13:試験と新たな聖女の誕生
本日2話目です。
移動した先には、白い円形の絨毯が敷かれていた。
全体に細かな模様があって、よくよく見るとそれは魔法陣の様であった。
絨毯の中央には、腰の高さ程の台座が一つあり、上には水晶玉の様なものが置かれている。それを取り囲む様に、絨毯の一番外側に、同じ様な台座が等間隔で設置され、それぞれ色の異なる六種類の玉が置かれていた。
「こちらが試験のための装置になります。……では、ティアさん、先ずは履き物を脱いで、裸足になってもらえますか」
ティアは言われるままに裸足になり、絨毯の上に足をのせる。思っていた以上に柔らかな感触に驚きつつ、次の指示を待った。
「中央のテーブルまで移動して……そのまま横を回って、こちら側を向いて止まって下さい。……はい、そこで大丈夫です」
テーブルの上の台座に置かれた水晶玉の大きさは、両手の上に収まる程。
周囲に設置された水晶玉は、それより一回り小さめだ。
「ティアさんの目の前にあるのが、試験球。周囲に置かれた小さい球は、精霊球といって、それぞれ属性の違う、光、闇、火、水、風、土、の精霊に対応したものになります」
「……つまりこのテストで、私の持っている属性がわかるとか、そういうものですか?」
「結果としてはそうなりますが……正確に言うと、被験者の持つ属性に対応した精霊達の加護をいただくための儀式なのです。……魔力の質、美しさ、現在扱える魔力量もある程度わかります」
シェナの説明にふむふむと頷くティア。
(精霊の加護だって……。本格的にファンタジーな世界になってきた……。)
などとちょっとわくわくしながら、目の前の試験球をじっと見つめる。
「では、試験球に両手で触れてください」
「わかりました」
ティアは、言われた通りに両手でスフィアに触れる。途端に、スフィアに触れた両手から、ギュンッと何かが引き出される感覚がした。
ドクンっ
心臓が大きく跳ねる。思わず声が出そうになり、堪らず手を離すが、気を取り直してもう一度、今度は慎重にスフィアに触れ、そのまま目を閉じた。
「ティアさん、大丈夫ですか?」
シェナの声が遠くに聞こえた気がしたが、集中していたティアは、目を閉じたままコクンと小さく頷くと、構わず続けた。
(……大丈夫、怖くない。そーっと、そーっと……)
目を閉じていたティアには見えていなかったが、目の前のシェナは驚愕の表情を浮かべていた。
ティアがスフィアに手を触れた瞬間、その身体はビクリと跳ね、大きく目を見開き手を離した後に再びスフィアに触れて目を閉じた。試験を続ける彼女の手からは魔力の光が溢れ始め、試験球の中に流れてゆく。その色合いは金とも銀ともいえない美しい色合いをしていた。
あっという間にスフィアの中は魔力でいっぱいになり、眩い光を放つと、今度はスフィアからいくつもの光が線となって、周囲に設置された精霊球へと向かって伸びていく。
光が伸びていく先を辿り、更に驚いた。
その先は、光、水、風。他の三つのスフィアにも、ほんのり光が灯ってはいるが、それまでだ。先の三属性に関しては、スフィアのすぐ上に精霊が現れている。これは、精霊に選ばれ、その加護を受けられる証で、それぞれの属性値がとてつもなく高いという印である。
それだけではない。まだ目を閉じたままのティアの後ろに女神テティスの姿が現れ、美しく光り輝いている。これは、リュリュイエの都で最も重要な意味を持つ聖女の証で、強い聖属性を持ち、代々の聖女に継承されるものであった。
ミオティアルを初め、歴代の聖女達の試験の話は有名であるため、強い魔力や聖属性を持っている場合に何が起きるのかは知ってはいたが、シェナが実際に目にするのはこれが初めてだ。
だが同時に、現聖女であるはずのミオティアルの身に、それを果たせぬ何かが起きたと言う証拠でもあり、シェナは慌てた。
「これは……!!」
(なんて事……!聖女継承まで起きてしまうなんて!これは、すぐに知らせなければ……!)
部屋の入り口ドアの側に控えているアクティスの方を振り向く。彼もまた呆然として、目の前の現象に見入っていた。
「アクティス!陛下に連絡を。急いでください」
シェナが呼ぶと、アクティスはハッとして、それから急いで部屋を出ようとドアに手をかける。
コンコンっ
「入るぞ」
思ってもみなかった声に更に驚き、アクティスが飛び退くと同時にドアが開けられる。
入ってきたのはウラヌセウトを伴ったアクエリアムだ。
「陛下……!!今ご報告に上がるところでした。」
「大丈夫ですよ。こうなるのではないかと思って、様子を見に来たのですから」
「まぁ、予想通りではあるのだが……」
慌てるシェナに対し、アクエリアムとウラヌセウトは特に驚いている様子もない。
「……陛下。彼女は、一体何者なのでしょう……?」
未だ試験の終わらないティアから目を離せぬまま、シェナはアクエリアムに問う。
「彼女は……『器』かもしれません……」
アクエリアムは僅かに言い淀んだ後、シェナにだけ聴こえる小声で呟いた。
それを聞いたシェナは、うっすらとした記憶を掘り出す。プルアメート家にも代々伝わるとされている、『魂合の術』。リュリュイエ建国時からある、門外不出の魔法だ。
大昔、神々はこの世界を創造したものの、都を治める存在が必要であり、まずは自分達がこの世に具現化しなければならなかった。それには自らの受け皿となる『器』が必要で、リュリュイエとは違う世界、『アルシエ』から適正のある者達を召喚し、その者達を依代として具現化したという。それと同時に、今後自分達の子孫に命の危機が及んだ場合に備え、子が産まれる時に、その魂を『リュリュイエ』と『アルシエ』の二つに分ける事にした。リュリュイエにある魂に危機が起きた時に、アルシエの魂を召喚し補填する為の、言わば保険の様なシステムだった。
一体誰の……。そう問おうとして、シェナは気づいてしまう。
(……答えは目の前にでている。間違いなく彼女は、聖女ミオティアルと同じ魂を持つ『器』。という事は……。)
シェナははっとして、アクエリアムに問う。
「彼女がここにいると言うことは、聖女様に何かあったと言う事でしょうか?」
アクエリアムは僅かに首を傾げながら、思案顔で答える。
「不思議なのは、ティアがそのままここにいると言う事なのです。本来であれば、召喚された『器』に宿った魂がミオティアルの身体に移る事で、危機を脱する事が出来るはず……。それが何故、この様な事になっているのか……」
「女神テティスの継承が起きたと言うことは、ミオティアルが逆に取り込まれたと言う事でもあるまい。で、あるならば、ミオティアル本人は動けない状態にあり聖女としての役目果たせぬ今、同じ魂を持つティアを新しい聖女にとの、女神による判断なのかもしれぬ」
女王に続くウラヌセウトの推測に、シェナは不安な顔になる。
「……魂を移す事が出来ない状態なのでしょうか?」
「あるいは、召喚したものの、当人が拒絶した……という事もありうるのではないか?」
「……え?」
思わぬ想定に、シェナは愕然とする。召喚された魂と融合を果たせなければ、聖女様は一体どうなってしまうのか。余程のことで無い限り、『器』の召喚はされる事がない。それに、本来ならば『器』そのものが召喚される事はなく、その魂のみが喚ばれ、融合する事によって『魂合の術』は完了する。身体がそのままこちらに召喚されているのには、何か理由があるはずなのだ。
……どちらにしても、『魂合の術』を発動させたミオティアル本人は、おそらく命に関わる状態であるはずであり、そのような状態で果たして『器』に、拒絶など出来るのか。
「……そうね。彼女は、元の世界に戻りたがっていたわ。それを知ったミオティアルが、何か策を考えている可能性もあるわね。……彼女は、呆れるほど自己犠牲と責任感が強いもの」
アクエリアムは夫の意見に同意する。
同時に、これをミオティアルが承知であるとしたら、まだ彼女は無事だという事。動けない状況でありながら、この状況をどうにかする手立てに当てがあるという事。つまり今の状況は、時間稼ぎなのだろう。
シェナは、アクエリアムとウラヌセウトの顔を交互に見た後、再びティアの方に顔を向け、呟く。
「ミオティアル様は……戻られるのでしょうか……?」
三人が話をしている間に、試験はようやく終わりを迎えようとしていた。
精霊球に現れた、光の精霊、水の精霊、風の精霊がティアの周りをくるくると周り、するりと彼女の身体の中に入り込む。これは、精霊と正式に契約が成立した証だ。さらに、ティアの背後に現れていた女神テティスが、その白く輝く翼で彼女の身体を包み込む。魔力の輝きが増し、一気に弾けて、キラキラと床に落ち、消えた。これで試験は終了だ。
試験を終えたティアが、ゆっくりと目を開ける。
「……終わった……んでしょうか?」
きょろきょろと辺りを見廻し、『あっ』と声をあげ、慌ててアクエリアムとウラヌセウトに礼をすると、シェナの方に向き直る。
「えっと……精霊?達から、挨拶の様なものを受けました。あと、女神様……?からも」
「挨拶だと……?余程精霊達に気に入られた様だな」
ウラヌセウトが感嘆の言葉を漏らす。通常精霊達は、相性の良い相手に加護を与えるが、自ら語りかけてくる事は少ない。必要に応じて声をかける事はあったとしても、それまでだ。そんな彼らが挨拶をしてくるという事は、ティアの存在を特別に感じ、気に入ったという証だった。
「ティアさん、貴女は今の試験で、光属性、水属性、風属性、そして聖属性に強い適性がある事がわかりました」
「あ、確かに、それらの精霊から声をかけられました。皆さんのお名前と、それから……女神様からは、都をよろしく、と……」
シェナの説明に対し、ティアは心無しか、後半部分を言いにくそうにごにょごにょと伝える。その様子を見ていたウラヌセウトは、僅かに目を細めた。
(言いにくそうなのは、畏れ多いと思っての事か、それとも、何か誤魔化しているのか?)
「アクエリアム、どう思う?やはり何か隠していそうだが」
隣に並ぶ妻に意見を求めるが、彼女の見解はさっぱりとしていた。
「何か隠してはいるでしょうね。でも、いいんじゃないかしら。あの子が『アルシエ』の住人である事も、ミオティアルの『器』である事も間違いないのだから。それに、女神様が直々にお認めになったのだもの。ティアを聖女とし、ミオティアルを信じて待つしかないでしょう?」
「そうだな。女王陛下の判断だ。その様に動くとするか……ただし、君に危険が及ぶ様な事があれば、その時は手加減出来ないが」
ウラヌセウトが芝居がかった声でそう言うと、アクエリアムは、「全く困った人ね」と言いながら微笑んだ。




