憶えがあったものの、試着も何もかもされるがままのお人形状態だ。いくつか質問もされたが、ここの風習も習慣も全くわからないので、「すべてお任せします……」と答えてしまったところ、侍女達が張り切りまくる結果になってしまった。
彼女達には、突然現れたティアを、『都の窮地に、女神様より遣わされた新たな聖女。と、周知徹底をお願い致しますね』なんてことをシェナに言ったものだから、余計に大変な事になってしまった。
さらに、先程の少年騎士のアクティスがティアの専属護衛として任命され、行くところ全てに同行する事になったのだが、家柄、容姿、更に人当たりの良い彼は密かに人気があるらしく、侍女達はきゃいきゃいと騒いでいる。
流石に採寸と着替えの際には部屋の外で護衛をしてもらう事になるので、彼の姿がない隙に、
「アクティス様は、あの、セレストル家の出身でいらっしゃるというのに、私達使用人の皆にも声をかけてくださるのですよ」
「とてもお優しい方なのです。私、先日粗相をして茶器を割ってしまったのですが、たまたま通りかかったアクティス様が、『怪我はなかったかい?僕も片付けを手伝おう』って!その後、手を差し伸べてエスコートしてくださったの!」
「それだけではありませんわ!この前は……」
などなど口々に言い合い、最後には皆うっとりしている始末。
(優しいといえばそうなのかもしれないけど、聞いているとなんだかちょっとキザっぽい?……いや、ここではこれが普通なの?)
散々アクティスの素晴らしさを聴かされたティアは、ちょっと引き気味に苦笑いするしかなかった。
だが、ちゃんとした情報もあった。アクティスの姉も騎士で、リュリュイエの姫(つまりオーケヌスの妹姫)の護衛騎士を務めているという。魔力も剣の腕もとても優秀な魔法剣士で、彼が騎士を目指したのは姉の影響がとても強く、目標としているらしい。
(優秀なお姉さんかぁ。)
ティア自身にも優秀な姉がおり、彼になんとなく親近感がわく。
「ティア様は、ミオティアル様と本当によく似ていらっしゃいますわね」
考え事をしていたティアは、その言葉にハッとする。
「ええ本当に。女神様からの使者と聞いて納得致しましたもの」
自分の姿が彼女と似ている事はわかっていたが、下手な事を話してボロが出るのもいけない。曖昧な笑顔を浮かべて、やり過ごす。侍女達はそれを、ミオティアルについてよく知らないという風に理解したらしく、またしても口々に話し出す。
「ミオティアル様は、お美しいだけでなく、とても聡明で、真面目で、慈悲深くていらっしゃいますのよ」
「そうなんですか」
「毎日のお勤めはとても大変なはずなのですが、辛いお顔など一度も見た事がございません。いつも微笑みを絶やさず、都と民を想ってくださって……」
そこまで言うと、侍女は言葉を詰まらせる。
「それが、何故、この様な事に……っ今頃、どこでどうされていらっしゃるのか……」
「あのように責任感のお強い方が、急に居なくなってしまわれるなんて事は考えられません。きっと、何か良くない事に巻き込まれて……っ」
「ミオティアル様……っ……ううっ」
先程アクティスの話をしていた時とうってかわって、侍女達がすすり泣く声があちこちから聞こえてくる。
(やりきれないなぁ……こういう雰囲気は。)
ティアは深呼吸を一つすると、声を上げる。
「……大丈夫ですよ。信じて待っていれば、きっと帰っていらっしゃいます!その時まで、私達のできることをしましょう?」
「……ティア様……!!」
侍女達はティアの言葉を聴き、目を輝かせた。流石は女神様から遣わされた聖女様、と口々に言う。
ティアは知っている。ミオティアルが封印はされているものの、無事であると。封印を解いて無事に戻れたら、ティアが元の世界に戻る方法を探してくれるとも言っていた。だから、自分の役割をこなしながら、信じて待つしかないのだ。何も知らない彼女達に説明できないのはもどかしいが、その分自分が励まさなくては。と感じ始めていた。
基本的に、困っている人を見過ごせない彼女の性格がそうさせたのか、それとも、魂がそうさせたのだろうか。
……中学、高校と演劇部に所属し、それなりの実力もある澪里として過ごしていた頃の経験が、微妙に役に立つのではないか……とも考えていた。
(今度の演目が貴族のお話だった……読み込んでいて良かった……かも……?)
そんなティアの頭の中を、侍女達が知るはずもなく。
「さあ、皆様、新しい聖女様のために、もうひと頑張り致しましょう!」
『はいっ!』
侍女達のリーダーの様な女性がパンパンっと手を叩き、支度の続きがはじまる。次々と調っていく準備と共に、聖女としての重みが積み重なっていく様だった。
(まずは、ミオティアルさんに頼まれた事は果たせそうだからいいけど……これは、演技じゃない……本当に聖女様にならないといけないんだ……)
そんなこんなで現在の時刻は風の刻半過ぎ。本来であれば夕食の時刻だと言う。とても濃密な半日を過ごしたティアにとっては、今すぐにでも眠ってしまいたいほどに疲れていた。
「ティア様、失礼致します」
「あ、はい、どうぞ」
コンコンっとノックがされ、シェナの声がする。ベッドに倒れ込んだ体勢のまま今日一日のことをあれこれ考えていたティアは急ぎ起き上がると、ずるずるとした衣服の皺を整えながら、衝立の向こう、テーブルセットの方へ移動する。
ここは改めて調えられた聖女ティアのための部屋。教科書や写真集、ゲームやアニメなどで見たことのある中世ヨーロッパのような造りの豪華な部屋だ。「本日間に合わないものは、また随時準備させていただきます」と言っていたが、既に様々な物が用意されており、これでもまだ不足などあるのだろうか。と感じていた。
「紹介致します。今日からティア様付きの侍女となります、アイリス=リュナ=ルーサです」
「アイリスとお呼び下さい。ティア様、何かご用件がございましたら、何なりとお申し付け下さいませ」
(私付きの侍女……そうだよね。ここはそういうところなんだよね)
戸惑うティアに構わず、アイリスと紹介された黒髪の侍女は、丁寧な挨拶をしてみせた。
ティアは慌てて、お辞儀をしながら返事をする。
「よろしくお願い致します。アイリスさん」
「ティア様、私の事はアイリスとお呼びくださいませ。それから、主人が侍女に頭を下げる必要はございません」
そう言ってティアの前までやってくると、その場にサッと跪く。
呆然とするティアの右手を取り、続けて言う。
「ご事情は少し伺いました。慣れないことやわからないことがたくさんあるかと思います。ですが、ティア様が聖女であるために、なるべく早く様々な事を覚えましょう。他の者にみくびられることがあってはなりません」
「……はい」
澪里として暮らしていたときは常に前向きであったティアの心が、不安に揺れる。その心を読んだのか、アイリスのブルーグレーの瞳が、真っ直ぐにティアに向けられた。
「私も精一杯助力致します。……貴女様は決してお独りではありません。不安になった時は、いつでもおっしゃってくださいませ」
「……ありがとう、ございます……っ」
真っ直ぐに向けられた善意が、今日一日中気を張っていたティアの緊張を緩めたのか、俯いた彼女の目から、キラリと光る物が一つ、零れ落ちた。




