9:澪里、見知らぬ場所で目覚める
本日2話目です。
『……澪里……起きて……』
(聞き覚えのある声……誰だっけ……?)
『澪里……』
姿は見えず、声だけが澪里の頭の中に響く。
「う……ん。…………あれ? ここは……?」
目を開いた澪里の目に飛び込んできたのは、見知らぬ天井。状況が分からず、ぱちぱちと数回瞬きをした。それから、そうっと辺りの様子を探る。
少し離れたところに円形をした白いテーブルがあり、そこには深い青紫色の髪をポニーテールにした女性が姿勢良く座っている。どうやら書き物をしているようだ。
澪里の知るファンタジーの神官の様な服装で、白を基調とし、上からオーガンジーの様な青く薄い布を重ねた布地で誂えられていて、作りはシンプルであるものの、要所要所に銀色の細かな刺繍がされている。
(ええっと。さっきのは、夢?……でもここも知らないところ……?……夢の続き?それとも、本当に異世界にでも来ちゃったの?)
澪里が客間の寝室に運び込まれてから、すでに丸二日が経っている。
オーケヌスとイオニスの二人はその間に、オーケヌスの母親であるリュリュイエの女王の元へ報告と相談に行っており、シェナに任せきりも悪いと思ってなのか、何度かこの部屋にも様子を見に来ていた。もちろん澪里はその辺りのことは全く分からず、彼女にしてみれば、不思議な夢の中で気を失い目覚めたらここにいた、という状況であったのだが。
シェナの方も澪里が目を覚ました事に気づき、広げていた書類とサッとまとめて立ち上がると、ベッドサイドへ向かう。
「…………ええと、ここは……」
言いかけて、澪里は慌てて口を噤んだ。
(言葉が通じるかわからないままに話せば、怪しまれるかもしれない)
現状が理解できないものの、澪里はまず黙って様子を見る事にする。
一方シェナの方は、ベッドまで数歩のところで立ち止まり、息を飲む。
「……なんという事でしょう……!」
思わず驚きの言葉が出た。
眠っていても確かにミオティアルによく似ているようであったのだが、目を覚ました姿を改めて見ると、本当に見間違えるような姿であったためだ。
澪里はというと、内心慌てていた。
シェナの呟く声が聞こえたものの、知っている言葉のどれにも当てはまらない響きのようだった。
(……どうしよう)
その時、ふと彼女の言葉が頭の中に浮かぶ。
『困ったら、貴女の魂に従うの』
(……私の、魂……)
目を閉じて、なんとなく右手を心臓の辺りに当てる。
『……そう。必要な事は貴女の魂に刻まれている』
声と共に、澪里の中にふわっと暖かいものが流れた気がした。
「大丈夫ですか?どうかされましたか??」
「あ……あれ?」
(……言葉がわかる)
「どこか痛むのですか?」
「……え?……いえ。大丈夫、です」
声は穏やかながら、シェナの瞳には警戒の色が宿る。
澪里が目を覚ました時に何かを言いかけたのを、彼女は聞き漏らさなかった。知らない言葉だったとも気づいていた。
だというのに、急に会話が成立したのだ。それに見慣れない服装。都に住むどの様な民も、纏っているのを見た事がない。であれば、やはりこの少女は都の外からやってきたと考えられる。
一体どこから来たのだろうか、なぜ聖女様と酷似しているのか。
聖女不在の今、都を守る結界は最低限のレベルで維持されている状態で、既に三週間が経っている。もしかしたら害意のある存在が入り込む隙が出来てしまっているかもしれない。……もしこの少女が、万が一都に混乱をもたらす者であれば、それなりの対処が必要になるかもしれない。そんな風に考えていた。
澪里はというと、どう切り出したら自分が怪しまれないかと言葉を探す。
急に言葉がわかるようになった事に驚きつつも、そうであればまず、少しでも情報を集めなくてはと考える。
そっと体勢を立て直し、深呼吸してから、女性の方へ向き直った。
「……ええと。……私は、どうしてここに?急に意識を失って、気づいたらこの状況で……」
本当の事を隠しながら、嘘にならない様に気をつけつつ説明をする。
(納得してくれるかな……)
目の前の女性は自分よりずっと年上で、落ち着いて見える。物腰こそ穏やかではあるが、間違いなく自分の事を警戒しているだろうと澪里は感じていた。
「ここは、メルグリア神殿の客室です。神殿内に意識のない貴女が倒れていたと、ここまで運んでくださった御方からお聞きしました」
オーケヌス達は、祈りの間での出来事はあえて伝えていなかったが、勘のいいシェナには、彼らの様子からこの少女が祈りの間で発見されたであろう事は想像がついていた。
加えてこの容姿だ。余程親しくなければミオティアルと見分けがつかないだろうとも思っていた。
だからこそ、オーケヌス自らここまで運び、自分を呼び寄せ、何も告げないままにここを任されたのだ。
(……今すぐにこの少女の存在を知られる事は少し厄介だわ)
彼女が害をなす者であればそれはもちろんであるし、たとえそうではなかったとしても、聖女が行方不明の今、世に知られれば面倒な事になるのは目に見えている。
とにかく、この少女が何者であるかを突き止め、その扱いを決めなければならない。オーケヌスや女王もまた、同じように考えているであろうことは、シェナにもわかっていた。
「メルグリア……神殿……?」
(……どこかで聞いたような?)
澪里は不思議な感覚に戸惑う。
間違いなく自分の世界とは違う場所にいるのはわかっているのだが、その神殿の名に聞き覚えがあるような気がしていた。
「どこで聴いたんだろう……?」
ポツリと呟き首を傾げる澪里に、シェナはベッドサイドに用意してあった水差しからコップへ白湯を注ぎ、差し出しながら語りかける。
「……ええ。ここはリュリュイエの都の中心部。民に解放された神殿であり、最奥の殿は陛下の居城でもあります。……貴女はここに運ばれてきた後、丸二日程眠ったままでしたが……何か特別な事情でここへいらしたのですか?」
ありがとうございます。とコップを受け取り、コクコクと飲み干した後、澪里は答えた。
「……ここがどこなのかもよくわからないのですが。さっきも言いましたけれど、本当に、気づいたらここにいて」
その様子を見て、シェナは考える。
(嘘を言っているようには見えない。……それに、差し出された白湯を疑いもせずに飲み干した。悪意は無いと思って良いのかしら?)
「お名前を伺っても宜しいでしょうか?」
「私は…………」
答えかけて、一度言葉を切る。ミオティアルとの会話が頭をよぎった。
『都に着いたら、『ティア』と名乗ると良いわ。誰にも言っては駄目。それと、私の事も。……約束よ?』
(……そうだった)
「……私は、ティアと言います」
少し空いた間は、何か隠し事をしたからであろうか。名乗ったのが本当の名かもわからない。だがまずはシェナが任されたのは、彼女の様子を監視することとと、目覚めたらすぐに連絡をする事なので、追求しない事とした。
シェナは気づかれないように、連絡用の送信具を起動する。
「ティアさん、というのですね。私はシェナと言います。都で、水の司祭を勤めております」
澪里、改めティアは少し考えを巡らせるそぶりをした後、ある事に気づき、それから少し遠慮がちに言葉を発する。
「……えと……私、どうやってここにきたのかもわからなくて……出来れば帰りたいのですが、どうしたら良いかわからなくて。ちゃんと働きますので、どこか寝泊まりできる場所を紹介してもらえませんか?」
(すぐに帰れないのが決まっているのに、滞在場所がない!)
ティアは焦っていた。見知らぬ場所に突然放り出されたというのに、自分のことも、自分を呼び出したミオティアルのことも、何一つ明かす事ができない。つまり自分の事を知る人、身の証を立ててくれる人間が誰もいない。この世界には帰るところがないのだ。
ミオティアルからは都を頼むと言われたものの、まずは自分を信用してもらわなければならないという難題に直面する事になってしまった。
(……何をするにしても、まずは生活の拠点がまず必要!住み込みで働く事ができれば、確保できる……はず……)
「え?」
「……私にできることなら、なんでもします! 掃除でも、洗濯でも、雑用でも……。それと、お部屋はどこでも構いません。雨風が凌げれば倉庫でも大丈夫ですので!」
自分にできる程度のことで、住む場所まで提供してもらえるのかは甚だ疑問ではあるのだが、ここで頑張らなければ、ミオティアルと約束した帰る為の条件を満たせなくなると思い、必死に言い募る。
「倉庫は流石に……。というより、私が決めるわけにはいきませんので……」
ティアの勢いに圧倒され、シェナはそう答えるのが精一杯であった。
次回は木曜です。




