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第7話 愛

「――かくれんぼは、もう終わりか?」


 山田が笑いながら視線を向けたのは、広場に戻ってきたシンとマナ。

 シンは顔色ひとつ変えずに答える。


「もう隠れる必要はないのでな。我とお主の戦いはすぐに終わる」

「へえ――もちろん俺が勝つって意味だよな?」


 山田がニヤリと笑うと、クマシロや兵士がシンたちを取り囲んだ。

 マナが姿勢を低くし、剣の柄を握る。


「シン様、策があるなら早く……! あなたが危険とあらば、たとえ博士が相手でも私は斬らねばなりません」

「……まったく、そう焦るでない」


 シンは短く呪文を唱える。

 すると、マナの周囲に無数の細い火柱が現れ、球状に編み上がる。

 さながら、炎でできた牢獄。

 

「シン様、何をっ!?」

「そこでゆるりと見ておれ。この程度の相手、我一人で十分なのだ」


 自信満々の笑みを浮かべるシン。

 マナは小さくため息をついた後、微笑む。


「まったく――そこまで自信があるなら、この目でしっかりと見届けさせてもらいます」


 クマシロと兵士たちが雄叫おたけびを上げながら、シンへ殺到する。



 ******



「――って、普通に捕まってる!?」


 マナは口をあんぐり開けた。

 シンは何ら抵抗することなく、クマシロたちに捕らえられてしまった。

 山田は腹を抱えて笑う。


「おいおい! こんなに早く終わるとは予想外だぜ!」

「……勇者よ、さっさと『ちーと能力』とやらを使うがよい」


 シンはその場にひざまずき、目を閉じた。

 マナが慌てて剣を抜く。


「シン様、何を考えているのです!」


 マナは周囲の炎を斬りつけ、牢獄から脱出を試みる。

 だが、鋼の刃で魔法を斬ることはできない。

 山田がゆっくりとシンに近づく。


「魔王よ、俺に落ちろ! <恋の病モルブス・ウェネレウス>!!」


 ピンクの光がシンを包み込んだ。

 次の瞬間、シンのほほが赤く染まり、山田をうっとりした目で見つめた。


「ヤマダよ、そなたはうるわしい」


 マナの手から剣がこぼれ落ち、広場に金属音が響いた。


「そ、そんな……」


 マナはひざをつき、地面に伏した。

 山田は空を見上げ、高らかに宣言する。


「魔王すら俺の魅力にひれ伏した! これで、この異世界で俺に敵うものは存在しない!!」

「ヤマダ様っ、ヤマダ様っ、ヤマダ様……!」


 マナ以外のすべての人々が、山田をたたえ始める。

 四方からとどろく声に、マナは思わず耳をふさいだ。 

 山田はあやしい笑みを浮かべ、マナを指差す。


「――そこの女。髪型は好みじゃないが、なかなかの美人じゃないか。俺のハーレムに加えてやるよ。ありがたく思え」

「貴様なんぞにくだってたまるか……!」

「ククッ、そんな強がりが無意味だってこと、今から分からせてやる」


 山田はすぐそばに控えるシンをちらりと見る。


「魔王よ、こいつを守っている魔法を解け」

「うむ! ヤマダ様の命令とあらば、モチのロンである!」


 シンが指揮者のように片手を振り上げると、一瞬で炎の牢獄は消え去る。


「いいぞ。今すぐ、あの女を俺の前に連れてこい」

「うむ! ヤマダ様の命令とあらば――」


 シンはまるで召使いのようにニコニコと笑みを浮かべていた。

 マナは大粒の涙を流す。


「シン……この大バカ野郎……」


 シンがマナに近づき、手を伸ばす。

 その指先が触れたのは、マナのほほをつたうしずくだった。


「え……」

「そなたにバカ呼ばわりされるのは――あの時以来だな」


 シンはマナの涙をぬぐうと、彼女の肩にそっと手を置いた。

 マナは目を大きく開く。

 

「勇者の魔法を食らったのに、なんで……?」

「言ったであろう。我の変わらぬ想いを見せてやるとな」


 シンはマナに向かって片目を閉じた。

 ヤマダはシンの様子がおかしいことに気づく。


「魔王、何をやってる……さっさと俺の命令通り動け!」

「なぜ我がそんなことを?」

「はあ!? なぜって、俺のことが好きなんだろ?」

「たしかに、魔法をかけられた瞬間から、我はお主にあらがいがたい魅力を感じておる」

「だったら――」

「だが、それだけだ」


 シンが短い呪文を唱えると、青い光の中から書物が現れる。

 シンはそれを掴むと、山田に向かって掲げた。


「異世界の本が、一体なんだって――」


 山田はそのタイトルを見て、思わず声を上げる。


「え、英雄王ギアブレイブ!? なんでこの世界に漫画があるんだ!?」

「――ギアブレイブは言っておる。『愛は恋にまさる』と」


 シンは、愛読する少年漫画のとあるエピソードを語り始める。

 激しい戦いによって最愛の恋人を亡くし、悲しみに暮れるギアブレイブのパイロット『勇城友輝ゆうきゆうき』。

 そんな友輝の前に、恋人に瓜二うりふたつの少女が現れる。

 少女に出会ってすぐ、友輝は恋に落ちてしまうのだが――、


「友輝は気づく。彼が本当に好いておるのは、目の前にいる少女ではなく、心の中で生き続ける少女なのだと」

「……何が言いたい?」

「お主の『ちーと能力』がどういうものか――我はずっと考えていた。操られた皆の言葉の中に、手がかりがあった」


『この世のモノとは思えない端正な顔立ち……れいたします!』

『天使のような美声にも耳が幸福になってしまう!』

『超絶美男子のヤマダ様には従わざるをえません』


「皆、お主を表面的にたたえるだけ。お主の能力は相手を『恋』に落とす――それだけだ」

「それだけだと……! 恋に落ちた奴らは、俺に盲目的に従う。これこそ、最強の力だ」

「やはり、何も分かっておらんな」

「何だとっ!?」


 シンは山田をまっすぐに見据える。


「容姿、声、性格、年齢、才能、権力――その者を形づくる数多の要素から、恋は始まる。だが、それはただのきっかけでしかない。時に手を取り合い、時にぶつかり合い、その果てに人は人を心から好きになり、恋を超越する最強の力が生まれるのだ」

「最強の力……?」

「『愛』だ!」


 シンの言葉に、山田とマナは目を見開いた。


「お主への薄っぺらい恋心など、幼き頃より心に宿ったマナへの愛を破れはしない!」

「シ、シン……私、なんかすごく恥ずかしいんだけど……」


 マナは顔を赤らめ、ほほに手を当てた。

 山田は肩を震わせる。


「そんな綺麗ごとが、現実にあってたまるか……! お前に魔法が効かないのは、別の理由があるに違いない!」

「勇者よ、曇りなきまなこで現実を見るのだ」

「だ、黙れっ! お前たち、早く魔王をやれ!!」


 山田に操られた兵士たちは剣を抜き、シンに向かって一斉に飛びかかった。

 無数の剣がシンの体に到達しようとした瞬間、シンは目をカッと開く。

 シンの周囲に巨大な炎の竜巻が現れ、兵士たちを跳ね返した。


「皆の者、よく聞け!」


 シンは広場をぐるりと見渡しながら叫んだ。

 山田をたたえていた人々がぴたりと止まる。


「このようなつまらぬ力に惑わされてはならん! 皆が愛する恋人や友、家族より、出会ったばかりのこの男の方が大切とでもいうのか!!」


 シンの言葉に、人々の表情が少しずつ変わっていく。


「――あれ? さっきまで露店街にいたはずなのに??」

「ちょっと! なんで私、こんな踊り子みたいな服着てるの?」


 次々に正気を取り戻していく人々。

 シンの言葉は、魔法のように人々に広がっていった。

 マナは泣き笑いをしながら、シンの背中に抱きつく。


「マ、マナ! 何をする!」

「うるさい……心配させやがって……!」


 そこに、真っ白な毛並みのクマがよろめきながら近づいてくる。


「シン様……私はまだ操られているようです。研究費を2割増して頂ければ、正気に戻れそうなのですが……」

「このエロクマめ。嘘をつくでない」


 シンはクマシロのポテッとしたお腹を軽くこづいた。

 クマシロは声を上げて笑い、銃の形をした魔動具をシンに手渡す。


「あとは任せましたぞ」

「うむ、心得た」


 シンが銃の撃鉄を起こすと、魔動具が白く輝き始めた。

 銃口が向く先は、山田。


「勇者ヤマダよ――決着の時だ」

「くそ……やっと幸せになれたと思ったのに……」


 ヤマダはひざを折り、地面を殴りつけた。

 シンはその様子を見て、目を細める。


「もしお主がハーレムを作るのではなく、一人一人と愛を深めようとしていたのであれば、我でも勝てなかったかもしれんな」

「魔王なんかに、俺の気持ちが分かってたまるか……! どうせ、いつも周りからチヤホヤされんだろ」

「たしかに、お主の気持ちは分からん。だがな……我の目には、お主が幸せそうには見えなかった。初めて会った者たちにまつり上げられるのが、お主が真に求める幸せなのか?」

「俺の幸せ……」


 山田はシンの問いに言葉をつまらせた。


「そなたにも、いつか分かる日が来るであろう。人を本当に好きになるということが、何たるかを」

「……俺はここでゲームオーバーだ。今から死ぬのに『いつか』なんてあるかよ」

「やれやれ、何を勘違いしておるのだ。最初に言ったであろう。お主自身に害をなすつもりはないとな」

「え?」


 山田が顔を上げると、シンは優しい笑みを浮かべていた。

 シンが引き金を弾くと、魔動具を覆っていた白い光が銃口に収束する。


「ここに異界の扉を開き、迷える者を送りかえす! <異世界送還ブレイブルブラスター>!!」


 銃から一筋の光が放たれ、山田の全身を包み込んだ。

 山田の姿は、段々と光の中に溶けていく。

 しばらくして光が消えた時、彼の姿はこの世界のどこにも見当たらなかった。

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