9.剣の修行
ナシュトに先のことは考えられないと言ったものの、時間が惜しいので、俺は翌日には早速ハイオグー=ヤイ先生の門戸をたたいた。いや、たたいたと言っても、扉をノックしたわけではないのだが。
ヤイ先生の事務所には秘書だけがおり、その秘書に連れられた俺は屋外の教練場にやってきだ。
木刀を持って指導しているヤイ先生がそこにおり、先生の前には30人ぐらいの生徒が並んで木刀を持ち、先生の型を真似ていた。
「ヤイ先生、新人をつれてきました」
「ふむ、分かった。
君、名はなんと?」
「はじめまして、ヌトセ=カームブルと申します。
どうぞよろしくお願いします」
「ああ、そうか。
じゃあ、カームブル嬢、あそこの木刀を持って、列に加わりなさい」
「あっ?は・・はい」
なんの説明もなく、いきなり訓練が始まった。
俺はわけがわからず、とにかく先生の真似をした。
とにかく一日中型の訓練が続き、解散の時間となった。
「はい、今日は解散だ」
先生の声に従い、生徒はわらわらと帰りだしたが、ヤイ先生は俺に声をかけた。
「カームブル嬢、君の実力を知りたいから、こっちに来なさい」
「はっ、はい」
「君はどのぐらい剣術を習っているかね」
「全くの素人です」
「そうか、それじゃ反射神経と体力を見てみようか」
先生はそう言うなり剣を突き出してきた。
おそらく素人相手なのでかなり手加減しているのだろうが、俺にとってぎりぎり避けられる速度だった。
「わわっ」
あわてて避けた俺の横をかすめた剣が引き戻ると、今度はさらに速度を上げた突きが入ってきた。
こんなのに当たりたくないと考えた俺は反射的に唱えていた。
「加速装置!」
世界の動きが急にスローモーションになった。
先生の剣もゆっくり動くので、動きをよく見てそれを避け続けた。
ただ、動きは見えても自分の体が追いついてこないため、悪夢を見ているときのように体が動かずに焦った。
何度か突きがきた後、今度はフェイントが入り、下からすくい上げる剣の振りが入ってきた。
自分の体の動きが遅く、避けられる体勢ではなかったため、思わず剣で受けてしまった。
その瞬間、俺の剣ははじき飛ばされ、時間の流れは正常にもどった。
ひりひりする手をさすっていると、先生は手を止めて笑った。
「カームブル嬢、君はすばらしい目と反射神経を持っているな。
優秀な剣士になれる素質はある。
だが、基礎体力がなさすぎる。握力、腕力、脚力、そしてそれを支える骨格がない。
もっと基礎体力を向上させたまえ。
私のところに来るのはそれからだ」
細かいことは言わない先生とのことだったが、俺は大きなところで失格らしい。つまり門前払いのようだ。いや、門の中ではあるんだが。
「わかりました、鍛えなおしてから改めて参りますので、その際にはよろしくお願いします。
どうもありがとうございました」
「ああ、待っているぞ」
寮に戻りながら俺は考えていた。
俺の剣技能がもともと10あったのは、加速装置のおかげだったのだ。今でも10のままなのは、今日の練習ぐらいでは上がるわけがないからであり、それなりの鍛錬をしないといけないということになる。
今から基礎体力を上げるのには時間がかかる。時間的制約があるわけではないが、地味な訓練にあまり時間をかけると読者に見放される。基礎体力作りの描写など、読んでいてもつまらないのだ。
しかし、俺には闇魔法がある。魔法で体力づくりをすればいいのだ。
骨については、骨周りのエストロゲンを減らして骨の再形成を促進し、オステオカルシンを増やして強い骨を作ればよい。パラトルモンを増やせば、カルシウムにより、さらに強い骨になる。
剣技に必要な筋肉にはアンドロゲンを増やそう。アドレナリンも追加することで、より効果は早まるはずだ。
同時に体内から余計な脂肪を無くすため、血液中からLDLコレステロールを排除すればよい。
なんだかカタカナばかりになって、よけい読者が離れていきそうだが、俺にはそんなことを言ってられる余裕はないのだ。
これらを筋トレとともに一か月ほど続けたら、かなりがっちりした体つきになった。
ナシュトには急な変化を心配され、リサリアにはアマゾネスの女戦士みたいと言われた。
この段階で俺の剣技は25に上がっており、レベルも540に達した。基礎体力の向上は大きな効果をもたらすようだ。
こうして俺は再びハイオグー=ヤイ先生の元を訪れた。
「誰かと思えば、カームブル嬢ではないか。
見違えたが、かなり無理をしたのではないかな。
まあ、お前の熱意はよくわかった。
ワシのところでしっかり学ぶようにしたまえ」
「はい、ありがとうございます」
こうして、ヤイ先生の元での修業が始まった。
先生はいろいろなテクニックを教えてくれた。体ができていたたので、自身の加速に体がついてくるようになり、先生の技は面白いように自分のものとなっていった。
相手の剣を弾き飛ばす何通りもの方法、状況に合わせたフェイント、相手の盲点を狙った攻撃、複数の相手への同時攻撃・・、さまざまなテクニックがあるものだ。
まじめにコツコツと剣技を磨いている人からすると邪道なのであろうが、実用性を考えると効率的極まりない。実際、たった数行の文章で俺の剣技はかなりの達人に匹敵するものとなった。いやもちろん加速能力の恩恵が大きいのだが。
現在俺の剣技能は132であり、レベルは603である。
すでにこの学園に来て一年半が過ぎようとしていた。学費は1年ごとに納めているため、あと半年分がもったいないが、そろそろ潮時かもしれない。僕はいよいよ魔王討伐を目指して、実戦経験を積むことにした。
リサリアに何も言わずに出ていくのも不義理なので、一緒に夕食を摂っているときにそのことを切り出した。
「ねえ、リサリア。私そろそろ学園をやめようかと思っているんです」
「えっ、そうなの?
それでそのあとどうすんの?」
「実戦の経験を積みたいので、いろいろと魔物退治に参加しようと思っているんですけど」
「わあ、それならちょうどいいよ」
「えっ?何が?」
「実はあたしもそろそろ村に帰ろうかなと思ってたんだよ。
まだちょっと力不足なところもあるけど、こうしている間も村の人たちは魔物の被害にあってるかもしれないもんね。
だからさ、ヌトセに特にこだわりがないなら、一緒にうちの村に来て魔物退治を手伝ってよ。
どうかな?」
俺は少し考えた。
魔物退治の経験はどこでやっても構わない。それに、全然勝手のわからない土地でやるよりは、土地勘のある者がついているほうが、はるかに危険は少ないだろう。さらに、リサリアにはそれなりに友情を感じている。人を信じないと決めた俺だが、彼女が俺を裏切らない限り、彼女の友誼には応えるつもりだ。俺は改めて彼女のステータスを確認してみた。
氏名: リサリア
総合レベル: 95
魔力量: 403/420 → 550
体力値: 103/103 → 130
剣技能: 1/1 → 10
リサリアの実力はかなり上がっていた。この一年半の彼女の努力が慕ばれる。おそらく、村のために一生懸命だったのだろう。それにしても、リサリアは水魔法だけしか使えない割にレベルが高い。そうか、彼女は村の魔物を退治するために魔物の勉強も頑張っていると言っていたな。知識量もレベル値に影響しているんだな。
よし、決めた。
「それは私にとってもとても助かるわ。
これからもお願いするわね、リサリア」
「わぁー、うれしい。
まだずっと一緒にいられるね」
結局二人で一緒に学園の修了手続きに行った。
事務手続きの後、残り半年分の学費のうち半額が返金されてきた。
村のみんなに返せるとリサリアは喜んでいた。
数日後、僕とリサリアは学園を後にすることとなった。
寮の部屋で荷物を担ぎ、ナシュト先輩に別れの挨拶をした。
先輩も残念そうであり、別れ際に俺を胸に抱きしめてくれた。
ああ、この胸ともお別れなのか。
後ろ髪を引かれながらも先輩に別れを告げ、馬車に乗り込んだ。