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第5話 絶対に惚れてはいけない戦いが、ここにある


「博士……何か策はあるか?」


 シンの額から一筋の汗が流れた。


「遠くから強力な魔法でほうむるのが最も確実。ですが――」

「それはならん」


 きっと山田にも大切な人がおり、彼がいなくなれば悲しむ人がいるに違いない。

 シンは、一人の犠牲を出さずに世界征服を実現すると固く誓っていた。

 クマシロが小さなため息をつき、笑みを浮かべる。


「まったく……シン様は昔から本当にワガママですな。このクマシロがひと肌脱ぐしかあるまい」


 クマシロが自信ありげに、懐から何かを取り出す。

 それは、銃の形をした魔動具。

 だが、一般的な兵士が持つモノとは異なり、ドラゴンのたてがみのような金色の装飾が銃口についている。


「むむ!? このデザインは……!」

「さすがシン様、お気づきになられましたか」

「当たり前だ! ギアブレイブに出てくる兵器『ブレイブルブラスター』にそっくりではないか!」


 劇中、ピンチにおちいった時、ギアブレイブが皆の勇気をエネルギーに変えて放つ必殺必中の武器である。

 クマシロが銃に弾丸を装填していく。


「この弾には、異世界から来たあらゆるモノを強制送還する魔法が込められています。これなら、勇者を傷つけずに元の世界に帰ってもらうことができるでしょう」

「さすが博士、恐れ入ったぞ」

「ただし――」


 クマシロがシンの顔にずいっと近づく。


「射程距離が極端に短いのが欠点でしてな。勇者のそばまで近づかなくてはなりません」

「そんなことをすれば、ハーレムに取り込まれてしまうではないか?」

「フフッ……シン様でも気づきませんでしたか」


 クマシロは怪しい笑みを浮かべる。


「勇者が放ったあの魔法……発動までにわずかな時間がありました。私の鍛えられた脚力を持ってすれば、一瞬早くこちらの魔法を叩き込めるでしょう」

「さすがモンスタニア随一の智将! あの一瞬でそこまで見極めているとは!」

「もっと褒めてくれても構いませんぞ?」


 クマシロは頭の毛を手でかき上げた。


「マナよ。私の作戦が万が一にも失敗した場合、シン様のことを頼んだぞ」

「……御意。博士、ご武運を」


 マナは胸に手を当てて答えた。

 山田が見下すような笑みを浮かべ、祭壇さいだんから降りてくる。


「やれやれ、もうあきらめたのか?」

「否っ! ここからが本番だ!」


 クマシロがその場にかがむと、広場の石畳に大きな亀裂が入った。

 彼の脚には、恐ろしいほどの魔力が込められていた。

 山田はクマシロから感じる迫力に、思わず後ずさる。


「な、何だ!? このプレッシャーは……!」

「さて――私の速さについてこれるかな?」


 クマシロは地面を蹴り、砲弾のように飛び出す。

 あと少しでクマシロの射程に入る――シンがそう思った時だった。

 山田がニヤリと笑う。


「お前の相手は、彼女たちにしてもらおう」


 突然、山田のそばに着飾った猫耳女子たちが現れる。


「キャー! 見て見て、大きなシロクマよ」

「本当だ! 真っ白でわたあめみたい」

「ななっ!?」


 クマシロは慌てて立ち止まった。

 猫耳女子はうら若く、踊り子のような薄手の衣装を着ていた。

 彼女たちはクマシロに近づき、ピッタリとくっつく。


「ねえ! この毛、すっごいモフモフ」

「すごーい! まるでぬいぐるみみたい。あ・た・し、お持ち帰りしちゃおうかな」

「フン! 色仕掛けなどで私の歩みを止められるわけが――」


 クマシロは「ムフ」と声を上げ、真っ白な毛がピンク色に染まった。


「……落ちろ。<恋の病モルブス・ウェネレウス>!」

「ぎぃやああああ!!」


 クマシロは、あっけなく山田のハーレムに取り込まれてしまった。


「……」


 シンとマナは顔をひきつらせて、その様子を見ていた。

 山田は高笑いし、両手を広げる。


「さあ、残りはあと二人だ。奴らを捕まえて俺の前に引きずり出せ!」

「シン様……申し訳ありませんが、超絶美男子のヤマダ様には従わざるをえません。どうかご容赦ようしゃを!」


 クマシロや兵士、住人たちが血相を変えてシンたちの元へ殺到してくる。

 マナが叫ぶ。


「シン様、一旦引くしかありません!」

「くっ……いたし方あるまい!」


 シンは素早く呪文を詠唱する。

 目をカッと開くと、


「我の歩む赤き道――今、ここに顕現けんげんせよ! <炎の回廊フランマ・アンギポルトゥム>!!」


 シンの手のひらから巨大な炎が放たれ、渦を巻いて直進する。

 渦の中は通路のようになっており、広場の外までつながっていた。

 クマシロたちは突然現れた炎に、一瞬ひるむ。


「マナ! 今のうちに逃げるのだ!」

「は、はいっ!」


 シンとマナが炎の回廊に飛び込むと、クマシロも後に続こうとする。


「逃がしてなるものか!」


 だが、シンたちが通り過ぎた場所から回廊は崩れ、クマシロは炎に行く手をさえぎられる。

 炎が消えた時、シンたちの姿も広場から消えていた。




 広場から逃げ出したシンとマナは脇道を何度も曲がった後、細い路地で足を止めた。

 周囲には木箱や穀物の入った麻袋が積まれており、身を隠すには好都合な場所だ。

 シンは追手が来ていないことを確認すると、大きく息を吐いて腰を下ろす。


「どうやら、我らを見失ったようだな」

「シン様はどうかお休みください。私が見張っておきますので」

「……そのかしこまった話し方は止めぬか?」

「そういうわけには参りません。あなたは私の主なのですから」


 シンは先ほどより大きく息を吐いた。

 すぐそばにいるはずのマナとの距離が、随分ずいぶん遠い。


「――まさか、そなたが魔王軍に入っていたとはな」

「私の取り柄といえば、『これ』だけですので」


 マナは乾いた笑みを浮かべ、腰に帯びた剣に手をかけた。

 シンは壁にもたれ、空を見上げる。


「そなたに剣で勝ったことは一度もなかったな――」


 建物に囲まれた路地から見えるのは、ひどく狭い空。

 マナと初めて出会ったのも、このような場所だった。



 ******



 シンが魔王に即位する前のことだ。

 幼いシンはクマシロと共に、よくお忍びで王都の市街へ遊びに行っていた。

 いつもは宝飾店や高価な武具を扱う店が立ち並ぶ、新市街を見て回るが、その日は違った。


「シ、シン様! お待ちください!」

「ええい! こんな場所はもう見飽きたのだ!」


 着飾った貴族や豪商たちがふんぞり返る姿に飽き飽きし、通りの先へ先へと進んでいった。

 気づくとクマシロの姿はなく、こじんまりした家が並ぶ通りに来ていた。


「ここは……旧市街か」


 話は聞いていたが、実際に来たのは初めてだった。

 人々の身なりも質素で、住人たちは貴族のような服装を着ているシンを異物のように見た。

 シンは居心地の悪さを感じ、路地に身を隠す。


(同じ王都でも、こんなに格差があるとはな……)


 シンが壁にもたれていると、路地の奥から声が聞こえる。


「なんだ、お前? そんなヒラヒラした服を着やがって」


 振り向くと、積まれた木箱の上に、同い歳ぐらいの魔族の少女が座っていた。

 少女の髪は冬空のように薄い水色で、彼女が木箱から飛び降りるとふわりとなびいた。

 少女の周囲には、魔族の少年たちが遠慮がちにしている。

 彼女がリーダーなのだろう。


「貴様、無礼な口を叩くでない。我の名はシン。この国の――」


 王子と名乗ろうとした時、シンはお忍びで来ていることを思い出し、口をつぐむ。


「……貴族の息子だ」

「ふうん。親が偉いからって自分も偉いと勘違いしているお坊ちゃんか」

「な、何だとっ! 我は――」


 シンは異を唱えようとするが、何も間違っていない。

 親が魔王であることを除けば、自分はただの子供にすぎない。


「図星か? くやしいなら、かかってこいよ。ここでは、親の肩書きなんて関係ねえ。力のある奴が上に立つ」


 少女はシンの前に木剣を投げると、自身も木剣を構えた。

 シンは剣を拾うと、少女に切っ先を向ける。


「いいだろう。我の宮廷きゅうてい剣術を、貴様にとくと見せてやる」



 路地内に、木剣がぶつかり合う低い音が響く。

 数回打ち合った後、シンの剣は弾き飛ばされ、地面に落ちた。


「――へえ、お坊ちゃんのわりにはなかなかやるな」

「そ、そんなバカな……」


 シンは日々、魔王軍の騎士相手から剣術を学んでいた。

 少女の剣術は、その騎士たちと比べても引けを取らない。


「これで分かったか? 大人しく小奇麗な街に帰れ――」

「咲け! <炎の花(フランマ・フロース)>」


 シンの魔法により、少女の剣が燃え上がる。


「熱っ! てめえ、何しやがる!」

「力がすべてと言ったのは貴様であろう? 先ほどは剣での勝負に付き合ってやったが、次は魔法で勝負だ」

「……望むところだ」




 魔法、格闘、射撃、徒競走――など、シンと少女の争いは日が暮れるまで続いた。

 取り巻きの少年たちは一向に終わらない勝負にあきれ、いつの間にかいなくなっていた。

 シンと少女は息を弾ませ、地面に寝転がる。


「はぁはぁ……これで私の10勝目だ。いい加減あきらめろよ」

「……たった1勝差ではないか。勝負はこれからだ」

「限界を超えてるくせに、よく言うぜ」


 少女が笑いながら体を起こし、シンに手を差し出す。


「さっきは、お坊ちゃんなんて呼んで悪かった」

「そなたこそ。将来、素晴らしい剣士になるに違いない」

「なんで、上から目線なんだよ」


 シンは少女の手を握り、立ち上がった。

 その時、通りの方から、懐かしい声が聞こえる。


「シ、シン様ー! 一体、どこにいるのですかー!」


 クマシロは慌てた様子で、路地のすぐそばの通りを横切っていった。


「やれやれ。そろそろ戻らないと本気で怒られそうだ」

「貴族というのも、大変そうだな」


 シンは肩をすくめた。


「そういえば、名を聞いてなかったな」

「私はマナだ。また来いよ――シン」


 呼び捨てにされ、シンは目を丸くする。

 親以外にそう呼ばれたのは初めてだったが、不思議と無礼だとは思わなかった。

 口元に浮かんだ笑みがマナにバレないようにと、一度も振り返らずに路地を出た。

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