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第3話 モテ期、到来

「マジで異世界じゃん、ここ……」


 大通りには多くの露店が並んでおり、魔族たちが呼び込みに精を出していた。

 店の看板は見たことのない文字で書かれているが、不思議と意味を理解できた。


「いらっしゃい! 今日はドラゴンのモモ肉がお買い得だよ」

「それより新鮮なコカトリスの卵はどうだい? 安くしとくぜ」


 山田は、気の良さそうな魔族の男たちに声をかけられた。

 店には、肉、卵、野菜、果物が並んでおり、日本の食材と大差ないように見えた。

 どんな味か気になるが、あいにく先立つ物がない。


「悪いけど、お金がないんだわ」


 日本の通貨が使えるとは思えないが、財布の入った鞄は向こうの世界に置いてきたようだ。


「ちっ! 文無しか」

「たしかに、服も貧相だしな」


 男たちは舌打ちし、別の客を相手にし始めた。


(日本語が通じる。これ……翻訳されてるってことだよな?)


 山田の愛読書は、異世界転移・転生が題材のラノベ。

 これまで何十冊も読んできた。

 その度に「なんで日本語が通じるんだよ」とバカにしていたが、作者に謝りたくなった。

 交通事故で転移したことといい、どうやら異世界モノの王道展開を辿っているようだ。


(となると、そろそろお約束のイベント発生の予感……!)


 山田がニヤリと笑うと、通りの先から少女の声が聞こえる。


「――嫌だって言ってるでしょ!」

「ちょっとぐらい相手してくれてもいいじゃねえか。俺は客だぞ?」


 騒めく人々の間をすり抜けていくと、言い争う二人の魔族が見えた。

 一人は筋骨隆々《きんこつりゅうりゅう》のオオカミの獣人。

 もう一人は小柄な少女で、浅黒い美しい肌をしており、頭には猫のような耳が生えている。

 少女の髪型は、ふわりと風に揺れる銀色の――、


(ボ、ボブカット猫耳少女きたっ!!)

 

 山田は一瞬のうちに、彼女に好意を持った。

 異世界転移して最初に起こるイベントといえば、かわいいヒロインとの出会い。

 見た所、オオカミ男が猫耳少女を困らせているようだ。

 周りの人々はオオカミ男を恐れているのか、遠巻きに見ているだけだった。


(フッ……どうやら、次のイベントも始まったようだな!)


 山田は騒めく群衆の中で、一人ほくそ笑んだ。


「私の店で売ってるのは、美味しいパンだけよ。女を売ってるわけじゃないわ」

「何をお高くとまってんだ? こうなりゃ力づくで――」


 山田は小さく咳払いをし、二人の間に割り込む。


「あー、そこのオオカミ男。それぐらいにしておけ」


 人々は一瞬で静まり、山田に視線を向けた。

 オオカミ男が山田をにらみつける。


「何だ、てめぇは?」

「名乗るほどでもない。そこのお嬢さんを救いに来た、通りがかりの勇者さ」


 オオカミ男は、ぷっと吹き出す。


「こいつは傑作だ! お前人間だろ? 生身で魔族とやり合おうなんて正気じゃない。見逃してやるから、引っ込んでろ!」

「そうよ! 気持ちは嬉しいけど、下がってて!」


 猫耳少女は険しい表情で山田を制した。

 山田は「やれやれ」と肩をすくめ、余裕の笑みを浮かべる。


「相手の強さが分からないとはねえ。仕方ない、少しだけ俺の力を――」


 山田は一足飛びでオオカミ男の懐にもぐりこみ、ボディブローを全力で放つ。


「見せてあげようっ!!」

「がはっ!?」


 オオカミ男は苦悶の表情を浮かべて、ヒザをつ――かなかった。


「へ」


 山田は目を丸くし、すっとんきょうな声を上げた。

 オオカミ男が顔に手を当て、豪快に笑う。


「なーんてな! 今のパンチ、蚊に刺された方がまだ痛かったぜ」

「ふ、ふーん……。さっきのは、ほんの準備運動さ」


 山田は心の中で舌打ちをする。


(ここは、圧倒的パワーで悪役を吹き飛ばす場面だろ!)


 次に起こるであろうイベントとは『チート能力』の覚醒。

 ピンチのヒロインを勇者が華麗に助けるというのが、王道展開というもの。


(腕力はこれまで通り……なら、俺が手に入れた力は『アレ』しかねえ)


 山田は後方に飛び、オオカミ男と距離を取った。

 オオカミ男がいぶかしい目で山田を見る。


「人間……何をする気だ?」

「フフ、ここからが本番だ」


 山田は、秘められた力を解放する言葉をつむぐ。


「……我が血に眠る魔の力、我が願いに答えよ。我が心に宿る炎の力、今ここに顕現けんげんせよ」

「なっ!? そんな長い魔法の詠唱、聞いたことがないぞ!?」


 オオカミ男は目を見開いた。

 野次馬から「いいぞ人間!」「やっちまえ!」と声援がとぶ。


(そうそう! こういう展開を待ってたんだよ!)


 オオカミ男は、焦った表情に変わる。


「ま、待て! 俺が悪かった!」

「もう遅い。魔の者よ――即刻、灰となれ! <炎帝の祭壇フランマ・アルターリアー>!!」


 瞬間、辺りが静寂に包まれた。

 山田の魔法ですべてが吹き飛ばされた――からではない。


「あれ? 俺の魔法は……?」


 魔法は発動せず、誰もが口をぽかんと開けていた。 

 オオカミ男は笑みを浮かべて山田に近づき、丸太のような腕を振りかぶる。


「驚かせやがって……灰になるのはお前だ!」

「ぐっ!?」


 山田は防御する間もなく腹に一撃を食らい、吹き飛ばされる。

 地面をだらしなく転がった後、くの字になったまま動けなくなる。


「くそが……魔法も使えないなんて、俺はモブキャラかよ……」


 うめく山田に、猫耳少女が慌てて駆け寄る。


「だから言ったじゃない! 本当に死ぬわよ!?」

「で、でも……君を助けたくて」


 ヒロインを助けるのは勇者として当然の勤めだ。

 猫耳少女はあきれたような表情で告げる。


「はあ、もう最悪……。無関係のあんたが、どうして首を突っ込んでくるのよ。余計にややこしくなっちゃったじゃない」


 猫耳少女の顔には、明らかに嫌悪の色が浮かんでいた。

 期待していたのは、感謝の言葉。

 真逆の言葉を投げかけられ、山田はつぶやく。


「フフ……これで11連敗か」


 積み重なった敗北の歴史が、山田の心を深くえぐった。

 殴られた痛みとは別種の痛みが、胸に襲いかかる。

 山田は唇を噛む。


「……うるさい」

「え?」


 猫耳少女が頭とシッポを横に傾けた。

 山田は足を震わせながら立ち上がる。


「うるさいうるさいうるさいうるさい、うるさああああいっ!!」


 山田の絶叫に、猫耳少女は口をぽかんと開けた。


「いつもいつも、俺の気持ちを否定しやがって! 好きになってしまうんだから、仕方ねえだろっ!!」


 呼吸をする度に、血の味がした。 

 山田は天を仰ぎ、咆哮する。


「どうして誰も、分かってくれないんだよおおおお!!」


 その時、山田の胸にピンク色の小さな光が灯る。

 最初のうちはロウソクのような儚い光だったが、輝きは増していき、目が眩むほどになる。

 やがて光は弾け、球状に周囲へ広がっていった。


「何だ……今のは?」


 見渡すと、皆一様に焦点の合わない目をしていた。

 山田は猫耳少女の肩を揺さぶる。


「お、おい!? 大丈夫か?」

「……かっこいい」

「は?」


 突如、山田は猫耳少女から手を握られる。


「あの! あなたのお名前は?」

「や、山田だけど……」

「ヤマダ、ヤマダ……嗚呼ああ、なんて素敵な響き! 口にするだけで心がおどるわ!!」


 猫耳少女は、ミュージカル女優のようにクルクルと舞った。

 山田は少女の変容に違和感を覚えるが、好意的な態度に悪い気はせず、口元が緩む。

 少女が潤んだ瞳で山田を見つめる。


「美しく切りそろえられた髪に、憂いを帯びた切長の眼、引き締まった体つき……頭の天辺から足の爪先までス・テ・キ」

「いやあ……それほどでも!」

「もうこの気持ちを抑えきれない! どうか、私と付き合ってくだ――」


 その時、オオカミ男の叫びが猫耳少女の言葉をかき消す。


「貴様ら! 俺を無視して盛り上がりやがって!!」

「ひっ!」


 山田はオオカミ男から逃げようとするが足がもつれ、腕をつかまれた。


(もうダメだ! 今度こそ死ぬ――)

「ヤマダ様は……俺のモノだああああ!!」


 オオカミ男がうっとりした表情で叫んだ。


「は、はい!? 今なんて?」

「だから、ヤマダ様と付き合うのは俺だって!」


 猫耳少女が大慌てで、オオカミ男を山田から引きがそうとする。


「ちょっと! ヤマダ様と付き合うのは私に決まってるじゃない!」

「何を! 猫ごときが生意気な!」


 争い合う二人を見て、山田は首をかしげた。

 もしオオカミ男がカワイイ女の子だったら、ラブコメのような展開だ。


「もしかして……これが俺の『チート能力』!?」


 異世界に転移した主人公にもれなく付与される、不思議な力。

 友達や恋人がおらず孤独に過ごしてきた主人公が、異世界に来れば人間関係が180度変わる。


「フフ……ハーハッハッハッ!!」


 山田は恍惚こうこつな表情を浮かべ、指揮者のように両手を広げた。


「この力があれば、すべては俺の思うがまま。世界だって、征服できる……!」

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