3.勇者パーティーから追放される件
家を出た僕は、まっすぐに自分が属する冒険者パーティーの拠点に向かった。
そう、ヌトセは冒険者パーティーに属しているのだ。
この世界の貴族はただ威張っているだけではなく、人民を保護する義務を担っている。これは、戦時にイギリスの貴族が最前線に向かうのを良しとしているのと同じだ。このため、貴族はたいてい騎士団か冒険者パーティーに属し、時折魔物を駆逐したり、魔物襲来に対応することで人民の盾となる必要があるのだ。
他に適切な用語がないため冒険者パーティーと表記しているが、小規模な私設軍隊の1つと考えればよいだろう。
伯爵家の一員であったヌトセも例外ではなく、16歳になった日に冒険者として登録された。
伯爵令嬢と言う立場から、ゴロツキの集まりのような集団に入るわけもなく、勇者と呼ばれる強力な戦士のいるパーティー北狼の牙に所属し、すでに何度かの実戦を経験していた。
北狼の牙は、勇者ジルドネスをリーダとした100名を超える冒険者パーティーで、帝都の中心部に立派な建物を拠点として持っている。そこにはメンバーの宿泊設備もあるため、ヌトセは当面の落ち着き先としてそこにやってきたのだ。
いつものように北狼の牙の建物に入ると、ヌトセに気づいた受付嬢が声をかけてきた。
「ヌトセ様、お見えになったらジルドネス隊長の部屋を訪れるよう申しつかっておりますが」
「そう、ありがとう」
礼を言われた受付嬢は驚いていた。
平民など歯牙にもかけないいつものヌトセから礼を言われるなど、ありえないことだったからである。
そんな受付嬢を後にして、僕は指示に従って、リーダーの部屋に向かった。
部屋の前に来て、ノックしようと手を伸ばした僕はあわてて手を止めた。
この世界にはノックの習慣などないのに、ついやってしまうところだった。
いかんいかん。
その代わりに、ヌトセの記憶に従って扉の前で来訪の意を告げる言葉を叫んだ。
「ヒクスム!」
中から返答があった。
「イントゥラーレ!」
入れということだ。
扉を開けると、ジルドネスがソファーから立ち上がり、こちらに正対した。身長2メートルを超える大男なので、立つだけで迫力がある。
かつて単独で魔物の大軍を退けた際に、国王から勇者の称号を得た勇猛な戦士だ。
そして、ジルドネスの周りには北狼の牙の四天王がそろっていた。
「おう、来たか」
いつも低いジルドネスの声がさらに低くなっていた。
「お呼びだと伺って、こちらに参りました」
「ああ、来てもらったのは他でもないんだが・・」
いいにくそうなジルドネスの様子に、僕は次の言葉を察していた。
「シャンタク、いや、カームブル伯爵嬢、君にはうちのパーティーをやめてもらわんといかんのだ」
やっぱり。まあそうくるわな。
ちなみにシャンタクというのは、同じパーティーの仲間内で呼び合うときのヌトセの通称だ。戦闘機乗りのTACネームみたいなものである。すでにヌトセは仲間ではないということで、わざわざ本来の名に言い直したのだろう。
「あの、なんとなく想像はつくのですが、一応、理由をお聞かせいただけますか」
「ああ、・・その、君は皇太子から婚約を破棄されたそうだな」
「はい、それは事実です」
「その理由がだな、まあその・・、いろいろとよからぬことがあったとの話を聞いている」
ジルドネスは嘘は許さないと言わんばかりのきびしい目になっていた。
他の四天王も険しい表情をしている。
これに対して、僕はまじめな顔で淡々と答えた。
「その件についても否定はいたしません」
「そうか。
それでな、うちのパーティーは清廉潔白をもって旗印としているのは知ってのことだと思う」
「そういうことですか」
「ああ、そういうことなんだ。
俺としても仲間であった君を追放するのは心苦しいのだが、わがパーティーとしてはそうせざるを得んのだ。
分かってくれ」
「リーダーのおっしゃることは筋が通っています。
私はこれ以上の醜態を曝すことのないよう、身を引くことにします」
「おお、そうしてくれるか、ありがたい」
周りの緊張感が急にゆるんだようだった。
「いえ、こちらこそお世話になりながら充分な活躍もできず、結果、ご迷惑をおかけすることになり、申し訳ありませんでした。
四天王の皆様も、これまでありがとうございました」
僕は深々と頭を下げて部屋から退出した。
うん、この世界でも謝意を示すのに頭を下げるのでよかったんだな。
それにしても、リーダーたちは僕があまりにあっさり引き下がったので、拍子抜けしたみたいだったな。
まあ僕には未練はない。
向こうもたぶん未練はないだろうな。
貴族のお嬢さんを結婚までの腰掛として預かり、実戦では初歩の火魔法を使えるだけのヌトセをカバーしながら怪我をさせないように保護してきたんだからな。実戦と言っても、ヌトセが参加できたのはスライムなどの低級魔物の退治だけだったし・・。
建物を出る際、受付嬢に軽く会釈したら、彼女はまた驚いた顔をしていた。
ヌトセの記憶によると、ちょっと美人なこの受付嬢が気に食わず、見下していたのだ。でも僕は美人のお姉さんは大好きなのだ。仲良くしたいけど、まあここにはもう縁がないかな。
さて、居場所のアテが外れてしまったけど、これからどうしようか。
女神さまから依頼された魔王討伐を放り出すわけにはいかないが、当面の衣住食は確保しないといけない。
ただ、この帝都ではすぐにヌトセの悪行の噂は広まるだろうから、今後いろいろとやりにくくなるかもしれない。
そうだ、帝都から数日離れた学園都市のカルコサに行こう。カルコサの魔法学園に入学すれば、衣住食は保証されるし、しっかりと魔法を学べば魔王討伐もよりやりやすくなるだろう。学費も、手持ちの装飾品を売れば、たぶんなんとかなる。そもそも僕にとって装飾品は金銭価値以外の何物でもないしな。
そう決意し、僕はカルコサ行きの馬車に飛び乗った。