10:王族との対面
「身体の方は何ともありませんか?」
(丸二日も寝たままだった割に、身体は軽い気がするんだよね……)
うーん、と首を傾げる。
身なりを整えましょう。と、シェナの誘導でドレッサーの前にすわり鏡を覗くと、そこに映っていたのは学校の資料室に閉じ込められた時のまま、制服を着た自分自身ではあるのだが、見慣れた栗色の髪は美しい銀髪になっていて、焦げ茶色だったはずの瞳はアクアマリンのような青色になっている。
まるで先程夢の中で話をした、ミオティアルにそっくりな色だった。
(これ、私??どういうこと……?)
「とても綺麗な髪ですね。結ぶ位置はこの辺りでいいでしょうか?」
「あ、は、はい。ありがとうございます」
シェナは慣れた手つきで髪を櫛で整え、青いリボンを使って少し高い位置で一つに結ぶと、優雅に微笑む。そうして、再びティアにベッドへ戻るように促す。
コンッ コンッ
「……シェナ、入っても?」
少し遠慮がちなノックの音と共に、声がかかった。シェナからの連絡を受け、王子の側近であるイオニスが来たらしい。
「……大丈夫です。貴女をここまで運んできた方々がいらっしゃっただけですから」
シェナは、ベッドの上のティアにそれだけ伝え、衝立の向こうへ向かう。
暫くして、ドアの開く音と、二人分の足音。
「先程目を醒ましました。……少し記憶が混乱しているようですが、今のところ害意は感じられません」
「そうか。……イオニス、両陛下にご報告を」
「かしこまりました」
(このままベッドに居たら失礼なんじゃないのかな……?)
「ティアさん、貴女を運んで来てくださった……」
そのまま衝立の向こうからこちらへ来ようとする来訪者に、ティアは慌てて腰を浮かす。
「あ、あの!このままでは失礼なので、私がそちらへ行った方が……」
「構わない。……丸二日も寝たきりだったのだ。無理に動かない方がいいだろう」
品のある男性の声がする。この人も偉い人なのだろうか。と何となく感じた。
「……」
ティアは諦めてベッドの上で姿勢をただす。
「……失礼する。身体の具合はどうだ?」
そう言って衝立の向こうから、端正な顔立ちの男性が現れた。
「ティアさん、こちらは……」
「オーケヌス=オルテ=レイ=メルグリアだ」
後ろで一つに纏められた青味がかった銀髪が、肩にかかっていて、サラリと背中の方へ流れた。
サファイアのような蒼い瞳が、こちらを見て――目が合う。
何故かその瞬間が、ティアにとっては酷く長く感じられて。
「なん……で……」
目を見開き、気づけばそう呟いていた。
知らずに涙がぽろぽろと零れ落ちる。
「あ、あれ……?私……?」
「ティアさん?」
「ご、ごめんなさい……っ」
ティアの姿を見たオーケヌスもまた、心がざわつくのを感じていた。
ミオティアルにそっくりだと言うことが原因なのかとも思ったが、それとは違うなにか言いようのない感情が沸き起こっていた。ミオティアル以外の異性に対して、何か特別に思う事はこれまで一度も無かった。だが、今自分の前で涙を流して取り乱す少女が、どうしても気になってしかたない。
「……君は一体……どこから来たのだ?」
やっとの事で絞り出した問い。
(君は……誰なのだ?)
本当はそう聞きたかった。だが、聞いてはいけない気がしてしまった。
◇◇◇
「……落ち着きましたか?」
「……はい。ごめんなさい。もう、大丈夫です」
シェナが宥め少し落ち着いたのか、少女はオーケヌスの方に向き直る。
「……失礼しました。私は、ティア、といいます。それ以外の事は、何もわからなくて。気がついたら、ここに」
「目覚める前の事は一切わからないと?」
オーケヌスの目が、僅かに細められる。
「はい。……ここが一体どこなのかも、わかりません」
そう言ってティアは頭を垂れ、しゅんとする。本当の名は、名乗れない。でも顔を見られたら、誤魔化しているのがバレてしまうかもしれないと思っての事だった。
その様子を見たオーケヌスは、考える。
(……記憶喪失?……都では見ない服を着ている……。あの様な現れ方をしたのだ、何か訳ありか?)
コンッ コンッ
「オーケヌス殿下、失礼致します。アクエリアム陛下と、ウラヌセウト陛下がお越しです」
「入って頂いてくれ」
カチャリとドアが開く。周りの皆が一斉に礼の姿勢をとる。ティアも立ちあがろうとしたが、オーケヌスに制され、仕方なくそのまま首を垂れる。
衣擦れの音がだんだん近づき、ティアの正面で止まった。
「陛下、そのように間近では……」
側近と思われる男性の引き止める声。
「良いのです。私がきちんとこの目で確認しなくてはなりませんから」
頭を下げたままの姿勢なので、顔色や表情が見えないものの、否とは言わせないような、凛とした声が頭上から降ってくる。心臓はバクバクと鳴り響き、今にもはち切れそうだった。
「頭を上げてくれるかしら?……姿勢を戻して大丈夫ですから」
先程より少し柔らかな声がかかる。ティアは少しだけ緊張を緩めて、そっと姿勢を戻し、顔を上げる。
目の前には、正に女王という風格と気品を兼ね備えた、美しい女性がいた。淡いピンク色の優しい色合いの長い髪が左右で編み込まれ、少し高い位置でまとめられていて、真ん中で分かれた前髪は顔の両サイドに垂れている。そのうちの右側の一房が、金色に輝いていた。両の瞳はサファイアを思わせる深い青色で、先程顔を合わせたオーケヌスとよく似た色をしている。
その身に纏う衣装は、上質の絹のような艶やかな白い生地に、金色の豪華な刺繍が施され、神官服とドレスを合わせたようなデザインをしていて、たっぷりと使われた布は女性の身分の高さを表していた。
「……これは。なんて事……!」
「……決まりだな……」
女王は驚きに目を瞬かせ、斜め後ろに立っている金色の豪奢な髪の男性も呟く。男性もまた、女王と同じく身分が高いのか、高価そうな衣装を纏い、威厳を放っていた。
「……人払いを。私とウラヌセウト以外は部屋の外へ」
「陛下!?」
「オーケヌス。貴方もです」
「いえ、私は……っ!」
「ウラヌセウト。お願いします」
「オーケヌス、女王としての判断だ。今回は諦めよ」
「ですが……彼女は……」
納得しないオーケヌスを、従者と共にウラヌセウトと呼ばれた男性が隣の部屋へ連れ出す。
「イオニス、シェナ、見張りを頼む」
「かしこまりました」
隣の部屋からウラヌセウトが部屋へ戻ってくると、アクエリアムはティアの方へ向き直る。
「驚かせてごめんなさいね。私の名はアクエリアム=アプラ=アンフィトリテ=メルグリア。この都の女王です。……少しお話をしましょう」
「私はウラヌセウト=マリク=ネプトゥヌス=メルグリア、前王の息子で、アクエリアムの夫だ。私達は其方を害するつもりはないので、安心して欲しい」
二人はそう言うと、近くに用意されていた椅子に腰掛ける。
ティアの近くにアクエリアムが座り、隣にウラヌセウトが座った。
「……固くならないで。ここには私達しかいないのですから、何も気にしなくて大丈夫よ」
「……はい」
ティアが力を抜いたのを見届けて、アクエリアムが切り出す。
「……これから質問をする事に、できるだけでいいから答えてもらいたいの」
「……できるだけ、ですか」
「そう。貴女が答えられる範囲で構わないわ。ただし、嘘だけはつかないで欲しいの」
ティアは、ごくりと唾を飲む。先程少し落ち着いた心臓は、また耳元でうるさく鳴り響いていた。
本日夜にもう1話更新予定です。




