10.帝都滞在
リサリアの村はイラーネクというらしい。学園都市カルコサからは帝都の向こう側に位置するため、一旦帝都を通過する必要がある。俺は帝都にはあまり近寄りたくなかったが、交通経路のほとんどは帝都を中心としているので、迂回するのはかなり面倒である。それに迂回するなら、その理由をリサリアに説明する必要も出てくるため、結局帝都を通過せざるを得ない。
とりあえず、一年半前にカルコサに向けて通った道を逆行して帝都に向かったが、魔物の出現もなく、貴人の馬車が襲われている現場にも出会わなかった。
道中は、ひたすらリサリアがおしゃべりをしていた。彼女によると、イラーネク村は深い森に囲まれており、ここ数年で急に魔物の数が増えてきたという。帝国の兵士が派遣されてきてはいたものの、小さなイラーネク村にまわしてもらえる人員は限られているため、充分な魔物討伐ができず、今はもう兵士もいない状況らしい。また、村の生活は主に森からの恵みに頼っていることから、村人は日々森に立ち入る必要があり、魔物による被害は村にとって深刻なものとなっている。このことから、村で唯一魔法が使えたリサリアに白羽の矢が立ち、学園で力をつけて村を守る使命を受けたとのことだ。
そうこうしている間に馬車は帝都に到着した。イラーネク方面の馬車に乗り換えるためには、帝都で一泊する必要がある。俺はフードをかぶり、口元しか出ないようにしていたら、怪訝そうにしたリサリアに尋ねられた。
「なんでそんな恰好をしてるのかなぁ、ヌトセ」
「えっと・・、実は私は親に内緒で魔法学園に入ったのよ。
だから、知り合いに見つかりたくないの」
「ふーん、そっか」
うん、嘘はついていません。
さて宿に荷物を置いた後、リサリアと定食屋で夕食を摂ることにした。場末の定食屋であり、ヌトセが帝都にいたころは、こんな店に入ることなどなかったので、むしろ新鮮だった。
「わぁ、さすが帝都だよ。
新鮮な海産物が食べられるなんて、しあわせー」
エビ、カニの盛り合わせを前に目をキラキラさせているリサリアをよそに、俺は周囲の人の会話に気を配っていた。自分がヌトセであることに気づく者がいないかを警戒してである。
横のテーブルの男たちは、来月から税率があがることに不満をもらしていた。彼らの話を注意深く聞いていると、自分のいない一年半の状況が分かってきた。
俺が帝都を離れた直後、皇帝は急死した。そういえば婚約破棄の時に元気がなかったな。その後、皇太子シュイが皇帝となり、聖女シアエガを妻に迎え皇后とした。平民だったシアエガは、皇后になった途端、贅沢を覚えたようだ。まあ、聖女としての能力と、浪費と言う個人の性癖は関係がないのだ。
彼女の浪費は際限がなくなり、短期間で国庫を圧迫するようになったらしい。シュイ国王はシアエガを溺愛しているため諫めもせず、彼女のために税金を増やすことにしたとのことである。
俺には関係ない話だなと思っていると、後ろのテーブルからふと「シャンタク」という言葉が聞こえ、緊張が走った。シャンタクはヌトセが勇者パーティー北狼の牙にいたころの通り名だ。ちらりと後ろを見ると、ヌトセとも顔見知りの北狼の牙の下っ端メンバーが、酒を飲みながら話しをしていた。どうやら俺に気づいているわけではなさそうなので、俺はほっとしながらも聞き耳を立てた。
「しかし、皇帝陛下も見る目がないよな、シャンタクちゃんを振って、あの聖女シアエガと結婚するなんてよ」
「ああ、シャンタクちゃんの方が浪費しないという点だけでもずっといいのによ」
「まあ、シアエガがあんな浪費家だっただなんて、だれも気付かなかったんだからしょうがねえよ」
「おい、知ってるか?シャンタクちゃんだけは早くからシアエガの本性に気づいていて、国のためにシアエガを排斥しようと一人で頑張ってたって話だ」
「おお、やっぱりそうなのか」
これには俺の方が驚いた。ヌトセは嫉妬からシアエガをいじめていただけなのだが、シアエガがやらかしてしまったら、すっかりヌトセが持ち上げられるようになっていた。
下っ端たちの話は続いていた。
「だからよ、ジルドネス隊長は後悔してるみたいだぜ、シャンタクちゃんを追い出したことをよ」
「そうだよな、清廉潔白の名の下にシャンタクちゃんを除名したのに、実はシャンタクちゃんの方が清廉潔白だったんだからな」
いやいや、それは大きな誤解だ。
「それにしてもシャンタクちゃんどこにいるのかなぁ」
「あのあとすぐに帝都から出て行ったって聞いてっけどよ」
「ああ、シャンタクちゃんがシュイのアホに婚約破棄された後、俺が求婚しときゃよかったぜ」
「ははは、おまえなんかじゃ、彼女につりあうもんかよ」
その時、リサリアに声をかけられた。カニの身をほじくりだすのに夢中だった彼女は、一段落付いたようだ。
「どうかしたのヌトセ、黙りこくって」
いや、そっちも黙って一心にカニと格闘してただろ、と言いたいところだが、それよりも大声でヌトセの名をここで言われるのはまずい。俺は小声でリサリアに耳打ちした。
「リサリア、ちょっと静かにしててもらえない?今、帝都の状況に聞き耳を立ててるのよ」
「あっ、ごめん。そうなんだね」
ヌトセに習って聞き耳を立て始めたリサリアだったが、あとは酔っぱらいの与太話しか得られなかった。
これ以上は情報を得られそうにないので、食事を終えた俺とリサリアはさっさと席を立ち、宿に戻る前に武器屋に寄った。
あたりはもう暗くなっていたが、帝都の町には煌々と明かりが灯り、ほとんどの店がまだ開いていた。
一軒の武器屋に入った俺たちは武器を物色していた。
「わぁ、さすが帝都ね。魔法の杖も種類がいっぱいあるよー。
学園から返ってきたお金で買ってもいいよね、村のためなんだから」
リサリアはよだれをたらしそうな顔をしながら物色していた。魔法の杖は魔法の振幅を増幅させる機能を持つ。要するに、これがあればより強い魔法を撃てるようになるのだ。もちろん値段により、増幅量はピンキリである。リサリアは念入りに性能をたしかめながら、できるだけ増幅量の大きいシンプルな杖を選んでいた。
一方、俺にとって魔力増幅は意味がないため、杖はいらない。その代わり使いやすい剣を物色した。装飾はされていないが、バランスと切れ味の良い剣が見つかり、これを購入した。
さらにリサリアは魔力回復のためのポーションや、聖水などもいろいろと買い揃えていた。
よい買い物ができた二人は、戦利品を胸に抱えて宿に戻っていった。
いよいよ明日はイラーネク村に向けて出発だ。
村では魔物たちとの戦いが待っているのだ
俺たちの戦いはこれからだ。
・・って、この作品はまだ続きます。