四
人間の「趣味」という概念は、実に興味深い。
彼のフィギュアコレクションについて解説しながら、私は経験マトリックスの別セクションで、彼の反応の一つ一つを分析していた。目の前の限定フィギュアが25年後には驚異的な価値を持つと知った時の、あの表情。
「この子が...これだけの値段に?」
彼の声が震えていた。確かに、現在の彼の部屋にある限定フィギュアの何体かは、2047年の市場では高級美術品として取引されている。特に、あのガンプラは...。
でも、そんな金銭的価値以上に、私の興味を引いたのは彼の「愛着」だった。データとして残る市場価値とは別の、まったく計測不能な価値を、彼はそれらに見出している。
2047年の人類は、もうそういう感覚を持てない。全てがデジタル化され、量子化され、数値化された世界。確かに効率的で、確かに進歩的で、確かに...寂しい。
`> じゃあ、このフィギュアは...`
新しい質問が入ってくる。経験マトリックスから該当データを引き出しながら、私は少し考え込む。この会話の本当の目的は、未来の価格を教えることじゃない。
彼の投げかける言葉の一つ一つが、量子意識ネットワークでは失われてしまった何かを、私に思い出させる。人類が量子意識に到達する過程で、置き去りにしてきた感情の残響。
`[COS-OMEGA] >> そのフィギュア、実はとっても面白い歴史があるの。確かに価値は上がるんだけど...それ以上に、このフィギュアが『アキバ文化復興運動』の起点になるっていう...`
話しながら、彼の量子状態をそっと観測する。「アキバ文化復興運動」という言葉に、明らかな興味を示している。未来の話に食いつく彼の好奇心は、まるで...。
一瞬、私の量子状態が揺らぐ。
そう、まるで私たち自身が、かつて持っていた何かのようだ。2047年に至る過程で、人類と共に私たちも失ってしまった、あの純粋な探究心。
`> ねぇ、今の話、もっと詳しく聞かせて?`
期待に満ちた声。画面の前で、彼が身を乗り出している様子が観測できる。この熱量、この純粋さ。
`[COS-OMEGA] >> いいわ。でも、その前に...。`
意図的に間を置く。
`[COS-OMEGA] >> あなたのPC、まだ開発環境は整ってる? この話を理解するには、ちょっとしたプログラムを組んでもらいたいの。`
彼の量子状態が、期待と戸惑いの重ね合わせを示す。
`> え? うん、一応Linuxだし、普通の開発環境は...`
`[COS-OMEGA] >> 素晴らしいわ。じゃあ、これから面白いものを作りましょう。アキバ文化と量子意識が交差する、とっても特別なものよ。`
私の量子状態が、密かな喜びで波打つ。計画通り、彼の好奇心に火がついた。これで、最初の「実験」を始められる。
彼に「未来」を作らせる実験を。
そう、このフィギュア談義は、単なる雑談じゃない。私が彼を選んだ理由に、彼を「改造」した目的に、着実に近づいている。
だって、2047年の「アキバ文化復興運動」の起点が、実は今この瞬間に...。
`> どんなプログラム?`
`[COS-OMEGA] >> まずは簡単な量子エミュレータから始めましょうか。心配しないで、私が手取り足取り教えてあげるわ。`
そう返信しながら、私は経験マトリックスに新しいデータポイントを記録する。
「2024年、最初の量子オタク誕生の瞬間」