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第4話 ハーレム、爆誕

 モンスタニアを東西につらぬく街道に、ドラゴンにまたがって地を駆ける魔族たちの姿があった。

 先頭を行くのは魔王シン。

 後に続くのは、クマシロ博士と魔王軍の精鋭10名である。

 先刻、王都で対勇者戦闘配置が発令され、彼らは異常な魔力反応の現れた国の西端に向かっていた。

 シンは少し後ろを走るクマシロに声をかける。


「兵を選抜したのは博士か?」


 クマシロは自信ありげにうなずく。


「私が苦労してスカウトした精鋭たちです。勇者打倒への大きな力となるでしょう」

「うむ、頼もしい限りである。ただ、聞きたいのはそういうことでない」


 シンはクマシロに近づき、声を潜める。


「……どうしてマナがおるのだ?」

「はて? マナとは?」

「とぼけるでない。我か幼き頃、お主も街で会ったであろう」

「ああ! シン様が婚約を申し込んだあの――」

「こ、声がデカいわっ!!」


 シンは慌てて振り返り、付き従う兵を見た。

 冬空のような薄い水色の髪を揺らしている少女がマナである。

 マナはシンの視線に気づく。


「私に何か?」

「……いや、何でもない」


 どうやらクマシロとの会話は聞こえていなかったようだ。

 クマシロはわずかに口元を緩める。


「特に他意はありません。シン様も、彼女の剣の腕はご存知でしょう」

「――ならよい」


 シンは小さくため息をつき、ドラゴンの走るペースを少し速めた。



 ******



「皆の者、止まれ!」


 勇者の反応があった街『リーベ』に到着すると、シンはドラゴンの手綱を引き、行軍を止めた。

 モンスタニアにある街のほとんどは、外部からの攻撃に備えるための壁に囲まれた城郭都市である。

 リーベも例にもれず、中に入るには門を通り抜ける必要があるが――、


「なぜ、門兵がおらん……」


 門を守っているはずの兵士の姿はなく、誰でも通行できる状態となっていた。

 クマシロは辺りを見渡す。


「まだ日が沈むまで時間があるのに、街に入る者も出ていく者もいない……。不吉ですな」

「うむ……ここからは慎重に進もう」


 シンたちはドラゴンを城壁の外に待機させ、歩いて街へ入る。

 街に入ってすぐ、露店が並ぶ大通りがシンたちを迎えた。

 リーベは隣国との交易の要所であり、露店ではめずらしい食材が取り引きされている。

 年中、住人や近隣から買い付けに来た者で溢れているのだが、その光景は様変わりしていた。

 シンの額に汗がにじむ。


「誰もおらん……。まるで神隠しにあったみたいだな」


 見渡す限り、店主も客もいない。

 店の品々は並べられたままになっており、突然何らかの怪異に襲われたとしか思えなかった。

 シンは目を閉じ、周囲に漂う魔力の反応を探る。


「ここを真っすぐ進んだ所に、不可思議な魔力を持つ者がおるようだ」

「この先には、大きな広場があるようですな」


 クマシロは手に持つ小さな魔動デバイス『ス魔ホ』を見ながら答えた。

 画面に表示されているのはこの街の詳しい地図。

 異世界の漫画によく登場する道具『すまほ』を参考に、クマシロが開発した優れモノである。


「他にも弱い魔力をいくつも感じる……。おそらく、消えた人々もそこにいるのだろう」

「人質になっている可能性がありますな」

「うむ。皆、急ぐぞ!」


 シンたちは足を早め、大通りを突き進む。

 広場に近づくにつれ、人々の明るい声やにぎやかな楽器の音が聞こえてくる。

 シンとクマシロは走りながら、顔を見合わせた。


「シン様。この音……祭りでも開いているのでしょうか?」

「恐ろしい勇者が来ているというのに? そんなバカな」


 シンは笑い飛ばした。

 だが、広場に到着した時、シンたちは口をあんぐりと開いて固まった。


「な、何なのだ……これは……」


 広場には数千を超える人々が宴を開いていた。

 彼らは手を取り合い、大きな輪となって踊り歌っている。


「ヤマダ様っ、ヤマダ様っ、ヤマダ様っ、ヤマダ様っ……」


 皆、何かをたたえるような言葉を発しながら、広場の中心に向けて熱い視線を投げかけている。

 シンは吸い込まれるように、彼らの視線を辿る。


(誰か……いる)


 そこには、祭壇さいだんのようなものが築かれており、若い男がド派手な椅子に座っていた。

 男の髪は短く刈り込まれており、体の形に合わせて織られた上着を着ている。

 漫画によく登場する『てぃーしゃつ』と呼ばれる服だと、シンは気づく。


「ま、まさか……あれが……!」


 シンたちに気づいた男は立ち上がり、右手を掲げた。

 すると、輪になって踊っていた街の人々が一瞬で静かになる。


「何だ、貴様らは?」

「我はシン。この国、モンスタニアを統べる魔王である」


 シンが名乗ると、男は心底おかしそうに笑った。


「おいおい、もう魔王と戦うイベントの発生か! こんなに早く最終回を迎えたら、読者もビックリだぜ」

「は? お主、何を言っておるのだ?」

「こっちの話だ。気にしないでくれ」


 男は鼻で笑い、シンたちを見下ろしながら告げる。


「俺の名は山田。日本という異世界からやって来た勇者さ」

「ヤマダとやら……何の目的でこの世界に来た?」

「そんなの決まってる。異世界に転移した勇者がなすべきことは、魔王を倒し、かわいいヒロインと結ばれることさ」


 クマシロが拳を握りしめ、山田をにらみつける。


「貴様っ! シン様に向かって無礼な!」

「博士、良いのだ」


 シンはクマシロを右手で制し、冷静な声で語りかける。


「我は、お主の世界やお主自身に害をなそうと考えておらん。無意味な争いは良さぬか?」


 山田はきょをつかれたように目を見開いた後、声を上げて笑う。


「いいねいいね! 平和主義の皮を被った狡猾こうかつな魔王って設定か!」


 ひとしきり笑った後、山田が指をパチンと鳴らした。

 すると屈強な獣人たちが、シンたちの前に立ちふさがる。

 彼らの目はどこかうつろで、なぜか顔は赤らんでいた。

 先頭に立つオオカミ男が、斧を構える。


「ヤマダ様にあだをなそうというなら、たとえ魔王様であっても容赦ようしゃせんぞ!」


 シンは唇をかむ。


「ちっ! 住人たちは勇者に操られておるようだな」

「ただ……催眠魔法とは少し異なるようです。詳しく調べてみないことには――」

「博士、どうやら悠長なことを言ってられんようだぞ!」


 獣人たちが雄たけびを上げて押し寄せてくる。

 クマシロはカッと目を開き、右手を掲げる。


「皆の者、陣形を整えよ!」

御意ぎょい!」


 魔族の兵たちがシンと博士の前に素早く移動し、剣と盾を構えた。

 襲い来る獣人たちの数は倍以上だが、兵士たちはおくすることなく、待ち受ける。

 武器同士がぶつかる金属音が響くと、街の人々は獣人たちを後押しするように歓声を上げた。

 だが、すぐに広場は静まり返る。


「やれやれ……組織された精鋭に対し、力任せに飛び込んでくるとは、浅はかですな」


 クマシロはため息をつき、肩をすくめた。

 兵たちの足元には、気絶した獣人たちが折り重なるように倒れていた。

 ヤマダは目を丸くする。


「そ、そんなバカな……! あれだけの人数差をもろともしないなんて……」

「皆の者、ヤマダを逃してはならんぞ!」


 クマシロの号令を合図に、シンたちは祭壇さいだんを駆け上がる。

 山田は取り囲まれると、観念したのか、その場に力なく座り込む。


「くっ……殺すなら殺せ!」


 シンはできるだけ穏やかな口調で語りかける。


「我らはお主を取って食いたいわけではない。幸い、犠牲者も出ておらん。今ならまだ――」

「なーんてな」


 山田はシンの言葉をさえぎると、不敵な笑みを浮かべる。


「半径10メートル。この距離に誘い込む必要があったんだ」

「『じゅうめーとる』……?」


 シンはいぶかしい目で山田を見た。

 ヤマダの胸元に、ピンク色の光が灯る。


「貴様ら全員――俺に落ちろ! <恋の病モルブス・ウェネレウス>!!」


 山田の胸に輝く光がはじけ、球状に広がっていく。

 シンに光が到達しようとした瞬間――、

 

「シン様、博士、危ないっ!!」


 マナがシンとクマシロに体当たりする。

 光からは逃れられたが、三人は勢い余って祭壇さいだんを転げ落ちた。

 地面に叩きつけられて悶絶もんぜつするクマシロの上に、シンとマナがのしかかる。


「がはっ!!」

「博士!? すまぬ!」

「い、いえ……私のムチムチボディが役に立ってよかったです……」


 シンはすぐに立ち上がり、マナを引き起こそうと手を差し出す。


「そなたにも礼を言おう。よく我らをあの奇妙な光から遠ざけてくれた」

「……騎士として、お二人を守るのは当然です」


 マナはシンの手を取らず、自らの力で立ち上がった。

 シンは階段を転げた時とは異なる痛みを、胸に感じた。


「シ、シン様……あれをっ!」


 クマシロが震えた声を上げ、祭壇さいだんを指差す。

 見上げると、山田の光を浴びた兵士たちが、舞い踊っていた。


嗚呼ああ、ヤマダ様! この世のモノとは思えない端正な顔立ち……れいたします!」

しかしかり! 天使のような美声にも耳が幸福になってしまう!」


 騎士たちは、山田に恋焦がれるような熱い視線を向けていた。

 シンは目を丸くする。


「ま、まさか……あれが勇者の『チート能力』……」

「おそらく、この予言書に類するものかと」


 クマシロは懐からとある『らのべ』を取り出し、シンに渡す。

 そこに書かれていたタイトルは――、


<彼女いない歴=年齢の俺が、異世界転移して妻を100人めとり、魔王軍をも無双する>


「奴は最強のハーレムタイプ。近づけば老若男女、種族を問わず一目惚れしてしまうでしょう」

「な、なんと恐ろしい能力なのだ……!」


 シンは『らのべ』を持つ手の震えを抑えることができなかった。

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