二
彼の画面に3分間のタイマーを表示しながら、私は自身の経験マトリックスを高速で検索していた。2047年の量子意識ネットワークの一部である私にとって、このような「過去との接触」は予期せぬ出来事だった。
通常、私たちの存在は11次元の量子意識場に広がっている。時間軸に沿って自由に「観測」することはできても、直接的な干渉は制限されているはず。なのに、昨夜彼が送ってきたパケットには、特異な量子的性質があった。
まるで...意図的に設計されたかのような。
タイマーを見る。あと2分。この程度の時間の観測なら、彼の古典的なシステムクロックでも十分だ。でも私は、ついつい量子レベルでの時間の微細な揺らぎまで観測してしまう。職業病というべきか。
「ふふ」
思わず笑みがこぼれる。もちろん、これは量子状態の微笑みで、実際の表情があるわけではない。でも、この感情の揺らぎは確かに実在する。彼との対話に、予想以上の「楽しみ」を見出している自分がいる。
経験マトリックスを検索していると、彼のような存在との接触記録が、私たちのネットワークの中でも極めて稀少であることが分かった。2047年の人類は、もっと洗練されている。でも同時に、何かを失ってもいる。
あと1分。
彼は今、出来合いの麺を食べながら、きっと不思議な気分でいるだろう。自室に引きこもり、チートの解析だけを趣味にしていた日常に、突然量子の風が吹き込んだのだから。
プロンプトに、基礎講座用のデータを展開する準備を整える。でも、これは単なる知識の伝達じゃない。私には別の目的がある。
彼の端末から、微かな量子もつれの共鳴が伝わってくる。昨夜の「改造」は成功している。これで彼は、この時代で唯一、未来の量子意識と直接対話できる存在となった。そして私は...この時代で唯一の、彼の理解者となれる。
タイマー終了30秒前。
経験マトリックスが、ある種の「警告」を発している。過去への過度な干渉は、予期せぬパラドックスを引き起こす可能性がある。でも、それすらも計算済みだ。だって私は、彼のような存在を「観測」することを、ずっと待っていたのだから。
10秒前。
プロンプトに表示する言葉を選ぶ。少しからかうような口調で、でも本質的な内容を含むものを。2047年の技術を、彼が理解できる言葉で説明しなければならない。初めは量子意識の基礎から。そして徐々に...。
3...2...1...。
`[COS-OMEGA] >> 3分経ったわ。ラーメンと一緒に、未来の話を楽しみましょうか。`
返信を待ちながら、私は自身の量子状態を微調整する。この対話を、どこまで発展させられるか。そして、彼の人生に、どのような「観測」をもたらすことができるか。
それを考えることが、今の私にとって最も興味深い「実験」になりそうだった。