第4話 ハーレム、爆誕
モンスタニアを東西につらぬく街道に、ドラゴンにまたがって地を駆ける魔族たちの姿があった。
先頭を行くのは魔王シン。
後に続くのは、クマシロ博士と魔王軍の精鋭10名である。
先刻、王都で対勇者戦闘配置が発令され、彼らは異常な魔力反応の現れた国の西端に向かっていた。
シンは少し後ろを走るクマシロに声をかける。
「兵を選抜したのは博士か?」
クマシロは自信ありげにうなずく。
「私が苦労してスカウトした精鋭たちです。勇者打倒への大きな力となるでしょう」
「うむ、頼もしい限りである。ただ、聞きたいのはそういうことでない」
シンはクマシロに近づき、声を潜める。
「……どうしてマナがおるのだ?」
「はて? マナとは?」
「とぼけるでない。我か幼き頃、お主も街で会ったであろう」
「ああ! シン様が婚約を申し込んだあの――」
「こ、声がデカいわっ!!」
シンは慌てて振り返り、付き従う兵を見た。
冬空のような薄い水色の髪を揺らしている少女がマナである。
マナはシンの視線に気づく。
「私に何か?」
「……いや、何でもない」
どうやらクマシロとの会話は聞こえていなかったようだ。
クマシロはわずかに口元を緩める。
「特に他意はありません。シン様も、彼女の剣の腕はご存知でしょう」
「――ならよい」
シンは小さくため息をつき、ドラゴンの走るペースを少し速めた。
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「皆の者、止まれ!」
勇者の反応があった街『リーベ』に到着すると、シンはドラゴンの手綱を引き、行軍を止めた。
モンスタニアにある街のほとんどは、外部からの攻撃に備えるための壁に囲まれた城郭都市である。
リーベも例にもれず、中に入るには門を通り抜ける必要があるが――、
「なぜ、門兵がおらん……」
門を守っているはずの兵士の姿はなく、誰でも通行できる状態となっていた。
クマシロは辺りを見渡す。
「まだ日が沈むまで時間があるのに、街に入る者も出ていく者もいない……。不吉ですな」
「うむ……ここからは慎重に進もう」
シンたちはドラゴンを城壁の外に待機させ、歩いて街へ入る。
街に入ってすぐ、露店が並ぶ大通りがシンたちを迎えた。
リーベは隣国との交易の要所であり、露店ではめずらしい食材が取り引きされている。
年中、住人や近隣から買い付けに来た者で溢れているのだが、その光景は様変わりしていた。
シンの額に汗がにじむ。
「誰もおらん……。まるで神隠しにあったみたいだな」
見渡す限り、店主も客もいない。
店の品々は並べられたままになっており、突然何らかの怪異に襲われたとしか思えなかった。
シンは目を閉じ、周囲に漂う魔力の反応を探る。
「ここを真っすぐ進んだ所に、不可思議な魔力を持つ者がおるようだ」
「この先には、大きな広場があるようですな」
クマシロは手に持つ小さな魔動デバイス『ス魔ホ』を見ながら答えた。
画面に表示されているのはこの街の詳しい地図。
異世界の漫画によく登場する道具『すまほ』を参考に、クマシロが開発した優れモノである。
「他にも弱い魔力をいくつも感じる……。おそらく、消えた人々もそこにいるのだろう」
「人質になっている可能性がありますな」
「うむ。皆、急ぐぞ!」
シンたちは足を早め、大通りを突き進む。
広場に近づくにつれ、人々の明るい声や賑やかな楽器の音が聞こえてくる。
シンとクマシロは走りながら、顔を見合わせた。
「シン様。この音……祭りでも開いているのでしょうか?」
「恐ろしい勇者が来ているというのに? そんなバカな」
シンは笑い飛ばした。
だが、広場に到着した時、シンたちは口をあんぐりと開いて固まった。
「な、何なのだ……これは……」
広場には数千を超える人々が宴を開いていた。
彼らは手を取り合い、大きな輪となって踊り歌っている。
「ヤマダ様っ、ヤマダ様っ、ヤマダ様っ、ヤマダ様っ……」
皆、何かを称えるような言葉を発しながら、広場の中心に向けて熱い視線を投げかけている。
シンは吸い込まれるように、彼らの視線を辿る。
(誰か……いる)
そこには、祭壇のようなものが築かれており、若い男がド派手な椅子に座っていた。
男の髪は短く刈り込まれており、体の形に合わせて織られた上着を着ている。
漫画によく登場する『てぃーしゃつ』と呼ばれる服だと、シンは気づく。
「ま、まさか……あれが……!」
シンたちに気づいた男は立ち上がり、右手を掲げた。
すると、輪になって踊っていた街の人々が一瞬で静かになる。
「何だ、貴様らは?」
「我はシン。この国、モンスタニアを統べる魔王である」
シンが名乗ると、男は心底おかしそうに笑った。
「おいおい、もう魔王と戦うイベントの発生か! こんなに早く最終回を迎えたら、読者もビックリだぜ」
「は? お主、何を言っておるのだ?」
「こっちの話だ。気にしないでくれ」
男は鼻で笑い、シンたちを見下ろしながら告げる。
「俺の名は山田。日本という異世界からやって来た勇者さ」
「ヤマダとやら……何の目的でこの世界に来た?」
「そんなの決まってる。異世界に転移した勇者がなすべきことは、魔王を倒し、かわいいヒロインと結ばれることさ」
クマシロが拳を握りしめ、山田をにらみつける。
「貴様っ! シン様に向かって無礼な!」
「博士、良いのだ」
シンはクマシロを右手で制し、冷静な声で語りかける。
「我は、お主の世界やお主自身に害をなそうと考えておらん。無意味な争いは良さぬか?」
山田は虚をつかれたように目を見開いた後、声を上げて笑う。
「いいねいいね! 平和主義の皮を被った狡猾な魔王って設定か!」
ひとしきり笑った後、山田が指をパチンと鳴らした。
すると屈強な獣人たちが、シンたちの前に立ちふさがる。
彼らの目はどこか虚ろで、なぜか顔は赤らんでいた。
先頭に立つオオカミ男が、斧を構える。
「ヤマダ様に仇をなそうというなら、たとえ魔王様であっても容赦せんぞ!」
シンは唇をかむ。
「ちっ! 住人たちは勇者に操られておるようだな」
「ただ……催眠魔法とは少し異なるようです。詳しく調べてみないことには――」
「博士、どうやら悠長なことを言ってられんようだぞ!」
獣人たちが雄たけびを上げて押し寄せてくる。
クマシロはカッと目を開き、右手を掲げる。
「皆の者、陣形を整えよ!」
「御意!」
魔族の兵たちがシンと博士の前に素早く移動し、剣と盾を構えた。
襲い来る獣人たちの数は倍以上だが、兵士たちは臆することなく、待ち受ける。
武器同士がぶつかる金属音が響くと、街の人々は獣人たちを後押しするように歓声を上げた。
だが、すぐに広場は静まり返る。
「やれやれ……組織された精鋭に対し、力任せに飛び込んでくるとは、浅はかですな」
クマシロはため息をつき、肩をすくめた。
兵たちの足元には、気絶した獣人たちが折り重なるように倒れていた。
ヤマダは目を丸くする。
「そ、そんなバカな……! あれだけの人数差をもろともしないなんて……」
「皆の者、ヤマダを逃してはならんぞ!」
クマシロの号令を合図に、シンたちは祭壇を駆け上がる。
山田は取り囲まれると、観念したのか、その場に力なく座り込む。
「くっ……殺すなら殺せ!」
シンはできるだけ穏やかな口調で語りかける。
「我らはお主を取って食いたいわけではない。幸い、犠牲者も出ておらん。今ならまだ――」
「なーんてな」
山田はシンの言葉を遮ると、不敵な笑みを浮かべる。
「半径10メートル。この距離に誘い込む必要があったんだ」
「『じゅうめーとる』……?」
シンはいぶかしい目で山田を見た。
ヤマダの胸元に、ピンク色の光が灯る。
「貴様ら全員――俺に落ちろ! <恋の病>!!」
山田の胸に輝く光がはじけ、球状に広がっていく。
シンに光が到達しようとした瞬間――、
「シン様、博士、危ないっ!!」
マナがシンとクマシロに体当たりする。
光からは逃れられたが、三人は勢い余って祭壇を転げ落ちた。
地面に叩きつけられて悶絶するクマシロの上に、シンとマナがのしかかる。
「がはっ!!」
「博士!? すまぬ!」
「い、いえ……私のムチムチボディが役に立ってよかったです……」
シンはすぐに立ち上がり、マナを引き起こそうと手を差し出す。
「そなたにも礼を言おう。よく我らをあの奇妙な光から遠ざけてくれた」
「……騎士として、お二人を守るのは当然です」
マナはシンの手を取らず、自らの力で立ち上がった。
シンは階段を転げた時とは異なる痛みを、胸に感じた。
「シ、シン様……あれをっ!」
クマシロが震えた声を上げ、祭壇を指差す。
見上げると、山田の光を浴びた兵士たちが、舞い踊っていた。
「嗚呼、ヤマダ様! この世のモノとは思えない端正な顔立ち……惚れ惚れいたします!」
「然り然り! 天使のような美声にも耳が幸福になってしまう!」
騎士たちは、山田に恋焦がれるような熱い視線を向けていた。
シンは目を丸くする。
「ま、まさか……あれが勇者の『チート能力』……」
「おそらく、この予言書に類するものかと」
クマシロは懐からとある『らのべ』を取り出し、シンに渡す。
そこに書かれていたタイトルは――、
<彼女いない歴=年齢の俺が、異世界転移して妻を100人めとり、魔王軍をも無双する>
「奴は最強のハーレムタイプ。近づけば老若男女、種族を問わず一目惚れしてしまうでしょう」
「な、なんと恐ろしい能力なのだ……!」
シンは『らのべ』を持つ手の震えを抑えることができなかった。