身勝手な勇者
ある辺境の村に勇者が居た。
とはいえ、それを知る者は誰一人いなかった。
故に彼は村一番のお人よしにして力自慢という扱いで日々を生きていた。
世界は魔王の恐怖で震えあがっていた時代にありながらその村は平和だった。
何せ、勇者が居たのだから。
ある日、勇者の夢の中にお姫様が現れた。
彼女は魔力を通して勇者の夢に語り掛けているというのだという。
『勇者様。どうかあなたのお力で人々をお救いください』
しかし、勇者は答えた。
『悪いけれど、他を当たって欲しい。僕はこの村で平和に暮らしたいんだ』
絶句するお姫様を無視して勇者は平和な日々に戻るのだった。
翌朝。
眠たげに目を擦る勇者に幼馴染の少女が言った。
「夜更かしでもしていたの?」
「いや。なに。変な夢を見ちゃってさ」
「変な夢?」
少女の問いかけに勇者はへらっと笑って答えた。
「内容なんてもう忘れちゃったよ」
「なにそれ」
「覚えていないくらいだから、きっとどうでもいい夢なんだろうさ」
あまりにも適当な様子に呆れながら少女は勇者と共に平和な日々を過ごすのだった。
彼の次に勇者が生まれるのはそれから数十年も後のこと。
その間に夥しい数の人々が死んだが、勇者は別に気にしたりはしなかった。
顔も名前も知りもしない人々の命と自分の人生に深く関わる十数人の命など、元々比べる価値もないからだ。
人々の怨嗟の声も届くことなく、勇者は最愛の者達と共に穏やかに死んだ。