11.イラーネク村
帝都から馬車で4日かけてフラニスという町に着き、そこからは徒歩で2日かけてイラーネク村の近くまでやってきた。まわりはすでに深い森になっていた。
長い旅路が終わりかけ、村まであと一時間というところまで来た時、俺たちの前に人影が見えた。
「あっ、きっと村の人よ、誰かなぁ。
おーい、私だよ、リサリアだよ~」
リサリアは叫びながら、人影に向かって走り始めたが、数歩走ってすぐに立ち止まった。
「ゴ・・ゴブリン・・」
そうつぶやいたリサリアは青い顔をしていた。
確かにそれはゴブリンと呼ばれる魔物だった。シルエットは人間に似ているが、緑の肌を持ち、個体によっては小さな角を持つものもいる。そいつらはリサリアの前方200mぐらいのところに、5匹立っており、こちらを振り向いていた。腰蓑をつけており、手に武器を持っているところを見るとそれなりに知性があるようだ。
奴らは武器を振り上げ、こちらに向かって駆け足でやってきた。こちらとの距離が近づくにつれ、表情までもが鮮明に見えてきた。うれしそうな顔をしている、獲物を見つけて高揚している顔だ。持っている武器は、こん棒や刃物とまちまちだ。個体の大きさにもばらつきがあり、人間の大人ぐらいのものや、小学生ぐらいのものもいる。
俺は戦いに向けて戦闘体勢をとり、リサリアに声をかけた。
「来るわよ、構えて!」
しかし、リサリアはそのまま頭をかかえてしゃがみ込んでしまった。
俺はすぐにリサリアの前に走りでて、先頭のゴブリンめがけて魔法を放った。
「アイスニードル!」
つららのようなとがった氷の群れがゴブリンたちに向かって放たれ、3匹のゴブリンが直撃を受けて倒れた。森に影響を与えるとリサリアに怒られそうなので、かなり魔力を絞ったのだが、ちょっと絞りすぎたようであり、全部は倒せなかった。魔力の加減がまだまだうまくできていない。
残った2匹は立ち止まり、あっけにとられているようだった。俺は構えたまま、ゴブリンを観察してみた。
大きなゴブリンと小さなゴブリンが1匹ずつ。親子だろうか、大きな方が小さいのを庇うように立っている。たしかに小さい方はまだ子供なのか、頼りなく怖がっているように見える。ゴブリン(大)はこちらを睨みながら、ゴブリン(小)になにか話しかけているようだ。
その途端、ゴブリン(小)は向こうに向かって走り出し、ゴブリン(大)は俺との間に立ちふさがるようにしてこん棒を振り上げ、こちらを牽制した。
単に逃げるだけなら放置しても良かったが、仲間を呼ばれると面倒なので、俺はゴブリン(小)を先に始末することにした。
「サンダーブレーク!」
俺の掛け声とともに大きな光と音が発生し、ゴブリン(小)は一瞬で消し炭になった。
後ろで発生した音に振り返ったゴブリン(大)は、変わり果てたゴブリン(小)に気づき、あわてて駆け寄った。そしてまだくすぶっている消し炭を火傷するのも構わずに抱えて、大声を出し始めた。やはり親子だったのかもしれない。
即座に俺はもう一度サンダーショットを放ち、消し炭をもう1つ増やした。
俺には後悔も恐怖もなかった。これは魔物との戦争なのだ。むしろ最後に一人残ったゴブリンの悲しみを短く終わらせてやれて、よかったのだ。どうやら自分自身にかけた闇魔法はうまく作用しているようで、俺は冷静になすべきことができたのだ。
戦いが終わってもまだうずまっているリサリアに俺は声をかけた。
「リサリア、大丈夫?
もう終わったから、安心していいわよ」
リサリアはゆっくりとこちらに顔を上げ、しがみついてきた。
「こ・・怖かった・・・。
体がいうことをきかなかった・・」
実戦が初めてなら、普通はこんなものかもしれない。まあ、ちょっと過剰な反応のようにも思うけど。
震えるリサリアをゆっくり立たせようとしたが、まだ立てないようで、そのまま俺も横にしゃがんで少し話をすることにした。
「リサリアは実戦は初めてだったの?」
「そういうわけじゃないんだけど、あたし、ゴブリンはやっぱりだめみたいだよ」
「えっ、ゴブリンは?」
リサリアはぼつぼつと過去の経験を話し始めた。
リサリアには以前姉がいたようだ。リサリアとは仲が良く、よく一緒に森に山菜摘みに行っていた。当時はまだ魔物が村の近くに現れることはなかったらしい。
しかしある日の山菜摘みの際に、二人は遠くからゴブリンが歩いてくるのを目撃した。二人は急いで身を伏せ、隠れるところを探した。近くの木の根元に小さな洞があったので、姉はリサリアをそこに押し込んだが、自分まで入ることはできずに、その入口を自分の体で隠すようにしてしゃがみこんでいた。ゴブリンの声がだんだん近づいてきて、恐怖にかられたリサリアは目を閉じて耳をふさぎ、ひたすら時間が過ぎるのを待っていた。
だいぶ経ってまわりが静かなようなので、リサリアがおそるおそる目を開けると、まだ姉の背中が入口にもたれかかっていた。ほっとしたリサリアが小声で姉に呼びかけても、姉は応えなかった。狭い所にいて体がしびれかけていたリサリアが姉の背中を押すと、姉はどさっと倒れた。外に出たリサリアが倒れた姉を見たとき、姉の体には首から上がなかった。姉の首は、すぐそばの木の股にかけられていた。
声を震わせながらも一気にそこまでの説明をしたリサリアは、大粒の涙を流しながら頭をかかえていた。
リサリアがゴブリンを恐れる理由が理解できた俺は、何も言えず、リサリアを抱きしめることしかできなかった。
リサリアに闇魔法をかけて負担を取り除いてあげようかとも思ったが、他人の心を改変するのはなんか違うような気がして、結局なにもできなかった。
すこし間をおいて、リサリアはきっと前を見た。
「ずっとこうしてても、ねえちゃんは帰ってこないもんね。
他のゴブリンが来ないうちに、急いで村に行こっか」
「それがいいですね」
俺は同意し、まだ足のおぼつかないリサリアを支えながら立ち上がらせて、歩き出した。
歩きながら、リサリアは今の自分の境遇について話してくれた。
「あの後ひと月の間に、あたしの両親も魔物に襲われたのか、森に行ったっきり帰ってこなかったんだよ。
結局、あたしは妹のイスタシャと二人っきりで生活することになったんだ。
その後も村人がどんどんいなくなって、半年ぐらいしてお城から兵隊さんが来てね、そんで村の周りに堀と柵を作るのを手伝ってくれたんだよ。
でもお城の兵隊さんも5人だけが村に留まって、あとは別の村に行っちゃったんだ。
村に残った兵隊さんも、森に魔物退治に行って、どんどん少なくなっていって、最後の一人になったらお城に帰って行っちゃったんだよ。
それで、村のみんなで相談して、妹を村長さんに預けてあたしは魔法学校で学び、村を守ることになったってわけ。
だから、あたしがこんなんじゃダメなんだよね」
リサリアは自分に言い聞かせているようだった。
そうこうしているうちに、村が見えてきた。
「ほらヌトセ、あそこだよ。
わーい、久しぶりだ~」
ちょっと元気を取り戻したリサリアが指さす方向に、村があった。
周囲に堀があり、その後ろに2メートルほどの高さの木の柵に囲まれた小さな村だった。
村の入口は、堀に跳ね橋があり、リサリアが門にむかって声をかけると、門の隙間から門番が顔を出した。
「おお、リサリアちゃんかやぁ。
けぇーってきたんだなゃ」
橋がするすると降りてきて、門が開いた。
「サニドさん、ただいまだよぉ」
「おお、皆、待っとったぞぉ。
魔法はしっかりおぼえてきたかのぉ」
「うん、まあまあだけどね」
「まあ急いで村長のとこへいかんかのぉ、イスタシャも待っとるけぇ」
「うん、ありがとね、サニドさん」
俺はサニドと呼ばれた門番に黙礼し、リサリアに連れられて村長の家に向かった。
小さな村なので、村長の家と言えどみすぼらしい小屋のような家だった。
リサリアはまるで自分の家のようにヒクスムも唱えずに入っていった。
「イスタシャ!いるの?おねいちゃんだよ」
リサリアの声が終わらないうちに、7歳ぐらいの女の子が走ってきた。
「おねいちゃん、おねいちゃん、会いたかったよ~。
待ってたんだよ~。遅いよ~。なにしてたんだよ~。
大魔法使いになれたのぉ~?おねいちゃんはもうとっても強いのぉ~?
もう魔物なんか全部やっつけいくれるのぉ~?」
リサリアに負けない機関銃トークだ。
奥から老夫婦もついてきていた。
「おお、リサリアかのぉ。
やっと戻ってきたのかのぉ」
「村長さん、ただいま。
みなさんお元気だったかな?」
「そうじゃなぁ、あれからもずいぶん村のもんがやられちまってのぉ。
村から出ていったもんも結構おるんで、寂しくなっちまってよぉ」
「そうなんだ・・。」
「で、どうじゃ、リサリア。
魔法はうまく使えるようになったんかのぉ」
「うん、おかげでいろいろな魔法を覚えてきたよ。
これから魔物退治、がんばるね」
「そりゃあ頼もしいのぉ。
で、こちらさんはどなたじゃな?」
村長は俺を見ながらリサリアに聞いた。
「学園で友達になったヌトセだよ。
魔物退治を手伝ってくれるんだって
ヌトセってすごいんだよー、さっきもゴブリン5匹を簡単にやっつけたんだよ」
「ヌトセです。どうぞお見知りおきを」
俺は簡単な挨拶をした。
「そりゃうれしいことじゃ。
わざわざありがたいのぉ。よろしくお頼みしますじゃ。
こりゃいかん、自分のことを紹介しておらんかったのぉ。
わしゃあ村長のノードンじゃ」
人のよさそうな村長だ。まあ、リサリアの妹を引き取ってくれているので、いい人なのだろう。
「さあさあ、そんなところでつったっておらんでぇ。
ちょうど夕食を摂ろうとしていたところだったけぇ、こっちこんね」
一旦奥に引っ込んでいた村長夫人が顔を出して、我々を奥の食堂に招き入れた。
食堂のテーブルにはスープが少しずつ入った容器が5つ並んでいた。
村長夫人は申し訳なさそうに言った。
「急だったもんで、3人分を5つに分けたもんでぇ、ちょっとこばかりですまないねぇ」
前菜のスープかと思ったが、これが夕食の全てのようだ。
村長もきまりが悪そうだった
「すまんのぉ。森に出ていけんので、村の小さな畑じゃそんなに食いもんができんでのぉ」
どうもこの村の食糧事情はかなりきびしいようである。
そんな貴重な食料をありがたくいただきながら、俺は村長に現状を教えてもらった。
どうやら魔物はリサリアが出発してからもどんどん出現頻度が増えていったようだ。城の兵士もいなくなったため、今では村から外に出る人はほとんどいないとのことである。たまに食料を求めて森に入る人がいても、その多くが二度と戻ってこないという状況らしい。
とにかく今日は遅いため、森の探索は翌日からということになった。
今日はリサリアの元の家で寝ることにしたら、妹のイスタシャは大喜びで、自分もそうするとついてきた。
リサリアの元の家は、村長夫人がたまに掃除していたらしく、ちゃんと管理されていた。
いざ寝る段になると、イスタシャが自分の部屋でリサリアと一緒に寝るんだと主張したため、結局そうなり、俺は一人でリサリアの部屋で寝ることになった。
それにしても、明日からの魔物退治でリサリアは大丈夫なのか、と不安を抱えながら、俺は眠りについた。