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元公爵家執事の俺は婚約破棄されたお嬢様を守りたい 第4章(3)強欲のラ・プンツェル

作者: 刻田みのり

 竜人がイアナ嬢に指を向けた。


 指先に光が点る。


 あの光線はじっとしていたら殺られる攻撃だ。つーか跡形もなく消滅してしまう。


 きっと、昔お嬢様から教わった「ビホルダーの分子破壊光線」のようなやばい攻撃なのだろう。


 当時説明を聞いても分子が何だかよくわからなかったがとにかくやばい攻撃だというのはよーくわかった。


 でもまあ、あれだ。


 俺はイアナ嬢へとダッシュした。


 能力的にはイアナ嬢も俺が思いついたことを実行できるはずだ。


 だが、彼女は自分が光線の標的になったと知って血相を変えて逃げ出していた。それはもうすんごい勢いで逃げている。追いかけるポゥが気の毒なくらいだ。


 えっ、結界?


 それ張って万が一駄目だったら終わりだよ?


 イアナ嬢がどんだけアレな女でもそのくらいわかるでしょ。てか、わかっているから逃げているんだろうし。


 俺はダーティワークの身体強化を活かしてイアナ嬢の隣に並んだ。


 ちらと竜人を見る。


 走っている相手を狙い撃ちするのは難しいのかなかなか撃ってこない。


 イアナ嬢も自分の走るコースを先読みされないように右に曲がったり左に曲がったり速度を速くしたり遅くしたりとランダムな動きで逃げていた。イアナ嬢にしては頭を使った走り方である。


 もっとも光線が広範囲を一度にカバーできる規模で発射されたらどうしようもないが。そういうのが来ないことを祈ろう。


「きゃっ」

「ポゥッ!」


 イアナ嬢がコケた。


 おいおい、何もないところで転ぶなよ。


 じゃなくて。


 竜人がこのチャンスを逃すはずもなく光線を撃ってきた。ニヤリとしていたような気もするが、とりあえずそれはスルー。


 俺は即断して収納を使った。


 イアナ嬢へと降り注ぐはずの光線が軌道を変え中空に開いた俺の収納の中へと吸い込まれていく。


 しかしまあマジで便利だなこの能力。これなら大抵のやばい攻撃も何とかなるんじゃないか?


 んじゃ、お返しといきますか。


 俺はたっぷり吸い込んだ光線を収納から出した。


 中空に開いた収納の口から空に向かって一直線に光が伸びていく。


 竜人とサークレットの女は……避けずに防いだ。


 つーか、あいつらに命中する前に光線が消えた。


「……」


 うわっ、何だよあれ。


 あいつら無敵かよ。


「妙な手で邪魔しおったか。ミジンコの癖に生意気な」

「ラ・プンツェル様、あの者からは良くない魔力を感じます」

「そのようだな。だが、妾の障害にはならん。それにそちにはビホルダの指輪があるではないか」


 竜人が光線を撃った指には指輪があった。銀のリングに黒光りする石が付いた何か禍々しい感じのする指輪だ。


「それはもうそちの力だ。妾のために存分に使うがよい」

「御意」


 一礼し、竜人が再び光線を放った。


 俺とイアナ嬢は左右に分かれて逃げ……って、おい。


「ついて来るな」

「ええっ、ジェイだけあの光線対処できるのにあたしを見捨てる気?」

「いや、イアナ嬢も収納持ちだろ」

「失敗したらどうするのよ」

「安心しろ、骨は拾ってや……ああ、消滅するんだから骨は残らないか」

「……」


 イアナ嬢の視線が痛い。


 そして、ぎゃあぎゃあやりながら俺はイアナ嬢と光線から逃げまくった。何回かは俺の収納で切り抜けつつ反撃したが向こうも光線を防いでしまうのでノーダメージだ。


 地味にしんどい。


 あと、他の面子が観戦モードになっているのだが。あいつら憶えてろよ。


 竜人も俺たちを狙っても無駄だと諦めてくれればいいのに。何故に俺たちにこだわる?


 あ、でもアミンが何だか驚いたような顔をして竜人を見ているんだよなぁ。どうしてだろう?


「くっ、たかが人間の分際で俺の攻撃を躱し続けるとはっ!」


 竜人が怒鳴り急降下してきた。


 俺たちに指を突きつけ光線の発射態勢をとる。


 これまでにない大きさに肥大化した光が指先に宿る。


「近距離から最大パワーで撃たれてそれでも躱せるというなら躱してみろっ!」


 あっという間に地上すれすれまで降りた竜人が俺とイアナ嬢に迫る。


 ひっ、と短い悲鳴を発するイアナ嬢。


 絶対的な必殺範囲(キルゾーン)で放たれる光線。


 俺は収納に光線を吸い込ませるが竜人に動揺はない。むしろニヤリと笑んでいた。


 何だ?


 疑問が浮かぶものの俺はこれまで通り収納した光線を竜人に向かって解き放つ。


 一直線に伸びた光線が竜人に命中……しなかった。


 竜人に当たる直前で光線が消えた。そう、さっきまで何回も繰り返したように。


 あ、やばい。


 そう俺が思った時竜人の指先に光が点った。


 即座に放たれる光線。


 距離が近すぎて俺には収納する暇がなかった。まずい。


 俺は光線の直撃を受け……なかった。


 ぐにゃりと曲がるように光線がコースを変えてイアナ嬢の修道服の袖口へと消えていく。


 ……って、おい。


 その収納方法は危険過ぎるだろ。


 別に収納用の亜空間の入口は袖口じゃなくその辺の空間に開けばいいだろうに。


 まあそれはともかく。


 俺は竜人に肉迫すると拳を連打した。


「ウダダダダダダダダ……ウダァッ!」


 竜人の硬いボディにどれだけのダメージが通ったのかはわからない。手応えはあまり感じられなかった。とにかく硬い。ひたすらに硬い。何なんだこの硬さは。


 シーサイドダックの作った浮島のステージで戦った竜人とは全く違うじゃないか。


 内心焦っていると竜人が嘲るような目で俺を見た。その口が弧を描く。


「こんな程度か。フンッ、赤竜族の戦士である俺には赤子以下だな」

「!」


 竜人の拳が俺の腹にめり込んだ。


 一瞬遅れて痛みが襲ってくる。俺の拳はもう止まっていた。攻撃できるだけの余裕がたった一発のボディブローで消し飛んでいた。


 もう一発、今度は右頬を殴られて俺は吹っ飛ぶ。


 ダーティワークの効果で身体を強化していなければ頭を飛ばされて死んでいたかもしれない打撃力だった。


 俺はよろめきながら立ち上がろうとするが……やばい、すぐに立てそうにない。


 竜人が俺からイアナ嬢へと目をやり獰猛な笑みを浮かべる。


 指をイアナ嬢へと向け……。


 (ザクッ)


 背後から飛んできた円盤が竜人の首に突き刺さった。


 ちっ、と舌打ちするイアナ嬢。


 どうやら俺と竜人が戦っている間に予備の円盤を使ったらしい。背後からの奇襲で敵の首を狙うのはお得意だもんな。全然次代の聖女っぽくないけど。


 円盤が回転速度を上げて首を切断しようとするが急に停止した。ポロリと竜人の足下に落ちる。


「視界から外れると機能しなくなるとはどうにも不完全な防御だな」


 竜人。


「だが、俺自身が強化されているお陰で命拾いしたぞ。さすがラ・プンツェル様の力だ」


 イアナ嬢へと向けられていた指先に光が点る。


「ラ・プンツェル様の糧となるがいい」

「止めてドモンド!」


 アミンが叫んだ。


「一帯どうしちゃったのよ。食料を探しに行ってたんでしょ? それが何でこんなことに……」

「アミンか、ろくに役に立たない癖に大食らいでお前には困っていたんだ」


 言いながら光線をイアナ嬢へと発射する。


 しかし、イアナ嬢が修道服の袖口へと光線を収納した。だから、そのやり方は止めろっての。


 イアナ嬢からの反撃はドモンドに当たらず。つーか何で円盤が当たったのに光線は消えるんだ?


 アミンがさらに叫ぶ。


「ウサミンもドモンドが殺したの?」

「……さあな。だが、一発目の時に糧をラ・プンツェル様に捧げたのがあいつならそうだったんだろうな」

「そんなっ」

「まあどうでもいい。どの道この場にいる全員をラ・プンツェル様の糧にするつもりだったんだ。順番が少し早まっただけだろう?」

「……」


 ドモンドの言葉にアミンが言葉を失った。


 絶望の表情で立ち尽くすアミンを放置してドモンドが指先に光りを宿らせる。


 だが、何度光線を撃っても結果は変わらないだろう。


 収納で防いで反撃してそれが消えて……延々と繰り返すのがオチだ。イアナ嬢とドモンドのどちらかが諦めるか対処をミスるまで続く。


 まあ体力的に長引いたらイアナ嬢の方がやばいが。


「女、俺には勝て……」


 ドモンドがいきなり顔を強張らせ、倒れた。


 全身が灰色に変色していく。


「えっ?」

「ドモンド!」

「?」


 イアナ嬢、アミン、そして俺。


 俺たちが驚愕している間にドモンドだったものが砂と化していった。



 **



 光線で俺たちを攻撃していたドモンドがいきなり倒れて砂となった。


 アミンが絶叫……せず、その場に崩れる。どうやらあまりのショックで気を失ったようだ。知り合いだったみたいだしな。


 いや、「みたい」ではないか。


 ドモンドはあれだ、アミンやウサミンと一緒にいた竜人の一人だ。


 アルガーダ王国開祖の姫であるシャーリー姫が亡くなった内乱では敵側に味方してリアさんとウェンディの怒りを買い、メメント・モリ大実験のワークエでは増幅装置を守るためにマリコーに雇われたのに古代紫竜のラキアを恐れてアミンたちと逃げた。


 そして、マリコーの下から離れてこの森に潜んでいた……んだよな? あれ、違ったっけ?


 まあいいや。


 とにかく、ドモンドはアミンやウサミンと一緒にこの森に逃げてきた。ほいで食料を調達するためにウサミンとともに隠れ家を出て二日ほど帰って来ていなかった。


 んで、現在。


 食料調達に行っていたはずのドモンドがどうしてラ・プンツェルとかいう妙な女と一緒に俺たちを襲って来たのか、それは俺にもわからない。


 ドモンドが何故いきなり倒れて砂になったのかもわからない。


 そもそも、あのラ・プンツェルとかいう女は何者なんだ?


 *


 倒れたアミンをシュナが介抱している。ジュークたちも心配そうにしているし、とりあえず彼女のことはシュナたちに任せるとしよう。


 俺は空から降りてくるラ・プンツェルを睨め付けた。


 今攻撃しても通じる気がしない。


 圧倒的な威圧感、絶対的な魔力を俺は感じていた。ドモンドが砂になるまでそこまで強烈ではなかったのに今はやばさをビシビシ感じていた。


 イアナ嬢の肩に泊まったポゥが恐怖で凍りついている。


 イアナ嬢も顔色が悪い。ああ、これはまずいな。アレなイアナ嬢でさえ動けなくなる程の恐怖を覚えるレベルか。


「ニャー(こいつは……君主、いや魔王級の)」


 黒猫が何やら呟いているが小声過ぎて俺にはよく聞こえない。


「くっ、復活したばかりだろうにこのプレッシャーとは」


 プーウォルト。


「やべぇぞ。今のあいつらじゃあの化け物に勝てねぇ」


 シーサイドダック。


 そして、二人のすぐ傍に現れるタッキー。


 ラ・プンツェルを見るなりぎょっとして再びどっかへ消えてしまった。うわっ、役に立たねぇ。


 ま、まあ足手纏いになるよりはましか。そういうことにしよう。


 とか俺が思っていると。


「このラ・プンツェルの下僕の攻撃を防ぎ、なおかつ反撃できるとはな。気には食わぬがその実力は認めてやろう」


 ラ・プンツェル。


「だが、まだまだ妾の域には達しておらぬようだな。それでも妾に刃向かうか?」

「……」


 俺は応える代わりに拳を構えた。


 やばさは十分に感じている。


 しかし、それで戦わない選択をしたとしてこの女は見逃してくれるのか?


 見逃してくれないだろうなぁ。


「ふふっ、マンディの時代の者ならとっくに護衛もいない妾を攻撃していたであろうよ。それなのにそなたは構えをとるだけか? いやはや、この時代の人間は随分と意気地がないものよのう」


 小さく笑いながらラ・プンツェルがドモンドだった砂を見下ろした。


 悪魔の顔を模したサークレットの目が妖しく赤く光る。


 砂の中に埋もれていた指輪が現れ、ふわりと宙に浮いた。


 そのままラ・プンツェルの前まで漂う。


 俺は指輪を奪おうとしたが身体が動かなかった。何か強い魔力が俺の動きを封じていた。


「この距離なら妾の睨みだけで十分。どうだ? 動けまい?」

「……」

「ああ、口も動かせぬか。まあ良い。指輪も回収したことだし解除してやろう」


 指輪を手にしたラ・プンツェルがそう言うと俺を捉えていた魔力の縛めが消えた。


 ありったけの気力を振り絞ってラ・プンツェルに殴りかかろうとするが見えない壁が俺の拳を阻む。


 愉快そうにラ・プンツェルが笑んだ。


「ほほう、殴ってくるか。良いぞ、実に良い」


 俺の中で「それ」が喚く。


 怒れ。


 怒れ。


 怒れ。


 これまでにない激しさの声に戸惑いながらも俺は拳を放った。


「ウダァッ!」


 見えない壁に防がれ俺の拳はラ・プンツェルに届かない。


 さらなる「それ」の声が俺を煽った。


 怒れ。


 怒れ。


 怒れ。


 黒い光のグローブが脈打ち、両拳の甲に一対の宝石を浮かび上がらせる。真っ黒な深淵のような黒い宝石だ。


「なっ!」


 それを目にしたラ・プンツェルが驚愕する。


「憤怒のラ・オウ。まさか……いや、だがこれは」

「?」


 そのあまりの狼狽えぶりに俺も戸惑ってしまう。


 何だ?


 憤怒のラ・オウ?


 まあ、よくわからないが今は脇に置こう。


 俺は気を取り直してラッシュを浴びせた。


「ウダダダダダダダダ!」


 ぴしり。


 見えない壁にヒビが走る。


 ラ・プンツェルが目を見張った。信じられない、といったふうにその口が僅かに動く。


「……」


 よし。


 このまま見えない壁を破壊し、ラ・プンツェルを叩く。


 そう俺が考えていると……。


 ラ・プンツェルが装着している悪魔の顔を模したサークレットの目がかっと光った。


 凄まじい魔力の塊が俺を襲い、その衝撃で後方へと吹っ飛ばされる。


 追撃を警戒しつつ起き上がるがラ・プンツェルは俺を見つめるだけだった。


「……憤怒のラ・オウにしては弱過ぎる。妾の勘違い、か?」

「……」


 ラ・プンツェルの言っていることが理解できず俺はつい訊いてしまった。


「何のことだ?」

「わからぬか? そなたの中にいる存在のことだ。共にいるのであろう?」

「……」


 こいつ、俺が宿している「それ」のことに気づいている?


 だが、俺の中にいる「それ」はヒューリーと呼ばれていたはずだ。


 どういうことだ?


「知らぬとは言わせぬぞ。その禍々しくも美しい黒の魔石、ナインヘルズの第七層にいたあやつのそれと同じではないか。それにさっきから聞こえてくる声。あやつの呪声そのままではないか」

「……」


 えっ、どゆこと?


 俺の中にいる「それ」って精霊だよね?


 ナインヘルズがどうのって、悪魔のことだよね?


 ほら、あのクソ王子の持っている魔剣に憑いてる傲慢のラ・バンバがナインヘルズにいたって前に言ってたし。あいつ悪魔だよね?


 あれ、精霊だっけ?


 あれれ?


 あと、この拳の甲に浮かんでる黒い宝石。


 魔石なの?


 えっ?


 ええっ?


「ニャーッ!(おい小僧、ボケッとするな!)」


 黒猫が怒鳴りながら突進してきた。


「シャーッ!(奥義、猛虎猛進撃(タイガーパンツァー))」


 黒猫が一瞬光りに包まれるが、すぐに光が消えてしまう。


 ただの体当たりになっていた。


「ニャ(ちっ、気合いが足りねぇ)」


 黒猫が勢いを殺さぬままラ・プンツェルに飛び込もうとするが駄目だった。


 張り直された見えない壁に阻まれたのだ。しかも、前より強度が上がっている。


 見えない壁に弾かれた黒猫が空中で一回転してすたっと着地した。


 弓なりに尻尾を立ててラ・プンツェルを威嚇する。


「ほう、畜生の分際で妾に刃向かうか」


 ラ・プンツェルの口許が緩む。


「しかも、ただの畜生ではないな。猫の姿をしておるというのに巨猿の気配を漂わせるとは。ふむふむ、実に興味深い」


 サークレットの目が赤く妖しく光った。


「畜生よ、妾の物になれ」

「ニャ?(ん?)」


 黒猫が赤い光に照らされる。


 じんわりと染み込むように赤い光が黒猫に溶けていった。それと同時に黒猫の目がとろんとしていく。


「ふふっ、所詮は畜生。妾の魅了には逆らえるはずもないな」

「……」


 愉快そうにラ・プンツェルが笑っているけど、あれ?


 黒猫、ゆっくり身構えてないか?


 尻尾もゆらゆらさせてるし。


「これでこの畜生は妾の物。下僕の代わりにはならぬだろうがまあ良い」


 ラ・プンツェルが俺に向いた。


「次はそなただ。ラ・オウかどうかの確認は後に回すとして、とりあえず妾の下僕にしてやるかのう」

「……」


 やばい。


 ラ・プンツェルの魔力に縛られて身体が動かねぇ。


 つーか、他の奴らはどうした。


 何故、誰も助けない?


 おいおい、いくらアミンが気を失ったからって皆で介抱している訳じゃないだろ。


 プーウォルトとかシーサイドダックあたりは攻撃できるんじゃないか?


 イアナ嬢だって、そろそろ復活するだろ。てか、おい、どうして誰も動いてない?


 探知も使って俺の死角にいる奴の動きも探ったが全員が硬直したように動きを止めていた。


 あ、これはまずい。


 ラ・プンツェルが嗤う。


「良いぞ。その焦りと恐怖の何という甘美。実に良い」


 ぼんやりとラ・プンツェルからオーラが立ち上る。


「この負のエネルギー。うむ、力が湧いてくるわ。もっと妾を恐れるが良い。そなたらの発する負のエネルギーは妾にとって甘美な糧となるのだからな」

「……」


 こいつ、悪魔だ。


 そうとしか思えない。


 ラ・プンツェルがサークレットの目を光らせる。


「しかし、そなたは妾の下僕になるのだからな。糧は他の者から得ることにしよう。幸いにも獲物はまだおるしな」


 サークレットの目が光り、赤い光が俺を照らす。


「……」


 あ、これちょい暖かい。


 じゃなくて。


 赤い光が俺の中に染み込むが別に何もなかった。


 いや、何もってことはないか。


 ちょいあったかかったし(*魔力回復時の反応です)。


 この赤い光、寒い日とかに使えたら便利だろうなあ。


 ……じゃなくて。


 俺、ラ・プンツェルの精神攻撃を受けたんだよな?


 あの赤い光って精神に作用する光なんだよな?


 なーんか俺を魅了して下僕にしたつもりみたいなんだけど、いやいやいやいや。


 俺、そういうの効かないよ?


 それだけじゃなく、魔力も回復させちゃうよ?


 ああ、すっげえ上機嫌に嗤ってるけど……俺が何ともなかったって知ったら怒るんだろうなぁ。めっちゃ理不尽。


 黒猫が尻尾をゆらゆらさせている。


 こいつ、さっきまで目がとろんとしていた癖に今はギラギラと獲物を狙う猛獣のそれになっていやがる。


 さてはこいつも精神攻撃を無効にしやがったな。いいぞ、そうこなくっちゃな。


 勝ち誇ったようにラ・プンツェルが高笑いしている。


 いかに自分が強大な魔力の持ち主か自慢しているが俺はお耳スルー。


 あ、でもちょっとは聞こえるんだよなぁ。完全スルーは無理でした。


 で。


 へぇ、魅了の能力で異性を操れるんだ。そいつはすごいね。


 えっ、自分こそがアルガーダ王国の真の支配者?


 何言ってるのこいつ。頭湧いてるの?


 この国、アルガーダ王国の支配者はフィリップ陛下だよ。王政なんだからさ。


 んで、仮に陛下に何かあっても王位継承権ってのがあるの。わかる?


 勝手に無関係の奴が王様になれないんだよ。ちゃんと次がいるの。


 俺は認めないけどクソ王子が正当な王位継承者なんだよ。あいつ、一応王位継承権第一位なの。


 まあ、そういうことはいっか。


 どうせ、このラ・プンツェルって女はぶちのめすんだし。


 めんどい事情とかはその後で憶えていたらまた考えることにしよう(とか言いながら忘却する予定)。


 黒猫がいつでも突撃できる姿勢をとった。


 俺も収納からそっと銀玉を取り出す。一個? いやいや、桁が二つ違いますよ。さすがに四桁は「そっと」にならないから止めておくけどね。


 えっ、三桁でも「そっと」にならない?


 まあまあ、そんなの気のせいでしょ。細かいこと気にしたら人生つまらないよ。


「……ということ故そなたらは妾が飽きるまでこき使ってやるぞ。光栄に思うが良い」

「……」


 はいはい、そうですか。


 んじゃ、くたばってね♪


 俺は銀玉を一斉に叩き込んだ。


 銀玉の射線上から外れた位置から黒猫も飛びかかる。


「シャーッ!(往生せいやワレェッ!)」

「ウダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!」


 黒猫の一撃と俺の銀玉が見えない壁に阻まれる。


 だが、何発何十発何百発と繰り返し銀玉が見えない壁を打ちつけることでその強固な防御も限界を迎えたようだった。


 ぴしり、と空間にヒビが走る。


 チャンス。


「ウダァッ!」


 俺の放った拳が見えない壁を打ち砕く。


「ニャーッ!(もらったぁ!)」


 黒猫が崩壊して消えていく見えない壁に飛び込むように突撃し、ラ・プンツェルに猫パンチを……。


 ピカッ!


 悪魔の顔を模したサークレットの目が光り、俺と黒猫は吹っ飛ばされた。


 地面に転げ落ちる俺たちにラ・プンツェルが冷笑を向ける。


「惜しかったのう。妾もちと今のは驚いたぞ」


 ゆっくりと俺へと歩み寄ってくる。


「だが、未だ動けるのはそなたたちのみ。他のミジンコどもはアテにならぬぞ」

「くっ」

「嫉妬のも妾の魔力で動けぬようだし、もう妾を止められる者はおらぬようだのう。どうだ? 無駄なあがきはせず大人しく妾の下僕にならぬか? 今ならビホルダの指輪も付けてやるぞ」



 **



「……くっ、この魔力……あの時以上か」


 プーウォルトが絞り出すように声を発する。


 その身体は固められたかのように微塵も動かない。


「ちっ、マジで誰だよ、あいつを解放した阿呆は……それにビホルダの指輪だと? あんなやばい物まだ持ってたのかよ」


 シーサイドダックも辛そうだ。


 二人の言葉が聞こえたからかラ・プンツェルが上機嫌に応えた。


「ふふっ、妾の力はまだまだこんなものではないぞ」


「ざけんなっ、おめーはまた他人の魔力と生命力を指輪を通して奪う気かよ」

「ビホルダの指輪は妾の下僕にのみ与えておるだけだ。別に無差別に妾の糧としている訳ではない」


 シーサイドダックの批難にラ・プンツェルが何の罪悪感もないといったふうに返す。


「魔力と生命力を吸い尽くされた者は命を落とすどころか砂になってしまうがな。貴様はそれで自分に仕えていた者すら砂にしてしまったではないか」


 プーウォルト。


 ラ・プンツェルが嗤う。


「それがどうした? 妾のために働けるだけでなく魔力と生命力をも捧げることができるのだぞ。とても名誉なことではないか。何の問題がある?」

「そういう考えは本官は好かん」

「そなたは昔から妾と意見が合わぬのう」

「プーウォルトはおめーと違ってまともなんだよ」


 シーサイドダックの言葉にラ・プンツェルが鼻で笑った。


「くだらぬ。そなたたちは実にくだらぬわ。まあ、せいぜい囀っているが良い」


 ラ・プンツェルから立ち上るオーラが人の形をとる。


 それは長い髪の女の姿をしていた。ゆらゆらと女の姿が揺れている。あくまでも形だけなので顔はなかった。


「今は目覚めたばかり故この程度しか力を使えぬがいずれはこの国……いや大陸をも支配できる力を得るであろう。さすればいかにリビリシアの意思(ウィル)であろうと妾を邪魔できぬ」


 ラ・プンツェルが高笑いすると女の姿も同じように嗤う仕草をした。ただし、声はない。


「アルガーダ王国の支配だけでなく大陸制覇も望むか」

「ざけんなよっ、おめーみたいのが支配者なんかになったらこの世の終わりだぞ」


 プーウォルト。、そしてシーサイドダック。


 ラ・プンツェルが二人を睨むとその魔力の縛めが増したらしくプーウォルトたちは口を利けなくなった。


 再びラ・プンツェルが俺を見る。


「さて、妾がつまらぬ相手に構っている間に決心はついたか? まあそんなものが無くてもそなたは妾の下僕になると決定しておるのだがな」

「……」


 俺が返事をせずにいるとまたあの赤い光が俺を照らした。


 身体に染みる光が暖かい(*くどいようですが魔力回復時の反応です)。


 これ、本当に寒さ対策になりそうだぞ。


 とか思えるうちはまだ余裕があるってことだよな?


 俺は拳に力を込めた。


 煽ってくる「それ」の声が騒がしい。


 怒れ。


 怒れ。


 怒れ。


 拳の甲に一対の宝石を浮かび上がらせた黒い光のグローブがどくんどくんと脈打つ。目の前の敵を早くぶちのめしたいと訴えているかのようだ。


 ラ・プンツェルが首を傾げる。


「そなた、何故妾の物にならぬ? 魅了の光りは十分に浴びておるだろうに」

「……」


 ラ・プンツェルの魔力が俺を縛っている。


 だが、俺の内から溢れる魔力がその戒めを打ち破ろうとしていた。


 叫びにも近い「それ」の煽りが繰り返される。


 怒れ!


 怒れ!


 怒れ!


 全身を熱いものが駆け巡る。


 燃え上がる熱が俺の鼓動を加速させた。


 震える心音が黒い光のグローブと連動するように脈を打つ。。


 俺はさらに拳を強く握った。


 ラ・プンツェルが目を見張り、怯えたように一歩後退る。


「何故だ、何故妾の魅了が効かぬっ!」

「思い上がるんじゃねぇ」


 俺はラ・プンツェルを見据え拳を構える。


 身体を巡る魔力は完全にラ・プンツェルの魔力による縛めを上回っていた。


 もう俺を縛ることはできない。


「てめーなんかに俺を魅了できやしねぇんだよ。俺を魅了できるのはこの世にただ一人だけ」


 一呼吸置き。


「俺のお嬢様だっ!」


 拳を放った。


 ラ・プンツェルが見えない壁を張るがそんなものは知らん。


 ラッシュを繰り出すだけだ。


「ウダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ……ウダァッ!」


 ぴし。


 ラ・プンツェルを守る見えない壁に亀裂が入る。


 俺はラッシュを重ねた。


 黒い光のグローブの光が残像となり幾筋もの黒い光の帯が走る。


 攻撃に堪えきれなくなった見えない壁が砕けた。


 俺はそのままラ・プンツェルへと肉迫する。


 ラ・プンツェルが息を呑み。


 悪魔を模したサークレットの目が光った。


「!」


 強大な魔力の塊が俺を襲う。


 後方へと吹っ飛ばされながら俺はマジンガの腕輪に魔力を流した。


 チャージ。


 そして……食らえっ!


 俺は左拳をぶっ放した。


 轟音とともに左拳がラ・プンツェルへと飛んでいく。


 これならどうだ。


 しかし、ラ・プンツェルのサークレットの目が輝き衝撃で左拳が弾かれた。


 ダメージを与えられぬまま左拳が俺の左腕に戻ってくる。


 ちっ、駄目か。


 そう俺が舌打ちしていると。


「ニャーッ!(隙ありっ!)」


 黒猫がラ・プンツェルに飛びかかった。


 その猫パンチがラ・プンツェルの顔面にヒット……しなかった。


 惜しい、右手でガードされたか。


 だが、黒猫の爪がラ・プンツェルの右手の中指に傷をつけていた。小さな傷ではあるが赤い血が僅かに流れている。


「ニャン(へへっ、傷をつけてやったぜ、)」

「……」


 ラ・プンツェルが無言で中指の傷を見つめ、きっと黒猫を睨んだ。


 サークレットの目が光り、黒猫が魔力の衝撃で宙を舞う。


「おのれっ、汚らしい畜生の分際でっ!」


 ラ・プンツェルの後頭部から幾つもの触手が生える。


 それは先端に赤い瞳の目を付けた不気味な触手だった。怒り狂ったように瞳を赤々と光らせている。


「塵も残さず滅びるが良い!」


 全ての触手が着地した黒猫へと向き、目から光線を発射した。


 幾筋もの光が黒猫を襲う。


 黒猫は避けようとするが光線の数が多過ぎる。とてもではないが避けきれない。


 だが。


 いきなり黒猫の前の空間が歪み光線が全て吸い込まれた。


 それはまるで収納の能力を使って攻撃を防いだかのようだった。


 声。


「やれやれでおじゃるな。麿はものすごーく忙しいのでおじゃるぞ?」


 すうっと空間から浮き出るようにエボシ(?)を被ったドジョウ髭の男が現れる。


 その手にはシャク(?)。


「麿の眷族が慌てていたから来てみれば何とまあ、随分と久しい顔がおるでおじゃるな」

「……じ、時空の精霊王リーエフ」


 ラ・プンツェルが忌々しそうに顔を歪ませた。


 対してリーエフはただでさえ細い目をさらに細めて微笑む。


「麿の眷族であるタッキーからの知らせを受けて分身体にアーカイブを調べさせてみれば、アルガーダ王国の開祖の姫が亡くなった内戦でリアやウェンディを怒らせた竜人が封印を解いていたでおじゃる。いやはや、運命(シナリオ)とは誠に奇妙で因縁めいているでおじゃるな」


 と、リーエフがわざとらしくため息をつき。


「そして、そちは再びこの世に現れて己の欲望を満たすつもりでおじゃるか」

「妾はマンディの願いを叶えようとしておるだけだが? もちろんそのついでに妾も楽しみを享受させてもらうがな」

「そちのついでの方が比重が大きいようでおじゃるが?」

「そのような細かいことを気にする輩は嫌われるぞ」

「麿はそちに嫌われても一向に構わぬでおじゃる」

「くっ、いちいちこんなところに出向く程度のつまらぬ精霊王の分際で」

「この麿も分身体なのでおじゃるが? ああ、ろくに分身体も生み出せぬ程度の分際で麿を軽んじるとは愚かなことこの上ないでおじゃるな。むしろ哀れでおじゃる」

「「ぐぬぬぬぬぬ」」


 言い争うリーエフとラ・プンツェル。


 余程リーエフが嫌いなのかラ・プンツェルの意識がリーエフに集中している。


 だからだろうか、タッキーが背後に回り込んでもラ・プンツェルに気づいた様子はなかった。


 つーかタッキー、いつからいたの?


 小狡そうに笑んだタッキーが構えた両手の中に光の球を作り出し……。



「トゥルーライトニングショット!」



 タッキーが攻撃しようとした刹那、シュナが叫び声とともに雷撃を放った。



 **



 シュナの攻撃は完全にラ・プンツェルの認識外のはずだった。


 だが……。


 雷撃はラ・プンツェルを避けるかのように明後日の方に飛び去ってしまう。それは明らかに何らかの力によって為されたものだった。


 ラ・プンツェルのサークレットの目がチカチカと点滅する。


「ラ・ムーよ、惜しかったのう」


 ラ・プンツェルがシュナへと視線をやりはっきりと目に見える程の濃密な魔力波を発射する。


 シュナの周囲に雷の結界が張られるがあっけなく魔力波に砕かれた。衝撃でシュナだけでなく傍にいたアミンや二人のギロックたちも吹っ飛ばされる。


 あ、ニジュウの奴アミンを庇ったのか。無茶しやがって。


 ジュークもよくあの一瞬で地面に水魔法のクッションを展開できたな。さすが万能銃使い。いやこの場合万能銃のバンちゃんを褒めるべきか?


 ツーアクションで銃弾を装填し直して発砲。自分たちが吹っ飛ばされた先の落下地点に水魔法のクッションを作り出したジューク。


 そして自分は五歳児くらいの身体なのにその倍以上のサイズのアミンを抱えて落下の衝撃を防いだニジュウ。


 まあ水魔法のクッションもあるからそもそもダメージはなかったかもしれないけど。それでもその心意気や良し。


 シュナも水魔法のクッションのお陰で大したダメージはないようだ。


「むう、小癪な」


 唸るラ・プンツェルに今度はプーウォルトが突進する。お、魔力の縛めが解けたのか。


 猛獣の咆哮のような雄叫びを発しながらプーウォルトが右腕を水平に振り上げる。


 右腕に集まる魔力の光。それが赤く発光し……。


「食らえっ、イースタンラリアットォ!」


 数歩でラ・プンツェルに肉迫したプーウォルトが赤々と輝くぶっとい右腕を叩き込む。


 ラ・プンツェルの見えない壁が張られたが関係なかった。


 そんな物は無意味と言わんばかりに楽々と粉砕しラリアットがラ・プンツェルの顔面にヒットした。何だか聞いてはいけない音が聞こえた気もするけど気のせいだと思うことにしよう。夢に見そうだし。


「よっしゃあっ! さすがクマゴリラ」


 シーサイドダックが跳び上がって喜ぶがプーウォルトは渋い顔だ。


 ラ・プンツェルの後頭部から再び何本もの触手が伸びた。その先端には赤い瞳。


 沢山の赤い瞳が怒りの色に染まっている。


 黒猫を襲ったあの光線を放つ瞳が一斉に発射態勢をとり……。


「ほわたぁっ!」


 刹那、プーウォルトの蹴りがラ・プンツェルの胸に命中した。


 ラ・プンツェルが仰向けに倒れ、触手の瞳があらぬ方向に光線を撃つ。何発かはプーウォルトに掠めるが致命傷には程遠い。


 あっという間に顔を修復し、倒れた姿勢のままラ・プンツェルが高速でプーウォルトから離れた。顔のこともそうだが滑るような動きでプーウォルトの間合いから離脱した身体能力は最早人間業ではない。


 いや、まあ人間じゃないから別にあんなの普通か。うん、そういうことにしよう。


 追撃しかけたプーウォルトをリーエフが止めた。


「そこまででおじゃる。それ以上はそちに課されたルールに抵触するでおじゃるよ」

「おいおい、ケンカを売ってきたのはあっちだぜ」


 シーサイドダック。


「あいつは放置できん。女神様がこの場にいれば特例を認めてくれるはずだ」


 プーウォルト。


 でもまあ攻撃を止めているあたり割と律儀かも。


 仰向けのままラ・プンツェルが触手の先をプーウォルトに向けた。


 あ、あいつ狡い。攻撃してくるのかよ。


 しかし、発射された光線は全て途中で軌道を変えてリーエフの脇に開いた亜空間に吸い込まれた。


「無粋な真似は止めるでおじゃる」

「くっ、余計な真似を」


 リーエフに窘められ表情を歪めるラ・プンツェル。


 そこへ聖剣ハースニールを上段に構えたシュナが飛び込んできた。


 バチバチと放電する聖剣ハースニールの刀身。


 シュナの肩には長い黒髪の儚げな少女の姿をした精霊のラ・ムー。おばちゃんの姿だった頃を知る俺には違和感ありまくりです。めっちゃ謎過ぎる。


「うおおおおおっ、トゥルーライトニング……」

「勇者も止めるでおじゃる」


 リーエフがそう言うと世界が灰色に染まった。


 全てが静止した世界でリーエフが悠然とシュナに歩み寄る。


 シュナが固まったように動かずにいたが彼に憑いているラ・ムーは違った。明らかに気分を害したらしくリーエフを睨みつけている。相手は精霊王なのに大した度胸だ。


 これ、ポゥとかだったら震え上がってたかもしれないぞ。


「やはり元々の性質が我ら精霊と異なるだけのことはあるようでおじゃるな」

「……」


 ラ・ムーは応えない。


 というか俺、あのおばちゃん精霊(今は違うけど)が喋ったところ見たことないんだけど。


 喋れるの?


 無言のままのラ・ムーにリーエフは軽くうなずき、シャク(?)で自分の口許を隠しながら細い目をさらに細くした。


「本来、たかが上位精霊程度が麿をのような神格持ちに敵意を示すなどあり得ないのでおじゃる。しかし、そちは特別。かつて『嫉妬のラ・ムー』と呼ばれ恐れられた君主級の存在、それも限りなく魔王級に近い存在であったそちを麿は認めておる故多少のことは赦すつもりでおじゃるよ」

「はい?」


 思わず反応してしまった俺。


 いやいやいやいや。


 ラ・ムーって精霊なんだよね?


 あれ、君主級とか魔王級とかって悪魔に対して使う分類だよね?


 えっ、どゆこと?


 ラ・ムーって悪魔なの?


 ……て。


 これ、俺の中にいる「それ」と同じことになってる?


 えっ?


 ええっ?


 内心で驚きまくっている俺をリーエフが見遣り嘆息した。


「そうでおじゃるな。こちらにもそちの同類がいたでおじゃったな」


 そんなことはどうでもよかろう。


 甲高い女の声が木霊した。


 どことなくラ・プンツェルの声にも似ているが違う気もする。つーか、ラ・プンツェルもシュナと同様動けないよな。


 ほわん、とラ・プンツェルの左肩に黒い影が現れた。


 長い髪の女のシルエットをした何だか不気味な雰囲気のある存在だ。


 頭の部分にぎょろりとした目玉が浮き出てきた。うわっ、怖っ。


「姿を見せたでおじゃるか。それにしても、そちは相変わらず風情のない姿でおじゃるのう。全く以て優雅でないでおじゃる」



『お黙り』



 黒いシルエットがゆらゆらと揺れた。



『妾の邪魔ばかりしおって。そなたたちにいつも横やりを入れられて妾がどれだけ苦渋を嘗めさせられてきたことか』



「別に麿は邪魔ばかりしてきたつもりはないでおじゃるがなぁ」


 リーエフの細い目が愉しげに細まる。


 黒いシルエットの目が赤く染まった。



『そういう態度がムカつくのだ。もう良い、早く時間停止を解除せよ』



「その前に確認したいでおじゃる」


 リーエフがシャク(?)で中空を叩いた。


 淡く青い光が散らばって丸い鏡のような平面を作る。


 そこに映し出されたのは炎に焼かれる城。俺の記憶にはない城だ。どこだ?


「例の内乱の時のアルガーダ城の攻略はそちの差し金でおじゃるか? 麿の保有するアーカイブにもこの件の記録はないでおじゃる」



『……』



 女のシルエットは答えない。


 ラ・ムーが目を吊り上げてビシッと女のシルエットに指を突きつけた。


 バチバチと聖剣ハースニールが放電する。


「……」


 ここって今は時間が止まってるんだよな?


 それなのに放電できるんかい。


 つくづくご都合主義ウェポンだなぁ。


 俺がそう思っているといきなり放電が止んだ。


 ラ・ムーが抗議するようにリーエフを睨む。


「無理強いは駄目でおじゃるよ」


 リーエフ。


「麿たちはルールに則って動かねばならぬでおじゃる。そちも麿たちの側であろうとするのなら女神プログラムのルールに従うでおじゃる」


 睨んだままリーエフの言葉を聞いていたラ・ムーが不快さを隠そうともせずアッカンベーをしながら姿を消す。


 リーエフがやれやれとため息をついてから女のシルエットに向いた。


「さっきの質問に答えてもらえぬでおじゃるか?」



『……今さらそんなことを聞いてどうする? いかにそなたであろうと過去を変えることなど許されぬであろうに』



「そうでおじゃるな。であるが麿はウェンディのためにも真実を知りたいのでおじゃるよ」



『ふっ、あの精霊か。もう一柱の精霊と同じでシャーリーとやたら中が良かったのう』



 女のシルエットの目が懐かしそうに中空を見つめた。



『あの内乱を起こしたのはマンディの父親だ。そして、大群を率いてアルガーダ城を攻めたのもマンディの父親』



「そちがマンディを通じてあの者を唆したのではないでおじゃるか」



『国に対して忠誠を誓い、国のために手を汚した臣下をくだらぬ正義の名の下に切り捨てようとした王など誰が認めるというのか。あれは王の器ではない。マンディの父親がしたことは讃えられるべきものであって批難されるものではない』



「そちはあくまでもあの者の側についていただけといいたいのでおじゃるか」


 リーエフとラ・プンツェルが何やら言い争っている。


 たぶんシャーリー姫が亡くなった内乱のことを言っているんだろうけど……俺、あんまり事情を知らないんだよなぁ。300年前のことだし。


 ええっと、確かあの内乱でアルガーダ王国開祖の王朝が滅んで当時の騎士団の団長が新しくエーデルワイス王朝を興したんだよな?


 それで前の王家に敬意を示して国名をアルガーダ王国のままにした……はず。


 でもって、内乱の首謀者はアルガーダ王家の親族だったはず。


 名前?


 えーと、思い出せ俺。


「マンディの父親……グーフィーが国力増強のために獣人の国を攻め滅ぼしたのをそちは忘れておらぬでおじゃろうな? そう、そちのサークレットを含めた様々な魔道具がアルガーダ王国内に持ち込まれることとなったあの一件でおじゃる」



『国のためにしたことであろう。多少の犠牲など国のためと割り切ればどうとでもないことだ。そのようなことに心を乱す必要もあるまいに』



「あの獣人たちの流した血を多少の犠牲とのたまうでおじゃるか」



『おや気に入らぬか。だが本当のことであろう? それにあの一件のお陰で事実アルガーダ王国は国力を増し栄えたのだ。王城の宝物庫に眠る暴食のラ・ドンや怠惰のラ・パンもあの時の戦利品であるぞ』



 女のシルエットの目が挑むようにリーエフを見た。



『まあ、あやつらを眠りから醒まさぬ限りは何の焼くにも立たぬがな。その点妾は違う』



「どう違うでおじゃるか? そちがしたことと言えばマンディの父親を煽って内乱を起こしたことと周囲の人間を下僕にして己の欲望を満たしていたことで……」



『妾はマンディの願いを叶えるために動いたのだと言ったであろうが。そなたは……もう良い。やはりそなたと言葉を重ねても時間の無駄だ」



 ラ・プンツェルの悪魔の顔を模したサークレットの目がキラリと光った。


 強烈な光が視界を白くする。


 女のシルエットの声。



『妾は必ずマンディの願いを叶える。そして、ついでに妾も楽しみを享受する。誰にも邪魔はさせぬ。誰にも、な』



 視界を白く染めていた光が収まるとラ・プンツェルの姿は消えていた。


 そして、仰向けに倒れているシュナの胸に深々と刺さっている古びた短剣。


 リーエフの時間停止が解除され、動けるようになった俺はシュナに駆け寄った。


 まだ辛うじて息はあるがかなりやばそうだ。


 そして、これが誰の仕業かは考えなくてもわかる。


「……あの女」


 やってくれたな。

 

 

 


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