12.魔物の森ムナール
翌朝早々に、俺とリサリアは村を出て森に入っていった。
出発時、おねいちゃんについていくとイスタシャが駄々をこねたが、さすがに連れて行くわけにはいかない。村長がなだめて、なんとかイスタシャを置いてくることができた。
村から出るとすぐにうっそうとした森になっている。この辺りは、ムナールの森と呼ばれているが、魔物の出現が急激に増えてきているらしい。そう簡単に森の魔物を全て排除できるとは考えていないが、とにかく今の状況をつかまないことには対策のしようがない。
俺は風魔法を使い、魔物の探索を行うことにした。全方向に魔素を振動させる波を送り、反射してくる波の形状から魔物の位置を探知する魔法である。要するに、潜水艦を探知するためのアクティブソーナーや、魚群探知機と同じ原理である。目を閉じて、小声でつぶやいた。
「探知!」
探索の範囲は半径5kmぐらいだが、その中にだけも10体以上の魔物がいた。
「分かっただけでも10体以上いるわよ」
「さすがヌトセ、そんなこともできるんだね」
「魔物の種類までは分からないから、実際に見に行く必要があるわ。
でも、リサリア、大丈夫?」
「うん、頑張るよ」
俺たちは会話しながら、一番近くの魔物の方に向かって行った。
敵の場所が分かるというのは圧倒的に有利である。近くまで見つからないように行き、奇襲ができるからだ。樹の陰からこっそりのぞくと、頭に鳥の翼がついた人間のような魔物がいた。
「あれってシレーヌだよ。
なんであんな強力なものまでいるのかな」
小声で叫ぶリサリアを横目でみながら、俺はシレーヌと呼ばれた魔物のステータスを見てみた。
レベルは95。たしかに強力な魔物だ。
俺はリサリアに再度確認した。
「リサリア、怖くない?」
「怖くないことはないけど、がんばんなきゃ。」
「偉いわリサリア」
「シレーヌは額の触角の間が弱点なんだよ。
あたし、そこを狙ってみるからね。
しくじったら、フォローをお願い」
そう言うと、リサリアは杖を構えた。
「ウォーターカッター!」
杖から噴出した水が、細い矢のようにシレーヌの額を貫き、シレーヌは地面に倒れた。
「やったよ~」
「すごいわリサリア、一撃じゃない。
それに、よく勉強してるわね」
「えへへ、村のために頑張って魔物のことを一杯勉強してきたんだよ」
「いい子、いい子」
俺がふざけてリサリアの頭をなぜると、初めて魔物を倒せた高揚もあって、リサリアは本気で喜んでいた。
初陣初勝利にうかれながらも、俺たちは次の獲物を目指して移動した。
沼のほとりにいたそいつは、ナメクジのような体に細い手足を持つ気色の悪い魔物だった。
「うえっ、なにあれ。気持ち悪い」
思わずつぶやいた俺に、リサリアが答えた。
「ゲルマーだよ。あいつはそんなに強くないね。
でも、あいつにはあたしの水魔法が通用しないから、リサリアお願い。
ゲルマーは火に弱いんだよ」
なるほど。あたりまえのことではあるが、相手の情報を知っていると非常に有利になる。
俺はいままで魔法のバリエーションを増やすことばかりにかまけていたが、もっと勉強しないといけない。
反省しながらも、俺は火の魔法をくり出した。ただし、森に影響がないように、押さえて押さえて。
炎がゲルマーを取り囲むと、水分が蒸発したゲルマーは叫びながら急速に縮んでいった。
「ゲルマー、水分を失ったお前はそんなにチビなのか」
などと小声で言いながら炙りつづけると、ついには完全に蒸発して消えてしまった。
すると、ゲルマーの叫び声を聞いたのか、後方から複数が接近する気配があった。
そちらを凝視すると、ゴブリンの集団だった。十匹はいるだろう。
ゴブリンが迫ってくることに気づいたリサリアは、やはり委縮していた。
「だめ・・、やっぱりあたし、ゴブリン怖い・・」
震えるリサリアにこれ以上負担をかけないためにも、俺はさっさと決着をつけることにした。
「アイスニードル」
今回はうまくいった。
氷の槍は全てのゴブリンを倒し、周りへの被害はなかった。
「もう大丈夫よ、リサリア」
「ごめんね、ヌトセ。
やっぱりゴブリンだけはだめみたいだよ、あたし・・」
「無理しないでゆっくり慣れていけばいいわよ」
「うん、ありがと」
その後、少し天気が崩れてきたものの、俺たちは移動しながらの魔物退治を続けた。
こっそり近づいて各個撃破するので、比較的容易に進めることができたが、こんなことをしているだけでは埒があかない。いくら村周辺の魔物を倒しても、外からまた入ってくる可能性がある以上、村人は安心して森に入ることができないのだ。なにか突破口を見つけることはできないのかと焦り始めたころ、探知魔法で魔物が集まっている場所があるのに気付いた。
俺たちがこっそりその場所に近づいてみると、大きな洞窟があり、その前に魔物がかなりの数たむろしていた。
「わぁ、結構集まってるよ。
エバイン、ロックフェル、ズール・・。あっ、ドリムーンまでいる!
強力な魔物で一杯だよ」
今更ながらリサリアの博識に驚きながらも、俺は奴らのステータスを見た。
たしかに、レベル100前後の魔物がごろごろいた。
逆にゴブリンのような小物がいなかったのは、リサリアには幸いだ。
「どうする、ヌトセ
これはちよっと手出しできないよぉ。
雨もだいぶ強くなってきて、雷もなり始めたから、出直そっか?」
ふむ、この程度なら充分なんとかなるが、ここに魔物が集まっているということはこの洞窟を守っている可能性が高い。つまり洞窟の中にはもっと強力な魔物がいるかもしれないのだ。ここで外の連中をヘタに殲滅したら、中から大軍が出てくる可能性だってある。
よし、自然現象に見せかけて、様子を見てみよう。
「リサリア、あの中に雷に耐性を持っている魔物はいない?」
「そうだねー。うーん、えーと・・・うん、大丈夫みたいだよ」
「ありがとう、じゃあ、ちょっとやってみるわね」
俺は本物の雷に紛れて、ズールと呼ばれた魔物に向かい、雷魔法を放った。
「サンダーブレーク」
ズールとその周囲にいた魔物たちは、糸の切れた操り人形のように地面に倒れ込んだ。少し間をおいて、無事だった魔物の多くは犠牲者の周辺に集まり、わやわやと騒ぎ立て始めた。しかし、洞窟から新たな魔物が出てくる気配はなかった。どうやら洞窟に大軍が隠れている可能性は低いようだ。
しばらく観察した後、俺は威力を上げて雷魔法を放ち、洞窟前にいた魔物たちを一掃した。
「相変わらず、ヌトセの魔法はすごい威力だよ」
あきれるリサリアに、俺は次の行動をうながした。
「あの洞窟の中を調べてみない?」
「そうだね、ここまできたんだからね」
俺たちは慎重に洞窟に近づき、中に入っていった。
洞窟は住み家と言うよりも通路のようだった。直径2メートルほどの穴が延々と奥まで続いていた。
「フィンガーライト」
指先に魔力を集めて魔素を高速振動させることで、照明代わりになるのだ。まったく、ガス先生はいろいろな魔法を知っていたものだ。
「あはは、ヌトセって便利だね」
「学園でいろいろ学んだおかげよ」
などと言いながら奥に行ったが、ずっと何もない通路が続いているだけだった。
と思っていたら、通路の横に女性の彫像が転がっているのをリサリアが見つけた。
「こんなところに彫像が落ちてるよ。
わあー、よくできてるね」
「本当に、まるで生きているみたい」
「でも、なんか変だよ、普通の彫像はこんな変なポーズを取っていないよ。それに、表情もびっくりした顔をしてるみたい」
俺はまじまじとそれを見て、気が付いた。
「これって、人間が石に変えられているんだわ」
「げげっ、本当だよ、これって人間だよ」
「どうすればいいのかしら」
「んとね、魔物の石魔法で石になった人間は、聖水で元に戻せるんだよ」
まったく、リサリアはよく勉強をしている。
「聖水は村に置いてきたから、このまま持って帰って、人間に戻してあげようよ」
リサリアの提案に俺も同意した。そもそももう戻らないといけない時間である。
彫像は石だったが、元の人間の時と質量は変わらないようで、それほど重くなかった。
俺はリサリアと交代することなく、村まで担いで帰った。
村では興味津々で目を輝かせているイスタシャの前で、その彫像に聖水をかけた。
ゆっくりと灰色だった石の色が人の肌の色、衣装の色に変わり、人間に戻った。
人間に戻ったその女は、急に後ろに飛び跳ね、叫んだ。
「くそっ、魔物ども、よくもやったな!」
場が急にしいんとなった。
そこにいた者がみんなぽかんとしていた。
冷ややかな空気が流れて、最初に口を開いたのはその女だった。
「あっ、あれ?ボク転送された?
ここって、人間の村?」
どうやら魔物に石にされた瞬間からの記憶が飛んでいるらしい。
状況を察した俺は、彼女に説明してやることにした。
「大丈夫、ここは人の村よ。
あなたは魔物に石にされていて、いまその魔法を解いたところなのよ」
「えっ、あっそっか。
そういえば体が石に変わっていったんだった。
ありがとう、君たちが助けてくれたんだね」
「うん、イスタシャのおねいちゃんが聖水をかけたんだよ」
イスタシャがうれしそうに答えた。
「いや助かったよ。
君たちが来てくれないと、石になったままあそこで転がっているだけだったからね。
あっ、ボクの名前はノーデンス。よろしくね」
ノーデンスと名乗ったその女に俺は尋ねてみた。
「あなたははどうしてあんなところにいたのですか?」
「ああ、魔王討伐だよ」
「・・・」
「ボクは異世界から来て、女神に依頼されて魔王討伐に向かってるんだよ」
こいつは女神が言っていた前回の転生者だった。