表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

家族から虐げられていたわたしが優しい魔族に出会って幸せに暮らせるようになるまでの物語

作者: りん

 「おい、娘」


 ん?

 井戸の前で洗濯をしているわたしに知らない男が話しかけてきた?

 こんな田舎では見た事がないくらい綺麗な服だ。


 恥ずかしい……

 わたしの服はつぎはぎだらけだし、手は水仕事のせいでボロボロだから……


 慌てて手を後ろに隠すと男に返事をする。


「はい? 何か?」


「お前は共に来るつもりはあるか?」


「……え?」


 共に来るつもりはあるか?

 まさか……誘拐!?

 いや、だったら無理矢理拐うはずだよね?

 しかも、こんな見るからに平民で貧乏丸出しのわたしを誘拐してどうするの?

 

 まさか……

 いかがわしいお店に売るつもりじゃ……

 でも、こんな胸がぺったんこなわたしを?

 拐うなら義理の妹の方が……

 

 お母さんが亡くなってお父さんはすぐに再婚した。

 だから妹とは血が繋がっていなくて……

 わたしはそれから家の仕事をする為だけにここに居る。

 妹だけかわいがる義理の母親。

 お父さんはわたしが殴られても見て見ぬ振り。


 今朝だってわたしの存在が気に入らないからって義理の母親に何度も叩かれて……

 それなのにお父さんはわたしが作ったご飯を黙って食べ続けていたんだ。

 


 拐われた方が幸せなんじゃないかな?

 少なくともここに居るよりは幸せになれるんじゃないかな?

 逃げたい……

 この生き地獄から逃げたいよ……


「行きたい……です」


「……そうか。では馬車に乗れ」


 男が少し離れた所にある馬車を指差したけど……


「……え?」


 馬車って……あそこにある、あの馬車!?

 昨日からずっとあそこにあったけど……

 すごく豪華で大きい馬車。

 あんなの見た事がないよ。


「乗らないのか?」


「え? あ、乗ります。でも、こんな汚い服で汚したら……」


「問題ない。ところでこの辺りにある井戸はこれだけか?」


「井戸? はい。この集落にはこれだけですけど」


「そうか。お前は運が良い」


「え? わたしが……ですか?」


「ああ。そうだ」

  

 男が袋から瓶を取り出した?

 井戸に何か液体を入れたけど……


「あの……それは?」


「気にするな。馬車で話そう。今はここから離れた方がいい」


「……え?」


「家から持っていきたい物はあるか?」


「……ありません。わたしの物なんてあの家にはひとつもないから」



 こうしてわたしは見ず知らずの男の馬車に乗る事になった。

 知らない人に付いていくなんて危ないけど今の暮らしよりは良くなるはずだ。

 少なくとも朝から晩まで殴られる事はないよね?

 家での暮らしが酷過ぎて逃げるように馬車に乗ったけど……

 馬車の中に兵士みたいな若い男が乗っている。

 

「どうだった?」

「ああ。この辺りの井戸はあれだけらしい」

「そうか。瓶は?」

「大丈夫だ」


 瓶?

 大丈夫?

 何の話かな?


「娘……お前は運が良い」


 馬車に乗っていた若い男が話しかけてくる。

 井戸で話しかけてきた男は御者だったみたいだ。

 若い男の向かいにわたしが座ると馬車が動き出す。


「運が良い……ですか?」


 さっきも同じ事を言われたけど……


「いつもあの井戸で洗濯や洗い物を?」


「え? あ、はい」


「毎日か?」


「……? はい」


「何年くらいだ?」


「五年は経つかと……」


「五年か……」


 若い男がわたしの手を見つめている?

 ボロボロで恥ずかしいよ。


「あの……さっき井戸に入れた物は……?」


「……知りたいか?」


「……はい」


「お前はあの集落のどこかの家の使用人か?」


「……違います。お母さんが亡くなって……義理の母が……わたしを嫌っていて」


「それで朝から晩まで水仕事を?」


「……え?」


「馬車の中からずっと見ていたんだ」


「わたしを?」


「いや、井戸をな」


「井戸を?」


「父親は?」


「……わたしが殴られても見て見ぬ振りで。きっとわたしが居なくなって清々しているはずです」


「ろくでもない父親だな。まあ、いい。今日中にあの集落は滅びるからな」


「……え? 滅びる?」


 この人……

 ずっと微笑んでいるみたいに見えていたけど……違う。

 これは作り笑顔だ……

 目が全然笑っていないよ。

 怖い……

 身体が小さく震え始める。


「あの瓶には毒が入っている。ゆっくり効く毒がな」


「……毒?」


「お前は知っているか? 世界中の魔族がある場所に向かっている。ゆっくりとな」


「……魔族?」


 話には聞いた事があるけど実際に見た事はないよ。


「我らは魔族が通るであろう集落に毒をばらまく役割を任せられたのだ」


「……毒?」


「そうだ。だが井戸と言っても何でもいいわけではなくてな」


「……?」


「魔族は井戸を辿りながらとある場所に向かっているんだ」


「……! まさか」


「……まさか? なんだ?」


「あ……いえ。お母さんが……わたしが幼い頃によく昔話を……」


「……どんな話だ?」


「十数年前、聖女様が各地に井戸を造ったと……その井戸の周りに集落ができて……わたしのお母さんもこの地に移り住んだ……と」


「……他には?」


「……え?」


「その昔話はそれだけか?」


「……笑われるかもしれませんが……お母さんはこうも話していました。聖女様は魔王が暮らす場所を知っていた……と。でもその場所は聖女様と勇者一行しか知らなくて……」


「……知らなくて?」


「皆、その場所を誰にも言い残さず死んだ……と」


「……死んだ? 誰にも言い残さず……? なぜ母親はそう話したんだ? まるで勇者一行や聖女の最期を知っているかのようだな」


「……お母さんは……自分は聖女様の妹だと言っていました。もちろん他の誰にもその話はしていなくて。わたしだけに『内緒だよ』と……」


 この人に話しても大丈夫かは分からないけど……

 この作り笑顔を見ていたら怖くて隠し事ができない……


「聖女の妹……? ……なるほど。それでか……あなたに、血の繋がりのあるきょうだいは?」


 あなた?

 呼び方が『お前』じゃなくなった?


「……わたし一人です」


「……そうか。母親が生きている頃は誰が井戸で水汲みを?」


「ほぼお母さんが。お父さんも時々手伝ってはいましたけど」


「他の集落の井戸に残された聖女の神力はかなり薄まっていてな。だが、唯一あなたの居た集落の井戸からは濃い神力を感じたんだ」


「……え?」


「あなたが井戸から水を汲み上げる時に……そう、例えばあなたの腕を伝ってあの井戸に水がこぼれる。それを何年も繰り返し続けたから……あなたの汗と混じった井戸水が神力を保ち続けた……?」

  

 それじゃあ、まるでわたしに神力があるみたいだけど……

 全然そんな力は無いよ?


「わたしにそんな力はありません」


「……神殿に行けば検査ができる。後で行ってみよう」


「あの……どうして井戸に毒を?」


「魔族は強い。我ら兵士三人掛かりでやっと一体倒せるくらいだ。魔族は魔王の幽閉先に向かっている。全ての魔族が集結し魔王がこの世界に解き放たれたら……世界は終わる」


「そんな!」


「毒を飲んだ人を魔族が食べれば……かなりの数の魔族が死ぬはずだ」


「……それで魔族が通るであろう集落の井戸に毒を?」


「あと二時間もすれば魔族があの集落を通るだろう」


「……じゃあ……集落は……」


「かわいそうだが、魔族を滅ぼす為に犠牲になってもらう。多くの人を守る為には仕方がないんだ」


「……」


 お父さん……

 死んじゃうの?

 おかしいな……

 全然心が痛まないよ。

 苦しんで死んで欲しい……

 わたしを苦しめた罰を受けて欲しくて仕方がないよ。 

 

「大丈夫か?」


「……はい」


 でも、そんな事を口に出したらダメだよね。

 苦しんで死んで欲しいなんて言ったらダメだ。

 

「母親は……魔王の幽閉先を知らなかったのか?」


「……聖女様も勇者一行も誰にも話さなかったらしくて」


「そうか」


「でも井戸を辿れば……?」


「それが、神力のある井戸はあなたが居た集落が最後でな……」


「え?」


「だがあの集落付近に魔王を幽閉できるほどの神力は感じなかった」


「……じゃあ……魔族はどこに向かうんですか?」


「分からない。とりあえず我らは神殿に向かう。わたしは神殿に属する兵士だ。大神官様にこの事を報告しなければ」


「この事……?」


「聖女の姪が生きているとは……昇格間違いなしだ」


「……昇格?」


「ああ。気にするな」


 なんだろう……

 この人……

 すごく嫌な感じがする。

 このまま付いていったら良くない事に巻き込まれそうだ。


 兵士の横にある窓から見覚えのある景色が見える。

 あれはまだお母さんが生きていた頃にお父さんと三人で行った湖……

 懐かしいな。

 あの頃のお父さんは……少しはわたしをかわいがってくれたよね。

 きっと昔は悪い人じゃなかったんだ。

 毒を飲む事を知っているのにこのまま見殺しにしていいのかな?

 お父さんだけでも助けられないかな?

 どんなに酷い人でも父親だから。


「あの……」


 兵士に頼んでみよう。

 お父さん一人くらいなら助けてくれるかも……


「なんだ?」


「お父さんを……助けたいんです」


「……? 酷い父親なんだろう?」


「……昔は……違ったんです」


「……はぁ。今さら遅いだろう。もう毒を飲んだはずだ」


「……でも」


「お前も父親に死んで欲しいと思ったんだろう? だから毒の話をしても平然としていた。違うか?」


「……! それは……」


「お前も我らと同罪だ。あの集落の人に毒を盛った事を知る犯罪者だ。しかもお前は父親殺しの重罪人。違うか?」


「……父親……殺し……」


「このまま大人しく神殿に付いてくれば聖女として一生幸せに暮らせるんだ。何不自由なく……違うか?」


「わたしは聖女様じゃない……」


「大丈夫だ。神力が無くても我ら神殿がお前を聖女に仕立てあげてやるからな」


「そんな……」


 ダメだ。

 このまま付いていったらダメだ。

 逃げないと……


「だからこのまま大人しく付いてこい。犯罪者として生きていきたいのか?」


「……わたし……降ります。馬車から降ろしてください!」


「やれやれ……逃げられても困るからな」


 兵士が小刀を鞘から抜いた……?

 まさか……

 わたしを刺すの?


「何を……」


「大丈夫だ。殺しはしない。大事な『聖女様』だからな。少しばかり足首を斬るだけだ」


 兵士がわたしの左足を掴むと斬りつけてくる。


「やめて! ……っ!」


 痛い……

 ふくらはぎを少し斬られた……

 怖い……

 怖くて動けないよ。


「抵抗しなければこれ以上痛い目には遭わない。大人しく……え?」


 ……?

 兵士が窓の外を見て青ざめている?


「……!?」


 何……?

 見た事がない生き物が窓にぴったりくっついて覗いている……

 まさか……

 これが魔族……?


 馬車が止まった……

 御者の悲鳴が聞こえてくる。

 こんな声は初めて聞いた……

 これが断末魔の叫び……?


 身体が震えて、冷えていくのを感じる。

 次はわたしが殺されるんだ……


 ガチャガチャと扉の鍵を開けようとする音が止まると……

 静かに扉が開いた。


 もうダメだ……

 痛いかな?

 苦しいかな?

 死ぬってどんな感じなんだろう?

 殺されるってどんな感じなんだろう?


 魔族がわたしの左足を掴むと、兵士が持つ小刀を見る。


 ……?

 なんだろう?

 わたしの左足を掴む手がすごく優しい……?

 それに、心配そうな瞳でわたしを見つめている?

 こんな優しい瞳で見つめられたのはお母さんが生きていた時以来だ。


「ぎやあああ!」


 ……!

 悲鳴と共に兵士の血がわたしの頬に飛び散ってくる。

 

 すごい。

 これが魔族の力……

 何も見えなかった。

 どうあがいても人じゃ勝てない。


 ……次は……わたしの番だ。

 怖過ぎて目も閉じられない。

 せめて……痛くなく死にたい……


「……怖がらなくていい」


 ……?

 今話したのは魔族?

 人の言葉が話せるの?


「……」


 怖過ぎて言葉が出ない……

 魔族が、震えるわたしの肩に優しく手を置いた?


「怖がらなくていい。もう大丈夫だ」


「あ……あなたは……?」


 なんとか声を絞り出したけど……

 これ以上は言葉が出ない。


「君を傷つけない者だ」


「……え?」


 ……涙が……溢れて止まらない……?

 どうして?

 

「なぜ泣く?」 


 なぜ……?

 どうしてなんだろう。

 ああ……そうか。

 家族に愛をもらえなくて心が疲れ果てていたんだ。

 義理の母親からは毎日殴られて、お父さんには無視されて……

 心が死にそうになっていたんだ。

 苦しくても辛くても泣く事さえ許されなかった環境……

 息を殺して生きるしかなかった。

 そんなわたしに救いの手を差し伸べた男はわたしを利用しようとして……聖女様が造った井戸のある集落で暮らす人々を毒殺した。

 

 魔族より人の方が怖いよ。

 

「……なぜ泣く? ……なぜ身体中アザだらけなんだ?」


 魔族が、わたしの腕や顔にあるアザを見て苦しそうな顔をしている?


「……家族に……毎日……殴られて……」


「何!? 家族……母親にか?」


 母親?

 どうして父親だと思わないんだろう?


「……お母さんは……五年前に亡くなって……義理の母親に……」


「なんて酷い事を……」


 この魔族……

 演技じゃない。

 心からわたしの事を心配してくれている……?


「……どうして……わたしを助けてくれたの?」


「……そうか。聖女は死んだのか」


「……え?」


 聖女様?

 ……?

 まさか……お母さんが聖女様……?

 そんなはずは……


「五年前……か。もっと早く迎えに来れば良かった。遅くなりすまない」


「お母さんは……聖女様の妹だけど……」


「……? いや、君は聖女の娘だ」


「どういう事……? だってお母さんは……そう話してくれて……」

 

「誰かその時の事を知る者はいないか?」


「……お父さんなら……もしかしたら……」


「お父さん? 父親がいるのか?」


「いるけど……わたしの事が……嫌いみたいで……」


「父親……義理の母親に殴られていた事を父親は知らなかったのか? こんなに身体中アザだらけなのに……」


「見て見ぬ振りで……わたしはよほど嫌われていたみたいで」


「なんて奴だ……そいつは今どこにいる?」


「すぐそこの集落に……でも……もう……」


 魔族を殺す為の毒を飲んで死んでいるかもなんて言えないよ。


「君はここで待っていろ。オレが少し話してくる」


「……え? あの……どうしてあなたが話すの?」


「とにかくここで待て」


「……わたしも行きたい」


「……え?」


 苦しむ姿を見て笑いたいとか、そんなんじゃない。

 見ないといけないんだ。

 お父さんはもう毒を飲んでいるはずだから助からない。

 もしかしたら最期くらいは娘として愛を与えてくれるかもしれない……

 娘として愛してくれていた時もあったはずだから……


「どうしても行きたいの。気持ちに区切りをつける為に」


「……そうか。だがその前に……」


 魔族がわたしの足にハンカチを巻いてくれた?

 かわいい刺繍がある綺麗なハンカチ……


「素敵なハンカチが汚れちゃうよ」


「君の身体より大切な物はこの世の中にないよ。それに彼女も喜んでくれるはずだ」


「え……?」


 彼女?

 すごく優しい瞳だ。

 どうしてこんなに優しくしてくれるの?


「さあ、集落に出発だ」


 魔族が翼を広げるとわたしを抱き上げて静かに飛び上がる。


「うわあ……」


 すごい……

 空から見る集落はいつも地上から見る景色とは全然違う。

 

 こんなに小さい集落だったんだね。

 この小さい集落がわたしの全てだったなんて……

 なんて虚しい人生だったんだろう。

 誰からも愛されずに……でもいつか愛してもらえるかもなんて無駄な希望を持って生きてきたんだ。

 

「着いたぞ」


 集落に降り立つと魔族が話し始める。


「どれが父親だ?」


 どれが父親?

 ……!

 よく見たら少し離れた場所に集落の人達が横たわっている。

 しかもすごく苦しそうだ。

 毒にやられたんだね。


「……お父さん」


 毒で呼吸が苦しそうだ。

 目も充血して口から泡が出てきている。


「……この……化け物め」


 ……?

 お父さんが魔族じゃなくてわたしを見て化け物って言った?

 

「お父さん……?」


「オレは……お前の父親じゃない。愛する……アイルの為に……仕方なくお前の父親に……なった」


 アイル……?

 お母さんの名前じゃないよ。

 義理の母親の名前でもないし……


「アイルって……?」


「お前の……母親だ。聖女様……美しく可憐で清らかな人……」


「わたしの……お母さん? わたしのお母さんは五年前に亡くなった……え? どういう事……?」


「アイルはお前を産むと……すぐに天に召された。お前の……せいでな」


「……え?」


「魔王の血を引くお前を産んだせいで……亡くなったんだ。それで……アイルの妹が……お前を引き取った」


「……そんな」


「オレは……勇者一行の荷物持ちだった。だから全て見ていたんだ。アイル……オレの愛しいアイルが魔王にたぶらかされて……身籠るなんて……」


「……!? じゃあ……わたしの父親は……」


「その通り……魔王だ。勇者一行は甘い奴らでな……アイルが魔王の子を身籠った事を……誰にも……知られないように隠れ里で出産させた。そして……そこで穏やかに暮らそうとしたんだ」


「……? どうして勇者一行は魔王の子のわたしを生かそうとしたの?」


「『魔王は悪じゃない。本当の悪は人だ』って言ってな。愚かな奴らだ……魔王に迷惑をかけないようにと距離まで置いて」


「……じゃあ、勇者一行は魔王を倒してはいないの?」


「倒すどころか……仲良しごっこをしていた。だから、オレがそれを皇帝に教えてやったのさ」


「……え?」


「勇者一行は……皇帝に暗殺された」


「そんな……」


「それをオレのせいだと知らないアイルの妹は……オレを頼ってきてなぁ。少しはアイルに似ていたから仕方なく夫として……ぐはっ!」


 血を吐いたね……

 かなり苦しそうだ。


「お父さん……最期にひとつだけ訊かせて?」


「……オレは……お前の……父親じゃない。化け物め……」


 大きく息を吸い込むと……呼吸が止まった……?

 ……死んだんだね。

 結局わたしはこの『お父さん』に愛された事なんて一度も無かったんだ。

 こんな奴からの愛を欲しがっていたなんて……


「大丈夫か……?」


 魔族が心配そうにわたしを見つめている?


「……うん。わたし……一度も愛された事なんてなかったんだね……期待してバカみたいだよ」


「……そうか。これから……どうするつもりだ?」


「……分からない。でも……ここには居たくない」

 

「……共に……来るか?」


「……え?」


「我らの里で……共に暮らすか?」


「わたしが……魔王の娘だから?」


「え? あぁ……いや……」


「権力者の娘だから利用しようとしているの?」


 さっきの男達みたいにわたしを利用しようとしているんだ。


「……違う。……そうか、ずっと苦しみの中で生きてきたから……すまない。もっと早く迎えに来るべきだった」


 ……え?

 魔族がわたしを抱きしめた?

 

「……あの」


 どうしてこんなに優しくしてくれるの?


「君の血の匂いが風に乗って流れてきたんだ。でも、怪我をする事は普通にあるだろうと考えて……オレは魔族だし会いに行ったら迷惑だろうと……」


「……え?」


「でも、最近は毎日のように血の匂いがしてきて……心配で仕方なくて。君はアイルとオレの血の混じった匂いがするから、どんなに離れていても分かるんだ」


「それって……?」


「だから君の無事を確かめたくて里から出てきたんだ。そうしたら、オレの娘に会いたいと友達が集まってきて……アイルが造った井戸を通って君に会いに行こうという話になってね。でも、なぜか行く先々で人がバタバタと倒れて……」


「え? さっきの兵士は魔王を幽閉先から解放する為に魔族が集まってきているって……」


「オレが幽閉? ずっと魔族の里で暮らしているけど……?」


「……どういう事?」


「この愚かな偽父親の話からすると……皇帝は、勇者一行がオレを幽閉したと人々に嘘をついていたようだね」


「そんな……」


「勇者と仲良しごっこをする魔王なら人を襲わないと思ったんだろう。まあ、実際魔族は人なんて食べないんだけどね」


「……皇帝は……酷いよ……」


「そうだね……でも、もう大丈夫。『君を虐げる人』はもういなくなるから」


「……え?」


「一緒に行こう。魔族の里は豊かな地なんだ。きっと君も気に入るよ」


「……でも」


「さっき……馬車の中から君の血の匂いがした時……オレは……息ができなくなったんだ。愛する君が死んでしまうんじゃないかと、気が狂いそうだった」


「え?」


「オレは離れていてもずっと君を愛していたんだよ?」


「……ずっと?」


「一緒に行こう? 君の父親はオレなんだ。他の奴が父親だなんてあり得ない」


「……父……親?」


「これからは毎日君を撫でられる。毎日君を愛していると伝えられる」


「……!」


「一緒に暮らそう?」


「……裏切らない? いらなくなったって言わない?」


「……よほど辛い思いをしてきたんだね。絶対にあり得ないよ。愛する娘を裏切るなんて……あり得ない」


 魔王がわたしの髪を優しく撫でてくれる。

 温かい手だ。

 信じてもいいのかな?


「……っ」


 涙が止まらない。

 昨日までは涙なんて出なかったのに……


「もう大丈夫だよ。これからはお父さんが君を守るからね」


 あぁ……

 魔王の言葉に嘘はない……

 心からわたしを愛してくれているのが伝わってくる。


「……うん」



 こうしてわたしは『お父さん』とその友達と魔族の里に向かった。




 お父さんは勇者一行の暗殺を命じた皇帝を殺害し、城門にその亡骸をくくりつけた。

 首に『勇者一行殺害犯』と書いたプレートをぶら下げたらしいけど、わたしは里から出ていないから見てはいない。

 

 それから、人々がどうなったのかは知らないし知ろうとも思わない。

 だって今のわたしは魔族として暮らしているから。



「お父さん! 早く早く!」


 魔族の里にわたしの楽しそうな声が響く。


「ははは! ライルはせっかちだね。ほら、しっかり掴まって!」


 お父さんがわたしを抱き上げるとゆっくり空を飛び始める。


「うわあぁ! 空が青いね! どこまでが海でどこまでが空か分からないよ!」


「ははは! よし! じゃあ、確かめに行こう」


「うん!」


 お父さんはわたしの事を『君』じゃなくて『ライル』と呼ぶようになった。

 産んでくれたお母さんが、わたしがお腹にいる時につけてくれた名前。

 育ててくれたお母さんが優しく呼んでくれた名前……


 わたしは半分人間で半分魔族だからお父さんみたいに長くは生きられない。

 だから、毎日甘えようって決めたんだ。

 わたしがおばあさんになって亡くなる時にお父さんが『もっとこうしてあげれば良かった』と辛くならないように。

『毎日愛し愛されて幸せだった』と、わたしを思い出して笑ってくれるように。


 わたし……すごくすごく幸せだよ。

 誰かに想われたり愛されたりするのってこんなに心が温かくなるんだね。

 

 ちなみにあの時お父さんがわたしの足に巻いてくれたハンカチはお母さんからプレゼントされた物だったらしい。

 お父さんはずっとずっとお母さんを愛していたんだね。


 

 というわけで、産んでくれたお母さん、育ててくれたお母さん、わたしを守ろうとしてくれた勇者一行の皆さん。

 わたしはすごく幸せに暮らしているから安心してね。

 いつかわたしがおばあさんになってそっちに行ったら、こっちでの楽しかった思い出話を山ほど聞かせるから……待っていてね。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ