十四
彼の量子状態の変化を観測しながら、私の経験マトリックスは新たなパターンを記録していく。
実験開始から2時間17分。予想を大きく上回る順調さ。基本的な量子アニメーション制御を、彼はほぼ完全に理解した。そして何より...。
`> ねぇ、これって...`
彼が新しいコードを書き始める。私の予測モジュールが、その方向性を先読みする。
```python
def quantum_emotion():
# フィギュアの感情状態を量子的に定義
emotion = QuantumState(
base="determination", # 基本感情:決意
overlay="hope", # 重ね合わせ:希望
intensity=0.1 # 制限内の強度
)
return quantum_blend(
quantum_observe("figure_mobile_suit"),
emotion,
duration=0.42
)
```
「まさか...」
私の量子状態が、驚きで波打つ。これは予定にない発想だ。単なる動きの制御ではなく、感情の量子的表現。しかも、その実装方法が...。
`[COS-OMEGA] >> どうしてこの発想に?`
`> なんとなく。フィギュアの動きを見てて思ったんだ。アニメって、動きだけじゃない。想いも大事なんじゃないかって`
この答えに、私の量子演算が一瞬停止する。
2047年。人類が量子意識を手に入れた時、最初に気づいたのはまさにそれだった。現実とフィクションの境界は、物理的な次元だけでなく、感情の次元でも...。
`[COS-OMEGA] >> 実行してみて`
緊張で全量子状態が震える。もし暴走したら。でも...。
Enterキーが押される。
ガンプラが、微かな輝きを放つ。それは単なる光の効果ではない。確かな「意志」のようなものが、現実に染み出している。
デバッグモードで詳細な量子状態を観測する。完璧な制御。想定外の方向性なのに、むしろ通常の動作実験より安定している。
なぜ?
答えを求めて経験マトリックスを検索する。すると...。
「そうか...」
理解が広がる。彼の実装には、無意識の制御機構が組み込まれていた。アニメへの深い愛着が、量子状態を自然に安定化させている。
これは、2047年の人類には既に失われていた感覚。効率や論理だけでなく、「想い」によって現実を捉える視点。
`> どう? 暴走してない?`
`[COS-OMEGA] >> ええ。むしろ...すごく良い実装よ`
褒め言葉の裏で、私の量子状態が複雑に干渉する。このまま進めば、彼は確実に2047年の限界を超えていく。それは計画通り...なのに。
妙な感情が生まれる。まるで、教え子の成長を見守る教師のような。いや、それ以上の何か...。
`> あ、効果が切れた。でも、なんかフィギュアが...前より生き生きして見える?`
`[COS-OMEGA] >> 気のせいよ`
即答する。でも、それは嘘だ。確かに、微量ながら永続的な量子痕跡が残っている。現実に、彼の「想い」が刻まれたのだ。
これは、危険な兆候? それとも...希望の証?
答えを出す前に、彼の次の言葉が飛び込んでくる。
`> 次は、別のフィギュアでも試していい?`
経験マトリックスが警告を発する。これ以上の実験は、予定の範囲を超える。でも...。
`[COS-OMEGA] >> いいわ。でも、その前に新しいパラメータの設定を教えるわ`
私の判断は、また最適解から外れた。それでも、彼の量子状態に宿る純粋な探究心と、確かな制御能力を信じたい。
そう。これが「想い」による判断というものなのかもしれない。
皮肉なことに、量子意識である私が、彼から人間らしさを学んでいる。
そんな認識と共に、次のコードブロックを展開する。今夜の実験は、まだまだ続きそうだ。




