19.魔王アザトース
独房の奥にいたその幼女は、我々を見るとこちらに何か声をかけた。
すかさずクラネスが通訳してくれた。
「お前らはなにもんや、ゆうてます」
クラネスの声を聞いた幼女は、急に帝国語で話し始めた。
「なんだ、お前たちは帝国の人間なのか」
魔界と言えど、知識層が隣国の言葉を話せるのはごく自然なことである。
俺はすかさず答えた。
「仰せの通り、帝国からやって参りました。
そちらは魔王様とお見受けしますが、いかがでしょうか」
いやあ、ヌトセの言語中枢を使うと、礼儀に則った言葉がスラスラでて便利だ。
俺の言葉遣いに対して、魔王もきちんと礼を尽くそうとしたのか、こちらの質問に応じてくれた。
「ああ、いかにもその通りだ。
余は魔王アザトースである」
それにしても、幼女の姿に似つかわしくない威厳のある話し方である。
さすがは一国を治めていた魔王だ。
「して、帝国のお前たちが、いったいなに用でこんなところまでやってきたのか」
「魔王様をお救いに参りました」
「なんだと、なにゆえ帝国の人間がそのようなことを」
「今、帝国は魔界からの侵略に苦慮しております。今の指導者、ナイアーラトテップの方針によるものと思われます。
それゆえ、私どもはアザトース陛下をお救いして、元の平和を取り戻したいと愚考し、こちらに参った次第です」
「ふむ、ナイアーラトテップの奴め、余をだまして幽閉したのは、そのような野望があったからなのだな。愚かな奴め」
「なにとぞ、わたくしどもの願いをお聞き届けいただけないでしょうか」
「魔界と帝国の平和は、そもそも余の望むところである。
それに、むしろ余はそなたたちに助けられる立場だ。
同じ目的のために協力し合おうぞ」
「ありがとうございます、魔王様。
それでは、今、この鉄格子を破壊して、お救いします。
ノーデンス、やってちょうだい。」
「いやいや、そう簡単にはいかんぞ。
余を閉じ込めるための牢屋だ。魔法で幾重にも防護を施しておる・・」
アザトースの言葉が終わらないうちにノーデンスが剣をふるうと、鉄格子に大きな穴が開き、アザトースはあっけにとられていた。
「そなたたちはいったい・・」
「詳しくは、こちらを脱出した後でご説明いたします。
まずは、脱出を」
俺のこの言葉には、ノーデンスが反応した。
「でもヌトセ、門を出るときはいろいろチェックが入ってただろ、どうやってこっそり出ていくんだ」
「こっそり出ていく必要なんてないのよ」
「えっ?どうして?」
「私たちがアザトース様を救出したということは、元の魔王が生きていたということを意味するの。つまり、この事実だけで魔界に大きな衝撃を与えられるわ。むしろ大騒ぎしてここを出ていくべきなのよ」
我々の会話を聞いていたアザトースは、目を丸くしていた。
「なに、余は死んだことにされておるのか」
「はい、それでナイアーラトテップが今は魔王を名乗っています」
「なるほどのぉ。道理で余の忠臣が誰も助けにこんわけだ。
それに、獄吏も一人だけで、口の利けん奴だったからのぉ」
「それでは参りましょう」
我々はアザトースを連れ出し、わざと騒ぎながら地上に出た。久しぶりに日の光を受けたアザトースはまぶしそうだった。
監獄の中庭に出たとき、我々は警備兵たちに取り囲まれていた。ざっと50人ぐらいが剣を構えている。
しかし、そこでアザトースが一歩前に出て魔界語で叫んだ。
『余は魔王アザトースである。
貴様らは己の主君に剣を向けるのか』
警備兵たちに動揺が走った。おそらく彼らは、アザトースが生きていることも、捕らえられていることも、知らされていないのであろう。顔を見合わせ、剣を下ろす者もいた。
その時、後ろから一人の魔物がやってきて、兵たちを叱咤した。
『なにをやっておるか。アザトース様の名を騙る不埒者などさっさと始末しろ、所長命令だ』
ちなみに、このあたりの魔界語のセリフは、こそこそとクラネスが通訳してくれたのだ。
どうやらこの所長は真相を知っていて、あえてアザトースを始末させようとしているのであろう。
『ふん、余にたてつく不届き者め、貴様、ナイアーラトテップの手の者か』
そう言うなり、アザトースは所長をにらみつけた。
その瞬間、所長は魔物の形の塩の柱となり、さらさらと崩れていった。
さすがは魔王である。何をどうしたのか全く分からなかった。
おどろいたのは俺だけではない、周囲の警備兵も次々と剣を手放し、アザトースに対して魔物式の敬礼をした。
そもそもアザトースは魔物たちに慕われていたのだ、本物のアザトースに対して敵意を持つ兵士はいなかった。イラーネク監獄は一瞬でアザトースの支配下となった。大暴れしながらここを出ていくつもりだったノーデンスは、ちょっと欲求不満のようだった。
我々一行は、主人のいなくなった所長室に入り、改めてお互いを紹介しあった。
魔王アザトースの話はこうだった。
副官ナイアーラトテップは魔王の補佐をよく勤めており、魔王の信頼を得ていた。しかし、あるとき珍しい酒が手に入ったとアザトースの私室を尋ねてきた彼に、勧められるままその酒を飲んだ後、意識がなくなってしまった。気が付くと地下牢に入れられており、何の説明もないまま、今日まで過ごしてきたとのことだ。
さらに、一人の警備兵に話を聞くと、地下牢には言葉をしゃべれない一人の獄吏以外は絶対に入るなとの厳命が所長より出されており、何も知らされてなかったとのことである。さらに、魔王がその警備兵に魔界の現状を確認すると、ナイアーラトテップは恐怖政治により魔物たちを支配しており、帝国侵略の準備を着々と進めているようだ。さらに、魔王の3将軍の動向を尋ねたところ、一名はそのままナイアーラトテップに仕えているものの、一名は反旗を翻して討ち取られ、一名は隠居して自分の領地に引きこもっているとのことである。
話を聞いていた魔王は、我々4人に向かってこういった。
「そなたたちには感謝の言葉もない。余が国を取り返したあかつきには必ずその恩に報いるであろう。
しかし、ここからは我が国の問題である。そなたらは一旦自分の国に帰るがよい。余が国を平定した後に改めて使者を送ろう」
俺はアザトースに勝算があるのかを知りたかった。
「魔王様、この国の行方は、私ども帝国の将来にも大きな影響をもたらします。
従いまして、これからどのようにして国を取り返すおつもりなのか、その深慮の一端をお聞かせ願えないでしょうか」
「ふむ、ヌトセ殿の心配ももっともであるな。
よしわかった。
余は、今蟄居している余の忠臣キザイア将軍に会い、奴と共に、余の名を旗頭としてナイアーラトテップに立ち向かおうと思う。余に忠誠を誓う者もまだ大勢おるものと自負しておるから、おそらく余に追従する者も大勢加わってくれるだろう」
「ありがとうございます、魔王様。
少し心の重荷を取り払うことができました。
しかし、なにとぞわたくし共を魔王様の一助として随行させていただけないでしょうか」
「なんじゃと」
「陛下のおっしゃる忠臣キザイア様も、同行されるかどうかは現段階では確定したものではありません。また、もう一人の将軍が今ではナイアーラトテップに仕えているというのも気になります。
陛下の目的をより確実に果たすためにも、わたくし共を陛下の軍列の一角に加えていただけると幸いです」
「ふむ、そなたの言には聞くべきところがあるな。
余とて味方は多い方が望ましい。
しかし、ナイアーラトテップは奸智に長けておるぞ。
余としては、恩人であるそなたたちが戦いの中、奴の罠によって死傷するようなことがあっては目覚めが悪い」
「そこはお気になされませんようお願いします。
わたくし共はきっとお役に立てると思います」
「そうだな・・それでは、まずはそなたたちの力量を試めさせてもらえぬか?
ナイアーラトテップとの戦いの中、御身を自ら守れるだけの技量を有しておるなら、余としても安心できる。
そこのノーデンス殿の太刀筋は地下牢で見せてもらったが、なかなかのものだった。
だが一太刀だけでは、なんとも言えんからな」
「と、おっしゃいますと」
「一人ずつ、余と模擬戦をしてみようじゃないか」
なんかアザトースはうれしそうだった。
一方、ノーデンスもノリノリだった。脱獄時に暴れられなかったため、力が余っているのだろう。
とりあえず、俺はアザトースのステータスを見てみた。
氏名: アザトース
総合レベル: 645
魔力量: 25/1000 → 1000
体力値: 45/1000 → 1000
剣技能: 521/1000 → 1000
レベルは645か。今の俺が652だから、いい勝負になるのかもしれない。それにしても、魔力量と体力値がすごい。長い間牢に入っていたから、かなり消耗しているが、これが回復したらすごい戦闘力を持つことになる。さすが魔王だ。
とにかく、俺としても、魔王の実力を量ることができるため、模擬戦は歓迎である。
ということで、全員すぐに中庭に出て模擬戦を始めることになった。
ただし、このままではアザトースは実力を発揮できないため、俺の白魔法で万全な状態まで回復させた。
中庭では、俺たちと監獄の警備兵が取り囲む中、魔王が腕を組んでこちらを見ていた。
「まずは誰から始めるかな」
魔王の問いに、ノーデンスが嬉々として名乗りを上げた。
「ボクだよ、ボク」
「ほぉ、ノーデンス殿か。よし、では余も剣を使おう」
警備兵の一人がアザトースに剣を渡すと、アザトースは一度だけ素振りをした。
すごい剣圧であり、その軌道延長にいた警備兵は風圧で後ろに飛ばされてしまった。
「おお、すまんすまん。
では、ノーデンス殿、始めようか」
魔王の合図でノーデンスは間合いを詰め、必殺の一撃を放てる距離まで詰め寄ったが、切りかかる隙を見いだせずに両者は膠着状態となっていた。
「ほう、状況の判断は正確なようだな」
そうつぶやいた魔王は、わざと少し隙を見せた。
それを見逃さず、ノーデンスは切り込んでいき、両者の剣がぶつかったが、魔王は少し押される形となった。続くノーデンスの打ち込みに、魔王は防戦一方になった。
「こいつは驚いた、余の想定の倍以上の実力ではないか。
この剣さばき、これほどの使い手をみたことがないぞ」
ノーデンスは打ち込みを次々変化させ、アザトースはなんとか辛うじてそれを受けていた。
「いや、まったく恐れ入ったわい。
しかし、これではどうかな」
アザトースが一歩下がって、雷魔法を打ち込むと、ノーデンスに直撃した。
「はにゃにゃ」
情けない声を上げてノーデンスが倒れ込むと、魔王は驚いた声で言った。
「おいおい、こんなに卓越した剣士なのに、魔法耐性がまったく無いではないか。
これは耐魔能力をなんとかせにゃならんのぉ」
俺はあわててノーデンスに駆け寄り、回復魔法で治療した。
おーい女神さまぁ、こいつに剣技能だけ与えて、魔王討伐に向かわせるなんて、やっぱりムチャだったんじゃないですかぁ。
それはさておき、俺はまだ気絶しているノーデンスをリサリアに預けた後、アザトースに立向かった。
「次はわたくしでお願いします」
「ヌトセ殿か、まずは剣でよいか」
アザトースの問いに、俺は無言でうなずき、剣を抜いた。
「よし、来い」
アザトースの言葉と共に俺は加速能力を使って切り込み、そしてアザトースののど元に剣を当てて寸止めした。
あっけにとられたアザトースは目を丸くして声をあげた。
「なんだ?全く見えなかったぞ。
なんという速度だ」
「恐れ入ります」
「だがこれだけでは、そなたの力がいまひとつつかみきれん。
もう少し、撃ち合ってみんか」
「承知しました」
俺は少し離れて間合いを取り、仕切り直した。
その後、アザトースの打ち込みを加速してかわし、そのたびアザトースの腕や頭に剣を寸止めし、アザトースを驚かせた。
「なんと、なんと。
剣技そのものはノーデンス殿におよばんものの、ヌトセ殿の反射神経と速度は驚くべきもののようだ。
では次に魔法の力を見させてもらうぞ」
そう言うなり、アザトースは雷魔法を打ち込んできた。
俺は加速してそれを避けたが、アザトースは次々に各種魔法で攻撃してきた。
しかし、加速した俺にはそれらを避けるのは造作もないことである。
すべてをかわし、少し離れたところから雷魔法で反撃した。
雷はアザトースに直撃したが、少しぐらついただけで、アザトースはにやりとした。
「ふむ、なかなかの威力だったが、これぐらい余にはなんともないぞ」
俺はもう少し魔力を強めて、火の魔法で攻撃した。
炎に包まれたアザトースは、髪がちりちりになりながらも真っ黒になった顔で笑っていた。
「はっはっは、まだまだ」
なんか強がっていないか?
んじゃ、これでどうだ。
俺は少し強めに風魔法を使い、竜巻を発生させた。
アザトースは竜巻に巻き込まれ、高速で回転しながら逆さまになって、地面に頭から激突した。
「はれ、ほれ、ひれ・・」
目が渦巻きになって倒れ込んだアザトースは、なんとか上体を少し起こし、頭を振りながら弱弱しく言った。
「いや~、これはまいった・・」
俺は急いで駆け寄って、白魔法でアザトースを回復させた。
回復したアザトースは立ち上がって俺の手を取り、うれしそうに言った。
「すばらしいぞ、ヌトセ殿。
そなたは全方向に秀でておるのぉ。
これなら是非、余に協力してほしい」
「ありがとうございます。
ぜひお力添えさせてください」
「こちらこそよろしく頼む。
あと、残りの二人との力比べは不要だ。
そなたほどの力があれば、彼女らを守りながら戦うのも造作もないことであろう」
リサリアとクラネスは、アザトースとの模擬戦がなくなってホッとしていた。
警備兵たちの大歓呼の中、模擬戦は終了となり、翌朝、我々はキザイア将軍の領地であるフラニスへ向かい旅立った。




