第7話 愛
「――かくれんぼは、もう終わりか?」
山田が笑いながら視線を向けたのは、広場に戻ってきたシンとマナ。
シンは顔色ひとつ変えずに答える。
「もう隠れる必要はないのでな。我とお主の戦いはすぐに終わる」
「へえ――もちろん俺が勝つって意味だよな?」
山田がニヤリと笑うと、クマシロや兵士がシンたちを取り囲んだ。
マナが姿勢を低くし、剣の柄を握る。
「シン様、策があるなら早く……! あなたが危険とあらば、たとえ博士が相手でも私は斬らねばなりません」
「……まったく、そう焦るでない」
シンは短く呪文を唱える。
すると、マナの周囲に無数の細い火柱が現れ、球状に編み上がる。
さながら、炎でできた牢獄。
「シン様、何をっ!?」
「そこでゆるりと見ておれ。この程度の相手、我一人で十分なのだ」
自信満々の笑みを浮かべるシン。
マナは小さくため息をついた後、微笑む。
「まったく――そこまで自信があるなら、この目でしっかりと見届けさせてもらいます」
クマシロと兵士たちが雄叫びを上げながら、シンへ殺到する。
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「――って、普通に捕まってる!?」
マナは口をあんぐり開けた。
シンは何ら抵抗することなく、クマシロたちに捕らえられてしまった。
山田は腹を抱えて笑う。
「おいおい! こんなに早く終わるとは予想外だぜ!」
「……勇者よ、さっさと『ちーと能力』とやらを使うがよい」
シンはその場にひざまずき、目を閉じた。
マナが慌てて剣を抜く。
「シン様、何を考えているのです!」
マナは周囲の炎を斬りつけ、牢獄から脱出を試みる。
だが、鋼の刃で魔法を斬ることはできない。
山田がゆっくりとシンに近づく。
「魔王よ、俺に落ちろ! <恋の病>!!」
ピンクの光がシンを包み込んだ。
次の瞬間、シンの頬が赤く染まり、山田をうっとりした目で見つめた。
「ヤマダよ、そなたは麗しい」
マナの手から剣がこぼれ落ち、広場に金属音が響いた。
「そ、そんな……」
マナはひざをつき、地面に伏した。
山田は空を見上げ、高らかに宣言する。
「魔王すら俺の魅力にひれ伏した! これで、この異世界で俺に敵うものは存在しない!!」
「ヤマダ様っ、ヤマダ様っ、ヤマダ様……!」
マナ以外のすべての人々が、山田を称え始める。
四方からとどろく声に、マナは思わず耳をふさいだ。
山田は妖しい笑みを浮かべ、マナを指差す。
「――そこの女。髪型は好みじゃないが、なかなかの美人じゃないか。俺のハーレムに加えてやるよ。ありがたく思え」
「貴様なんぞに降ってたまるか……!」
「ククッ、そんな強がりが無意味だってこと、今から分からせてやる」
山田はすぐそばに控えるシンをちらりと見る。
「魔王よ、こいつを守っている魔法を解け」
「うむ! ヤマダ様の命令とあらば、モチのロンである!」
シンが指揮者のように片手を振り上げると、一瞬で炎の牢獄は消え去る。
「いいぞ。今すぐ、あの女を俺の前に連れてこい」
「うむ! ヤマダ様の命令とあらば――」
シンはまるで召使いのようにニコニコと笑みを浮かべていた。
マナは大粒の涙を流す。
「シン……この大バカ野郎……」
シンがマナに近づき、手を伸ばす。
その指先が触れたのは、マナの頬をつたう滴だった。
「え……」
「そなたにバカ呼ばわりされるのは――あの時以来だな」
シンはマナの涙をぬぐうと、彼女の肩にそっと手を置いた。
マナは目を大きく開く。
「勇者の魔法を食らったのに、なんで……?」
「言ったであろう。我の変わらぬ想いを見せてやるとな」
シンはマナに向かって片目を閉じた。
ヤマダはシンの様子がおかしいことに気づく。
「魔王、何をやってる……さっさと俺の命令通り動け!」
「なぜ我がそんなことを?」
「はあ!? なぜって、俺のことが好きなんだろ?」
「たしかに、魔法をかけられた瞬間から、我はお主に抗いがたい魅力を感じておる」
「だったら――」
「だが、それだけだ」
シンが短い呪文を唱えると、青い光の中から書物が現れる。
シンはそれを掴むと、山田に向かって掲げた。
「異世界の本が、一体なんだって――」
山田はそのタイトルを見て、思わず声を上げる。
「え、英雄王ギアブレイブ!? なんでこの世界に漫画があるんだ!?」
「――ギアブレイブは言っておる。『愛は恋に勝る』と」
シンは、愛読する少年漫画のとあるエピソードを語り始める。
激しい戦いによって最愛の恋人を亡くし、悲しみに暮れるギアブレイブのパイロット『勇城友輝』。
そんな友輝の前に、恋人に瓜二つの少女が現れる。
少女に出会ってすぐ、友輝は恋に落ちてしまうのだが――、
「友輝は気づく。彼が本当に好いておるのは、目の前にいる少女ではなく、心の中で生き続ける少女なのだと」
「……何が言いたい?」
「お主の『ちーと能力』がどういうものか――我はずっと考えていた。操られた皆の言葉の中に、手がかりがあった」
『この世のモノとは思えない端正な顔立ち……惚れ惚れいたします!』
『天使のような美声にも耳が幸福になってしまう!』
『超絶美男子のヤマダ様には従わざるをえません』
「皆、お主を表面的に称えるだけ。お主の能力は相手を『恋』に落とす――それだけだ」
「それだけだと……! 恋に落ちた奴らは、俺に盲目的に従う。これこそ、最強の力だ」
「やはり、何も分かっておらんな」
「何だとっ!?」
シンは山田をまっすぐに見据える。
「容姿、声、性格、年齢、才能、権力――その者を形づくる数多の要素から、恋は始まる。だが、それはただのきっかけでしかない。時に手を取り合い、時にぶつかり合い、その果てに人は人を心から好きになり、恋を超越する最強の力が生まれるのだ」
「最強の力……?」
「『愛』だ!」
シンの言葉に、山田とマナは目を見開いた。
「お主への薄っぺらい恋心など、幼き頃より心に宿ったマナへの愛を破れはしない!」
「シ、シン……私、なんかすごく恥ずかしいんだけど……」
マナは顔を赤らめ、頬に手を当てた。
山田は肩を震わせる。
「そんな綺麗ごとが、現実にあってたまるか……! お前に魔法が効かないのは、別の理由があるに違いない!」
「勇者よ、曇りなき眼で現実を見るのだ」
「だ、黙れっ! お前たち、早く魔王をやれ!!」
山田に操られた兵士たちは剣を抜き、シンに向かって一斉に飛びかかった。
無数の剣がシンの体に到達しようとした瞬間、シンは目をカッと開く。
シンの周囲に巨大な炎の竜巻が現れ、兵士たちを跳ね返した。
「皆の者、よく聞け!」
シンは広場をぐるりと見渡しながら叫んだ。
山田を称えていた人々がぴたりと止まる。
「このようなつまらぬ力に惑わされてはならん! 皆が愛する恋人や友、家族より、出会ったばかりのこの男の方が大切とでもいうのか!!」
シンの言葉に、人々の表情が少しずつ変わっていく。
「――あれ? さっきまで露店街にいたはずなのに??」
「ちょっと! なんで私、こんな踊り子みたいな服着てるの?」
次々に正気を取り戻していく人々。
シンの言葉は、魔法のように人々に広がっていった。
マナは泣き笑いをしながら、シンの背中に抱きつく。
「マ、マナ! 何をする!」
「うるさい……心配させやがって……!」
そこに、真っ白な毛並みのクマがよろめきながら近づいてくる。
「シン様……私はまだ操られているようです。研究費を2割増して頂ければ、正気に戻れそうなのですが……」
「このエロクマめ。嘘をつくでない」
シンはクマシロのポテッとしたお腹を軽くこづいた。
クマシロは声を上げて笑い、銃の形をした魔動具をシンに手渡す。
「あとは任せましたぞ」
「うむ、心得た」
シンが銃の撃鉄を起こすと、魔動具が白く輝き始めた。
銃口が向く先は、山田。
「勇者ヤマダよ――決着の時だ」
「くそ……やっと幸せになれたと思ったのに……」
ヤマダはひざを折り、地面を殴りつけた。
シンはその様子を見て、目を細める。
「もしお主がハーレムを作るのではなく、一人一人と愛を深めようとしていたのであれば、我でも勝てなかったかもしれんな」
「魔王なんかに、俺の気持ちが分かってたまるか……! どうせ、いつも周りからチヤホヤされんだろ」
「たしかに、お主の気持ちは分からん。だがな……我の目には、お主が幸せそうには見えなかった。初めて会った者たちに祀り上げられるのが、お主が真に求める幸せなのか?」
「俺の幸せ……」
山田はシンの問いに言葉をつまらせた。
「そなたにも、いつか分かる日が来るであろう。人を本当に好きになるということが、何たるかを」
「……俺はここでゲームオーバーだ。今から死ぬのに『いつか』なんてあるかよ」
「やれやれ、何を勘違いしておるのだ。最初に言ったであろう。お主自身に害をなすつもりはないとな」
「え?」
山田が顔を上げると、シンは優しい笑みを浮かべていた。
シンが引き金を弾くと、魔動具を覆っていた白い光が銃口に収束する。
「ここに異界の扉を開き、迷える者を送り還す! <異世界送還>!!」
銃から一筋の光が放たれ、山田の全身を包み込んだ。
山田の姿は、段々と光の中に溶けていく。
しばらくして光が消えた時、彼の姿はこの世界のどこにも見当たらなかった。




